日々精進さんへ


☆戸田先生の三世因果論から.

日々精進さんから次のようなご質問がありました。
質問があった記事は、→ここをクリック!
質問の内容(抜粋)を示し、私の考えを申し上げます。

Q:私は世の中は不公平であると思っております

この信心をしていても、恵まれている人とそうでない人がおります。
また、信心をしていない人でもIQが高く頭のよい人やお金持ちの人、容姿のよい人、才能に恵まれた人、立派な人はおります。
こうした差はなぜあるのでしょうか。
信心をしていなくても幸せな人は前世に善い事をしたのでしょうか。

A1:戸田城聖講演集に次の指導があります


この娑婆世界の境遇は、過去世私たちがした業が、この現世にわれわれの心身に業報として感じるのです。人は皆、性欲が不同で、さまざまなことをやっておりますから、同一の境涯に生まれるということはできないのであります。
たとえ同じ親に同じように育てられた兄弟でも、、同一の生涯がないのは、この理由であります。これが生命の実相であります。
この世で多病である、短命である人は「殺」の報いであり、貧窮(びんぐ)で失財の人は盗みの報いであり、眷属不良で婦が貞実でないといのは邪淫の報い、身に誹謗を受け人に誑惑(おうわく)されるのは妄語の報い、親類に離れ親友にも捨てられるのは両舌の報い、悪声を聞き訴訟をおこすのは悪口の報い、人に信じられないで言語が明らかでないのは綺語の報い、多欲で足りることを知らずに金が欲しい、物が欲しいというのは貧(どん)の報い、人にすきをうかがわれ、あるいは殺されたりするのは瞋(いかり)の報い、邪見の家に生まれて心諂曲(てんごく)なのは愚痴の報いであります。
また、日蓮大聖人様は佐渡御書(960)に次のように仰せです。

○ひらがな文. 

われ ひとを かろしめば かえって わがみ ひとに きょうい せられん
ぎょうじょうたんごんを そしれば しゅうるの むくいを え
ひとの えぶく おんじきを うばえば かならず がきと なる
じかいそんきを わらえば ひんせんの いえに しょうず
しょうほうの いえを そしれば じゃけんの いえに しょうず
ぜんかいを わらえば こくどの たみと なり おうなんに あう.

○漢字文. 

我人を 軽しめば 還て 我が身 人に 軽易 せられん
形状端厳を そしれば 醜陋の 報いを 得
人の 衣服 飲食を うばへば 必ず 餓鬼と なる
持戒尊貴を 笑へば 貧賤の 家に 生ず
正法の 家を そしれば 邪見の 家に 生ず
善戒を 笑へば 国土の 民と なり 王難に 遇ふ.
(佐渡御書は、→ここをクリック!

この業報に照らして過去世を見て、運命の打開を心がけるべきであります。
されば、自分自身が丈夫であっても、自分の身内に弱い者がいて、多病の業報を感ずるならば、親子ともどもに殺の報いとせねばならない。
このように考えることは、生命は永遠であり、生死、生死と存在することを前提にせぬ限り信ずることができないのである。
日蓮大聖人様は、このような因果の理法は、「是は常の因果の定まれる法なり」(960)とおおせになって、当然のこととされております。また、釈迦の仏法哲学から、この考えを抜き取ったら、何物も存在しなくなるのであります。われら、この仏法を信ずるものは、この因果の理法を信じなければならないのであります。
低いこの因果の理法すら信じられないで、久遠の生命をどうして新字られましょう。また、地涌の菩薩の自覚はどうして生まれてまいりましょう。

この解決のため、釈迦が説いた経文が法華経であります。
しかし、これとて、単なる理念にすぎないのでありまして、末法のわれらとは縁のないものなのです。われわれ凡夫自身が、実際の生活に、過去世から運命を叩き割破り、よき運命への展開の法を立てられたのが日蓮大聖人様でいらせられる。
すなわち、帰依して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって、途中の因果がみな消え去って、久遠(くおん)の凡夫が出現するのであります。
久遠とは「もとのままの命」であり、仏の命が生出するのです。
大聖人様は、そのとき「一、世間の楽・涅槃の楽を得、二、貧窮の衆生に福力を与える、三、病の衆生に良薬を与える、四、智なき衆生を智者となす、五、短命の者を長命となす、六、悪心の者を善心となす」と仰せなのです。
御本尊を頂くかぎり、途中の因果を感ずるときは、この難は久遠を開覚(かいかく)する途中ぞと心得て、いま申した六つの功徳力を堅く信じて、絶え間なき御信心を祈るしだいであります。
(昭和22年10月19日の指導から抜粋)

