カテゴリ:座談会御書( 49 )

乙御前御消息・別名、身軽法重抄(2017年7月度座談会御書)


☆別名、身軽法重抄に学ぶ.
(べつめい、しんきょうほうじゅうしょうに まなぶ)

乙御前御消息(おとごぜんごしょうそく)。
別名、身軽法重抄(しんきょうほうじゅうしょう)。
7月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている乙御前御消息(1221ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

いよいよ ごうじょうの おんこころざし あるべし
こおりは みずより いでたれども みずよりも すさまじ
あおき ことは あい より いでたれども かさぬれば あい よりも いろ まさる
おなじ ほけきょうにては おわすれども こころざしを かさぬれば
たにん よりも いろ まさり りしょうも あるべきなり.


○漢字文.

いよいよ 強盛の 御志 あるべし
冰は 水より 出でたれども 水よりも すさまじ
青き 事は 藍 より 出でたれども かさぬれば 藍 よりも 色 まさる
同じ 法華経にては をはすれども 志を かさぬれば
他人 よりも 色 まさり 利生も あるべきなり.


○背景と大意.

建治元年(1275年)8月4日、日蓮大聖人 54歳の御時、身延から鎌倉の乙御前の母、日妙尼に授けられた御書です。
文永8年(1271年)に大聖人が佐渡に流罪され、弟子たちが弾圧されると多くの門下が退転しましたが、日妙尼は強盛な信心を貫き、鎌倉から佐渡、身延の大聖人のもとを訪ねました。この日妙尼の純真な信心をたたえられ、大聖人は「日妙聖人」という最高の称号を与えられました。
本抄では、一切経と法華経、諸経の人師と法華経の行者を比較され、大聖人こそ法華経の行者であり、迫害する人々は蒙古の攻めを受け、供養する日妙聖人は仏になると述べられています。
7月度の座談会講義の御文では、「いよいよ強盛な信心を貫きなさい。信心を重ねていくならば、厳然たる功徳の実証を現していくことができるのです」と述べられています。
夫と離別し、幼い娘を女手一つで育てながら、鎌倉から佐渡、身延まで訪ねた日妙尼。
その強盛な信心に対しても尚、「いよいよ強盛に」と指導されています。
このことにてついて、池田先生は次のようにご指導されています。
「大事なことは、常に前進の方向へ一念を定めることです。壁を乗り越える挑戦自体が、自身の境涯を確実にひろげいく因となることは間違いありません。
戦えば必ず生命は変わります。行き詰った時こそが本当の勝負です。
行き詰まりを打開する力こそ、いよいよ強盛の信心です」

○所感.

乙御前御消息には、次の御文が記されています。

「いくさには だいしょうぐんを たましいとす
 だいしょうぐん おくしぬれば つわもの おくびょう なり
 にょにんは おとこを たましいとす おとこ なければ にょにん たましい なし
 この よに おとこ ある にょにんすら よの なか わたりがとう みえて そうろうに
 たましいも なくして よを わたらせ たまうが
 たましいある にょにんにも すぐれて しんちゅう かいがいしく おわする うえ
 かみにも こころを いれ ほとけをも あがめさせ たまえば
 ひとに すぐれて おわする にょにん なり」
「かならず こころの かたきに よりて かみの まもり すなわち つよし」.

(「軍には 大将軍を 魂とす 大将軍 をくしぬれば 歩兵 臆病 なり
 女人は 夫を 魂とす 夫 なければ 女人 魂 なし
 此の 世に 夫 ある 女人すら 世の 中 渡りがたふ みえて 候に
 魂も なくして 世を 渡らせ 給うが
 魂ある 女人にも すぐれて 心中 かひがひしく おはする 上
 神にも 心を 入れ 仏をも あがめさせ 給へば 人に 勝れて おはする 女人 なり」
「必ず 心の 固きに 仮りて 神の 守り 則ち 強し」)

この御文の後に、今月の学習範囲の「いよいよ 強盛の 御志 あるべし」が続きます。
大聖人は、夫がいなければ世の中を渡りがたいのに日妙尼は大変立派である(趣意)と褒められ、さらに水が氷になるように、藍を重ねればさらに青色が鮮明になるように、強い決意と信心の継続が大切であるとご指導されています。
当時の時代背景を考えれば、蒙古が来襲した翌年であり、大騒ぎの鎌倉に生活していた日妙尼に信心のさらなる確信を与えようと記された御書と拝せられます。
また、日妙尼が聖人と称号される信心だからこそのご指導と思います。
私も「いよいよ強盛の信心」に進化させてまいります。

ひらがな御書の乙御前御消息のひらがな文、交互文を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/a1218.html
hiraganagosho.web.fc2.com/b1218.html

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by sokanomori3 | 2017-06-24 13:52 | 座談会御書 | Comments(0)

弥三郎殿御返事(2017年6月度座談会御書)


☆決戦の御書に学ぶ.

弥三郎殿御返事に書き込みのある御書の写真を添付します。
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弥三郎殿御返事(やさぶろうどのごへんじ)。
6月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている弥三郎殿御返事(1451ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

ただ ひとえに おもいきるべし ことしの せけんを かがみとせよ
そこばくの ひとの しぬるに いままで いきて ありつるは
この ことに あわんがため なりけり
これこそ うじがわを わたせし ところよ
これこそ せたを わたせし ところよ
なを あぐるか なを くだすかなり.

○漢字文.

但 偏に思い切るべし 今年の世間を鏡とせよ
若干の 人の死ぬるに 今まで生きて有りつるは 此の事に あはん為なりけり
此れこそ 宇治川を 渡せし所よ 是こそ 勢多を 渡せし所よ
名を揚るか 名をくだすかなり.


○背景と大意.

