Introduction


創価の森通信
FREEDOM


youtube「春夏秋冬・信州の四季」を以下に添付します




☆創価の森通信は創価学会自在会の同志と一緒に歩むブログです。
以下は別ブログの最新記事です。(別館は音声ソフト対応ではありません)
2017年12月10日 <別館> 続・悪人の使命と価値(空海のこと)
2017年12月9日 <ひらがな御書> 261.四信五品抄
2017年12月8日 <別館> そうこさんコメントに学ぶ
2017年12月6日 <別館> そうこさんの素晴らしいコメント
2017年12月5日 <別館> 善人の使命と幸福について
2017年12月3日 <別館> 能力不足でも不幸ではない
2017年11月26日 <ひらがな御書> 260.蓮盛抄(禅宗問答抄)
2017年11月18日 <ひらがな御書> 259.上野殿御返事


一部の許可画像を除き、創価の森ブログ内の画像関係のコピー・転載等の無断使用を禁じます。「魚拓」にとることも禁じます。

ひらがな御書ホームページここをクリック!



# by sokanomori3 | 2018-11-01 01:01

興味深い記事のご紹介(消す記事)


☆始めるのに遅すぎることはない.


「長寿時代の話」URLを以下に添付します。
https://www.metlife.co.jp/201710172

日本人が過去最高の平均寿命を記録した今、新しい老後のありかたとは?」との上記ネット情報を見ました。以下に、その内容を簡単に記します。

「厚生労働省は、2016年の日本人の平均寿命が女性87.14歳、男性80.98歳であり、いずれも過去最高を更新したと発表した。
同省は「主な死因であるがんなどが医療技術の進歩や健康志向の高まりを背景に少なくなっています。平均寿命は今後も延び続ける可能性がある」と話している。
100年前の世界平均寿命は半分以下の31歳。
イギリスの経済学者、アンガス・マディソンがまとめた調査レポート『The World Economy OECD 2006 』によれば、100年ほど前、世界の平均寿命はたったの31歳で、その中に記されている日本人の平均寿命は44歳となっている。
現代と比べ国民の生活水準が低く、医療技術が遅れていた当時は、乳幼児や若い人が亡くなることが珍しくない時代であり平均寿命が低くなるのは当然とも言えるが、ほんの100年の間に日本人の平均寿命が40歳近く延びるというのは驚きの数字ではなだろうか」・・

驚くぐらいに、人は若くして死んでいたんですね
と、いうことは、元気な人だけが生き残ったって訳か・・
昔の生老病死は、切実な苦悩だったでしょうね。

さらに、このサイトでは次のようにも言っています。

「あの伊能忠敬が55歳からの17年間で地図の測量をし、ファーブルが54歳から28年間かけてファーブル昆虫記を書き上げたことを考えると、何かをするために遅すぎるということはないでしょう」

そう。本当にしたいことをするべきですよね。
遅すぎることは何もない。だったら、すぐに始めよう!^^
それが私たちの幸せ。でも、何をするのか。
そのことが問われますけどね。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-11 05:47

空海に破られた天台宗


☆正法を破壊した空海.


真言宗の護摩祈祷YouTubeを以下に添付します




youtube解説「護摩祈祷の風景です。“護摩祈祷は1200年の歴史”などのテロップも入ります」

伝教大師が天台宗で法華経第一を確立しましたが、伝教大師の死去1年も経たずして、空海が真言第一、法華第三の邪義を立てて台頭します。
伝教大師が在銘であれば成しえることはできませんでした。派手な真言密教のパフォーマンスに多くの人々が驚き、魅了され、やがて日本天台宗も対抗して密教を取り入れます。
この空海の策謀を完全に見抜かれ、破折されたのが日蓮大聖人です。

今も、この真言宗を初めとする他宗を信望する人が沢山います。
伝統仏教の荘厳な建物や庭園だけを見て、中身を知らないで供養するのです。
美しく荘厳された他宗の寺院記事を以下に示します。
http://sokafree.exblog.jp/27841950/
お金を払ってまで不幸になる・・憂うべきことです。

<別館>に「弘法大師空海」について記事を書きました。
記事をご覧になられれば、真言亡国の片りんを感じられると思います。
その記事を以下に示します。ぜひ、ご覧ください。
http://sokamori2.exblog.jp/27842122/

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-10 10:24 | 別館のご案内 | Comments(0)

他宗教の参道の美しさ


☆臨済宗の綺麗な参道.


以下に他宗の寺の参道の紅葉写真3枚を示します。 
b0312424_09362881.jpg
b0312424_09364070.jpg
b0312424_09364883.jpg

写真解説「黄色と赤の紅葉の紅葉が美しい臨済宗の寺院の参道写真3枚です」

曇天の薄暗い街を歩いていたら、見知らぬ寺院がありました。
臨済宗の寺で、まっすぐ伸びた参道の左右の林の紅葉が見事でした。
もみじの巨木は赤、オレンジ、黄色に紅葉していました。
「へえ、黄色のもみじもあるんだ」とビックリ。
他宗のお寺って、スゴイなあ・・
特に臨済宗は庭園などが立派です。
外見は素晴らしい。^^

創価学会には、こういう雰囲気は一切ない。
でも、学会には似合いませんけどね。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-10 06:50 | つぶやき | Comments(0)

続・富木常忍(ときじょうにん)の人生


☆700年後も同じ立ち位置.


