カテゴリ:仏法用語( 7 )

続・六難九易(ろくなんくい)


☆六難九易の読み方と意味.


pure_star_3232さんから「六難九易」についてご質問がありました。
ご質問のやり取りの記事URLを以下に添付します。
sokafree.exblog.jp/26785234
以下に、ご要望もあり、読み方と意味を記します。

六難の読み方.

1.広説此経難(こうせつしきょうなん)
2.書持此経難(しょじしきょうなん)
3.暫読此経難(ざんどくしきょうなん)
4.少説此経難(しょうせつしきょうなん)
5.聴受此経難(ちょうじゅしきょうなん)
6.受持此経難(じゅじしきょうなん)

九易の読み方.

1.余経説法易(よきょうせっぽうい)
2.須弥擲置易(しゅみちゃくちい)
3.世界足擲易(せかいそくちゃくい)
4.有頂説法易(うちょうせっぽうい)
5.把空遊行易(はくうゆぎょうい)
6.足地昇天易(そくちしょうてんい)
7.大火不焼易(だいかふしょうい)
8.広説得通易(こうせつとくつうい)
9.大衆羅漢易(たいしゅうらかんい)

※1. 説(せつ)を「ぜつ」と読む可能性あり。

六難の意味.

1.仏の滅後に悪世のなかで法華経を説くこと。
2.仏の滅後に法華経を書き、人に書かせること。
3.仏の滅後に悪世のなかで、暫らくの間でも法華経を読むこと。
4.仏の滅後に一人のためにも、法華経を説くこと。
5.仏の滅後に法華経を聴受して、その義趣を質問すること。
6.仏の滅後によく法華経を受持すること。

九易の意味.

1.法華経以外の無数の経を説くこと。
2.須弥山をとって他方の無数の仏土に擲(な)げ置くこと。
3.足の指で大千世界を動かして、遠くの他国に擲げること。
4.有頂天に立って、無量の余経を説法すること。
5.手に虚空・大空をとって遊行すること。
6.大地を足の甲の上に置いて、梵天に昇ること。
7.枯草を負って、大火に入っていっても焼けないこと。
8.八万四千の法門を演説して、聴者に六通を得させること。
9.無量の衆生に阿羅漢位を得させ六神通をそなえさせること。

※2. 六難九易(ろくなんくい)は、法華経見宝塔品第十一に説かれています。
九易は想像もできないほど困難なことですが、法華経を受持することに比較するなら容易なことであるとの意味です。



上記内容は、仏教哲学大辞典2001年度版を参照して記しました。
「六難九易」の別記事のURLを以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/17932426

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2017-04-18 00:18 | 仏法用語 | Comments(7)

業(ごう・カルマ)の意味


☆学生部時代の友人との対話.

業を「ぎょう」と読むと、生活の中心をささえる仕事の意味。
また、本務、学問との意味もあるので、「業務・業績・業者・業界・作業・学業・授業・偉業」などの単語に使われます。
業は「わざ」とも読むことができます。
一方、仏教用語として「ごう」と読むと、身口意(しんくい)の善悪の行為。特に、悪い報いの因となる悪行を意味する言葉として使用されます。
梵語では「karman」(カルマ)のこと。
本来の意味は行為ですが、仏教では特に身口意の行為、並びに、その行為が存続して果報をもたらす力という意味に用いられます。

学生部時代の仲間 たちと、先日、話す機会がありました。
その対話を例に、業(ごう)について語りたいと思います。
(登場人物のご紹介はいたしません)