建治3年(1277年)、日蓮大聖人56歳の御時、門下の弥三郎に与えられた御書です。
弥三郎の詳細は明らかではありませんが、念仏僧と法論できるだけの教学力を備えた人物であり、所領を持てる身分であったことがうかがえます。
本抄で大聖人は、法論に臨む弥三郎に問答の内容を想定し、破折の方法いついて御指南され、「今まで生きて有りつるは此の事にあわん為なり」「名を揚ぐるか名をくだすかなり」と、弥三郎を激励されています。

当時、法論は命がけだったのでしょう。
今回の学習範囲の前文に以下の御文があります。

かまえて かまえて しょりょうを おしみ つまこを かえりみ
また ひとを たのみて あやぶむ ことなかれ.
構へて構へて 所領を惜み 妻子を顧りみ 又 人を憑みて あやぶむ事 無かれ

日蓮大聖人の仏法は世界一正しい仏法です。他宗は誤った宗教です。
その正邪は文証、理証、現証で決せられます。
しかしそれは、何も仏法の法論のことだけではありません。
生活、仕事などあらゆる分野に正邪があります。

そもそも正とは何で、邪とは何でしょうか。
正(しょう):本当であること。正しいこと。間違いがないこと。
邪(じゃ):正しくないこと。良くないこと。悪いこと。
正は、一に止める(とどめる)と書きます。
何かを果たすため、一番の方法、最高の存在という意味です。

正は安全で利益があります。邪は危険で損をします。
私たちは世界一の正法を実践しています。
ですから必ず世界一幸せになれるのです。

池田先生は「まず、勝つと決める。その上で行動を起こす」と述べられています。
河合師範の指導には「決めて、祈って、行動する」との指導があります。
河合師範の指導の記事うURLを以下に示します。
sokafree.exblog.jp/22302359

「ただ偏に思い切る」そして「祈り、行動する」・・
そうして、創価三代会長(牧口先生・戸田先生・池田先生)、無数の学会員が勝利してきました。
私たちも不二の戦いで勝利したいものです。

○所感.

私の所有の御書、弥三郎殿御返事の最終ページに「会社での幽閉生活。これを戦う為に生まれてきたのだ」と記したメモがあります。(上写真)
私が窓際族の時に書いたものです。
まさに「名を揚ぐるか名をくだすかなり」の命を懸けた戦いでした。
当時の窓際族体験のURLを以下に添付します。
sokanomori.exblog.jp/15414796

各々の宗派が「わが宗教には功徳がある」と言っています。
しかし、その教義の通りの功徳は本当にあるでしょうか。
私は信心根本で会社の圧力の中で戦いました。
そして宿敵は退職、私は執行役員に昇格しました。
sokafree.exblog.jp/26870641
私は絶体絶命の状態を脱し「名を揚げた」のです。

思い返せば、本気で決意して信心で戦って負けたことはありません。
不思議です。つくづく偉大な宗教と感じます。

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by sokanomori3 | 2017-05-24 21:57 | 座談会御書 | Comments(20)

5分間のチカラ(御書講義)


☆勇気と希望を伝える.


昨日の座談会は内容がてんこ盛りでした。
そのメインは2人の女子部の体験発表でした。
青年大会に参加した歓喜の話や進学、就職活動の体験が語られました。
1人は東京芸大に合格して、その作品を見せていただいた。
1人は大学4年生で早々と就職を勝ち取って、来年から社会人なる。
輝いているんです2人とも。もう、泣きそうなるぐらい素晴らしい体験でした。
未来の創価学会を背負う大人材に大拍手でした。

私の担当は御書講義でした。与えられた時間は5分。
この5分を印象のない大白蓮華の棒読み講義にだけはしてはならない。
5分は「あっという間」です。でも、鮮烈な5分、突き刺さる5分にしたかった。
会合は夜の7時半に始まったのですが、その2時間前からあれこれ考えました。
とくに今回の会合は未来ある女子部(学生部)がいた。
だから何としても印象に残る講義にしたかった。

会合前に30分間唱題しました。
良い講義に欠かせないのがお題目なんです。
御書を開きました。そこに2001年の窓際族の時のメモがありました。
「2001年6月12日、進退伺を出した日、これを読む」
進退伺とは、当時対立していた常務との抗争を代表取締役に提出した文書です。
進むも退するもできない。よって、会社で判断してください。
その判断に私は従いますよ、という内容でした。
そのメモのある御書が、今回の座談会御書だったのです。
以下にその御書記事のURLを以下に示します。
sokafree.exblog.jp/26811707

座談会会場には10分前に到着しました。
会場は唱題してましたから、さらに10分、御書講義の成功を祈りました。
「日本一の御書講義をさせてください!」と祈りました。
今月の御書は四条金吾殿御返事。「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし」「臆病にては叶うべからず」の有名な御書です。全員で御書を拝読し、講義に入りました。
以下にその講義内容を再現いたします。

この御書は、一言でいうならば「臆病であってはならない」「信心は無敵だ」という御書です。
まず、47ページの背景と大意を見てみましょう。
日蓮大聖人は、佐渡流罪からご帰還され、大勝利されて身延に入山されました。
大聖人の勝利の一部始終を見て歓喜した四条金吾は、君主の江間氏を折伏します。
そのことが原因して金吾は迫害を受けます。
金吾は大聖人に指導を受けながら忍耐で戦いました。
結果、信頼を回復、三倍の領地を得るという大勝利しました。
けれど、その大勝利の後も苦難は続きます。襲撃を受けたのです。
今月の御書は、その金吾に対する大聖人の御手紙です。
では、48ページに戻りましょう。
ここに「敵を皆、ことごとく打ち破る」という経文が記されています。
信心根本で勇気を持って信心をするなら、敵を打ち破れるというのです。
私は、この御書を座談会の前に開いて一通り読みました。
(このとき会場で御書を開きました)
私の御書には次のように書かれてありました。
「2001年6月12日、進退伺を出した日、これを読む」
これは当時、会社の常務との抗争に巻き込まれ、会社に進退伺を提出したのです。
当時、私は部長職で、部門には10人の部下がいる立場でしたが、この抗争で私は部門を外され、窓際族となり、朝出社して夕方まで、何一つ仕事を与えられないというイジメを受けました。
そのイジメは2年3ヵ月も続きました。
このとき、私はこの四条金吾の御書を何度も何度も食い入るように読みました。
10回ということはないです。20回、30回と呼んで、必死に信心をしました。
この苦難の3年の間に、私は御書全集を3回拝読し、300万遍のお題目をあげ、10人の仏法対話をして2つの本尊流布を果たしました。この御書の通り、私は信心で戦ったのです。
結果、どうなったか。私をイジメた常務は退職、私は執行役員になりました。
まったく、この御書の通りなんです。私は勝利しました。
人生、無傷で歩める人なんかいません。
必ず人生には、恐ろしいことや苦難が必ずあります。
どうかその時には、この御書を開いてください。
私もこれらかもこの御書ととともに苦難を乗り越えて行きます。
以上で御書講義を終わります。
ありがとうございました。



