カテゴリ:体験談( 44 )

私の体験を会社オーナーが語った


☆会社オーナーわざわざ.

年に一度、ある会合が行われてきた。
その会合に出席し続けてきて25年になる。
会合では決まってお酒と料理が出される。
お刺身や巻き寿司などの和食が振舞われた。

この調理を担当くださった調理長が65歳で定年退職されることになった
これが最後の調理長の食事・・1つ1つを味わって食べた。
高齢社会とはいえ、やっぱり65歳は引退にふさわしい。
その最後の料理の包丁さばき、味付けは格別のものがあった。
真心こめて作ってくださったことが伝わってきた。

調理長が仕事をしている施設の経営者も昨年末に退任した
後継者に道を譲り、引退されたのである。
その元経営者が、この会合で挨拶された。
後継の経営者にバトンを譲り、「新社長をよろしくお願します」とスピーチした。
その晴れやかな姿を見て「見事な退陣だな」と感心した。
まだ、経営者としてやれるのに、あえて退陣したのだ。
後輩のために、である。目標になる引退だった。

この2人の引退に自分をダブらせた
私は60歳で定年退職するつもり。そこから転職して3年、ある仕事をする。
できれば65歳までその仕事をして、65歳以降、岡山の母の親孝行をする。
これが私の人生の「これからのシナリオ」です。
だからこそ、今の仕事はラスト3年で大事なのです。

会合の席上、私の誕生日が近いということで挨拶の御指名があり「60歳までの貴重な3年になります。悔いなく貢献したい」と話すと、会社のオーナーが話をした

「菊川さんは幸せな人です。65歳から年金を30万円もらえるし、創価学会の会合ができる家を建てた。家には何十人も信者が集まり、勤行をしている。
奥さんのご両親とも生活され、家庭は円満・・
そして彼は健康だ。マラソンを毎年走っている。
苦労知らずの菊川さんに見えるが、でも、そうではない。
離婚も経験した。一件目の隣人が奥さんに嫌がらせをして、家を追われ、家を建て直さなければならなかった・・そういう風に見えないでしょう?
苦労知らずのように見えるけど違うんだよ。
みんなも苦労はあるけれど、乗り越えないといけないよ」・・

会社幹部(30人)の会合の席で私の体験発表を話してくれたのです
私の体験は全部話しているし、だからオーナーは全部知っている。
それで創価学会の広報宣伝をしてくださった。
私の体験談は、→ここをクリック!

私の会社の主要な人たちは、私が学会員であることを知っています
それは、50歳の時に創価の森の本を配布したということがあるけれど、その前から私は有名な学会員だったから、ことあるごとに私イコール創価学会でした。
仕事では責任ある立場でしたからガンバリました。
でも終わった訳ではない。残り3年の職務を完遂しなければならない。
仕事も私の広宣流布の戦いです。負けられない。
創価の森の本は、→ここをクリック!

尚、会社オーナーは、私が会社関係者を学会の会合に出しているという他の社員の文句を「菊川さんは善意でやっている。問題ない」とかばってくださった人です。
何から何までお世話になり、ありがたさMAXです。

明日、ついに57歳の誕生日になります
牧口先生は57歳で日蓮大聖人の仏法に巡り合い、入信されました。
57歳から牧口先生は16年間の信心をされた。
この素晴らしい57歳を晴れやかに歩みたい。



追記:「花が一夜に」は、牧口先生の時代の学会歌です。
https://www.youtube.com/watch?v=36aN85
この歌のように男らしく堂々と歩みたいです。

さあ、小さな一歩でしゅっぱ~つ♪

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by sokanomori3 | 2017-01-30 21:33 | 体験談 | Comments(3)

素晴らしい仲間たちと忘年会


☆全社売り上げ目標達成.

