カテゴリ:視覚障がい書籍紹介( 13 )

4歳で失明した女性の本


☆鳥たちが空を教えてくれる.^^

公明新聞のコラム「北斗七星」。
そこに、全盲の女性が書いた本の内容が語られていた。
本の名は「鳥が教えてくれた空」。
その本の文章の一部が紹介されていた。
「たとえば餌を見つけたとき、スズメは小刻みなけたたましい声で “ジュク ジュク ジュク ジュク” と繰り返し仲間を呼ぶ・・」
この本の著者 三宮麻由子さんは、4歳の時、一日にして失明したという。
成長に伴って目が見えないという現実の壁にぶつかる。「その彼女が野鳥を通して自然と接し、やがて自分自身の役割に目覚め」て、この本を書き著したという。
目が見えない人が空を見る時、小鳥のさえずりはまさに天の恵だろう。
太陽光が皮膚に伝わり、風の音や鳥の声が天空の存在を知らせる・・
このコラムを見ながら、千早さんのことを考えた。
千早さんの見る空とは、どんな空だろうかと。(^^)
千早さんの記事は、→ここをクリック!



<三宮麻由子さんのプロフィール>
東京都生まれ。上智大学フランス文学科卒業。同大学院博士前期課程修了。
外資系通信社で報道翻訳。エッセイスト。
著書、「鳥が教えてくれた空」NHK学園「自分史文学賞」大賞受賞。
「そっと耳を澄ませば」日本エッセイストクラブ賞受賞。
その他、著書多数。以下に書籍を紹介するホームページを示す。
そのホームページは、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-07-19 22:39 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(2)

期待を超えた人生 (読書感想文)


☆障がいの垣根を取り除く本.

ローレンス・スキャッデン氏の「期待を超えた人生」‥
それは、人生の勝利者の物語でした。
彼は目が見えません。けれど、栄光の人生を築きました。
スキャッデン氏は科学者となり、政府要人ともなりました。
普通の人たちでも成しえないことを成し遂げたのです。

○千早さんのこと.

目の見えない人との接触は、私は千早さんとの出会いが最初です。
耳が聞こえない、あるいは車椅子などの身体障がいの人とも接触はありませんでした。
ですから、当初、私は千早さんを「とても可哀そうな人」と認識していました。
千早さんとメールでやりとりしても、電話で話しても、やはりその感情はありました。
当時のメールの記事は、→ここをクリック!
しかし、千早さんにお会いしたとき、その認識はまったくの間違いだと気付きました。
現実の千早さんは、独立開業された立派な社会人だったのです。
一度目の出会いは、→ここをクリック!
二度目の出会いは、→ここをクリック!
私はこの出会いから自在会のことを知りました。
詳しく自在会の人たちを知りたくて、視覚障がいに関する本を読むようになりました。
どれも人生の勝利者ばかりでした。勿論、そうでなければ本にはなりませんが‥
勝利者というのは、自らが置かれた環境をフルに活用し、足下の泉を発見する人のことを言うのでしょう。

○書籍の特徴.

さて、書籍「期待を超えた人生」には、2つの特徴があると思います。
1つに、視覚障がいの中で生きるとは何かということについて、とても数多くの説明がされているということです。
目が見える人にとって不思議に思うことが、分かりやすく書かれています。
2つに、著者が目以外の身体的機能をフルに活用した名人、達人であるということです。
障がいは誰しもあります。大なり小なりあると思います。
肉体的、能力的、精神的、あるいは環境的に、乗り越えられないことが沢山あるのが人生です。しかし、その障がいがありながらも、工夫し、挑戦していくならば、思いもかけない道が開かれるということを教えてくれているのです。
この本は、障がいがあったとしても、他の能力を駆使すれば健常者と互角に生きていけるだけではなく、より大きなメッセージを人々に与えることができることも伝えています。

○所感.

読み終えて思うことは、ハンディのある人たちには、そのハンディを穴埋めする道具の提供が必要不可欠であるということです。
この世界は、健常者だけのものではありません。
目が見えない、あるいは耳が聞こえない、あるいは身体機能に障害がある人々が、平等に生きられる社会を提供しなければなりません。そうでなければ不公平だからです。
そして、この本を読んで、ひらがな御書の使命を再認識させられました。
コンピューターのパワーを駆使する時代が来ていることを教えられたのです。
今、点字の御書はありません。御書拝読のテープもありません。だからこそ、将来、出されるであろう点字御書や正式な音声ホームページの「つなぎ役」として、微力ながら「ひらがな御書」を制作しています。ひらがな御書は、→ここをクリック!

以下に、本書「期待を超えた人生」の別記事を添付します。
まえがきの記事は、→ここをクリック!
著者の人生は、→ここをクリック!
本書の内容は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-09-22 20:45 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(4)

期待を超えた人生


☆見えない生活を楽しむ.