「なぜ日顕が出現し、先生を、学会を切ったのか」
「僕は富士山の噴火があると思うんだ。そのために日顕が出てきて学会員を排除した」
「大石寺の真下から噴火したりしてね」
「富士山が噴火して正宗寺院が損害を受けても何ら解決にはならない。まして、噴火したら、我々も被災者になる」
「でも、一つの現証にはなるのではなかろうか」
「そうならないよう、広宣流布を進めて“吹く風枝をならさず、雨 壌(つちくれ)を砕かず”にしないといけないよ」
「日顕のような者にすら仏性がある、それを否定してはならない」
「えっ? 一闡提という仏性のない奴がいるって言うじゃないか」
「いや、ある。御本尊に提婆達多(だいばだった)や第六天があるのは、私たちにもそういう命があるってことなんだ。仏の命が日顕にもある」
「日顕のような第六天と戦い、祈ることが、自分自身の命の中の第六天の業(ごう)を宿命転換していくことになるんだよ」
「日顕は現代の提婆達多だと思う。たしか、提婆達多は生きながらに無間地獄に堕ちた。死んで時間をかけて仏になるんだよね」
「日顕はね、正邪をはっきりさせるために、悪を演じる使命を持って生まれたんだ」
「悪を演じる使命? 悪に使命なんかあるの?」
「もちろん苦しむよ。恐ろしい業(ごう)を積むことになる。でも、業を積みながらも、池田先生、創価学会の正義を証明する使命がね、あった」
「ふーん、そんな考え、聞いたことないけど、確かにねぇ」
「大事なことは悪を滅するために祈り、行動することなんだ。そうすることで、自分自身の命にある第六天や提婆達多を消していける」
「大事なことは師弟不二だ。いくら南無妙法蓮華経と唱えても、師弟不二がなければだめだ。だから何百万遍題目を唱えても功徳のない人は功徳がない」
「その師弟不二というのは具体的にどういうこと?」
「釈尊が生きていた時代に、弟子は釈尊を祈った訳ではない。釈尊と同じ行為をしようと修行した。ところが釈尊が死んで、時代が経過する中で仏像が作られ、仏像を祈るようになった。このことで、釈迦仏法は外道になった」
「なるほど、そうだね。ふむ」
「やがて池田先生を拝む人も出てくると僕は思っている」
「そんなこと、あるのかな?」
「数百年後に出てこないとは言えないだろう?」
「それは師弟不二ではない。仏像を拝む外道と同じってことか」
「うん、大事なことは小説人間革命の先生の振る舞いを、私たちが引き継ぐことなんだ。師弟不二、すなわち、先生の思想を私たちが引き継ぐことが大事だ」
「今、遺言のように先生、書かれているもんな」
「ところで、先生亡き後の学会はどうなるんだろう?」
「私たちが池田大作になる。だから大丈夫だ」
「来世、どこに生れたい? 日本、それとも外国?」
「僕は、池田先生が生れるとろに生れたい」
「ほえー、そんな言い方、初めて聞いたよ!」
「先生、なかなか生まれてこないのじゃないの? 生まれたら、グングン広宣流布が進む。実感が湧かないなあ」
「いや、すぐに生まれてくる。勿論、今の先生とは生まれも境遇も違う。でも、先生はすぐに生まれてきて広宣流布をやる。戸田先生が言われたように別の星かも知れない」
「なんだか、考えたこともない話にビックリだよ」
「Sさん、一体、どうしたの? いつ、人間革命したの?」
「はははっ。教学1級のときに勉強したんだ」
「僕はね、濁悪が嫌になることある。学会員なのに不道徳なことをする人もいる」
「そりゃいるさ。それが人間の本質なんだから」
「浮気もする、ガメツイ商売もする。哲学がない。何で?と思う」
「そういう環境にいるというのも業なんだよ。環境は自分の業の投影だから」
「戦争だからと言って、皆が皆、戦争に行く訳でもない」
「僕は窓際族でイジメられた経験があるけど、そのイジメた人も自分の命の投影ってこと?」
「悪と戦う、そのとき相手の悪も自分の宿業だと?」
「仏法ではそう説く。相手でない。自分だと」
「へー、悪い奴が危害を加えてくる。その悪い奴も、過去の自分だとか?」
「考えてもみなかったな。そうかも知れんなあ」
「過去世で何をやっているのかわからんな。怖いな」
「僕は、よっぽど悪い人間だったんだー」(笑い)