昨夜は「終わりよければすべてよし」の素晴らしい忘年会でした。
グループ会社全部が売り上げ達成、全員が美酒に酔いしれたのです。
いつも会社の運営は厳しく辛いことが多いのです。
私は心配性で、心休まることがありません。
でも、本年は最高の終わり方になりました。

終わりがよいことで、全ては報われるものです。
つくづく「最後に勝つ」ことの重要性を噛みしめました。
途中どんなに苦しくても、途中どんなに栄華を極めても、最後に天国も地獄もあって、だからこそ勝たねばならないし、勝つことの素晴らしさをお酒と一緒に味わったのです。

10年生き残これる会社は10%以下だそうです。
多くの会社は5年以内に倒産し、悲惨な末路を辿るのです。
どの会社も、厳しい生存競争にさらされています。

生存競争は会社だけではありません。
個々の社員も家族も、全員が人生の荒海を必死に生き延びています。
中学生2人のお子さんを持つ社員がつぶやいていました。
「大学に行かせるのに4年間で500万円とかかかるんでしょう?
2人で1000万円。それ、どうしたら稼げるんだろう・・」
華やかな忘年会の片隅に、ため息も混じっているのです。

このように必死に働き、駆けずり回り、私たちは生きています。
でも、何とか生きられている。存在できることに感謝したいと思います。
共に戦い、共に励まし合い、共に歩む仲間がいる・・
ありがたいです。いとおしいです。

さあ、今日は仕事収め。デスク周りも綺麗にしなければ・・
でも仕事が終えられるかどうかは微妙で、終わらなければ明日も出社になります。
ちょっと忘年会ではしゃぎすぎて疲れています。(笑い)
最後の御奉公、しなやかにガンバルつもりです。
昨年の忘年会は、→ここをクリック!

追伸:(12月29日)
結局、仕事が終わらず29日も仕事をしました。
全力で駆け抜仕事収めでした。2016年の仕事は全て終了です。
疲れました。でも、心地よい疲労感です。
全力でやり切りましたから。

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by sokanomori3 | 2016-12-28 06:29 | 体験談 | Comments(8)

伴侶に捨てられても幸せになれる


☆来世、同じ運命でもかまわない.


私は27歳の時、最初の奥さんに捨てられました

その当時の体験は、→ここをクリック!
捨てられて知ました。この世の恐ろしい現実を。
「私は絶対にこんな裏切りはしない」と固く決意しました。
そして「清く美しく生きていきたい」と願ったのです。

それはちょうど今から30年前のことです
26歳の私は奥さんに家出されて必死にお題目をあげていました
痩せこけて、いったい何が起こったのかすら理解できず・・年の瀬に帰郷することを断念した私は、「正月は妻と旅行に行く」と田舎の両親にウソをついて大石寺に向かいました。

12月31日の深夜、大講堂で丑寅勤行をし、さらに大客殿の日興上人の御本尊に祈りました。
一睡もせず、命がけで必死に祈りました。
やがて朝日が昇り、窓から太陽の光が入り、その光が板の間に反射して、日興上人の御本尊の金文字に当たりました。その時の美しく輝く御本尊は今も忘れられません。

祈りを終えると、見知らぬ婦人部が声をかけてくださいました
事情を素直に話すと、その婦人部は微笑みながら語ってくださいました。

私、あなたと同じことになった人を知っているわ。
あなたの奥さん、帰ってくるかも知れないし、帰ってこないかも知れない。
でも、あなたなら絶対に大丈夫です。もし、離婚になっても、あなたに相応しいお嫁さんがきます。そのとき、今の奥さんは、いつか必ず惨めな姿を見せにくるでしょう


今から思うと40代の婦人部でしょう。
そのご婦人の姿と言葉は、今も鮮烈に瞼に刻まれております。
その後、私は正本堂に出向き、熱原三烈士(あつはらのさんれっし)の石碑を見上げました。やがて1月末を迎え、私は27歳になりました。
身も心も凍りつく2月、人生初の百万遍唱題を果たしました
「師子は伴侶を求めず」と決意しました。

本当につらい思いをした人間は他者につらい思いをさせないものです
その痛みと悲しみは骨身に染みていて、だから他者に優しく接するのです。
今、思うことは、30年前に捨てられたことが変毒為薬されているという事実です。
あの苦難があって今の私があります。大変ありがたいことです。
不思議なことに、あの離婚劇が今では良い思い出なのです。
悲劇ですけれど、そのドラマが誉れなのです。