以下に、「期待を超えた人生」の書籍表紙の写真を添付いたします。
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写真解説.「青色の表紙に 鳥が空に向かって飛び立つイラストが描かれ、黄色の文字で「期待を超えた人生」、続いて「全盲の科学者が綴る教育・就職・家庭生活」、ローレンス・スキャッデンと記されています」

このほど、全盲の科学者ローレンス・スキャッデン氏の本を読みました。
その著者の人生は、→ここをクリック!
本書「期待を超えた人生」の中には、興味深い内容が多数語られています。
その一部を抜粋し、以下にご紹介します。
(コンパクトにするため文章を変えています)

○反響音.

私の親しい友人には、盲導犬を使っている人がたくさんいます。
「なぜ盲導犬を使わないのですか?」と聞かれるとき、私はときどきふざけて「白杖には餌をやらなくていいからね」と答えます。
これも事実ですが、現実には、忙しいスケジュールに、盲導犬を散歩させたり、餌をやったり、手入れをしたりする時間を使いたくなかったのです。
私は盲になってから、大事なスキルを学びました。
それは教えられたものでも、頭で理解したものでもありません。
両親は、私が遊びに行くときに電柱やクルマを避けて行くのをよく見ていました。
私に若干の視力が残っているのだと思っていたらしいのですが、実は足音からの反響音を使っていたのです。これを反響定位(Echolocation)と言います。
1749年、フランスのデニス・ディデロは、「一人で歩く盲人が、障害物を発見して避けることができる」ことを観察して論文を書きました。
ディデロは、その人の顔に当たる空気の流れが変わるのだと結論づけました。
その後、150年間にわたり、いろいろな議論が繰り返し行われ、温度変化や磁気、電気、あるいは第六感であるとも言われました。
これに対し、ダン・キッシュの研究では、必要不可欠なことは「聴覚」で、周囲に騒音がなければ対象物を安定して感知することができると結論付けました。
その通りです。見える人の多くは、実際に起こっている反響音をほとんど聞いていませんが、盲の人はいつも周囲の音にすべてを集中しています。
私は舌でチッという短い音で距離を測ることができます。
ロサンゼルスの学校では、この舌打ちは悪い習慣だということで「舌打ちをしないように」と生徒に言っていましたが、先生はこのテクニックがいかに私たちに役立つものかを知らなかったのだと思います。
反響音は、弊、壁、垣根の位置、木の葉の茂り具合などの情報を与えてくれるのです。
私の反響定位能力は、若いころのように鋭くなく、年齢と共に聴覚が鈍ってきています。
かつて聞けた高い音はもう聞こえません。
20代、30代のときのものとは比べ物になりません。

○人生の楽しみ.

青い海、緑の森林、滝、小川、白い雲の塊が浮かぶ青空、日没、満天の星空‥これは私が最も大切にしている、最も恋しく思う光景です。
でも、私はこれらを体験し記憶できていることを幸せに感じています。
風景の説明を受けることは大変嬉しく、詳しければ詳しいほどありがたいです。
妻、娘、あるいは孫の顔を見えるようになりたいか、と聞かれることがあります。
もちろんそう思います。
でも、私には彼らがどんな顔なのかは想像ができます。
そして、この内的な覚知で充分だと思うのです。
美しい声を聞くこと、すばらしい香水や自然の香り、そして肌から伝わる触感‥
視覚は、離れたところにある美しい光景を知るときに強みを発揮しますが、視覚以外の要素は状況においては、視覚よりも向いていることがあります。
目の見える人は、視覚が他の感覚チャンネルを減退させるままにして、得られるべきその楽しさと美しさを逃しているようです。

私は行ったことのないところに行くことが大好きです。
有能なツアーガイドが付いてくれると、ちょっとした短い旅行でも楽しいものになります。
一方、だめなツアーガイドは、本来ワクワクするようなはずのもを退屈なものにしてしまいます。
私は音楽を聴くことが好きです。本を読むことも好きです。
社交ダンスは運動として好きですが、その面白みは、音楽に合わせて踊るときに、しっかりと協調するスキルを他の人と共有するところにあります。
さらに私は、自然の中を歩き、他の人と自然を共有することが大好きです。
嫌いなものは、ほんの少しだけです。
同じことを何度も繰り返して議論する委員会は嫌いです。
度量の狭い人も嫌いです。視野の狭い人とは話をしたくありません。
意見を交換し、実りのある会話ができないからです。
私の人生は、これからも大いに楽しめるものであり続けると思います。
とくに、私が付き合いを大事にしている人と共有できるときはそうです。

○著者からのメッセージ.

私の生涯を振り返るとき、タオル掛けから後ずさりし、兄が母に「ラリーの目から血が出ている」というのを聞いている自分を思い出します。
60年以上経った今、その少年と母親のことを悲しく思いますが、私の悲嘆はそのとき以上になることはありません。
その少年は、喜びと成功の人生、すべての悲しみと嘆きを超えた経験を学んだのです。
さて、私から伝えたいメッセージがあります。
盲の子供に、私と比較して「ローレンスはこれをうまくやったのに、なんでお前はできないんだ」と言わないでください。才能は皆、違っています。
子供が小さい時には、その子の才能や興味を性急に判断すべきではありません。
いろいろなことをやらせてみるべきです。
その中で、両親ができることはいくつかあります。
盲の人も、見える世界の中で仕事を競い合い、地域の活動に積極的に参加していく必要があるので、できる限り自立することを助けることです。
服を着ること、身なりを整えること、一人で食事をすること、自立歩行などです。
そして、両親は、できる限り毎日、いろいろなことを書いている本を読んであげることを強く勧めます。遊びのためではなく、知識的基盤を作り上げるためです。
そして点字を学ばせることです。
加えて、画面上のすべてが読める専用ソフトの入ったコンピューターを持つことは絶対に必要だと思います。
これはスクリーンリーダーと呼ばれ、キーボード操作とコマンド操作を憶えれば、盲の生徒も他の生徒と充分に競争することができるのです。
コンピュータのパワーは、とても大きなものです。