A2:現在は過去の報いということになります


IQが高く頭のよい人やお金持ち、容姿のよい人、才能に恵まれた人、これらの差はまさに過去世の業報であると言えるでしょう。しかしながら、そのことが仇となり、不幸の原因になることも見逃せません。
美女に生まれた。けれどストーカー被害に遭った。お金持ちの家に生まれたことで世間の苦労を知らず、やがで破産して誰よりも辛い目にあった、などです。
何が幸いするか、災いとなるかはまったく分かりません。
この宿命論とともに願兼於業(がんけんおごう)の法理があります。
願兼於業とは「願って業を兼ねる」と読みます。
法華経法師品第十、「衆生をあわれむが故に、悪世に生まれて、広く此の経(法華経)をのべるなり」を、天台宗中興の祖、妙楽大師が名付けました。
願兼於業の記事は、→ここをクリック!
すなわち宿命とは即、使命であり、マイナスをプラスに活用することができる。
宿命を転換し、人間革命する実証で、周囲の人々を信仰に目覚めさせることができる。そういう意味では不幸は広宣流布の良き材料と言えるでしょう。
私自身も、日々精進さんと同じく考えていました。
なにより、私自身が沢山劣ってしたり、欠けていたりで悩んできました。
でも、今は違います。むしろ劣っていたり、欠けていていることにも感謝ができるようになりました。その分、人生で果たすべき仕事になるからです。
それと、幸せそうに見える人でも必ず欠けていたり、悩みがあります。
とどのつまり、この信心しか真の幸福の道はないわけです。
今も私は不安や課題が沢山あります。
でも、その1つ1つを使命に変えて歩んでいこうと決意しています。
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by sokanomori3 | 2016-04-26 23:03 | 仏法用語 | Comments(17)
Commented at 2016-04-27 01:10 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sokanomori3 at 2016-04-27 06:25
非公開さん、ありがとうございます。
★菊川広幸
Commented at 2016-04-27 07:55
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2016-04-27 16:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 千早 at 2016-04-27 17:12 x
新人間革命「力走」に、こんな文章があったのを思い出しました。
' 学会の世界は、信心の世界です。信心から出発し、信心で終わる。すべてを信心の眼でとらえていくことが肝要なんです。
 では、信心とは何か。
 万物の一切が、わが生命に、己心に収まっており、自分自身が妙法蓮華経の当体であり、仏であるとの絶対の確信に立つことです。大聖人は『都て一代八万の聖教・三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとは・ゆめゆめ思ふべからず』(御書三八三ページ)と仰せです。
 “自分の胸中に仏の大生命が具わっていることを信じて、ひたすら唱題し、自分を磨いていきなさい。それ以外に人生の苦しみ、迷いから離れることはできない”というのが、大聖人の教えなんです。皆さんが、本来、仏なんですよ。その自分を信じ抜くんです。他人と比べ、一喜一憂する必要はありません」’
私もよく、信心している私はだめで、信心していないあの人の方がよっぽど賢く美しく人格もあるのにと思うことが多いです。
でも、よく考えると、信心って、人と比べたって何にもならない。
Commented by 千早 at 2016-04-27 17:20 x
続きです。
全人類のための信心、全人類一人1人が大切。その1人1人、「私」のための信心だから、今の自分自身がどう変わっていくかが大事なのかなと思います。
人は関係ない。信心始めたばかりだと、すぐにすぐに変わりたい、変われるんだとあせったりしますが、信心って一生かけてゆっくりしていくものなんだろうなあと思います。
深い信心の本当の意味が、そんなすぐにわかるわけないし、でも、疑いそうになっても、「信じてみよう」と信じる方を選びながら、一生お題目をあげながら生きて、ほんのほんの少しずつでも能動的にチャレンジしていく事なのかなあと思います。
人なんてうらやましいとかいくら思っても自分には何にもかんけいないですよね。
どんなにうらやんだところで自分は何にも変わらない。
変わるためには、どんなにゆっくりだろうと、お題目をあげながら、自分に挑戦していく以外にどこにも道はないんだと思います。
なかなか信じられないけど、うらやましいなんて思わなくったって、彼彼女にはまねのできない、自分には自分にしかない個性の仏の命があるんだと思います。
とても信じられなくても、そうなんだと決めて、ありの一歩ずつでも何か行動を起こしていったらよいんだと思いました。
作り話のように、いっきに良くなれたら楽だけど、ゆっくり自分の足で苦労しながら少しずつ積み上げていくのがいいんだと思います。
これ、私自分に言いきかしてる事です(^^)
Commented at 2016-04-27 23:39 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sokanomori3 at 2016-04-28 00:12
複数の非公開さん、こんばんわ。
御両人さま、承知いたしました。
お一人様、
>何だか的外れだったかな?
そんなことありませんよ。
さもありなんです。
私も、そんな気がしてきました!^^
★菊川広幸
Commented by sokanomori3 at 2016-04-28 00:22
千早さん、こんばんわ。
>信心って、人と比べたって何にもならない。
ですね、言われてみればその通りです。
>自分には自分にしかない個性の仏の命があるんだと思います。
賛同いたします。^^
だからこそ、比べたってしかたない。
世界にたった一つの花。
世界にたった一つの自分という命。
それを輝かせて生きる。生き抜く。
自分が自分で良かったと思える人生が、勝利の人生でしょうね。
すてきなお話し、ありがとうございました。^^
★菊川広幸
Commented by 日々精進 at 2016-04-28 09:43 x
菊川さん、おはようございます。
丁寧に教えてくださり、ありがとうございました。
因果はとても興味深い事ですね。
私は見た目が美しい人や賢い人を見ますとうらやましいと思ってしまいます。
見た目が美しい人や頭のよい人は前世にどのような原因でそのようになったのでしょう。
勉強を一生懸命にした人は今世で賢くなるのでしょうか。
気になるところです。
Commented by at 2016-04-28 23:11 x
戸田先生の指導のもとになっている仏典をもっと知りたいと思いました。
御書を読了しなければ、とも思いました。
・・・戸田先生のこの指導の元になっている法理も御書に説かれていますか?
Commented by sokanomori3 at 2016-04-29 06:07
日々精進さん、おはようございます。
過去世、勉強家であったとするなら、今世も勉強家になる。
そう考えると、勉強嫌いの私は来世も上がり目がありません。^^
今世だけでみれば、「習慣」がその人を作っているということはあるでしょう。
スポーツもそう。練習すればバク天だってできる。
習慣が人間を作るのですから、三世の習慣はなおのことでしょう。
ここで大事なことは、運命論者か運命打開論者かですね。
念仏のように逃避するか、学会のように人間革命するか。 見た目も頭も、今世の努力で良くなります。
美しいというだけではイマイチでしょう。
味わい、魅力というのはまた違いましょう。
法華美人と言いますね。
信心で美人になる。魅力が増す。
かくいう私は、イケメンではないし並み以下です。(笑い)
まあ、法華イケメンになりたいですけどね、なかなか。(笑い)
今は 頭は良くなりたいです。先日は資格試験合格しました。
本年、もう一つ受験したい。
高確率50%の厳しい試験なので本気にならないとだめ。
でも思うのは、この年になって勉強も頑張れば、来世、頭よく生まれるかなって。^^