このたび、大白蓮華10、11、12月号にて富木常忍を学びました。
その記事URLを以下に示します。
http://sokafree.exblog.jp/27834368/

平穏無事の印象だった常忍の苦悩と戦いを知りました。
その記事をまとめる中で、感じたことがあります。

富木常忍は、平穏無事だったのではない。
千人中、九百九十九人が退転するという大迫害の中、門下の中心者として大聖人を支え、かつ、大聖人の御書を命がけで後世に伝えたことを考えると、四条金吾と同等の人物でしょう。
そもそも「常忍」の名の由来はなんだったのか。
武士という立場での名だったのか、それとも信心の決意ゆえの名だったのか。
いずれにしても、常によく忍び、外護に尽くし抜いた一生でした。

幕府の要人として比較的安全な立場であったことは間違いないでしょう。
しっかりとした寺院をお持ちにならなかった大聖人は、重要な御書を自ら保管する余裕もなかったし、ひとたび弾圧されれば寺ごと破壊され、焼却される危険が常にあったことを考えると、信頼でき、かつ御書を防御できるのは檀徒門下の屋敷以外になかったのではあるまいか。

それにしても、日蓮大聖人の仏法はつくづく大変と思います。
通常、宗教は、葬式のためであり、安らぎ、なぐさめのもの。
あるいは救いを求め、救われるために、自らの利益のためにやるもの。
しかし、大聖人の仏法は違っています。

大聖人にかかわるがゆえに、迫害され、時に殉教もありうる。
工藤吉隆 (くどうよしたか ) は、大聖人外護において殉教しました。
http://sokafree.exblog.jp/26881843/
熱原(あつはら)の三烈士も殉教しました。
もし、彼らが大聖人門下でなければ殺されることはなかったでしょう。
あるいは悪口を言われ、意地悪をされ、場合によっては所領を奪われるものは数知れず。
まったく現世安穏とは真逆の人生に見えます。
これほどの苦難を受けながら、檀家が僧以上の信心を実践しました。

なぜここまで過酷なプロセスになるのでしょうか。
「利他」、「一切衆生の救済」という菩薩道だからでしょうか。
不思議なる縁にて生まれ出る地涌の菩薩からだからでしょうか。
なぜ、このような苦難をあえて呼び、生きるのでしょうか。
それは、一切衆生の救済こそがこの世の最大の幸福だから、と言えまいか。

富木常忍にせよ、四条金吾にせよ、あるいは現代の創価学会における牧口、戸田、池田三代の会長、数多くの学会員が、一同に広宣流布に生きていることは、本当に不思議なことです。
安穏な生活を捨てて、過酷な活動に生きる・・
それは、かの釈尊が王宮を捨てて仏道修行の旅に出た人生に似ています。
大聖人の時代から700年。
立ち位置は今も昔も変わりません。

私は不肖ではありますが、その末裔です。
このことが私の誇りでもあります。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-09 06:04 | 御書の登場人物 | Comments(0)

富木常忍(ときじょうにん)の人生


☆四条金吾と双璧の信者.


富木常忍(ときじょうにん)は、下総の国(現在の千葉県)の武士でした。
常忍が住む下総の国には、千葉頼胤(ちばよりたね)という鎌倉幕府の御家人がいて、下総の国の軍事や行政を務めていました。常忍はこの千葉頼胤に仕える有力な家臣でした。
現在でいえば上級公務員であり、国の内情を知り抜いた人物です。
入信の時期は門下の中で最も早く、立宗宣言から間もなく入信したものと考えられています。
教養と学識豊かで、漢文でしたためられた御書を数多くいただいています。

文永8年(1271年)、日蓮大聖人が竜の口の法難、佐渡流罪の大難に遭われたとき、常忍は従者を大聖人のお供に付けました。
大聖人は佐渡への渡航の港で「寺泊御書」(てらどまりごしょ)をしたためられます。
この御書で、大聖人は法華経に説かれるがままに妙法を広めるゆえに大難に遭っていると述べられ、「一か所に集まって、この手紙で述べた法門を聞きなさい」(951)と述べられます。
従者は、寺泊から常忍のもとに帰されます。

大聖人は佐渡から、重書である「観心本尊抄」(かんじんのほんぞんしょう)を始め、「佐渡御書」「真言諸宗違目」(しんごんしょゆういもく)「法華行者逢難事」(ほっけぎょうじゃほうんなんじ)等を常忍に与えられます。
佐渡流罪中の重書に、四条金吾に与えられた「開目抄」があります。
常忍には「金吾に与えた開目抄をくれぐれも読むように」と指示されています。
このように、富木常忍と四条金吾とは学会組織のように連携がありました。

四条金吾は主君の江間氏に領地没収の大難を受けましたが、常忍も例外ではありません。
大聖人の佐渡期から身延期において、常忍の主君の戦死、母の死、妻の病気が続きました。
特に蒙古襲来時の主君の死は、常忍にとって切実な問題でした。

国家の防衛にあたり、主君の千葉頼胤(ちばよりたね)は、幕府の命を受けて九州に向かいました。(このとき、多くの家臣を伴ったと考えられます)
当時の様子を大聖人は次のように述べられています。
「とどまる妻子、行く夫、愛しいもの同士が顔と顔をすり合わせ、目と目を交わして嘆き、生木を裂かれる思いで別れを惜しんだ」(975)
文永11年(1274年)蒙古が襲来しました。
このとき、主君の千葉頼胤は負傷し、翌年37歳の若さで亡くなります。
常忍にとって、この現実は深刻かつ切実な出来事だったに違いありません。

この主君の死から半年もたたずして、常忍の母が亡くなります。
常忍は母の遺骨を抱いて、身延の大聖人を訪ねます。
このとき、常忍の妻・尼御前は病魔に悩まされていました。
このように、波のように訪れる苦難の中、都度、常忍は師匠に激励を受けながら、動乱の世を生き抜きました。

弘安2年(1279年)熱原法難(あつはらのほうなん)が起こります。
9月21日、稲刈りをしていた農民信徒20人が無実の罪で捕らえられました。法難は裁判闘争に移行し、日興上人、四条金吾、富木常忍等が総力を掲げて謀略と戦いました。
このときの訴状「龍泉寺申状」(りゅうせんじもうしじょう)に常忍の筆跡が残されています。
弁明書の草案は10枚の用紙に記さていますが、このうちの3枚が、現在の研究で富木常忍の筆跡であることが判っています。
常忍は、司法、行政文書の知識を生かし、「龍泉寺申状」の素案を書き上げていたのです。
これが身延に届けられ、日蓮大聖人が添削、加筆されたのでした。
このように師弟合作で訴状が完成したのです。
また、常忍は法難に際し、二人の大聖人門下の僧二人(日秀、日弁:にちゆう・にちべん)を富木邸にかくまい、保護してもいます。