所感 を以下に申し上げます。
今さらですけれど、私が生まれた故郷、こうして生活している東京。出会った人、良くされたこと、悪くされたこと、全部、自分自身の業だと実感しました。
オカシナ会社がある。そのオカシナ会社も、実は過去のオカシナ行動の結果かも知れない。オカシナ上司も、泥棒も、全部影響の範囲なら、自分の業。
「あのやろう!」と腹を立てる相手すら、自分の業。
親にガミガミ言われる。実は過去世にガミガミ言った自分がいるかも知れない。
「なんで、あいつはオカシイことを言うんだ!」とビックリすることすら、「過去世でオカシナことを言っていた自分」が原因かも知れない。
このように受け止めれば、全部、自業自得、全部、反省材料にできる。
人間は自分が正しいと思っている間は変われない。
問題の原因を他に置いてしまったら進歩はない。
反省して初めて変えたいと思うし、変える努力をする。
宿業を転換するために祈り、行動する。そこに人間革命がある。
そのためにも、こういう受け止め方は大事だと思いました。
三世因果論は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2016-04-30 07:03 | 仏法用語 | Comments(23)

日々精進さんへ


☆戸田先生の三世因果論から.

日々精進さんから次のようなご質問がありました。
質問があった記事は、→ここをクリック!
質問の内容(抜粋)を示し、私の考えを申し上げます。

Q:私は世の中は不公平であると思っております

この信心をしていても、恵まれている人とそうでない人がおります。
また、信心をしていない人でもIQが高く頭のよい人やお金持ちの人、容姿のよい人、才能に恵まれた人、立派な人はおります。
こうした差はなぜあるのでしょうか。
信心をしていなくても幸せな人は前世に善い事をしたのでしょうか。

A1:戸田城聖講演集に次の指導があります


この娑婆世界の境遇は、過去世私たちがした業が、この現世にわれわれの心身に業報として感じるのです。人は皆、性欲が不同で、さまざまなことをやっておりますから、同一の境涯に生まれるということはできないのであります。
たとえ同じ親に同じように育てられた兄弟でも、、同一の生涯がないのは、この理由であります。これが生命の実相であります。
この世で多病である、短命である人は「殺」の報いであり、貧窮(びんぐ)で失財の人は盗みの報いであり、眷属不良で婦が貞実でないといのは邪淫の報い、身に誹謗を受け人に誑惑(おうわく)されるのは妄語の報い、親類に離れ親友にも捨てられるのは両舌の報い、悪声を聞き訴訟をおこすのは悪口の報い、人に信じられないで言語が明らかでないのは綺語の報い、多欲で足りることを知らずに金が欲しい、物が欲しいというのは貧(どん)の報い、人にすきをうかがわれ、あるいは殺されたりするのは瞋(いかり)の報い、邪見の家に生まれて心諂曲(てんごく)なのは愚痴の報いであります。
また、日蓮大聖人様は佐渡御書(960)に次のように仰せです。

○ひらがな文. 

われ ひとを かろしめば かえって わがみ ひとに きょうい せられん
ぎょうじょうたんごんを そしれば しゅうるの むくいを え
ひとの えぶく おんじきを うばえば かならず がきと なる
じかいそんきを わらえば ひんせんの いえに しょうず
しょうほうの いえを そしれば じゃけんの いえに しょうず
ぜんかいを わらえば こくどの たみと なり おうなんに あう.

○漢字文. 

我人を 軽しめば 還て 我が身 人に 軽易 せられん
形状端厳を そしれば 醜陋の 報いを 得
人の 衣服 飲食を うばへば 必ず 餓鬼と なる
持戒尊貴を 笑へば 貧賤の 家に 生ず
正法の 家を そしれば 邪見の 家に 生ず
善戒を 笑へば 国土の 民と なり 王難に 遇ふ.
(佐渡御書は、→ここをクリック!