次に、読書感想文を申し上げます。
その記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-09-21 16:02 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(0)

宿命を使命に変えた人


☆ローレンス・スキャッデン氏の生涯.

スキャッデン氏は、書籍「期待を超えた人生」の著者である。
彼は5歳の時、バスルームでタオル掛けを引っ張ったとき、タオル掛けの留め金(とめがね)が外れ、転倒して左目を深く傷つけてしまう。
数ヵ月後、右目は交感性眼症(こうかんせいがんえん)で失明。両眼の視力を失った。
交感性眼炎とは、傷ついた部位の機能を取り戻すために全ての力を集約した強い免疫力が体の一部分に異常に働き、正常な部位が障がいを起こすもので、左目の損傷から右目の機能が失われたものである。
こうして、ある日を境にローレンス少年の視力は完全に消失した。
全盲になってからも兄や近所の子供たちと遊んでいたが、ローレンス少年が参加できる遊びはすぐに少なくなり、やがてまったく無くなった。

○盲学校に入学.


彼は1945年2月、ロサンゼルス32番街盲学校に入学。
初めて学校に行った日のこと。
クラスには1年生、2年生の10人くらいの子供たちがいた。多くの生徒は、自分自身で動くことを習っていないため、動き回ることを理解していなかった。
「ジャンプ」という言葉すら知らない子供もいた。
点字を学んだ。最初の単語はボール、2つめはキッチン、3つめは家‥
点字を読んだとき先生が褒めてくれた。
ローレンス少年は有頂天になり、勉強に熱中する。
数学、地理、科学‥彼は勉強が大好きになった。
学校の人種構成は、50%が白人、25%がラテンアメリカ系、15%がアフリカ系、10%がアジア系とユダヤ系だったが、生徒たちは出身や宗教の違いには気をとめていなかった。
肌の色の違いは、もちろん見えない生徒には何の影響もなかった。
お互いに同じに見えていたのである。
彼は、盲学校の人種的多様性の環境から偏見のない人格を育まれた。

○科学者になる.

当時、盲人の行く末は、ミュージシャンかホームレスだった。
両親は、街角で鉛筆を売っている盲人のようにしないためにローレンス少年にピアノを習わせたが、教師は「この子は学習能力が音楽の才能よりもはるかに高い」ことを理由に、高等教育を受けさせるように導いた。
ローレンス少年は、やがてレッドランド大学に進学、卒業後、カルフォルニア大学院で政治学を修め、さらにパシフィック大学で心理学の修士を得た。
彼は「触角と聴覚による盲人の知覚に関する研究」を進め、やがて見えない人が触って分かるビデオ画像ディスプレイ技術の研究を行うようになった。
1968年、触覚的視覚代替システム(TVSS : tactile vision substitution system)の試作機が完成する。
以来、彼はこの装置を使い、盲人を協力者として集めてテストを繰り返すうちに、個々、盲人といっても間隔、能力が違うことを学んだ。
スキャッデン氏はやがて、200近い論文や記事を書き、有名な「ネイチャー」誌に論文掲載までも果たすのである。
やがてアメリカ盲人援護協会から最高の栄誉であるミゲルメダルを受賞、科学者としての揺るぎない地位を獲得する。

○勝利者になる.

1969年、テレビ脚本家からの依頼で、スキャッデン氏のプロジェクトを使いたいとの打診があり、放送されることになった。
彼の元には沢山の手紙が届いたが、有名になると批判も増えた。
嫌がらせの手紙、詐欺まがいの手紙が沢山寄せられた。けれど彼は、博士号を取得、大学教授となり、障害福祉分野で大きな影響をおよぼす人物となる。
彼は、ソニアという女性と結婚、2年後に女の子が生まれた。

「視力があったら何をやっていたと思うか」という質問に、彼は次のように答えている。
「私が見えていてもこれ以上の成功はしなかったでしょう」
「目が見えていたとしても、見えない場合よりも多くの業績を挙げられたとは思いません」
「私が感覚知覚や障害のある人のための技術分野を専門としたのは、私が盲だったからです。もし目が見えていたら、数多い科学の分野で、私をワクワクさせる分野は何だったかを想像することはできません」

まさに、スキャッデン氏は「宿命を使命に変えた人生」である。
障がいを武器として世に貢献した大勝利者である。
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-09-20 17:30 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(5)

期待を超えた人生(まえがき)


☆全盲の科学者が書いた自伝.