富木常忍の功績は、後世に、大聖人の御真筆を数多く残したことにあります。安定した社会的立場であり、堅実な人柄の常忍こそ、御書を後世に伝える適任者と大聖人は判断されのでしょう。
常忍は大聖人の期待にたがわず、湿気や虫食いなどを考慮し、御書を風通しのよいものに収めるなど、保存に全力を尽くしました。

永仁7年(1299年)常忍が84歳で亡くなる直前、御書の保存に関する文書を作成します。
その文書には、「大聖人の御書は建物外に持ち出してはならない。それは物惜しみして法を説かない罪のようだが、紛失してしまえばさらに罪が重いのである。どうしても拝見する必要があるいときは、建物の中で拝するように。それなら差し支えない」と記しています。
また、「御書を収めている建物は、自分の死後も、少しも怠ることなく整備していくように」と厳命しています。「立正安国論」「観心本尊抄」など、御真筆(ごしんぴつ)の御書の現存は、常忍の並々ならぬ護法の精神の賜物です。

(以上、大白蓮華10、11、12月号より抜粋)



以上、大白蓮華の連載内容を要約しました。

最も早い時期に大聖人に帰依し、生涯、不退転で信心を貫いた富木常忍。
佐渡流罪の大聖人を従者で外護し、遠い下総の国から、熱原法難の戦いまで支援していたこと、さらに大聖人の御書を全力で守り抜く常忍の信心の姿勢に圧倒される思いです。

現代にも、富木常忍や四条金吾のような人たちがいます。
それが池田先生であり、創価学会の人々です。

今、宗教が葬式仏教に堕している時代の中、当時のままに活動しているのは創価学会だけです。
その一員であることを生涯の誇りとして私も歩みたい。
そんなふうに決意させられた富木常忍の人生でした。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-08 06:06 | 御書の登場人物 | Comments(4)

小説・新人間革命31巻誕生


☆執筆継続の可能性あり.


聖教新聞に解された「勝ち鬨の章」の写真を添付します。
b0312424_05291721.jpg


いよいよ、小説・新人間革命30巻、第五章がスタートした。
その章の名は「勝ち鬨」(かちどき)。

今から53年前、沖縄で小説・人間革命の執筆が開始された。
小説・人間革命は池田先生の会長就任にて12巻で終了した。
その後、新人間革命として30巻終了予定で執筆が続けられた。
私自身、聖教新聞に掲載される小説を、先生の遺言と思い読み続けてきた。
特に第30巻は、全42巻の最終であったし、ことさら真剣に拝してきた。
さらに、魔僧・日顕の学会弾圧が語られるであろうと注目した。
ゆえに、創価の森<別館>に、読書感想カテを設置した。
http://sokamori2.exblog.jp/i49/

これが小説の終わり、完結の最終章になるはず・・
と思っていたが、先日の聖教新聞記述から、31巻、あるいは32巻と、小説の執筆が継続される可能性があることが感じられた。
その根拠を聖教新聞の池田先生のメッセージから示したい。

「小説・新人間革命30巻は、いよいよ「勝ち鬨」の章へと入る。
ここまで続けられたのも、ひとえに読者の皆さまの温かなご支援ありてこそである。(中略)
毎朝、聖教新聞を配達してくださる無冠の友の方々をはじめ、「共戦」の思いを込めて、力の限り執筆を続けていきたい。
「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」・・この命題を託して、幾百万の庶民の蘇生のドラマと、師弟の凱歌の物語を描き留めていくのみである」
(以上、聖教新聞12月1日より)

先生は「力の限り執筆を続けたい」と記されている。
ましてや、第30巻第5章を最終章とも言及されていない。
ならば、新人間革命31巻以降の執筆はありうる。

聖教新聞で最も注目すべき連載であり、執筆の継続は大いに望ましい。
願わくば、さらなる継続をいただきたい。

ともかく、第5章をしっかり、しっかり、拝したい。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-07 05:06 | 新人間革命読書感想文 | Comments(0)

感動のコメントいただきました


☆真心の御手紙に感動.


心より、そうこさんに御礼申し上げます。
コメントをプリントアウトして通勤電車で何度も拝しました。
その者の見方、考え方、その経験、その決意に心打たれました。
シリーズに花を添えていただきました。
ありがとうございました!^^

皆さん、必見の内容です。ぜひ、ご覧になってください。
その<別館>を以下にご紹介申し上げます。
sokamori2.exblog.jp/27829879/

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-06 21:17 | 別館のご案内 | Comments(0)

大いなる希望


☆大きな自分を作る.


東京都内の建築中のビルの写真を添付します。
b0312424_07494569.jpg

写真解説「青空を背景に、建築中の高層ビルが聳え立っている写真です」


大きな自分を作ろうと思います。

お題目と学会活動の修行を喜々として続けることで大きくなれる。
信心の福徳はモノではないから、建物のように見えない。
でもね、犬小屋程度の境涯がどんどん大きくなっていくんです。
先日も大きな境涯の変化があったばかり。ありがたいです。
sokafree.exblog.jp/27803829/

どんどん、どんどん大きくなってね、大幸福の命になるんです。
まさか、こんなに幸せになるなんて思わなかった。
そもそも幸せになって、「ははーん、これが幸せなんだ」って知るしかない。
昔は知らないから、こんなふうな喜びなんだって予測もできない。
とにかく、大満足です。まあ、まだ建設途中ですけど。
これから益々大きな命、作っていきますよ!