この業報に照らして過去世を見て、運命の打開を心がけるべきであります。
されば、自分自身が丈夫であっても、自分の身内に弱い者がいて、多病の業報を感ずるならば、親子ともどもに殺の報いとせねばならない。
このように考えることは、生命は永遠であり、生死、生死と存在することを前提にせぬ限り信ずることができないのである。
日蓮大聖人様は、このような因果の理法は、「是は常の因果の定まれる法なり」(960)とおおせになって、当然のこととされております。また、釈迦の仏法哲学から、この考えを抜き取ったら、何物も存在しなくなるのであります。われら、この仏法を信ずるものは、この因果の理法を信じなければならないのであります。
低いこの因果の理法すら信じられないで、久遠の生命をどうして新字られましょう。また、地涌の菩薩の自覚はどうして生まれてまいりましょう。

この解決のため、釈迦が説いた経文が法華経であります。
しかし、これとて、単なる理念にすぎないのでありまして、末法のわれらとは縁のないものなのです。われわれ凡夫自身が、実際の生活に、過去世から運命を叩き割破り、よき運命への展開の法を立てられたのが日蓮大聖人様でいらせられる。
すなわち、帰依して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって、途中の因果がみな消え去って、久遠(くおん)の凡夫が出現するのであります。
久遠とは「もとのままの命」であり、仏の命が生出するのです。
大聖人様は、そのとき「一、世間の楽・涅槃の楽を得、二、貧窮の衆生に福力を与える、三、病の衆生に良薬を与える、四、智なき衆生を智者となす、五、短命の者を長命となす、六、悪心の者を善心となす」と仰せなのです。
御本尊を頂くかぎり、途中の因果を感ずるときは、この難は久遠を開覚(かいかく)する途中ぞと心得て、いま申した六つの功徳力を堅く信じて、絶え間なき御信心を祈るしだいであります。
(昭和22年10月19日の指導から抜粋)

A2:現在は過去の報いということになります


IQが高く頭のよい人やお金持ち、容姿のよい人、才能に恵まれた人、これらの差はまさに過去世の業報であると言えるでしょう。しかしながら、そのことが仇となり、不幸の原因になることも見逃せません。
美女に生まれた。けれどストーカー被害に遭った。お金持ちの家に生まれたことで世間の苦労を知らず、やがで破産して誰よりも辛い目にあった、などです。
何が幸いするか、災いとなるかはまったく分かりません。
この宿命論とともに願兼於業(がんけんおごう)の法理があります。
願兼於業とは「願って業を兼ねる」と読みます。
法華経法師品第十、「衆生をあわれむが故に、悪世に生まれて、広く此の経(法華経)をのべるなり」を、天台宗中興の祖、妙楽大師が名付けました。
願兼於業の記事は、→ここをクリック!
すなわち宿命とは即、使命であり、マイナスをプラスに活用することができる。
宿命を転換し、人間革命する実証で、周囲の人々を信仰に目覚めさせることができる。そういう意味では不幸は広宣流布の良き材料と言えるでしょう。
私自身も、日々精進さんと同じく考えていました。
なにより、私自身が沢山劣ってしたり、欠けていたりで悩んできました。
でも、今は違います。むしろ劣っていたり、欠けていていることにも感謝ができるようになりました。その分、人生で果たすべき仕事になるからです。
それと、幸せそうに見える人でも必ず欠けていたり、悩みがあります。
とどのつまり、この信心しか真の幸福の道はないわけです。
今も私は不安や課題が沢山あります。
でも、その1つ1つを使命に変えて歩んでいこうと決意しています。
業(カルマ)は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2016-04-26 23:03 | 仏法用語 | Comments(17)

続・創価学会仏(そうかがっかいぶつ)


☆小説・人間革命第12巻の記述.