「期待を超えた人生」(323ページ)という本がある。
全盲の科学者、ローレンス・スキャッデン氏が書いた本である。
以下に、日本点字図書館理事長の冒頭文と著者のまえがき(一部抜粋)を紹介し、その上で、本書の読書感想を述べたいと思う。
日本点字図書館記事は、→ここをクリック!

○序・見えなくなって残念なことは何か.

2011年夏 日本点字図書館理事長 田中徹二.

「スキャッデン氏の失明は5歳ですが、私は20歳のとき盲人としての生活を始めました。2人とも盲導犬は使わず、白杖による単独歩行をしましたが、空間認知の能力はかなり違ったようです。
見えなくても前に物体があるときに感じる圧迫感は、フェイシャルビジョンと言われますが、これは聴覚によってもたらされるものです。
この判断能力は、スキャッデン氏のほうがかなり優れていたようです。
そうした能力もさることながら、私が彼にかなわないと思うのは、旺盛な好奇心と実行力、それにねばり強さです。
それはスキャッデン氏が視覚障がいを持ちながら、大学教授や政府機関の要職など、高い社会的地位を獲得していった経緯によく表れています。
「もし見えていたらどうなっていると思うか?」
「見えなくて残念なことは何か?」といった、よく聞かれる質問に対する答え方も妙(みょう)を得ています。「うまい!」と思いますし、まったく同感です。
本書は、視覚障がいを研究しようとする人、視覚障がい児をもつ両親、家族、取り巻くすべての人々に、大きな示唆を与えてくれます。
また、これまであまり視覚障がいと縁がなかった人々に読んでもらえば、盲についての知識が増え、私たち視覚障がい者にとって、知識のなさからもたらされる差別に苦しまなくてもすむようになるでしょう」

○まえがき.

著者 ローレンス・スキャッデン (アメリカ人).

「この本はただ自伝を書いたものではありません。
「トラウマ物語」を書くつもりもありません。
誰もが何かしらの困難を背負って生きていて、私の場合はたまたまそれが、見えない、ということだったのです。
しかし、人間は適応力があり、柔軟性に富み、困難があっても、楽しく、生産的に生きることができるのです。
私よりもっと大変な状況にある人はたくさんいます。
たとえば、私はインドの最も貧困なスラムに行ったり、アメリカを含む多くの地域での困窮状態を観察したことがあります。
私はこういう人たちのように、単に生き残るだけの生活よりも、見えない、というほうを選びたいと思います。
障がいについての本は、昔からだいたいにおいて、盲は身体障がいの中で最も悪い事態だと多くの人が考えている、と書いてあります。
私はいろいろな障がいについての相対的な良し悪しを議論するつもりはありませんが、私としては、ろうや重度の知的障害よりも盲のほうがいいと思っています。
私はあらゆる種類の障がいのある人や慢性病の人と知り合いになりましたが、人が克服できない障がいはないと考えています。
私は、私の経験や考え、意見を聞かせてほしいとよく人から言われます。
質問は子供のほうが説得力があります。子供は私が当惑するだろうとか、傷つくだろうなどといった恐れに縛られることはないのです。
私は率直に答える用意があるのだけれど、大人はとっても控えめです。
この本は、私がいつも聞かれることへの答えを出す良い機会だと思っています。この本で私が望みとするのは、知っていただきたいことを伝えること、楽しんでもらうことです」



以上が、冒頭文章の抜粋です。
著者は「誰もが何かしらの困難を背負って生きていて、私の場合はたまたまそれが、見えない、ということだったのです」と記している。
目が見えない、イコール不幸‥それは違います。それはまったくの偏見です。
私は千早さんとお付き合いさせていただき、そのことを知りました。
勿論、その困難は小さくはありません。けれど困難を克服し、輝くことができるということを私は千早さんから学んだのです。
千早さんの紹介記事は、→ここをクリック!

次に、著者ローレンス・スキャッデン氏の人生を語ります。
スキャッデン氏の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-09-20 00:08 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(5)

風になってください


☆43編のエッセーを収録.

以下に、書籍「風になってください」の本の表紙写真を添付します。
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「本の表紙には、コスモスの花(ピンクと赤)が咲いている爽やかな写真があり、表題の「風になってください」の黒文字と、サブタイトル「視覚障がい者からのメッセージ」の赤文字が表記されています」

「風になってください」という本がある。
全盲の著者(松永信也氏)が日常の出来事を詩的に書きつづったエッセーである。
本書に収められている43のエッセーの表題を 以下に示す。

「海に落ちる夕日、なぜサングラスをかけているの?、小さな手、飛行機雲、クリスマスブーツ、林檎、音響信号、エスカレーター、大晦日の夜の仕事、新しい白杖、道先案内講演会、白杖の先で落ち葉のコンツェルト、目くらさん、こっち そっち あっち どっち?、空いている席、外国人、あんな人達、暖かい文字、ささやかな幸福感、さりげなく、花束、春告雨、ヒヤシンス、波、深緑、シクラメン、清水寺、木漏れ日、キンモクセイ、喫茶店、ポケットティシュ、戦争反対、メルトモ、メリークリスマス、バイクの少年、シックスセンス、声の記憶、線香花火、雪の情景、夢、がんばれタイガース、阪急電鉄 桂駅、視線」の43編。

1つ1つのエッセーが、見事に著者の人生を描いている。
その中の「飛行機雲」と「音響信号」の2編をご紹介する。
(文章は抜粋であり、一部内容を改変しています)

○飛行機雲.