2人の女子部は真剣に聞いていました。
人生には山もあるし谷も、まさかの坂もある。
そのとき、信心根本に立ち上がってほしい。そのメッセージは伝わったと思いました。
会合終了後、体験発表した女子部に声をかけました。
「ずっと見守っていますからね」・・
この会合には本年3月に入信したばかりの男子部も参加されていました。
その男子部を折伏した壮年部員が次のように言いました。
「菊川さんの講義、よかった。彼は今、仕事で悩んでいるんです」・・

つくづく思うことは「あの苦難があってよかった」ということ。
離婚も窓際族も、その他の様々な苦しみ、悲しみも、全部財産なんですね。
その私の財産となった体験記事URLを以下に添付します。
離婚:sokanomori.exblog.jp/15414508
窓際:sokanomori.exblog.jp/15414796

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by sokanomori3 | 2017-05-21 06:20 | 座談会御書 | Comments(8)

四条金吾殿御返事・別名、法華経兵法事(2017年5月度座談会御書)


☆別名、剣形書・法華経兵法事.
(べつめい、けんぎょうしょ・ほけきょうへいほうのこと)

四条金吾殿御返事(しじょうきんごどのごへんじ)。
別名、剣形書(けんぎょうしょ)・法華経兵法事(ほけきょうへいほうのこと)。
5月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている四条金吾殿御返事(1192ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

なにの へいほう よりも ほけきょうの へいほうを もちい たもうべし  
「しょよおんてき かいしつさいめつ」の きんげん むなしかる べからず  
へいほうけんぎょうの だいじも この みょうほう より いでたり  
ふかく しんじんを とりたまえ  
あえて おくびょうにては かなうべからず そうろう.

○漢字文.

なにの 兵法 よりも 法華経の 兵法を もちひ 給うべし  
「諸余怨敵 皆悉摧滅」の 金言 むなしかる べからず  
兵法剣形の 大事も 此の 妙法より 出でたり  
ふかく 信心を とり給へ  
あへて 臆病にては 叶うべからず 候.

○背景と大意.

弘安2年(1279年)10月23日、日蓮大聖人が58歳の御時、四条金吾に与えられた御書です。
過去に何度も座談会御書に取り上げられている有名な御書です。
この御書に関して記した記事を以下に示します。
別記事1:sokanomori.exblog.jp/11718144
別記事2:sokanomori.exblog.jp/20252280

日蓮大聖人が佐渡流罪から御帰還された後、四条金吾は主君の江間氏を折伏します。
しかし、江間氏は極楽寺良観の信者であったため、金吾は次第に疎まれ、讒言(うその告げ口)から迫害され、「法華経の信仰を捨てる誓約書」を書くように強要されます。
金吾は大聖人の教えのまま忍耐し、信頼も回復。
結果、三倍の領地を受ける勝利の実証を示します。
本抄は、その中で敵の襲撃を受け、「敵に襲われたが難を脱した」との報告に対する御返事です。

今月の学習範囲では「どのような兵法よりも法華経の兵法を用いなさい」「深く信心を起こしなさい」「臆病であってはならない」と励まされています。
「諸余怨敵 皆悉摧滅」(しょよおんてき・かいしつさいめつ)とは、一切の魔を打ち破ることができるという法華経薬王品の文です。

○所感.

大白蓮華5月号の巻頭言に、池田先生は次のように記されました。

「池田君、何があっても青春は“当たって砕けろ”の勇気で行こうよ!」
若き日、敬愛する先輩が声をかけてくれた励ましが、今も胸に温かく蘇る。
「青春の哲学」とは何か。
それは「思い切ってやってみろ!」という一言に要約される。
こう結論したのは、アメリカの教育思想家ボーンである。
「思い切ってやりさえすれば、非常に多くのことを成しうる」という。
いつの世も、青年の前には分厚い壁が立ちはだかる。
特に現代は、若き心を委縮させる重圧があろう。
その中で、挑戦の勇気を解き放ち、思いきり青春桜を咲かせているのが創価の誉れの青年たちだ。
「僕も変われた。君も必ず変われる」
「私も人間革命できた。貴女も必ずできる」
そう自信を持って語りゆく青年の連帯が世界を変える・・

この巻頭言を先生は次の言葉で締めくくられました。
「若き君よ、共々に思いきり試みようではないか!」

本抄では「臆病であってはならない。深く信心を起こして戦いなさい」と御指導されています。
池田先生は「当たって砕けろ!」との青年の心を教えてくださっています。
世の中には、石橋を叩いても渡らない人がいます。
そして、挑戦する人を見て「無謀だ!」「甘い!」と口先だけで批評するのです。
かのイチロー選手ですらそのような批判をされました。
sokafree.exblog.jp/26091608

笑われても、馬鹿にされてもいいのです。
私たちは日蓮大聖人、池田先生の弟子です。
決めて、祈って、当たって砕けろ!と挑戦する。
その心意気こそ、青年の証ではないでしょうか。

以下に、河合師範の指導のURLを示します。
sokafree.exblog.jp/22302359

ひらがな御書の法華経兵法事の交互文・解説文を以下に示します。
交互文:hiraganagosho.web.fc2.com/b1192
解説文:hiraganagosho.web.fc2.com/c1192

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by sokanomori3 | 2017-04-24 20:30 | 座談会御書 | Comments(0)

立正安国論(2017年4月度座談会御書)


☆自他共の幸福を実現する.