尚、池田先生の詩「大いなる希望」を以下に添付します。
sokanomori.exblog.jp/14906157/

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-05 05:39 | 管理人より | Comments(2)

祝・創価の森ブログ9周年


☆来年は10周年です.^^


一昨日、ブログが9周年を迎えました。
創価の森ブログ、48歳の時にスタートしたんです。
最初は「創価の森の小さな家」、今は「森通信」。^^
まる9年の10年目。今、私、57歳ですよ。年を取りましたー(笑い)
48歳のとき、想像もしていなかった未来の今の私です。
いつも、大々的に祝してきた記念日ですが、今年は簡単に済ませます。
といいますのも9年というのはちょっと中途半端ですから。
まあ、来年はババーンと祝したいと思います。

以下に、過去の記念日記事、並べますね。
sokanomori.exblog.jp/13120750/
sokanomori.exblog.jp/17154306/
sokafree.exblog.jp/23814890/
sokafree.exblog.jp/25138542/
sokafree.exblog.jp/26420368/

ともかく、これからも元気に歩んでまいります。
皆さま、ありがとうございます!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-03 05:57 | 創価の森通信フリーダム | Comments(7)

千編の題目の功徳


☆地獄の苦しみぱっと消えた.


ピンク色の小説人間革命スクラップブック写真を以下に添付します。
b0312424_22035025.jpg

11・18の数日後、私は悲嘆にくれて学会本部を訪れました。
信濃町駅から外苑通りのイチョウ並木を見上げました。
一部黄色に色づいていましたが、まだ多くは緑の葉っぱでした。
池田先生が好んで撮影されたイチョウ並木・・
先生を身近に感じつつ眺めました。

売店で、新人間革命のスクラップブックを購入しました。
過去のものは青色のスクラップブックでしたが、今回だけピンクにしました。
小説・新人間革命第30巻の勝ち鬨(かちどき)の章用に購入したのです。
この章の切り抜きを、生涯の宝物にしようと思いました。

学会本部の唱題会場に向かいました。
信濃平和会館に入館して階段を上り、会場の座席に座りました。
カバンから数珠を取り出し祈り始めました。

私には職務上、ずっと続く悩みがありました。
解決できないまま10年以上が経過していました。
この唱題の数日前、私を大きく落胆させる出来事がありました。
幾度も繰り返させる異様な出来事に、ほとほと嫌気が差しました。
悔しくて、腹立たしくて、仕事を放り投げたくなるほどでした。
あまりに理不尽なことから、恩人であるはずの人たちにも憎悪を感じ、場合によっては転職してしまおうかというような激しい怒りが生まれました。
けれど、人を恨み、人に憎悪を持つことはとても苦しいものです。
だから居たたまれなくて、学会本部を訪れたのです。

唱える前から「相手が悪いのではない」との考えがありました。
「ここまで長引くのは、私自身の宿業でしかないはずだ」
「過去世に、私自身がしてきたことが今世に現証として現れているのだろう」
「まず、御本尊様に、私の宿業を心から懺悔しよう」
このように思い、懺悔の題目を唱え始めたのです。

ものの数分で、私は大きな功徳に気付きました。
「そうだ、私は大きなリスクを外すことができたじゃないか!」
「今の職務上の嫌なことなど、そのリスク消滅から考えれば大したことではない!」
「そのリスクを、今も背負っている※※さんに感謝しなければならない!」

私は、私自身の宿業であるという認識で祈ったのです。
それまで、仕事上の理不尽なことは、他人のせいにしていたのです。
この日の唱題が、初めての懺悔の唱題でした。
その短い唱題の中で、グワーッと感謝の念が心の底から湧いてきたのです。
そして、憎かった※※さんが急に可哀そうになりました。
やがて、憎んでいたことも申し訳ないと思いました。
「そうだ、これが本当の真実だ!これが答えだ!」
そう思った瞬間、涙とともに過去の憎しみや悲しみがすっかり消えたのです。
「地獄の苦しみぱっと消えて」の通りになりました。

過去の「地獄の苦しみぱっと消えて」記事を添付します。
sokamori2.exblog.jp/24484628/

たった20分の唱題です。たった千編のお題目です。
自分の宿業として唱えたとき、10年来の悩みがパッと消えたのです。
あの300万遍唱題の時代の「一生成仏抄」のときの悟りの再来のようでした。
http://sokanomori.exblog.jp/11589106/
私、超ビッグな功徳を頂いたようです。
私はおそらく、この10年来の仕事上の悩みを解決できるのだと思います。
そのことは今、具体的に申し上げることはいたしません。

以下に、私の覚醒した記事URLを添付します。
sokafree.exblog.jp/27781478/
sokafree.exblog.jp/27784613/
sokafree.exblog.jp/27791952/

このように心が変わりました。ですから、今後、環境すら変わる可能性があります。
私の心の変化が本当なら、環境も変わるからです。

さあ、新たな旅立ち。朗らかに前進したい。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-02 06:49 | 体験談 | Comments(12)

私は私の人生の主人公


☆ダイヤモンドのような夢.


夢を持つというのは年齢に関係ないようです。
若いから夢があるかというと、そんなこともない。
私は、若い時に夢がなく、灰色の青春時代を生きました。
今、初老の私には、輝くばかりの夢があります。

1.学会員としてまっとうな信心を果たしたい。
2.定年退職(60歳)を晴れやかに勝利したい。
3.ひらがな御書310編の収録を定年退職前に終えたい。
4.最低70歳まで、できれば75歳まで仕事をしたい。
5.田舎で一人暮らしの母に悔いなく親孝行をしたい。
6.マラソン大会出場を70歳まで続け、健康維持に努める。
7.接触する人全員を幸せにする!

最後の7番目!は、ちょっと大げさでですが、そんな気持ちで歩みたいです。
これらの夢は、今まで何度も語ってきた内容ばかりですね。
その過去記事URLを以下に示します。
http://sokafree.exblog.jp/i6/
http://sokafree.exblog.jp/i58/

これらの過去からの目標は、心が変わっても変わらないのです。
否、これらの目標は、いやまして大きく深くなりました。
すなわち、これらの目標が間違っていなかったという証左でしょう。

私の夢は、一般世間の人たちからすれば大したことでないかも知れない。
世界一周の旅の夢もあるでしょう。宝くじが当たって大金持ちになる夢もあるでしょう。
まるでスーパーマンになるような夢もあることでしょう。
でも、今の私からすれば、そんな内容にはまったく興味はありません。
私のしたいことは、上記の7項目でしかない。

とにかく、夢を実現するためベストを尽くします。
そして、そのプロセスを大いに楽しみたいと思います。

次の記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-01 21:00 | 私の仕事 | Comments(2)

近未来の私の生活


☆一心不乱に仕事をする.