大阪に向かう電車に乗った。
白杖は折りたたんでお尻の後ろに置いた。
親子連れが乗ってきて、4人掛けの残りの座席が埋まった。

窓の外の雲を見ながら、子供たちの話が弾んだ。雲が電車に見えるとか、犬、ウサギ、さらにはテレビマンガの主人公らしきものが出てきたとか。
しばらくして、子供たちは不思議な雲を見つけた。
車窓から見える空に、一本の長い雲。
「トイレットペーパーみたいだ」と笑い始めた。
「神様がウンチをした」というところで、母親のストップがかかった。
次の駅で降りるらしい。
準備を始めたお兄ちゃんに、僕は声をかけた。
「楽しかったよ。あれはね、飛行機雲って言うんだよ。飛行機が飛んだ後にできるんだ」
子どもたちとお母さんは「ありがとう。さようなら」と言い残して降りて行った。

僕はしばらく とっても幸せな気持ちで空を眺めた。
そうそう、結局 あの家族は、僕が見えない人間だということに気付かなかった。
それはそうだろう。本人の僕が忘れていたのだから。

○音響信号.

音響信号は確かに便利である。
でも、安全ではない。
音響信号が教えてくれるのは青になったということと、だいたいの方向だ。
音に向かってまっすぐ歩くなんて そう簡単なことではない。
実際、日常の僕は たいがいどちらかにゆがんでしまう。
音響信号の音を察知しながら、歩行者の足音や、進入してくる車のエンジン音に気を配って、まっすぐ歩くなんて神業だ。

僕たちは視覚に障害を持った普通の人間で、特別な能力の持ち主ではない。
音響があろうがなかろうが、横断歩道を渡る間だけでも、誰かが肘を貸してくださったなら、それ以上の安全はないのだ。
ちなみに僕の地元の音響信号は、夜7時から朝の7時までは音が鳴らないようになっている。近所迷惑だからだろう。
京都の音響信号は南北がピヨピヨ、東西がカッコーの音が基本になっていて、よく方向を見失う僕たちにとっては結構役に立っている。
ただ、ちょっと違う土地に行ったら「通りゃんせ」が流れてたりして困る。
こんなところだけ分権なのかなあ。

音響信号なんかなくても、そこに暮らす人々が 気軽にサポートしてくれる社会、
そっちの方が未来形だと思うんだけど。
誤解のないように、
音響信号を否定しているわけではありません。
ただ、あれで安全と思われると困るものですから。

○所感.

何度読み返しても飽きない、素晴らしい本である。
今の話もあるし、子供時代の話もある。
読み進めて行くと 著者自身の全体像が見えてくる。目が見えずとも、晴眼者と変わらぬ生活があり、人生を深く味わい、楽しんでいることに気付かされる。

「飛行機雲」では、本人自身が 自ら 視覚障がい者であることを忘れている一コマが述べられ 微笑ましいエッセーになっているし、「音響信号」は、例え音響装置のある信号機でも、サポートをしてあげることの重要性が述べられている。
学ぶべきこととは、視覚障がいとは 特別、辛いとか 苦しいという問題はなく、晴眼者の心情や生活と何も変わらないのであり、しかし 移動や歩行といったことにおいてはサポートを受けることは「感謝に値する」ことだということである。

晴眼者が困惑するのは、目が見えないということの現実を知らないことで、手助けのつもりが大きなお世話、有難迷惑になることだろう。けれど、視覚障がい者のことを知ることは、小さな心使い、小さなサポートができることにつながる。
まったく見知らぬ人のサポートをすることは、最初、勇気がいるかも知れない。
けれど、この1冊を読めば、そのチャンスを生かすことができる。
読めば、全員が感動するだろう。そしてハッピーになれるだろう。
とにかく、このように素敵な本なのです。(^^)

「風になってください」の参考資料は、→ここをクリック!
続編の「風になってくださいⅡ」は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-05-19 06:37 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(8)

風になってくださいⅡ


☆24編のエッセーを収録.

以下に、書籍「風になってくださいⅡ」の表紙の写真を添付します。
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「本の表紙には、薄い雲がかかった青空の写真(流れるような雲の写真)があり、表題の「風になってくださいⅡ」の黒文字と、サブタイトル「視覚障がい者からのメッセージ」の赤文字が表記されています」


全盲の著者(松永信也氏)が 日常の出来事を詩的に書きつづる。
そのエッセーは、以下の通り。
「風になってください、黄色の水仙、ありがとうカード、桜茶、ゆいちゃん、祈り、露草、不良少年、サンドイッチ、京言葉、診察券、阿吽坊(あうんぼ)、星、阿久根にて、転落防護柵、蛍、バリアフリー映画、大根役者、風の会、子どもの質問、お年玉、コンビニのおにぎり、乾杯!、握手」の24編。
以下に、その中から「星」と「子どもの質問」の2編(要約)をご紹介する。
(文章を短くまとめるため、原文の一部を改変しています)

○星.