広宣流布大誓堂(こうせんるふだいせいどう)の写真を添付します。 
b0312424_22224475.jpg

写真解説.「夜、ライトアップされた広宣流布大誓堂(こうせんるふだいせいどう)の正面からの写真です。ライトが当たる部分は乳白色に輝き、夜空とのコントラストが際立つ映像です」

過去、創価学会仏に関する記事を2つ書いています。
1.創価学会仏?(会館までのクルマで話し合ったこと)
2.戸田先生が語られた創価学会仏

過去に記事にした創価学会仏が、「小説・人間革命第12巻に書かれている」と永遠の凡夫さんが教えてくださいました。その記述は「憂愁の章」の文末236ページにありました。以下に、主要な内容を抜粋します。



憂愁の章 の文末より抜粋.
戸田は、7年にわたって築き上げた基盤が、揺るがざる堅固さをもっていることを強く確信できた。一人の男が、この地球上に生を受けて、広宣流布の戦さを起こし、かくも多くの民衆の救済を実際に可能にしたのである。

「今、私は、ここにこうしている。病みながら、広宣流布の行く末を考えている。戸田城聖(じょうせい)と名乗るこの俺は、いったい何ものなのだろうか」
彼は、57年間の人生の来し方をたどった。一つ一つが決して偶然ではなく、大業の成就に結びついているように思われた。

「まさに、この俺の人生の出来事は、75万世帯の広布の大願を果たすためにあったのだ。生まれ育った環境も、人との出会いも、精進も、心労も、挫折さえも、なに一つ無駄なことはなく、すべては連続し、この大業へとつながっていたのだ」
戸田は深い感慨の中で、自分ばかりでなく、他の周囲の人たちもまた、自分と同じように不思議な使命をもっていることに気付いた。

「日蓮大聖人は、御本尊を御図顕あそばされ、末法の衆生のために、御本仏の大生命をとどめ置かれた。創価学会は、その大法を末法の衆生に教え、流布するために、御本仏の御使いとして出現した。大聖人の御精神のままに、苦悩にあえぐ人々を救い、菩薩道を行じてきた唯一の団体である。
それは未来永劫につづくであろう。学会の存在は、それ自体、創価学会仏というべきものであり、諸仏の集まりといえよう」

戸田の胸に、熱い感動が込み上げ、感涙が枕を濡らした。
彼は、この不思議なる創価学会の存在の意義と大使命を永遠に伝え残すことが、自分の最後の仕事になろうと思った。
彼の胸には、生涯の総仕上げに向かって、使命の炎が燃え盛っていた。
(抜粋は230ページから236ページ.までの範囲から).



戸田先生 の人生が、創価学会の基盤を作るためにあったこと、学会員は創価学会仏と呼べる存在であり、皆、仏であると述べられていました。
その幸福は、感涙となって溢れ出るほどのものであったと記されています。
広宣流布大誓堂(こうせんるふだいせいどう)に集い、祈り、行動する会員は、まぎれもなく創価学会仏であることでしょう。
この時代に生れ、創価と共に、師匠と共に生きられる幸せ‥
その大福運を誇りとして、さらなる前進を果たしてまいります。
広宣流布大誓堂の記事は、→ここをクリック!
戸田先生の記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2015-12-10 06:15 | 仏法用語 | Comments(20)

四悪趣(しあくしゅ)


☆美・利・善の報道を望む.

イギリス軍スラム国空爆の日本経済新聞記事の写真です。
b0312424_20364592.jpg

四悪趣(しあくしゅ)。
六道の中の四つの悪道。地獄・餓鬼・畜生・修羅をいう。
近頃、TVも新聞も、この四悪趣のニュースばかりである。
日本経済新聞すら、新しいビジネスのニュースが影を潜めて、戦争やテロなどの内容ばかりになっている。新商品の話題がほとんどない。
日本のニュースはいつから暗いニュースばかりになったのだろうか。
醜く、理不尽で、有害なニュースが来る日も来る日も続く。
「美しく、素敵な、夢と希望の湧くニュースを報道できないのか」と思う。
善良なニュースを私は見たいし、知りたい。
美・利・善のニュースをもっと増やしてほしい。
こういう時代だからこそ、温かで美しいニュースが必要です。