立正安国論(りっしょうあんこくろん)。
4月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている立正安国論(32ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

なんじ はやく しんこうの すんしんを あらためて 
すみやかに じつじょうの いちぜんに きせよ  
しかれば すなわち さんがいは みな ぶっこくなり ぶっこく それ おとろえんや  
じゅっぽうは ことごとく ほうどなり ほうどなんぞ こわれんや  
くにに すいび なく どに はえ なくんば みは これ あんぜん 
こころは これ ぜんじょう ならん.

○漢字文.

汝 早く 信仰の 寸心を 改めて 速に 実乗の 一善に 帰せよ 
然れば 則ち 三界は 皆 仏国なり 仏国 其れ 衰んや 
十方は 悉く 宝土なり 宝土 何ぞ 壊れんや 
国に 衰微 無く 土に 破壊 無んば 身は 是れ 安全 
心は 是れ 禅定 ならん.


○背景と大意.

文応元年(1275年)7月16日、日蓮大聖人が39歳の御時、鎌倉幕府の最高権力者の北条時頼に提出された国家諌暁の書です。
天災、飢饉、疫病の原因は 世の人々がみな正法に背き 捨てて 悪法を信じていることにより、善神が去って 悪鬼、魔神が住みついているためであるとされ、各種の経典を例に出され、謗法(ほうぼう)を犯すことで三災七難が起こると述べられています。
その一凶は 法然の念仏であるされ、この一凶を断つために 布施を止め、正法に帰すならば 平和楽土が実現できることを述べられています。

今回学ぶ御文は、立正安国論の結論の部分になります。

あなたは信仰の心を改め、速やかに真実の仏法に帰依しなさい。
そうすればこの世界はすべて仏国になる。仏国は衰えることはない。
国土はことごとく宝と変わり破壊されることはない。
身は安全になり心は平安になるのである
」(趣意)

大白蓮華4月号51ページの講義には小説・人間革命の一文が記されています。
一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」・・
人間革命とは境涯革命です。その一念の変革が全人生を変える。
日蓮大聖人が残してくださった仏法史上最大、最高の御本尊を信じ切り、祈り、仏としての命を開き、行動することで自他共の大幸福を得られる。
小説・人間革命の先生のお言葉は立正安国論の御文と同義であります。

○所感.

大白蓮華57ページの講義に次のように記されています。
法華経には、この娑婆世界を即、寂光土へと変革していく教えが示されています。
日蓮大聖人は、その実践を立正安国として示されました。
「立正」とは正法の流布であり、「安国」とは、社会の繁栄と平和を目指すものです


創価学会員の人生とは、最高善たる日蓮大聖人が実証として残された南無妙法蓮華経を根本とし、この題目で大聖人と不二となり、一身の安堵を願うエゴイズムを打ち破り、自他共の幸福を築く自分自身になることなのだと思います。
自らの誤りも他の誤りも誡め、自他共に折伏し、仏道修行して人間革命する。
この大幸福境涯を周囲に広げる活動こそ広宣流布です。
これが立正安国の大精神であり、創価魂と言えるでしょう。

創価の信仰とは「信・行・学」(しんぎょうがく)の実践です。
池田先生は日蓮大聖人の直系の弟子です。
私たちは世界一の師匠・池田先生の弟子です。
その誇りと歓喜をもって、生涯、広宣流布の人生を歩みたい。
広宣流布の人生が即ち、立正安国の人生なのですから。

さあ、今日も明日も、鮮烈に御本尊を信じ切り祈りましょう。
そして自分にしかできない広宣流布を果たしましょう!

ひらがな御書の立正安国論交互文、立正安国論の別記事を以下に示します。
http://hiraganagosho.web.fc2.com/b17.html
http://sokanomori.exblog.jp/16612478/
http://sokanomori.exblog.jp/19772137/

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by sokanomori3 | 2017-03-25 06:14 | 座談会御書 | Comments(29)

経王殿御返事(2017年3月度座談会御書)


☆日蓮大聖人の魂の本尊.

御書全集の経王殿御返事の写真を以下に添付します。
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経王殿御返事(きょうおうどのごへんじ)
3月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている経王殿御返事(1124ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

ただし ごしんじんに よるべし
つるぎなんども すすまざる人の ためには もちいる ことなし
ほけきょうの つるぎは しんじんの けなげなるひとこそ もちいる ことなれ
おにに かなぼう たるべし
にちれんが たましいを すみに そめながして かきて そうろうぞ しんじさせ たまえ
ほとけの みこころは ほけきょう なり
にちれんが たましいは なんみょうほうれんげきょうに すぎたるは なし.

○漢字文.

但し 御信心に よるべし
つるぎなんども すすまざる人の ためには 用る 事なし
法華経の 剣は 信心の けなげなる 人こそ 用る 事なれ
鬼に かなぼう たるべし
日蓮が たましひを すみに そめながして かきて 候ぞ 信じさせ 給へ
仏の 御意は 法華経 なり
日蓮が たましひは 南無妙法蓮華経に すぎたるは なし.


○背景と大意.

文永10年(1273年)8月15日、日蓮大聖人が52歳の御時、佐渡から四条金吾に与えられた御書。金吾の子である経王御前の病気平癒の祈念を願ったことに対する返事です。
四条金吾に与えられた御本尊は、正法・像法二千年の間、未曽有の大曼荼羅であり、大聖人が全生命を注いで図顕したものであることが述べられ、この御本尊を強盛に信じるならば、いかなる願いでも必ず満足して幸福になれることをご指南されている御書です。

今月の御書の御文の前に、次の有名な御指南があります。

また この まんだら よくよく しんぜさせ たまうべし
なんみょうほうれんげきょうは ししくの ごとし いかなる やまい さわりを なすべきや
きしもじん じゅうらせつにょ ほけきょうの だいもくを たもつものを しゅご すべしと みえたり
さいわいは あいぜんの ごとく ふくは びしゃもんの ごとく なるべし.