子どものころから、僕は、星を見たことがなかった。
月は はっきり見えていたが 何度挑戦しても 星は見えなかった。
僕の目では、そのささやかな光は 確認できなかった。

ある日の夜、友人が「今夜は空がきれいだから、星を探そう」と言い出した。
バイクにまたがって、僕たちは深夜の川沿いの土手に向かった。
たわいもない話をしながら、
夜空を見上げていた僕は、微かに 輝くものを見つけた。
確かにそれは 星だった。
僕たちの頬を、熱いものがつたった。
その夜、僕は 何度もその星を見た。一度、視線を離した僕が、再度、闇の中から その微かな光を探すのは大変な作業だった。
友人は、僕の頭を手で持って、その星の方向に合せた。
何度も、何度も挑戦し、明け方には、ほとんど数秒でその星を探せるようになった。

45歳の若さで、その友人がこの世を去ったとき、
僕は、そっとベランダに出て、夜空を見上げた。
もう失明していた僕には、暗闇だけが存在していた。
それでも、僕は 長い時間、夜空を見上げていた。
友人は、星になった。

○子どもの質問.

僕は毎年、福祉授業などでたくさんの小学生に出会う。
子どもたちは素直に感じ 発言し、行動する。
目が見えない僕を、ほとんど何もできないと思っている子もいるし、かわいそうと言う子もいるし、不自由や不便がそのまま不幸につながると思っている子もいる。
これは紛れもなく、僕が見えていたころ、口にはださなくて、何となくイメージしていたことと同じなのだ。

僕は子どもたちに、視覚障がいの意味を伝える。何故なるのか、どんなことが困るのか、どんなにしてほしいのか、体験を交えながら伝える。
話を聞く子どもたちは、どんどん変化していく。
最初、教室に足を踏み入れたとき、少しこわばっていた空気が、時間とともに うんうんとうなずき、へぇーっとつぶやき、時には 微笑みだすのだ。
思いもかけない質問が飛び出すことがある。

「見えなくなって、良かったことはありますか?」
「神様が5分間だけ見せてくださるとしたら、何を見たいですか?」

授業が終わって、休み時間になると、子どもたちは近寄ってきて手伝いをしてくれる。
そして、手伝ってくれた子どもは、とてもうれしそうだ。
人間という生き物には、もともと、助け合うことを喜びと感じるDNAがあるのかもしれない。
それが、社会を構築していくエネルギーの源なのだろう。

○所感.

「星」を読んで、私はジーンときた。
「子どもの質問」は、私が経験したプロセスと同じで、「そうだよなぁ」と共感した。
「星」では、友人の死が語られ、その友人を思いながら 見えない目で夜空を見上げる著者がいて、何とも言えない感動が魂を揺さぶった。
「子どもの質問」では、最初、目が見えないという現実だけからみると、視覚障がい者は「不幸な人」、「可哀そうな人」と映る。しかし、接し、言葉を交わし、知りあうと、そのことが 不幸ではないことに気付く。
そして、子どもたちは 著者をさりげなくサポートできるようになる。
私は千早さんと出合い、ひらがな御書をスタートしたが、まったく同じプロセスであった。
ひらがな御書の千早さんの記事は、→ここをクリック!

「人間という生き物には、もともと、助け合うことを喜びと感じるDNAがあるのかも‥」
読んで「その通り!」と、私は共感したのである。(^^)
困ったときはお互い様だし、助け、助けられるのも当たり前。
そんなことは、特別なことではない。

「風になってください」の参考資料は、→ここをクリック!
初版の「風になってください」は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-05-17 07:51 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(4)

参考資料 「風になってください」の主張


☆視覚障がいを知ってほしい。


「風になってください」
2004年の初版本と 2013年1月の続編の2種類の本が存在する。これは、視覚障がい者の著者が 視覚障がいという世界の理解を広げようと書き表した本である。
以下に、この本の あとがき、はしがきを抜粋して紹介する。

○「風になってください」から.

10歳の頃、網膜色素変性症という難病であることが分かりました。
しかし、大きな変化があるわけではなく、それなりに普通に生活してきました。
穏やかな、平凡な人生をおくれればいいと思っていました。

35歳を過ぎたころから、目に違和感を感じ始め、39歳で仕事をやめる頃には、移動にさえ不安を感じるようになっていました。
それから1年後、私の目は ほとんど見るということができなくなっていました。
それでも、訓練のかいあって、失いかけていた行動の自由、点字やパソコンのコミュニケーション手段は獲得できました。
そして、見えていた頃の僕も、見えなくなってからの僕も、変わらない僕であることを確認できました。だた 見えない僕が、再度 社会参加をしようとすると、それはとても大変なことだと知りました。なぜだろう?
僕は「見えない」ということが、正確に知られていないことが一番の原因だと思います。
僕たちのことを知ってほしい、真実を伝えなければ‥
この本に込められた僕のつぶやきが、そのための道具になってくれればと思います。

今、この本を手にとってくださっている あなた、ありがとう。
この種(たね)を運ぶ風になってください。
理解は共感につながります。共感は力となります。
そして力は、未来を創造すると、僕は信じています。
(あとがきからの抜粋)

○「風になってくださいⅡ」から.