男は清潔な作業服と弁当をカバンに詰めて家を出る。
職場のロッカールームで着替え、所定の職場に入ります。

仕事はスタートから忙しい。
対象となる仕事のテーマを黙々とこなします。
上手くできないことは彼にとって苦痛です。
必ずマスターして見せると努力を続けます。
汚れ仕事です。でも、対象は美しくなる。
円滑に、大事に、いかに苦痛を少なくサービスできるか。
日々に研究しながら黙々と働きます。

昼食に、職場の仲間と楽しく会話・・
しばしの休憩の後、さらに困難な作業を続けます。
帳票類に記入漏れのないように気を付けながら、終わりのない仕事が続くのです。
勤務終了。後片付けをして、身支度を整えます。
心地よい疲労感の中、帰路につく・・

雨の日も、風の日も、男は現場に出向きます。
そうして、すっかり自在な技術を習得します。

これが私の近未来の生活です。
これが私の憧れの生活です。

尚、仕事だけが私の夢ではありません。
次回、夢の全体像を話したいと思います。

次の記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-12-01 05:29 | 私の仕事 | Comments(0)

幸せの正体 見つけた


☆神々しい労働の風景.


私が気付いた朝6時の東京駅構内の写真を以下に示します。
b0312424_22082719.jpg

写真解説「東海道線6時7分熱海行きの電光掲示板の写真です。左側は新幹線のホームです」

朝、4時に起床し、始発電車で遠方の職場に向かいました。
始発電車の経験は初めてで、ガラガラだろうと思っていました。最初は車両に10人程度でしたが、すぐに座席が埋まり、終点までの間に多くの人たちが乗車しました。
乗り換え、次の電車ではさらに沢山の乗客が乗車していました。
早朝の人々はどこかハツラツとして見えました。

やがて朝6時の東京駅のプラットホームに到着しました。
一人の男性が缶コーヒーを片手に持ち、もう一方の手にパンを持っていました。
彼は立ったままパンを口に入れ、コーヒーを飲みほしました。
生気がみなぎった顔に気合いが感じられました。
彼にはおそらく、「やりがいのある仕事」が目前にあるのでしょう。
だからこんなにも早朝に、こんなにも元気なのでしょう。

私は真剣に労働をする人々がたまらなく好きなのです。
見た目の美しさではありません。汚れ仕事でも美しいのです。
否、汚れ仕事だからこそ尊いと感じるのです。

「この世界こそ、私の憧れの世界だったんだ!」
「これこそ、私の夢だったんだ!」

私は歓喜し、ワクワクしたのです。
こんなにもワクワクしたことは長く仕事上ではありませんでした。
少なくともこの直近の10年、鮮烈なワクワク感はありません。

夜勤がある。早朝の仕事がある。
困難な、止めどもない作業もあることでしょう。
けれど、利他の精神が宿るならば仕事の一分一秒が、全て幸せになりうるのです。
なぜか。それは他を幸せにする行為だから。

今の私の仕事は、泥濘のごとき局面が多いのです。
その理由は、お金のために仕事をしているからでしょう。
本当に必要な仕事ではなく、少し贅沢な分野だから販売に四苦八苦するのでしょう。
真に本当に必要とされる仕事ならば、仕事は向こうからやってくるでしょう。
私はそういう仕事をしたい。それが私の望みだと気付いた。

私は今、現場仕事ができない立場です。
でもサービスや工事などの現場仕事は、やっぱり美しい。
今を耐え抜き見事勤め上げたら、この早朝の人々の仲間になろうと思います。
「一心不乱に仕事をしたい」と思うのです。
憧れの人生を60歳以降に満喫したいのです。

今回の早朝出勤で、若かりしころのことを思い出しました。
汚れ仕事をしていた、駆け出しの時代のときのこと。
必要とされる仕事をする、あのワクワクするような喜びの日々のこと。
いつの間にか、金儲けが目的になってしまっていた。
あれから、私の人生は面白くないものになったようです。
金儲けを目標にしたらだめなんです。
そこには幸せなんてありません。

私の心境の変化の一端を記した記事を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/27781478/
sokafree.exblog.jp/27784613/

次の記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-11-30 05:41 | 私の仕事 | Comments(2)

続・真実の宝物


☆心の風景スケッチ.


この記事は、下記URLの続編です。
sokafree.exblog.jp/27781478/



定年退職が2年後に迫った“くたびれた”初老の男がいた。
どうしたことか、青年の頃の気持ちが蘇った。

「どうしたっていうんだ、まったく・・」
「この歓喜は、この感謝は、このワクワク感はなんだ?」
「まさに、大きな炎によって焼かれているような日々が続いていたのに、
 まるで嘘のように安穏としているのはなぜだ?」

男は、もう、10年近く苦しんできた。
特に近年、ある人物からの悪口罵詈の言葉を聞く日々に絶望していた。
銭カネだけを追い求める生活に嫌気が差していた。
世のためにならず、人のためにならぬ仕事に怒ってもいた。
不安がいつもあって、落胆は彼の声をいつしか沈黙させた。
彼の心は灰色になってしまった。晴れることのないモヤモヤが続いていた。
人生とは山を登り、山を下るしかないとしか思えない。

「ここにはもはや、僕の使命なんてないな」
「もう、僕は山を下るしかない」

彼にとって現状の問題は、もはや突破できなうように思えた。
彼の持つ200%のチカラを出したところで現状は変えられそうにない。
熱意はどこか遠いところに行ってしまった。

男は30余年、真面目に仕事をしてきた。
その過去に、彼自身は十分満足していた。
彼はレースを終えるマラソンランナーのようであった。
唯一の望みは、美しく終焉することだけになっていた。
目前のゴールを過ぎれば、終われる。
彼の苦痛や悲しみは、そのゴールで終わるだろう。