此の 曼荼羅 能く能く 信ぜさせ 給うべし
南無妙法蓮華経は 師子吼の 如し
いかなる 病 さはりを なすべきや
鬼子母神 十羅刹女 法華経の 題目を 持つものを 守護 すべしと 見えたり
さいはいは 愛染の 如く 福は 毘沙門の 如く なるべし.


本抄では、「日蓮が魂を墨に染め流して書いた御本尊です。鬼に金棒となるのです」「この御本尊を深く信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼である。いかなる病も乗り越えられるし、大福運を得られるのです」(趣意)と述べられています。
閻浮提第一(世界一)の力ある御本尊であるとの確信を持てるかどうか・・
御本尊を日蓮代大聖人の魂と確信できるかどうかが問われるのです。

○所感.

有名な御書であり、私自身、過去に何度拝したことでしょう。
10回、20回ではありません。きっと50回は開いた御書です。
苦難に直面し、悲しみに沈み、突破口が見つからない・・
その時々に御書を開き、凝視し、魂に染めてきました。

大聖人は御本尊の功力について、1.病魔に犯されない、2.諸天善神が守護する、3.福運が増して幸福になる、4.恐れの心、不安がなくなる、5.今世のみならず来世も善所となると仰せです。
大白蓮華50ページには「病」とは体の病気のことだけでなくあらゆる苦しみや悩みとも考えられますと記されており、そのように私も受け止めてきました。
一切の障害を乗り越えて行ける信心なのです。

池田先生は、大白蓮華3月号巻頭言に次のように述べられております。

法華経に説かれる「現世安穏」とは、苦難のないことではない。
どんな苦難にも負けない境地である。
御書に「大難にあうことをもって成仏が決定(けつじょう)する。
これこそ、真に現世において安穏である」(825)と仰せである。
使命を担い立つ人生に試練は避けられない。


不詳の私としても、何度難に遭い、何度宿業に泣いたことでしょう。
そのたびに御本尊への祈りで乗り越えてきたし、そのたびに命が磨かれ鍛えられました。
30代までの私と今の私とでは、強さ、幸せの度合いは1万倍も違います。
苦労や苦難から逃げていては成長はありません。
御本尊根本で立ち向かう中で強くなれるし幸せになれるのです。
私は確かに、この御書の通り、「1.病魔に犯されない、2.諸天善神が守護する、3.福運が増して幸福になる、4.恐れの心、不安がなくなる」の功徳を頂きました。
ですから「5.今世のみならず来世も善所」も確信できます。

経王殿御返事のひらがな漢字口語文のURLを以下に示します。
短い御書ですので、全文を拝されるとよいかと存じます。
http://hiraganagosho.web.fc2.com/b1124

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by sokanomori3 | 2017-02-25 06:43 | 座談会御書 | Comments(15)

妙一尼御前御消息(2017年2月度座談会御書)


妙一尼御前御消息に学ぶ.
(みょういちあまごぜんごしょうそくに まなぶ)

2017年2月度大白蓮華の表示の写真を以下に添付します。

b0312424_23515636.jpg<写真解説>
大白蓮華2月号の表紙の真っ赤な梅の花の写真です。
池田先生が東京で撮影された写真と解説に書かれてありました。
春の訪れを告げるような希望あふれる美しい梅です。
ひらがな御書にも梅の花の写真があります。
その写真ページを以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/g1



冬は必ず春となる信心.

以下に、2月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載された妙一尼御前御消息(1253ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

ほけきょうを しんずる ひとは ふゆの ごとし
ふゆは かならず はると なる
いまだ むかし より きかず みず ふゆの あきと かえれる ことを
いまだ きかず ほけきょうを しんずる ひとの ぼんぷと なる ことを
きょうもんには「にゃくうもんぽうしゃ むいちふじょうぶつ」と
とかれて そうろう.

○漢字文.

法華経を 信ずる 人は 冬の ごとし 冬は必ず 春となる
いまだ 昔より きかず みず 冬の秋と かへれる事を
いまだ きかず 法華経を信ずる人の 凡夫となる事を
経文には 「若有聞法者 無一不成仏」と とかれて候.

○背景と大意.

建治元年年(1275年)、日蓮大聖人54歳の御時、鎌倉の妙一尼に与えられた御書です。
妙一尼の夫は、大聖人の竜の口の法難・佐渡流罪の大難に遭われたとき、所領を没収されるなどの難に遭い、しかも、大聖人が佐渡流罪がご赦免になれた報を聞く前に亡くなりました。
夫に先立たれた妙一尼でしたが、幼い病気の子を抱えながらも、佐渡や身延に従者を送るなど純粋な信心を貫きました。
大聖人はこの妙一尼に「冬は必ず春となる」との有名な御文を書き送られました。
法華経を信じ実践する人は「冬が必ず春になるように、必ず成仏する」と仰せなのです。
文証として、法華経方便品の「若有聞法者 無一不成仏」(もし法を聞くこと有らば、一人として成仏せざること無し)を示され、妙法を信持しきった人が必ず仏になる(凡夫のままではない)とご教示されているのです。

ひらがな御書の「妙一尼御前御消息の背景と大意」を以下に示します。
http://hiraganagosho.web.fc2.com/c1252

妙一尼御前御消息の別記事のURLを以下に示します。
http://sokanomori.exblog.jp/17425175

○所感.