>勉強を一生懸命にした人は今世で賢くなるのでしょうか。

このご質問への報告は、私の体験で語れるよう頑張ります!^^
★菊川広幸
Commented by sokanomori3 at 2016-04-29 06:17
遊さん、おはようございます。

>戸田先生のこの指導の元になっている法理も御書に説かれていますか?

あります。御書にもあるし、法華経にも、他の仏典にも。
例えば、釈尊の過去世、「過去にこのように修行したから、このような仏に成った」とか、仏典には満載です。
いつか、そのようなことも記事にできたらいいですね。
法華経28品シリーズというのを書きたいと過去思ったのですが、取り組むには勇気のいる内容なので、ずっとできないままなんですが、因果論の内容は記述が多い。
戸田先生は、それらを総合的に悟られ、数々のご指導をされたのだと思います。
戸田先生の生命論にも沢山書かれているので、後日、記事にできたらと思っています。
★菊川広幸
Commented by at 2016-04-29 20:31 x
そういえば、そうでした。
二十八品のうち迹門が環境に、本門が信仰者本人への功徳に
還っていくような感覚を覚えたのを思い出しました。
釈尊の妙法蓮華経は、現代に訳しづらい言葉・概念が
沢山ありますね。もっと資料があればいいのですが・・・
Commented by 日々精進 at 2016-04-30 14:12 x
こんにちは。
信仰をしていてもそのようになるのですから、
信仰をしていなくても、IQがものすごく高かったり
美人出会ったりする人はよほど、前世で努力をして頑張ったということでしょうか。何か、努力の見方が変わる気がします。
来世もすばらしくありたいと思うと、がんばれる気がしてきます。興味深い話です。
仏典でそういった前世でこのような事をした人はこのようになるといった話がありましたら、ぜひもっと知りたいものです。
Commented by sokanomori3 at 2016-04-30 20:20
遊さん、日々精進さん、こんばんわ。
戸田先生の時代は生命論、因果論でしたね。厳しい宿業にさらされているときは、戸田先生の指導に勇気づけられます。
また、機会をみつけてご紹介いたします。^^
★菊川広幸
Commented by at 2016-04-30 21:13 x
容姿のことをいうなら、「形状端厳を そしれば 醜陋の 報いを 得」が示していると思われます。
醜いと悩むのは過去に他人の見た目をけなしたんでしょう。
「ほむればなを功徳勝る」ですから・・・見目形良い人は過去世で他人の見た目をほめてまわったんでしょうね。

また、頭の良し悪しに関しては法華経には「この経を書写し、解説せん者は楽説無碍弁才を得」などと説かれていた気がします。
(楽説無碍弁才っていうのは人前での弁の才能ってことなのかと思いますが)
忘れているところも多々ありますね、ぼくも拝読し直さなければ…


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