そんなくたびれた男の胸に、まさか希望と勇気の太陽が昇るなんて・・
当の本人にしてみれば晴天の霹靂である。
否、霹靂が晴天へと変化したのである。

譬えるなら、嵐の中で激しく揺れる船があって、乗組員全員がのたうち回っている。
その状況の中で、ただ一人、平然とくつろいでいるに等しい。

あるいは大雪の中、凍え、絶望している人々の中で、
その男だけが笑顔でいるというような、そんな具合だ。

彼は、突如として変化した自らの心に戸惑った。

「これは一体、どうしたというんだ?」
「まさか躁病にでもなっちまったのか?」

でも、病気ではないようだ。
確かに心が生まれ変わったようなのだ。

彼の心境を比喩的に正確に伝えるなら、
乱急流の厚い雲を抜けたジェット機に似ている。
ずっと窓の外は灰色の雲で覆われていた。
時にイナズマが走り、その雲の下は豪雨である。
息の詰まるような景色が延々と続く機中で、彼は気分を悪くしていた。
不安と不快感とで、彼の聴覚はオカシクなっていた。
それが、一瞬にして風景が変わったのである。

天空には希望の太陽が輝いていたし、
美しい雲海の上をジェット機は安定飛行していた。
そんな劇的な変化が、彼の心に起きた。



以上は、今の私の偽らざる心境を記したものです。

次の記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-11-28 21:15 | 私の仕事 | Comments(10)

真実の宝物


☆奉仕はダイヤモンドの輝き.


先日、私はあることに気付きました。
それは※※さんと私の違いです。
※※さんの不幸と私の幸福の理由を知ったのです。

その違いとは、過去に書いた以下に示す内容そのものだったのです。
sokanomori.exblog.jp/18250417/
ただし、この例は仕事に成功する事例として書いたもの。
実は、この方程式、幸福の大きさにも比例することに気付きました。

※※さんは、仕事を金儲けの道具に考えています。
ムリもありません。大きな借金があるのですから。
返済して、さらに大金を手にしたい※※さん。
対して私は違う。私は、仕事そのものを目的に考えてきた。
本来の私は仕事そのものが憧れであり、喜びだった。
「そうか、真逆の立ち位置だったんだ!」
「どうりで、かみ合わないはずだ!」
そのことに気付いたのです。

その気付きは、東京駅のプラットホームで起こりました。
私は仕事の中に、奉仕の中に無限大の悦びがあることを悟ったのです。
人生最大級の、身震いするほどの感謝と歓喜を得たのです。

「あゝこれが、仏の幸せだ!」
「そうか、これが池田先生の悦びなんだ!」
「そうか、これが大聖人様の歓喜なんだ!」
「そうか、これが釈尊の得た幸福なんだ!」

このようなことを申し上げると「増上慢」と思われるかも知れない。
けれど、私、少し分かったようなのです。
過去に「幸せとは仏に成ること」であると知りました。
当時の悟りの記事を以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/11589106/
今回はその悟りの「実感」を得たのです。

何故、釈尊は、何不自由ない王宮を捨てて修行に入ったか。
それは釈迦がやりたいことが王宮内になかったからです。
釈尊は衆生の救済を果たしたかった。
だから出家して苦行の旅に出たのです。
釈尊が果たしたかったのは、唯一、人々を幸せにすることでした。

悟りを開いた釈迦は、一日一日、一分一秒が幸福の人生に変わりました。
それは、人々を幸福にする最高善の生活を自在にできるようになったからです。
大聖人様は、前人未到の折伏行を実践され、空前絶後の苦難を受けられた。
竜ノ口の法難においてすら「これ以上の幸せなし」とおっしゃられた。
大聖人の輝かしい大勝利の御一生も同じです。
池田先生も同じ。普通の人から見れば、休養もされず、人並みの楽しみを捨てて、広宣流布に邁進された人生は、ただ戦いばかりの疲労ばかりの歩みにしか見えない。
けれど、先生は最高に幸福な幸せの日々を生きてこられた。
その喜びの一端を私も感じたのです。

私は※※さんに深く感謝しなければなりません。
否、※※さんだけではなく、類似した人々も同様です。
あらゆる醜く、恐ろしい境遇の人たちに、です。
彼らの地獄や餓鬼や、畜生、修羅の言動と行動がヤスリとなり、私のくすぼった命が削られ、磨かれ、今の私の境涯に至ったのですから。

振り返れば、27歳のときに唱えた百万遍から30年です。
今、57歳。30年の冒険の旅は、この大歓喜の宝を掴むためだったのでしょうか。
私、本当に掴めたみたいですよ、宝の中の宝。
あゝ、ありがたし、ありがたし。(感涙)

この功徳、これからが試されます。
今の命が継続できれば、私は世界一の幸せを掴むでしょう。
ですから、何としても継続しなければなりません。

次の記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-11-27 21:39 | 私の仕事 | Comments(2)

大いなる境涯の変化がありました!


☆一皮むけたようです.


ジョギングに関する写真を以下に添付します。
b0312424_21351444.jpg

b0312424_21352412.jpg
<写真解説>
昨日、21kmジョギングしました。
イチョウが黄色に色付いた並木道と、ケータイの万歩計の写真です。


ケータイの万歩計は24.5kmを示しております。ゆっくり、4時間かけてハーフジョギングいたしました。
天気が良くて、気持ちよかったです。
スポーツの秋・・否、もう冬ですね。
とにかく、元気にやってます。
ご安心を。^^

さて、私、すごく良いことありました。
悩んで、悩んで、ずっと解決のつかなかったことが「ぱっ」と消えたのです。
そう、「地獄の苦しみぱっと消えて」です。

「なに、まだ悩みがあったのか」ですって?
はい。そりゃあもう、悩みはなくなりませんよ。
とにかく、すごく大きな大功徳をいただきました。
そのことを明日から連載記事でスタートします。

でも、具体的内容が書けないんですよねー(^^:
仕事上のことなので、はっきりクッキリ書けないんですよ。
ですから、「プロセス」と「気持ち」だけ書きます。
具体的なことは、現役引退後(数年後)に書くことになるでしょう。
工夫しないと伝わらないので、少し表現方法は考えたいです。

「仏法は 体のごとし 世間はかげのごとし 体曲れば 影ななめなり」
この御書の解説記事URLを以下に示します。
sokafree.exblog.jp/27765922/

この御書の通りであるなら、私の命が変われば生活も変わる。
今後の私の人生が俄然、楽しみになってきました。
と、いうことでしっかり記事にいたします!