暗いニュース
  の最たるものがイスラム国と中国問題である。
新聞は連日、これらの国の無法ぶりを批判し、対抗処置を報じている。
中国の南シナ海の領有主張と人工島建設の問題もさることながら、特に、イスラム国問題は世界の重大な関心事となっている。
新聞では、新たにイギリスとドイツがイスラム国討伐の動を開始した。
先の米国、ロシア、フランスの空爆に続く参戦である。
このたび、イギリス空軍はシリア東部の油田を爆撃した。
参戦各国はISは世界の敵と位置付け、経済施設をも破壊している。
ドイツは、まだ動いていないが、偵察機、軍艦を含む1200人規模の軍事投入を決定した。これは第二次世界大戦後における最大規模の派兵である。
ドイツは破壊活動は行わないが、偵察、哨戒任務に当たるという。
そして本日、オバマ大統領は「イスラム国壊滅宣言」をテレビ演説した。
イスラム国の米国攻撃の発表を受けた決断と思われる。
軍事施設破壊の他、徹底して輸送、経済施設を叩き、「兵糧攻め」も視野に動いているようだ。輸送を絶ち、水も絶ち、破壊の限りを尽くす‥
今、善良なシリアの国民は地獄の中にいます。

テロ被害の学会員 の体験を聖教新聞(12月8日)に見た。
以下に、「テロの悲しみを乗り越えて」と題されたインド創価学会の地区婦人部長(ジャルナ・ナラングさん)の体験の一部を抜粋する。



「2008年11月26日、その日は弟の誕生日で、ホテルで家族と共にお祝い会を開いていましたが、幸福な時間は一瞬で奪われました。
テロリストがホテルを包囲し、銃で両親と弟を亡きものにしたのです。
私も4発の銃弾を浴びました。薄れゆく意識の中で、“まだ死ねない。私には使命がある”と自身に言い聞かせたことを覚えています。
致命傷を逃れたたため、8カ月で退院できましたが、脊髄の損傷から足を動かすことができなくなりました。
家族を失ったショックも重なり立ち直れなくなりました。
そのとき、創価家族が私を温かく包んでくれました。
「ご家族の死は決して無駄じゃない!これからのあなたの生き方、積み重ねていく功徳が、全て故人に届いていくよ」と激励してくれたのです。
さらに池田先生から励ましの伝言を頂き、生きる力が蘇りました。
以来、この世からテロをなくそうと、平和を訴える対話に挑戦しました。
現在、つえを使って歩けるまでに回復、マスコミでは、テロを生き延びた“ミラクルガール”として取り上げられ、インドの人々に勇気を送ることができました。
取材で「テロリストを恨みますか?」と聞かれました。
私は「いいえ」と答えました。
テロリストたちは18歳以下の少年で、殺人をする訓練を受けていたのです。
彼らもまた“被害者”なのです。
先月もフランスでテロが発生し、心を痛めましたが私は諦めません。
地道な対話によって、インドに平和の砦を築いていきます」.



この聖教新聞の体験談を読み、私は衝撃を受けました。
本来、テロリストを恨み、根絶することを考えることでしょう。
しかし、彼女は違った。殺人者すら被害者と言っている。この境涯こそ、尊き創価の境涯と言えるでしょう。
TVは、このような人をニュースにすべきだと思います。
それが四悪趣の世を変えるチカラになるからです。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2015-12-07 21:27 | 仏法用語 | Comments(2)

雪山の寒苦鳥(せっせんのかんくちょう)


☆寒苦鳥人生からの脱却の方法.