この御書について、池田先生は2月号の巻頭言に次のように記してくださっています。

「地区、ブロックという、地涌の人華(にんげ)を咲かせて広げゆく大地がある。
その豊かな土壌が「一生成仏」のために、心の慈養を尽きることなく贈ってくれる。常に励ましの陽光が惜しまずに降り注がれ、どんな凍てついた心も温め、蘇生させずにはおかない。
日本中、世界中のいずこにも、この希望の光の天地が開かれているがゆえに、「冬は必ず春となる」という幸福のドラマが生み出される」・・

さらに池田先生は巻頭言の末尾に1人の婦人部の姿を伝えてくださっています。

「あの大阪の戦いの折、関西本部の勤行会に幼子を連れ、遠慮がちに後ろに参加していた母がいる。夫の失業や姑の介護に直面しつつ、地区の太陽として、「蝸牛(かたつむり)のような歩みでも、苦しむ人と一緒に勝ちたい。皆に功徳を受けさせたい」と戦ってくれた。
その誓い通りに、自他ともの幸福勝利を飾られた。
幼子らも大学教授となり、後継の道を歩んでいる」・・

凡夫とは六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)を輪廻する人生です。
大聖人の信仰は、六道やエゴの二乗を仏にすると仰せです。
しかも、自他共に「冬は必ず春となる」信仰です。
「新・幸福論」という本に十界論が詳しく述べられています。
その「新・幸福論」と、ひらがな訳「妙一尼御前御消息」のURLを以下に示します。

新・幸福論:http://sokafree.exblog.jp/26579087
平仮名訳:http://hiraganagosho.web.fc2.com/b1252

「冬は必ず春となる」とは、すなわち、宿命転換、人間革命のことです。
これは、個人の上でも、組織の上でも同じこと。一切を好転させるのです。
池田先生は巻頭言で「どんな凍てついた心も温め、蘇生させずにはおかない」と表現されましたが、本当にその通りと思います。
私自身がそうだったからです。私の人生も苦労の連続でした。
苦難にもがき苦しむ私を、池田先生が、組織の方々が、幾度も温めてくださった。
そして、大難から何度も蘇生することができたのです。

気付けば「六道輪廻の命」を変えていただきました。
ありがたい師匠です。ありがたい創価学会です。

私の幸福を5年間に渡って記したブログ(終了したブログ)があります。
その創価の森の小さな家ブログを以下にご案内申しげます。
http://sokanomori.exblog.jp

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by sokanomori3 | 2017-01-24 00:34 | 座談会御書 | Comments(6)

生死一大事血脈抄(2017年1月度座談会御書)


☆生死一大事血脈抄に学ぶ.

(しょうじ いちだいじ けつみゃくしょうに まなぶ)

生死一大事血脈抄(しょうじいちだいじけつみゃくしょう)。
1月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている生死一大事血脈抄(1337ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

そうじて にちれんが でし だんな とう じた ひしの こころなく
すいぎょの おもいを なして いたいどうしんに して
なんみょうほうれんげきょうと となえ たてまつる ところを
しょうじいちだいじの けつみゃくとは いうなり
しかも いま にちれんが ぐつうする ところの しょせん これなり
もし しからば こうせんるふの だいがんも かなうべき ものか

○漢字文.

総じて 日蓮が 弟子 檀那 等 自他 彼此の 心なく
水魚の 思を 成して 異体同心に して
南無妙法蓮華経と 唱え 奉る 処を 生死一大事の 血脈とは 云うなり
然も 今 日蓮が 弘通する 処の 所詮 是なり
若し 然らば 広宣流布の 大願も 叶うべき 者か.


○背景と大意.

文永9年2月11日、日蓮大聖人が51歳の御時に、流罪地の佐渡でしたためられた御書です。
佐渡に流罪されていた最蓮房(さいれんぼう)が仏法の極理である「生死一大事血脈」とは何かと質問したことに対し、与えられた御返事です。
本抄の冒頭、日蓮大聖人は次の内容を記されています。

しょうじ いちだいじ けつみゃくとは いわゆる みょうほうれんげきょう これなり
その ゆえは しゃかたほうの にぶつ ほうとうの なかにして
じょうぎょうぼさつに ゆずりたまいて この みょうほうれんげきょうの ごじ
かこ おんのんごうより このかた すんじも はなれざる けつみゃくなり
みょうは し ほうは しょう なり
この しょうじの にほうが じゅっかいの とうたいなり
また これを とうたいれんげとも いうなり.(中略)
しかれば くおんじつじょうの しゃくそんと かいじょうぶつどうの ほけきょうと
われら しゅじょうとの みっつ まったく さべつ なしと さとりて
みょうほうれんげきょうと となえ たてまつる ところを
しょうじいちだいじの けつみゃくとは いうなり.

夫れ 生死一大事血脈とは 所謂 妙法蓮華経 是なり
其の 故は 釈迦 多宝の 二仏 宝塔の 中に して 上行菩薩に 譲り 給いて
此の 妙法蓮華経の 五字 過去遠遠劫より 已来 寸時も 離れざる 血脈なり
妙は 死 法は 生なり 此の 生死の 二法が 十界の 当体なり

又 此れを 当体蓮華とも 云うなり.(中略)
然れば 久遠実成の 釈尊と 皆成仏道の 法華経と 我等 衆生との 三つ
全く 差別 無しと 解りて 妙法蓮華経と 唱え 奉る 処を
生死一大事の 血脈とは 云うなり
.)

すなわち、日蓮大聖人は、「法華経が血脈である。その血脈は過去遠遠劫(かこおんのんごう)からのものであり、釈尊と法華経と全衆生とが一体であることを悟って南無妙法蓮華経と唱えることを生死一大事血脈というのである」とご指南されています。

この御文の後、今回学ぶ御文が次のように記されています。

「日蓮の弟子、信徒は、自分と他人を分け隔ての心を持たず、水と魚のように親密な思いを抱いて異体同心で南無妙法蓮華経と唱えることが生死一大事の血脈である」
「その異体同心の実践によって仏の大願の広宣流布が実現できるのです」

○所感.