その記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-11-26 21:12 | 健康ジョギング | Comments(0)

諸経と法華経と難易の事(2017年12月度座談会御書)


☆諸経と法華経と難易の事に学ぶ.

(しょきょうと ほけきょうと なんいの ことに まなぶ)


諸経と法華経と難易の事(しょきょうとほけきょうとなんいのこと)。
12月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている諸経と法華経と難易の事(992ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


ぶっぽう ようやく てんどうしければ せけんも また じょくらん せり
ぶっぽうは たいの ごとし せけんは かげの ごとし
たい まがれば かげ ななめ なり.

○漢字文.

仏法 やうやく 顛倒しければ 世間も 又 濁乱 せり
仏法は 体の ごとし 世間は かげの ごとし
体 曲れば 影 ななめ なり.

○背景と大意.


弘安3年(1280年)5月26日、日蓮大聖人 59歳の御時、富木常忍に与えられた御書です。
富木常忍が法華経法師品(ほっしほん)第十説かれる「難信難解」(なんしんなんげ)の質問を寄せたことに対し、問答形式で回答されています。
難信難解の句を正しく読んだのはインドの竜樹、中国の天台、日本の伝教の3人のみである、法華経は元品の無明を切る利剣であり、真言と浄土の経典は邪義である、とご指南さています。
最後に、大聖人門下は仏意に従い成仏し、他宗は邪義ゆえに苦海に沈むと結ばれています。

12月度座談会御書は、本抄の文末の「仏法は 体のごとし 世間は かげのごとし 体 曲れば 影ななめなり」の有名な御文が学習範囲です。
当時、蒙古の再来が予想され、人々は恐怖の中で生活していました。
仏法は体(たい)であり根本ゆえに、国の仏法が顛倒すれば、影である世間は乱れます。
故に、真言宗や浄土宗を立てるのではなく、法華経を立てなければならないと述べられています。

難信難解(なんしんなんげ).
「信じ難く理解し難い」の意味。易信易解(いしんいげ)に対する語句。
法華経法師品には、諸経の中で法華経が最も信じ難く理解し難いであると説かれている。
仏が自身の悟りを直ちに説いた教え(髄自意)ゆえに難信難解である。

易信易解(いしんいげ).
「信じ易く理解しやすい」の意味。法華経以外の教えのこと。

随自意(ずいじい).
「自らの意(こころ)に随(したが)う」と読む。
衆生の機根にかかわらず、仏・仏界の内面をそのまま説き示すこと。
このため、境涯の違う衆生からは理解し難い。

髄他意(ずいたい).
真実の悟りに導くために、衆生の機根や好みに随って法を説くこと。
また、その方便の教えをいう。

○所感.


私たちは苦難や不幸に見舞われたとき、とかく他人のせいにしがちです。
しかし、仏法では不幸の原因は自分自身の宿業と説きます。
周囲がゆがんで見えるのは、実は、自分自身の境涯・思想のゆがみが原因です。
故に、仏法の真髄である法華経、なかんずく南無妙法蓮華経の正しい仏法を実践し、宿命転換しない限り、その歪み(問題)は改善できません。
誤った宗教によって、人生は歪曲し不幸になります。
正しい宗教によって、人生は清く正しく幸福にになります。
日蓮大聖人の仏法を根本としなければ幸福な人生は得られません。

大聖人はあらゆる不幸の根本原因について、法華経(正法)を根本とせず、他宗(邪義)を根本としているからであると述べられています。
「仏法が顛倒(てんどう)するから世間もまた濁り、乱れる」
これは、個々においては「宗教の顛倒は人生を濁らせ乱れさせる」ということと同意です。
多くの人々は宗教に正邪があることすら認識していません。
誤った思想や宗教を盲目的に信じ、結果、濁悪の人生に堕していきます。

私たちの願いは「立正安国」であり、「自他共の幸福」です。
来年は「世界広布新時代栄光の年」であり、折伏弘教の年です。
大いに仏法対話を果たしてまいりましょう。

諸経と法華経と難易の事のひらがな訳全文を以下に添付します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b991.html

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
# by sokanomori3 | 2017-11-25 05:21 | 座談会御書 | Comments(0)

猟奇的批判者の人生


☆心の毒を吐き続ける人たち.


ブログを開始してもうすぐ9年になろとしています。
(本年12月1日で9周年になります)
創価の看板を掲げ様々なことを語ってまいりました。
その当初から、私は沢山の批判を浴びてきました。

批判者の言動や行動の意図や感情は、当初、よく分かりませんでした。
そんな鈍感な私も、5年ほどを経過したころ、批判者の人たちの心が透けて見えるようになり、今となってはすっかり確信できるまでになっています。

強い粘着性の者は、根本的に批判するしか報われない生活を送っています。
彼らは、職場や私生活において恵まれておらず、常に気持ちの晴れない生活をしています。故に幸せな人を嫉妬し、何もかも否定的に捉え、攻撃することでストレスを発散します。

批判者は、常に「自己顕示欲の塊」とか「売名行為」、あるいは「嘘つき」などと発言します。
私のブログもひらがな御書も、全部そのように見る。そういう単語を使う理由は、そう思う境涯(そのように受け止めてしまう境涯)からです。
功徳の話をすると「自慢話」と受け取るに至っては、諂曲(てんごく)した心としか言いようのない、ある種、病的な人です。

その最たる人間は、どこか猟奇的で、まるで麻薬の中毒患者のように常習性があり、気味悪いほどに粘着します。この人物と対話し、理解を求めようとしてもまともな結論は得られません。