雪山の寒苦鳥(せっせんのかんくちょう)
インドの雪山(せっせん)に住むとされる想像上の鳥である。
巣を作らないため、常に寒さに苦しめられているという。地獄の苦しみに責められているときは真剣に仏道を志すが、苦しみが過ぎると修行を放棄する譬え。
一説には、寒苦鳥はつがいの鳥で、女鳥は「殺我寒故(我を殺す、寒きが故に)」と鳴き、男鳥は「夜明けなば巣を作らん」と鳴くとされる。

寒苦鳥 のことは新池御書(1440)に次のように述べられています。
(ひらがな文と漢字文を以下に示します)

せっせんの かんくちょうは かんくに せめられて 
よ あけなば す つくらんと なくと いえども 
ひ いでぬれば あさひの あたたかなるに ねむり わすれて 
また すを つくらずして いっしょう むなしく なく ことを う  
いっさいしゅじょうも またまた かくのごとし.

雪山の寒苦鳥は 寒苦にせめられて 夜明なば 栖つくらんと 鳴くといへども 
日出でぬれば 朝日の あたたかなるに 眠り 忘れて 
又 栖を つくらずして 一生虚く 鳴くことをう  
一切衆生も 亦復 是くの如し.

私は、この寒苦鳥という言葉がずっと嫌いでした。
なぜなら、私自身がそうだったからです。信心も勉強も、皆、中途半端でしたし、このままの生活が続きそうで嘆かわしかったのです。

脱却の方法 については、私には確信があります。
それは「夢」、さらに「苦難」を得て信心し努力することです。
私が脱却できたのは「夢」が生まれたからです。
最初、仕事において「こういう人になりたい」と思ったのです。
その瞬間から、私は仕事分野において寒苦鳥でなくなりました。
その当時の記事は、→ここをクリック!
しかし、信心は寒苦鳥が続きました。
ずっと、ずっと、私は信心に本気になれなかったのです。
その信心の怠慢を打破してくれたきっかけが「窓際族」の苦難でした。
窓際族の記事は、→ここをクリック!

努力ではどうしようもない状態となり信心をしました。
具体的には、300万編のお題目を唱え、御書を三度読んだのです。
その歓喜から沢山の仏法対話を重ね成果を出しました。
やがて、学会活動が楽しくなりました。
創価学会が、池田先生が、大好きになりました。
その体験の記事は、→ここをクリック!
私は、その歓喜をネットでも伝えるようになりました。
感謝と感動、そのことを5年間綴りました。
実創価の森の「小さな家」とは、寒苦鳥が作った巣なのです。^^
創価の森ブログは、→ここをクリック!

創価の森ブログ誕生から、もうすぐ7周年になろうとしています。
この創価学会の信仰と学会同志の皆様に深く感謝しています。
そして、池田先生に大、大感謝しています。



追記:読者の皆様の中に、過去の私と同じく寒苦鳥の人生に悩んでいる人がいらっしゃるかもしれません。私の体験から申し上げて、脱却の方法は2つ。夢(目標・場合によっては苦難)と信心です。この2つがあれば、絶対に大丈夫です。
さあ、共々に信心して、幸せになりましょう!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2015-09-15 05:52 | 仏法用語 | Comments(0)

慈悲魔(じひま)


☆情に流され大局を見失う。

昨日の記事に、非公開コメントさんから「慈悲魔」なる言葉が語られた。
その記事は、→ここをクリック!
小乗大乗分別抄に、この慈悲魔が記載されていた。

じひまと もうす ま みに はいって(中略) あくにん など うち おもえり.
慈悲魔と申す魔・身に入つて(中略)悪人なんどうち思へり.
この あっけんを もって こくしゅを たぼらかし おうわくして 
しょうほうの ごきえを うすう なし.
此の悪見をもつて国主をたぼらかし誑惑して正法の御帰依をうすうなし.
かえって はこく はぶつの いんねんと なせるなり.
かへつて破国破仏の因縁となせるなり.(526)

慈悲魔が入ると、「善人を悪人と見てしまい、正法への帰依を失わせ、国を破り、仏を破る因縁となる」とのご指導である。
一体、この恐るべき慈悲魔とは何だろうか。

○慈悲魔.

