カテゴリ:牧口常三郎先生( 4 )

牧口初代会長の畳水練の譬え


☆実践しないと分からない。

11.18、創価学会の日が到来しました。
本年は牧口先生の殉教70周年であり、厳粛に受け止めています。
そして、牧口初代会長に深く御礼と感謝を申し上げたいと存じます。
さて、先日の聖教新聞(11月15日)に、牧口先生のお言葉が掲載されていました。
「行学で飾る創立の日」と題された随筆の中で、池田先生が語られていたもの。
以下に、そのお言葉を抜粋します。



水泳を覚えるには、水の中に飛び込む以外にない。
畳の上では、いくら練習しても覚えられるものではありません。
勇気を出して自ら実験証明することです。




軍事政府の圧迫が強まり、機関誌「価値創造」は廃刊。
その緊迫下に、「母を折伏したい」という青年のために、福島県郡山まで出向いたときの牧口先生の言葉です。いかなる時も、勇んで動かれる先師であられた。

畳水練(たたみすいれん)‥
今の若い人たちにとっては死語かもしれない。(^^)
宗教の是非は、文証(もんしょう)や理証(りしょう)もあるけれど、実際にやってみなければ分からない。水泳は、水の中でしか覚えることはできない。
タネがある。「これはリンゴのタネで、美味しいリンゴが採れるよ」と言われても、実際に植えて育ててみないと分からない。
本物のタネだったとしても、発芽しないかも知れない。
発芽してもリンゴではないかも知れない。
大事なことは実際の結果である。実証である。
それを、牧口先生は実験証明と言われました。
実践し、実証を示すことこそ、創価の本当の折伏だと私は思います。
そのためにも、しっかりとこの妙法を抱き、現実の世の中に飛び込み、荒海を乗り越えられる自分を作れるかどうか‥
宗教の正邪を文字面だけで闘ってみても仕方ない。
実証で勝負です。その現実で正邪を決すべきですね。
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追伸:記念すべき11.18に衆院選が決定しましたね。
準備なき選挙ですが、悔いなく戦いたい。

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by sokanomori3 | 2014-11-20 06:21 | 牧口常三郎先生 | Comments(2)

価値論 (序文)


☆戸田第二代会長の序文。

価値論 冒頭には、戸田城聖先生の序文が収められている。
以下に、その 序文を抜粋する。



○価値論 補訂再販の序(じょ)

恩師 故(こ) 牧口常三郎先生が 獄中に逝いて 既に 10年、きたる 11月18日をもって 十周忌 を迎えることとなった。
先生の御一生を通じて 特に先生の偉大な御功績の 思想的な背景となったものは、実に 此の価値論である。
世間に於いて 価値問題が最初にとり上げられたのは 経済学においてであった。
しかして 経済的価値は利の価値である。
従来の哲学は 真 善 美の追及を人生の理想となしてきたが、真理は価値でないのみならず 我々の最も身近であり、しかも 価値問題の本質となるべき 利の価値を忘れていたことが 根本的な誤りである。
先生は 早くも この誤謬(ごびゅう)を発見して、真 善 美に代わるに 利 善 美の体系を打ち立てられたのであった。
先生は 広く これを世に問うために、創価教育学体系の出版に着手されたのであったが、当時の哲学界は 全く西洋流の哲学に押されていた。
しかも このようにドイツ哲学に傾倒している世界の哲学界が 先生の学説を理解するためには、先生の没後 30年はかかるであろうと申し上げたことがあった。
これを聞かれた先生は 多少御不満のようであったが、事実は その通りになろうとしている。今 ここに 先生の十周忌を期して 先生の価値論を 校訂増補し、世界の学界に問わんとするものである。
(以下、省略)



以上は 昭和28年9月に 戸田先生がしたためられた 価値論の序文である。
戸田先生は 恩師 創価学会の初代会長の十周忌に、くしくも 第二代会長として 創価思想の根本原理である価値論を補訂して 出版なされたのである。

牧口常三郎著 価値論は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-02-13 21:30 | 牧口常三郎先生 | Comments(1)

牧口常三郎著 価値論


☆価値論の読書感想文.