僕の目の前には、白っぽい灰色一色の世界が広がっている。
光も通さない、何も変化のない画像だ。
子どものころからビー玉を見失ったり、夜 見えにくかったり、確かに少しは目の悪い少年だった。不信に思った両親は、10歳の僕を大学病院にまで連れて行ってくれた。
そこで、網膜色素変性症だと判明した。治療法はないと告げられた。

40歳で見えなくなった。障がいを乗り越えてなどと表現されることもあるが、そんな勇ましいものではない。あきらめて、受け入れてしまったというのが本音。
ただ、見えなくなることが、そのまま不幸につながると思っていたのは、間違いだということを知った。見えていたころの僕も、見えなくなった僕も、変わらない僕なのだ。
見えない仲間、見えにくい仲間、見える人たち、
さまざまな人生の出会いは、僕に 幸せの意味や 人間の価値を考えさせてくれた。

2004年、「風になってください」というエッセーの出版をした。
「風になってください」は、毎年、少しづつ増し刷りを重ね、もうすぐ1万部になるだろう。
著者も出版社も予測しなかった奇跡が起きたのだ。
「理解は共感につながります。そして、共感は未来を創造すると、僕は信じています」
本当に、未来につながったのだ。
(序章からの抜粋)

○所感.

以上は、この本の著者の主張の概要である。
詩的なエッセーで、とても魅力的な文章が満載である。
1つ1つのエッセーに、魂が揺さぶられた。
何度読み返し、何度 涙したか。
著者がいう「風になってください」とは何か。「共感」とは何か。
その内容を 別記事で ご紹介します。

初版の「風になってください」は、→ここをクリック!
「風になってくださいⅡ」は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-05-16 06:17 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(2)

点字の本


☆「点字の市民権」を読んで。

以下に、書籍「点字の市民権」の表紙の写真を添付します。
b0312424_6143662.jpg

写真解説.
「全121ページの白い背表紙の本です。表題に“点字の市民権”とあり、その文字に添うように
赤い点が3つ並んでいます。とてもシンプルで美しい 表紙です」


「点字の市民権」
点字を学びたいと思い購入した本です。
一体、いつ、だれが 点字を考案したのか、視覚障がい者の人たちは、この点字をどのような思いで使っているのか‥
以下に、この書籍の一部を引用して 所感を述べます。

○著者プロフィール。

愼 英弘(しん よんほん)
1947年 東京に出生。在日朝鮮人二世。
小学校3年生の時に失明。現在は 明暗すらも分からない視覚障がい者。
1970年 大阪市立盲学校高等部(現在の大阪市視覚特別支援学校高等部)を卒業後、1975年 龍谷大学経済学部を卒業。1983年 大阪市立大学生活福祉学にて 博士号を取得した。
1997年 花園大学社会福祉学部 助教授、2002年 教授となり、現職は 四天王寺大学院人文社会学研究科教授である。著者に、「定住外国人障害者からみた日本社会」「盲ろう者の自立と社会参加」など多数。

○点字の市民権 あとがき(抜粋)

点字は 視覚障害者が独力で自由に読み書きできる唯一の文字である。
私は その点字を使って 本書の原稿を書き上げた。
と、いうのも、私は 明暗すらも判らない 視覚障害者だからである。
私は 生まれながらに弱視であったが、小学校3年生の学期に突然 視力が低下し、人の顔の判別も困難になった。
2学期からは学校もやめ、家の中で過ごすようになった。

学校をやめて3年後、大阪市立盲学校の存在を知り入学、そこで“点字”に出合った。
目が見えなくなってからの私は、もう二度と本を読むことはできないし 勉強することもできないと思っていた。
点字に出合った私は、まるで 水を得た魚のように点字に飛びつき、ほぼ1日でその仕組みを覚え、1週間後には右手の人差し指で読むことができるようになった。

点字を習得することによって、私の人生は大きく変わることになった。
目が見えていた頃の私は勉強にほとんど興味がなかった。
目が見えなくなったとき「もう、これで勉強をすることができなくなった」という思いが強烈に迫ってきた。二度と勉強をすることができないと思っていたのに、点字と出合い、再び勉強ができる状況に、筆舌に尽くせない喜びを感じた。

点字を習得した私は、積極的に勉強をするようになった。
もしも 点字と出合わなかったならば、こんにちの私は存在しえなかった。
私にとって 点字との出合は、私の人生そのものを変えたといえる。
本書を読んだ人々が、点字について少しでも興味をもってくださり、点訳活動に取り組んでくださったり、視覚障害者の現状をよりよくするために支援をしてくださったりするならば、これほどのうれしいことはない。
(2010年6月21日)

○所感。

冒頭、点字が フランスで考案されたこと、日本では明治時代に輸入され、日本語用の点字に改良されたことなどが述べられていました。
点字の歴史の記事は、→ここをクリック!