仏教哲学大辞典には慈悲魔を次のように解説している。
①慈悲の魔。衆生に一分の慈悲心があるのに乗じてその心に入り、哀れみの情だけを募らせて是非善悪の価値判断を狂わせる魔のこと。
②小乗に執着させて正法を破る魔。

○真逆の見識.

情に流されて、大局観を失うということか。
結果、木を見て森を見ず、東を西と見るとするなら‥それは真逆(まぎゃく)だ。
仏法という地図があっても、方向を見失えば成仏という目的地に到達することはできない。迷い道をグルグル回るような愚かは避けたい。
およそ人生とは、無限に続く分かれ道を選択しながら歩むものです。
幸福の道を歩むためにも気をつけたい魔ですね。(^^)

尚、私は、聖教新聞の日顕宗批判に抗議し、バチを受けたことがあります。
当時の私は慈悲魔に誑かされたのだと思います。
その当時の記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2014-11-14 06:26 | 仏法用語 | Comments(8)


創価の森通信Freedom   音声ソフト対応BLOG


by sokanomori3

プロフィールを見る

外部リンク

検索

カテゴリ

全体
ご案内
自在会情報
ひらがな御書
ひらがな御書物語り
ひらがな御書に学ぶ
自在の人
妙音・自由の人
前略 千早さま
千早抄 (体験談)
千早美術館
日本点字図書館見学記
視覚障がい書籍紹介
盲導犬
読者の皆さまへ
創価の森の小さな家
創価の森通信フリーダム
別館のご案内
座談会御書
勤行 唱題
体験談
創価学会歌
管理人より
聖教新聞
大白蓮華
グラフSGI
日蓮大聖人
牧口常三郎先生
戸田城聖先生
池田大作先生
池田先生の詩
一般書籍のご案内
学会書籍のご案内
ポエム
幹部指導
健康づくり
怪我・病気対策
健康ジョギング
障害者スポーツ
創価学会の記念日
創価学会総本部
公明党
仏法用語
御書の登場人物
新人間革命読書感想文
創価ニュース
政治
紛争・災害ニュース
九州大震災
希望の哲学
つぶやき
雑記帳
創価学会批判
創価学会の問題
夢修行
料理は魔法
良死の準備
宮田幸一氏問題
任用試験
未分類

最新のコメント

(^^♪ こんにちは。 ..
by 1979 at 19:16
こんばんは! (^^♪ ..
by 1979 at 19:11
<星の使い>より ..
by 1979 at 18:37
ある昔話を思い出しました..
by 凡ちゃんこと永遠の凡夫 at 14:57
人間誰しも、欠点はありま..
by 凡ちゃんこと永遠の凡夫 at 13:11
花さん、おはようございま..
by sokanomori3 at 06:01
こんばんは!初コメントま..
by 花 at 22:56
ルピナスさん、おはようご..
by sokanomori3 at 06:26
福島の壮年さん、とろサー..
by sokanomori3 at 06:19
人間が生きていくうえで大..
by ルピナス at 22:24
それをすごいと思える人が..
by 1979 at 14:52
千早さん。ありがとうござ..
by 1979 at 14:05
「世界に一つだけの花」 ..
by 1979 at 14:04
自分の身の回りだと、3名..
by 凡ちゃん at 22:30
菊川さん、こんばんわ。今..
by とろサーモン at 22:27
本記事からは脱線しますが..
by 福島の壮年 at 15:59
永遠の凡夫さん、おはよう..
by sokanomori3 at 06:12
pure_star_32..
by sokanomori3 at 06:08
非公開さん、了解です。 ..
by sokanomori3 at 06:06
だからこそ、日々、難しい..
by 凡ちゃんこと永遠の凡夫 at 21:54

リンク

以前の記事

2017年 12月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月

ブログジャンル

ボランティア