例に掲げれば「日顕」のような人物です。
かの魔僧は、池田先生や学会を滅ぼすことを画策、行動しました。
話し合いは成り立ちません。接触すれば揚げ足を取られるだけ。
問題の根本が「嫉妬」である限り、対話は不毛です。

どうか皆さまは、猟奇的批判者には対応しないでください。
相手にしているだけ、広宣流布ができなくなります。
彼らから得られるものは怒りや憎しみだけなのです。

もし相手の憎悪に、憎悪の弁を返せば・・
泥沼になります。それは愚かなことです。

以上、私の9年間の体験から申し上げました。

尚、現在、新聞に連載中の小説・新人間革命には、山友や日顕が描かれています。
私たちは、池田先生の言動、行動から、その対処方法を学ぶべきです。
以下に、その人間革命の読書感想文を示します。
http://sokamori2.exblog.jp/i49/



追伸:この記事に過激な言動はしないでください。
論争を呼ぶコメントは公開しない場合があります。
その点は、ご了承ください。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-11-23 20:48 | 創価学会批判 | Comments(3)

自分の運命は自分で変える


☆自力本願が創価の道.


以下に、聖教新聞(11月20日)の紙面写真を添付します。
b0312424_22092517.jpg

写真解説「中央に大きな文字で“自分の運命は自分で変える”と印刷されています」

朝の楽しみは通勤電車で広げる聖教新聞です。
休日は朝から読みません。まとめて休み明けに読むこともあります。
(休日は平日以上に忙しいことが多いから)
その新聞の一面に「自分の運命は自分で変える」とのタイトル。
このタイトルだけで、グッと気合が入りますね。

一面には二つの体験談がありました。
一つは「失業に勝つ」、もう一つは「事故に勝つ」。
二人の男子部の苦難を乗り越えた体験が綴られていました。
そう、私たちは自らの生命に潜む“宿業”を南無妙法蓮華経のお題目で消し去り、宿命転換して幸せになれる私たちです。ですから、運命の鎖を私たちは断ち切れる。

私たちは苦難を乗り越えて偉大な仏法を知らしめる使命がある。
これが、私たちの幸せなんですよね。^^
他力ではない。自力。自らの足で苦難を乗り越えていく。
世の中が、どんなに矛盾に満ちていたとしても大丈夫。
どんなに絶対絶命でも私たちは勝利できる。

信心は観念ではない。体験です。
文証、理証はもとより、実証です。
その実証は、創価の唱題と実践で得られます。

今、絶望的な苦難の中でもがき苦しんでいる人もおられましょう。
馬鹿にされ虐められて、死にたいほど悔しい思いをしているかもしれない。
未来は暗闇に包まれ、出口すら見えないかも知れない。
でも、絶対に乗り越えられると大聖人がお約束くださっている。
創価三代の師弟の人生がその実証です。

さあ、苦楽共に思い合せて祈りましょう!
人生勝利の体験を掴みましょう!

追伸:自力本願という仏教用語はありません。
他力本願の念仏に対峙する俗語です。
上記文章は、その俗語を使って気持ちを表現した文章です。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

# by sokanomori3 | 2017-11-22 05:53 | 希望の哲学


創価の森通信Freedom   音声ソフト対応BLOG


by sokanomori3

プロフィールを見る

外部リンク

検索

カテゴリ

全体
ご案内
自在会情報
ひらがな御書
ひらがな御書物語り
ひらがな御書に学ぶ
自在の人
妙音・自由の人
前略 千早さま
千早抄 (体験談)
千早美術館
日本点字図書館見学記
視覚障がい書籍紹介
盲導犬
読者の皆さまへ
創価の森の小さな家
創価の森通信フリーダム
別館のご案内
座談会御書
勤行 唱題
体験談
創価学会歌
管理人より
聖教新聞
大白蓮華
グラフSGI
日蓮大聖人
牧口常三郎先生
戸田城聖先生
池田大作先生
池田先生の詩
一般書籍のご案内
学会書籍のご案内
ポエム
幹部指導
健康づくり
怪我・病気対策
健康ジョギング
障害者スポーツ
創価学会の記念日
創価学会総本部
公明党
仏法用語
御書の登場人物
新人間革命読書感想文
創価ニュース
政治
紛争・災害ニュース
九州大震災
希望の哲学
つぶやき
雑記帳
創価学会批判
創価学会の問題
夢修行
料理は魔法
大工は魔法
良死の準備
宮田幸一氏問題
サカマキガイ駆除
任用試験
日本・世界遺産見学
フェイクニュース
私の仕事
日顕宗
沖縄の戦争
公明党候補一覧
未分類

最新のコメント

只今、メールしました。 ..
by sokanomori3 at 12:36
誓願さん、おはようござい..
by sokanomori3 at 05:32
只今、メールしました。 ..
by sokanomori3 at 05:28
ちなみに、私は創価の森に..
by 誓願 at 22:54
こちらこそ返信ありがとう..
by 誓願 at 00:18
非公開さん、こんばんわ。..
by sokanomori3 at 23:46
誓願さん、再びこんばんわ..
by sokanomori3 at 23:41
池田先生の「すべて知って..
by 誓願 at 23:13
非公開さん、こんばんわ。..
by sokanomori3 at 22:37
千早さん、こんばんわ。 ..
by sokanomori3 at 22:33
誓願さん、こんばんわ。 ..
by sokanomori3 at 22:28
菊川さんと※※さんの関係..
by 誓願 at 22:04
菊川さん、お疲れ様です。..
by 誓願 at 22:01
そうなんだ‥ 勉強にな..
by 千早 at 10:40
非公開さん、おはようござ..
by sokanomori3 at 05:13
凡ちゃんさん、おはようご..
by sokanomori3 at 05:11
近所で工事をやっているの..
by 凡ちゃん at 00:21
兵一さん、こんばんわ。 ..
by sokanomori3 at 21:07
いつも励みに読ませていた..
by 兵一 at 14:04
そうこさん、こんばんわ。..
by sokanomori3 at 20:39

リンク

以前の記事

2018年 11月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月

ブログジャンル

ボランティア