本抄の末尾には「ざいざい しょぶつど じょうよ しぐしょう よも そらごと そうらわじ」(在在諸仏土 常与師倶生 よも 虚事候はじ)と記されています。
すなわち、あらゆる諸仏の国土に常に師と共に生まれるとの法華経の文字は決して嘘ではない」と述べられているのです。
今、この世に池田先生と私たちが存在し、同じ志を持って生きていることは、すなわち生死一大事の血脈あるが故のことです。
大聖人や池田先生、創価の同志の先輩方と一体であるとの思いで祈れるならば、まちがいなく胸中に仏界という偉大な力を涌現できるし、個々の広宣流布を果たすことができます。

今、創価学会は全世界192ヵ国地域に広がりました。
それは、創価三代に渡る大聖人と不二の会長の戦いと、その会長に不二たらんとする創価学会員の異体同心の信心から成し遂げられた壮挙です。
そして、広宣流布の旅は、今日も明日も永遠に続くのです。
これ以上の幸せはありませんね。

池田先生は大白蓮華1月号の巻頭言に次のメッセージをくださいました

「青年の青年たる証(あかし)とは何だろうか。
もとより年齢では決まらない。信心の眼(まなこ)から見れば、今、この時に「発心」の生命を燃え上がらせていく人は、皆、妙法の青年なのだと、私は思う。
去年まで、昨日までが、どうだったかではない。
今年から、今日から、どう挑戦し、前進し、勝利していくか。
これが本因妙の仏法の心だからである。
一人一人がこの原点に立ち返り、日々、生まれ変わった息吹でスタートする。
ここに、我ら創価家族の「青年拡大の年」がある。
ゆえに、今再び、信心の初心に戻って確認したいことがある。
それは清々しい勤行だ。満々たる生命力が漲っていく張のある勤行である。
朝な夕なの勤行が、どれほど荘厳な儀式であるか。(中略)
戸田先生は語られた。「日蓮大聖人の大生命が、我らの体に満ち溢れてくるんだよ。題目をとなえる場所がそのまま霊鷲山となる。そこには、もう不幸はない」と。(中略)
さあ、今日も新たな発心の勤行から出発である。
若々しい題目の師子吼で、勇気凛々と勝ち進もうではないか!
地涌の青年を澎湃(ほうはい)と呼び出しながら!」

創価の森の同志の皆様、どうか2017年をご健康で、おたっしゃで!
青年拡大の年を異体同心のお題目で大前進しましょう!

生死一大事血脈抄の別記事はここをクリック!
本抄のひらがな訳は、→ここをクリック!


追記:池田先生の巻頭言に語られた「本因妙」とは、天台大師の法華玄義に説かれる法華経の十妙の第一で「仏になる根本の因」のこと。理屈で言い表せないことから妙という。
大聖人御自身、「南無妙法蓮華経を信じて題目を唱え、凡夫を改めずに即身成仏した」と本因妙抄(877)に述べられています。

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by sokanomori3 | 2016-12-25 13:52 | 座談会御書 | Comments(0)

檀越某御返事(2016年12月度座談会御書)


☆檀越某御返事に学ぶ.
(だんおつぼう ごへんじに まなぶ)

檀越某御返事(だんおつぼうごへんじ)。
12月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている檀越某御返事(1295ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

おんみやずかいを ほけきょうと おぼしめせ
「いっさいせけんの ちせいさんぎょうは みな じっそうと あい いはいせず」とは これなり.

○漢字文.

御みやづかいを 法華経と をぼしめせ
「一切世間の 治生産業は 皆 実相と 相 違背せず」とは 此れなり.


○背景と大意.

弘安元年4月11日、日蓮大聖人57歳の御時にしたためられた御書です。
檀越某(だんおつぼう)とは「ある檀那」、すなわち日蓮大聖人門下の在家に与えられた御書で、詳細は定かではありません。
本性の内容から推察すれば「宮仕え」とあることから、主君に仕える武士であったと考えれます。本抄には以下のように記されています。

「にちれん るざいして さきざきに わざわいども かさなりて そうろうに (中略) もし その ぎ そうらわば もちいて そうらわんには ひゃくせんまんおくばいの さいわい なり、こんどぞ さんどに なり そうろう」
日蓮 流罪して 先先に わざわいども 重て候に (中略)
もし その義 候わば 用いて 候はんには 百千万億倍の さいわいなり、
今度ぞ 三度に なり候


伊豆流罪と佐渡流罪を経て身延に入山された大聖人に、三度目の流罪の噂が門下を通して伝えられたことに対する御返事です。
「日蓮を流罪にして、これまで災難などが重なってきたが、もし、三度目の流罪があるのなら、日蓮を用いてもらうよりも百千万億倍の幸である」と述べられ、「難こそ誉れ」との決意が拝せられる御書です。
その御決意に続き、大聖人は「御みやづかいを 法華経と をぼしめせ」「一切世間の 治生産業は 皆実相と 相違背せず」と弟子を激励されています。

大白蓮華51ページに「仕事と信心とは別々ではない。むしろ仕事を最大に充実させていく原動力が信心です」との池田先生のご指導が紹介されています。
さらに池田先生は、巻頭言に須達長者(すだつちょうじゃ)をご紹介され、幾たびも貧窮しながら世界一の長者となり、祇園精舎(ぎおんそうじゃ)を建立したことに触れられ、「何度倒れようとも、起ち上がってみせる。この究極の力こそ不屈の信仰なのです」・・このようにご指導されています。
須達長者御書紹介は、→ここをクリック!

○所感.