以下に 価値論の書籍の写真を添付します。
b0312424_2302930.jpg

写真解説.
表紙に 価値論 牧口常三郎 戸田じょうせい補訂と書かれた193頁の本です。
庭園の風景写真が表紙に印刷されています。


創価学会はどこから生まれたのでしょうか。
それは、初代会長と二代会長の師弟の間から生まれました。
初代会長の創価教育学説がその源です。
その学説の根幹をなすものは価値論でした。
このほど、牧口初代会長の価値論を拝しましたので 以下に感想を述べます。

○価値論の目的。

初代会長は、価値論の冒頭に次のように述べられています。

「創価学説の目的とする所は 個人にとっても 社会にとっても 全人類の一人一人が 無上最大の幸福を獲得するにある。その幸福の要素は すべてが価値の創造である。
人々は 日々 月々 年々にわたって 如何なる価値を獲得し、如何なる価値を社会に提供できるか、その為にこそ 努力精進しているのが 人生の実相である」

「幸福なる生活とは、結局は 価値を遺憾なく獲得し 実現した生活の状態を云うのである。価値の考察は 単に人生の目的観念として必要であるのみならず、不幸の生活を打開して 幸福な生活を確立する為に必要である」

すなわち、人々を幸福に導くために 価値論を著されたのです。

○価値とは「利 善 美」である。

過去の哲学では、価値は「真 善 美」と認識されていました。
対して、初代会長は「利 善 美」であると説かれました。
(本書では、主に「美 利 善」の並びで説明されています)
経済で最も重視されている価値の「利」が 旧価値論に定義に含まれていないことに疑問を呈され、真理に代わり利(利益)の概念を加えられました。

初代会長は、本書の中で、
「真理は不変である。しかし価値は変わる」
「真理は創造することはできない。価値は創造し得る」
「価値は美醜(美しいか醜いか)、利害(利益か損害か)、善悪(社会全体にとっての良し悪し)の3つの視点から論じられるべき」
と主張されています。

○日蓮大聖人の仏法が最高の宗教。

書籍後半に 宗教の価値が述べられています。
その中で キリスト教や念仏信仰を きっぱりと否定されています。

「科学と反する宗教、対立する宗教は真実の宗教ではない」

「処女が子供を生んだり 死んでからうろうろ歩いているキリスト教のごときは 根本が誤りである。さればその宗教を正しいとするためには 科学と対立することとなる」

「死んでから十万億土の西方浄土へ生まれるという事は釈迦の一時的仮説であっても 証明も 説明もなし得ない事であるから 科学とは妥協できないのは云うまでもない」

「真実の宗教は 科学的な実験証明がなされねばならぬ」

「日本で役立っているが印度では駄目だとか 百年前にはよかったが 百年後には役に立たなくなると云うものではならない」

「釈尊の研究の最高峰は法華経である」

「法華経に説かれた教えをごく簡単に云うなら、仏の境涯をさとり得たる人格の出現は一切を仏にせしめんとするにある」

「日蓮大聖人は一切衆生を幸福に導いて行く本尊を出現せしめた」

「この御本尊を信じて 南無妙法蓮華経と唱えるにあって、この実践行動によって 人類は幸福になりうる」

価値を追求された結果、日蓮大聖人の仏法が最高価値であることに到達されました。

○所感。

拝し 思ったことを述ます。
この価値論が、現代の創価学会の教義にいささかの違いもなく、一体にして不二であることに驚きました。
初代会長の境涯と覚知とが、戸田第二代会長、また池田第三代会長と不二であり、現代の創価思想と正確に連鎖するに感動しました。

最後に、文末の牧口初代会長の宗教評価を示します。

「平和で幸福な社会を建設する為に 根本的な原理となり 基準となるものが宗教でなくてはならない。即ち葬式とか 法事などの形式は 宗教ではないのである。宗教とは 生活そのものの中に存在しなければならない」