私は この本を読むまで、点字には英語、日本語、ひらがな、カタカナ、数字などがあると思っていましたが、現実には、日本点字は全て「ひらがな」であり、数字もアルファベットも このひらがなを使って表現していることを知りました。
(ひらがなの前に印をつけると、ひらがなが 数字やアルファベットに読み方が変わる)
過去、指先で読むという感覚を千早さんにお聞きしたことがあります。
「指先で読んでいるというより、脳で読んでいるという感覚です。たとえば、“にこにこ”という平仮名は、文字から笑顔すら浮かびますが、点字でも ちゃんと笑顔が浮かぶようになるんですよ」とのこと。
実際は 目で見ているのと 変わらないようなのです。(^^)

さて、この本を読み 私が一番 感心したことは、著者と点字との出合が「筆舌につくせないよろこび」だったということ。
著者は、点字からあらゆることを学び、やがて大学教授になります。
私はこの本から 改めて、ひらがな御書ホームページの重要性を認識しました。
パソコンは点字ではありませんが、点字という分野に 新しく加わった電子の文字です。
今後、点字と肩を並べるぐらいに パソコンは重要なツールになることでしょう。
そのように考えますと、教学の向上のため、仏法の見識を深めるため、やはり、正式に創価学会から パーフェクトな日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の点字御書、公式な音声ソフト対応の御書ホームページが出現してほしい‥
この願いと 思いとが さらに大きくなりました。
ともかく、公式点字御書、また公式ホームページの出現を夢見ながら、私は ボランティアの人たちと共に、少しでも ひらがな御書を前進させてまいります。
こつこつですが、頑張ります!!(^^)
ひらがな御書HPは、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2014-04-08 06:43 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(4)

点字誕生の歴史


☆視覚障がい者が発明した点字.

以下に、書籍「点字の市民権」の点字一覧表(あいうえお順)を添付します。
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写真解説.
「左側に五十音表のひらがな(あいうえお順)、右側に日本語点字の表記がある一覧表の写真です」

点字は 視覚障がい者にとって、独力で自由に 読み書きできる文字である。
この点字が、視覚障がい者にもたらした利益は 計り知れない。
以下に、生活書院「点字の市民権」という書籍から、点字誕生の歴史を紹介する。

○点字の誕生.

点字の原型を考案したのは フランス人の陸軍士官のシャルル・バルビエであり、点字を完成させたのは 全盲の視覚障がい者であったルイ・ブライユである。
砲兵士官であったシャルル・バルビエは、真っ暗闇の中でも読める軍事文書用文字はないかと考え、指で触って読み取る方法を考案した。
それは、紙に穴を開けたり、線を組み合わせたりしたものであった。
これは、フランス陸軍の暗号用の文字として使用された。

1820年、バルビエは この暗号用の文字が視覚障がい者の文字として使えないかと考え、パリ訓盲院(世界最初の盲学校)を訪ねて 校長に相談した。
翌年、この盲学校は、生徒たちに この暗号用文字を研究させた。
その生徒の中に、全盲のルイ・ブライユ(当時12歳)が関心をもち、先の12点からなる点字を、1マスが縦3点と横2点の計6点からなる点字に改良した。このブライユが改良した6点の文字の考案こそ、現在、世界中で使用されている“点字の誕生”である。

ブライユは、考案した点字配列表と アルファベットや数字の組み合わせを 1825年に校長に話し、6点式の点字器が作られた。
1829年、書籍「点を使って 言葉、楽譜、簡単な歌を書く方法、盲人のために作られた 盲人が使う本」の初版が出版された。

○ルイ・ブライユの人生
.

すなわち 点字は、フランスにおいて、陸軍の暗号文書を改良されて考案され、最終段階は 視覚障がい者によって 完成に導かれたのである。
この点字は、またたくまに、盲学校生徒の間に広まり、やがて世界中の視覚障がい者から 喜びをもって迎えられることになる。
点字を完成に導いたブライユは、やがてパリ盲学校の教師となり、視覚障がい者教育に携わった。この点字が フランスの公式文字となったのは、ブライユの没後2年のことである。
現在、英語で braille は、点字をあらわす単語となっている。

○日本点字の誕生
.

全盲のルイ・ブライユが考案した点字。
その存在は、江戸時代末期に日本に紹介されていた。しかし、それは 点字という文字の存在を視覚障がい者が使用していることを伝えたに過ぎなかった。

明治時代となり、1879年(明治12年)、目賀田種太郎がアメリカのパーキンス盲学校の状況を詳細に報告、その中に点字を紹介して「日本でも盲教育に採用すべし」と主張した。
その点字は外国語の点字であり、日本語の点字を考案する必要があった。
1888年(明治21年)から1890年にかけて、東京盲啞学校(現在の筑波大学付属視覚特別支援学校)の教職員であった 石川倉次が日本点字を研究、開発したものである。

この石川倉次による日本点字の誕生は、1890年11月1日である。1901年(明治34年)、日本点字は「日本訓盲点字」と称され、「官報」に掲載されて 公のものとなった。
点字誕生から180年、日本点字も すでに120年が経過している。
尚、点字には、ひらがなとカタカナの区別はない。

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by sokanomori3 | 2014-04-04 23:32 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(2)


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