12月といえば御供養の御書が定番ですが、今回の御書は「仕事」の重要性が強調されていました。少子高齢化で右肩上がりの戦後の経済成長の方程式は崩壊、今、企業の淘汰はめまぐるしい。
学会員であろうとなかろうと、苦労多き時代であり、その世相を反映して選ばれた御書ではないか、と思われました。
年末、決算期、12月を無事に越えられるか・・
命を削るような苦労をしている壮年部員が沢山いらっしゃるでしょう。

本抄は大聖人が57歳の御作です。私は明年1月に57歳になります。
57歳は60歳定年の私の立場から申し上げれば最後の3年になります。
体力も知力も、集中力も身体機能も、55歳からは一段と厳しくなりました。
職種によっては55歳定年があります。現在多くは60歳定年ですが、少子高齢化でやがて65歳まで伸びるとされています。けれど現実には、60歳がある意味限界に近いと私自身感じています。

夫は厳しい競争社会に勝ち、収入を持ち帰らなければなりません。
妻は夫を支えるため家事を果たし、子育てを受け持ち、場合によっては副収入を得るために働きます。皆、「仕える」ことで対価を得て生き延びる。
負けられないのです。断じて負けるわけにはいかない。
なぜなら私たちは生存するためにも仕事は根本だからです。
でも老いと共に能力は確実に低下します。
生死老病の宿命との闘争は万人共通です。

私自身もギリギリですよ。能力は若い時の半分ですよ。
でも、最後、勝ちきって実証を勝ち取らなければなりません。
創価学会仏(そうかがっかいぶつ)として堂々の勝利を果たしたい。
私も絶対に負けません。この偉大な仏法と共に歩み抜きます。
どうか皆さまも、断じて勝ってくださいね!
檀越某御返事の別記事は→ここをクリック!
創価学会仏は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-11-25 06:20 | 座談会御書 | Comments(0)

上野殿御返事 (竜門御書)2016年11月度座談会御書


☆竜門御書(りゅうもんごしょ).

上野殿御返事 ・別名、竜門御書(りゅうもんごしょ)。
11月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている上野殿御返事 、別名・竜門御書(1561ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

ねがわくは わが でしら だいがんを おこせ 
こぞ おととしの やくびょうに しにし ひとびとの かずにも いらず 
また とうじ もうこの せめに まぬかるべし とも みえず 
とにかくに しは いちじょう なり 
その ときの なげきは とうじの ごとし 
おなじくは かりにも ほけきょうの ゆえに いのちを すてよ 
つゆを たいかいに あつらえ ちりを だいちに うずむと おもえ 
ほけきょうの だい3に いわく 
「ねがわくは この くどくを もって あまねく いっさいに およぼし 
われらと しゅじょうと みな ともに ぶつどうを じょうぜん」うんぬん.

○漢字文.

願くは 我が 弟子等 大願を をこせ 
去年 去去年の やくびやうに 死にし 人人の かずにも 入らず 
又 当時・ 蒙古の せめに まぬかるべし とも みへず 
とにかくに 死は 一定 なり 
其の 時の なげきは たうじの ごとし 
をなじくは かりにも 法華経の ゆへに 命を すてよ 
つゆを 大海に あつらへ ちりを 大地に うづむと をもへ 
法華経の 第三に 云く 
「願くは 此の 功徳を 以て 普く 一切に 及ぼし 
我等と 衆生と 皆 共に 仏道を 成ぜん」云云.


○背景と大意.

弘安2年11月、日蓮大聖人58歳の御時、南条時光に与えられた御書です。
竜門の滝、平家の立身出世、舎利弗の退転などを例にされながら、仏道修行の継続がいかに困難かをご指南されています。
同年9月に熱原の法難(あつはらのほうなん)が発生し、神四郎、弥五郎、弥六郎ら20名の農民信徒が捕えられ殉教しました。当時、21歳の時光は、迫害に遭った人々をかくまうなど、わが身を危険にさらしながら同志を守りました。
その時光を大聖人は「上野賢人」と讃えられました。

竜門御書には以下のように記されています。

中国に竜門という滝がある。
その滝は十丈(30m)もある高い滝で、水は矢を射落とすような速さである。
この滝には数多くの魚が集まり登ろうとする。もし、登れたら竜になれるが、百に一つ、千に一つ、万に一つ、十年も、二十年も登る魚はいない。
困難はそれだけではない。ワシやタカやフクロウなどの肉食の鳥に襲われ、あるいは漁師によって捕えられる。よって竜になる魚は皆無である。
成仏の道はこのように厳しい道である


悪世末法で信心を実践する難しさが述べられています。
「竜門」とは、中国・黄河にある滝で、この滝を登りきった魚は竜になるという言い伝えがあります。立身出世のための関門のことを「登竜門」というのは、この故事によるものです。
竜門御書には、竜門の譬えと共に、平家が低い身分から何世代も奉公を重ねた例や、舎利弗が六十劫という菩薩の修行を続けてきたのに耐えられず退転した例も挙げられ、成仏の困難さをご教示されています。
激流を遡り、三障四魔(さんしょうしま)、三類の強敵(ごうてき)を乗り越えて自他共に成仏を果たす・・仏道修行は容易ではありません。
その上で大聖人は、「大願を起こしなさい。死ぬことは避けられません。同じく死ぬのであれば、法華経に命をすてなさい」と述べられています。
大聖人は時光へ信頼を信頼を寄せ、今後の成長を心から願われて、あえて成仏の厳しさを教えられていると拝せられます。

○所感.

大白蓮華11月号の59ページに池田先生のご指導があり、
「この故事を通じて大聖人は、成仏がいかに困難かを教えておられる。言い換えれば、信心し切った人が最後は必ず勝つことを宣言されているのです。
途中、どんなに頑張っていたとしても、貫かねば成仏はない。
行く手にどんな障害があろうとも執念を持って戦い抜くことです。
そして“大勝利の登竜門”を晴れ晴れと登りきってまいりたい」
と指導されています。

成仏は「爪上の土」と例えられるほど稀有のことです。
このような厳しい道を私たちは歩み通せるのでしょうか?

私たちは学会員ですから歩み通せるのです。
池田先生という最高の模範たる師匠がいる。そして、創価学会の組織で学び合い、励まし合い、支え合うことができる。だから必ず成仏できる。
牧口先生、戸田先生、池田先生の三代会長が、そのために命がけで創価学会を築いてくださったのです。私たちは信じて歩めばいいのです。
不退転で、この創価と共に歩み抜く人生でありたいものです。
私は生涯、創価と共に歩み抜きます。
どうか皆さまも敢然と歩み抜いてください。

竜門御書のひらがな文と交互文を示します。
ひらがな文は、→ここをクリック!
交互文は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-10-25 05:43 | 座談会御書 | Comments(2)


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