創価学会の今に、完璧に符合する内容でした。

価値論の戸田先生の序文は、→ここをクリック!
その他 参考資料は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-02-12 23:23 | 牧口常三郎先生 | Comments(4)

価値の変化


☆価値の本質とは何か。

ここに10㎏の金塊(延べ棒)があるとします。
この金塊と 海上に浮かぶ流木とは どちらが価値があるでしょうか。
多くは、金塊だと判断することでしょう。
しかし、船が沈没し、海に投げ出されたときは どうでしょうか。
10㎏の金塊は重く、力尽きれば溺れることになります。
生きながらえるには、金塊よりも流木(りゅうぼく)が価値あるものです。
このように価値とは、立場や状況によって変化します。

以下に、牧口初代会長の価値論から、「価値の変化」に関する記述を抜粋します。



○価値は変化する。

ここに木炭が十俵あり、冬に五俵を使って あと五俵残ったとする。
冬の初めには相当の価値があった木炭も、夏になれば 評価主体には何の役にも立たない無価値のものになった。
勿論 次の冬の到来を予測し、この意味では未来の価値を約束されているものの 少なくとも盛夏の季節に 暖を取る目的に於いては無価値である。
次いで 冬が来ると 再びこれが 暖を取る目的に於いて 価値を有することになる。
何ら価値のないものとして放棄されて顧みられないものでも、人により 時代により 場所によって 価値が生ずることは、我々の常に経験する所である。

例えば 瓦の破片のごとき、瓦としては何の役にも立たないものでも、もし 凹地の埋め土として使うならば 僅かばかりでも 役に立つこととなる。
即ち 一定の目的があった場合に於いて、初めて価値を生ずるのである。
これに反して、目的に不相応であれば 反対に邪魔となり、従って有害なる反対の価値が発生する。
しかし これは その個人によってのみ無価値な存在であって、他の人にとり 又 社会にとって 必ずしも無価値でないことはいうまでもない。

尚 炭は灰となってしまった時、今まで持っていた価値を失って、暖を取る意味において何ら 主観を引きつける力を持たない。即ち価値を失ったのである。
しかし灰は 肥料として別の価値を有する。
このように 価値の有無は 絶対的なものでない。

○善も変化する。

ランプは、明治時代には非常に重宝がられたものだが、電燈が普及した現代には 殆ど 一顧の価値ももたない存在となったばかりか、どの家庭でもかえって邪魔もの扱いされている。
価値の特質として、利益という場合、目前の小 利益から 一生一代の大利益まで 無数の段階がある。
同様に 害も 一時的な小 害から、生命に及ぶ大害がある。
善悪は、 時間的空間的な拡がりによって 大小が決定される。

その当時は 善であったとしても、行為が時間の経過とともに悪と評価されるは小善であり、幾十年、幾百年の後までもゆるぎのないものは大善である。
小さな社会で善と判断される行為が、それよりも更に大きな社会から見れば悪と表現される如きは小善であり、世界人類に共通する善行は大善といえるのである。
かくて小 善が 大善に対するときは悪と判断され、小利(しょうり)が 大利(だいり)に対するときは損と判断される。
即ち 東京都において善であっても日本国に害となる行為は悪であり、日本国家において善行となされても 世界人類を害する行為は 悪と判断されるのである。

次善は悪である。
大善に反対するすべての中善、小 善はみな悪となる。
あたかもローソクもランプも それぞれの効用はあるが、電燈が表われたら すべて無益となるばかりか かえって邪魔になるから 火を消して どこかに片づけてしまう。
さらに 太陽が出ると 電燈も邪魔になるから消すのと同様に、今まで善と信じられていたものでも それ以上の大善が出現するときにおいては 素直にこれに従うべきであり、従うことができないで 自己以上の大善に反対し嫉妬するがごときは 善が変じて 大悪となるのである。



(以上、第三文明社 価値論 より)

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by sokanomori3 | 2014-02-12 22:42 | 牧口常三郎先生 | Comments(3)


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