順風満帆の人生のみで、この世を理解できるはずはありません
この世は危険に満ちているし、慾にまみれ、憎しみ合い、搾取し合い、あるいは殺し合う、そんな濁悪の世界です。平和そうに見えていても、皆、競い、戦い、争っている。
365日、24時間、世界は良くも悪くも動いている。
何もしないでいたら、あっという間に荒海に投げ出されるのです。
この恐ろしい世の中においても、尚、清く美しく生きる人がおられます。
幸せとは何でしょうか。幸せとは悔いなき美しい人生ではないでしょうか。

昨日の聖教新聞にアフリカSGIメンバーの言葉が紹介されていました。
21世紀の希望大陸アフリカの友の声が新鮮でした。
「日蓮仏法の魅力は何ですか?」との問いに次のように答えています。
幸福を築くチカラは自分自身の中にあると教えていることです」・・
このことは九識論で鮮烈に説かれています。以下にURLを示しましょう。
http://sokanomori.exblog.jp/15765958/

あらゆる宗教が神を人間の外に置いております。
けれど千年の未来には、その内側に真実の神(仏)があることが宗教のスタンダードになることでしょう。楽しみです。順次生まれながらの広宣流布の旅・・
未来の創価学会を想像するだけで嬉しくなります。

私たちは苦難に遭遇するたびに御本尊に祈り、命を磨くことができます
その果てに見える世界こそ、仏国土であり、寂光土です
吹く風は枝を鳴らさず、雨は土塊(つちくれ)を砕かないのであります。
その平穏で充実した大幸福の実感は、一身の肉体の心の中にあります。
それを南無妙法蓮華経とも、九識心王真如の都とも申します。

来世も同じストーリーでOKですよ、私。
奥さんに捨てられてもかまいません。本当ですよ
もし、この創価学会に巡り合えるのなら、喜んで伴侶に捨てられましょう
濁悪でも濁悪に染まらず生きる、清く生き抜く。この妙法と共に・・
苦難に陥っても御本尊と共に生きられる幸せ。
ありがたいです、創価学会。

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by sokanomori3 | 2016-12-15 00:02 | 体験談 | Comments(4)

一世紀を生きた婦人部の体験


☆味わい尽くした100年.

12月1日は創価の森記念日(ブログ8周年)でした。
その8周年記事は、→ここをクリック!
その日の朝、通勤電車の中で聖教新聞を開くと、カメラ目線で微笑んでいる103歳の婦人部の写真がありました。何とも美しい笑顔でした。
写真の上に「103歳つれづれに思う」との見出し・・
その横に“私を見て。信心ってすてきでしょ”とのサブタイトルがありました。
以下に、その記事の内容を一部抜粋して所感を述べます。



103歳になって.
この年になるとお出かけには時間がかかるわ。
81歳の娘は「ぐずぐずしないで」とせっかち。
言い返すの。「あんたも103歳になってみないと分からないわよ」
娘のふくれっ面。穏やかな時間を子供にもらっています。

新しいことを知る.
洋食を初めて食べたとき、ナポリタンを頼んでみた。
フォークの使い方が分からなかったの。周りの真似をして「こうやって食べるのね」って、クックと笑ったわ。
孫やひ孫の教科書を捨てずにとっているの。
若い時に勉強できなかったから、歴史とか地理を知りたいわ。
70歳で詩吟を始めて、95歳でビーチバレーを楽しんだなあ。
新しいことを知るって面白い。

身だしなみ.
毎朝、お化粧します。
髪にクシを入れて、ファンデーションと乳液をつけて、仕上げに葉を入れて。
娘に止められるまでは香水もつけていたわ。
信心している以上、身だしなみにわ気をつけないと。
贅沢をするという意味じゃない。清潔にするということ。
先日、90代のご夫婦が「お手本になります。元気をもらえます」って言ってくれたわ。
この年でも綺麗でいること。それが私の折伏よ。

長生きして良かったこと.
ご飯を食べただけで、ボールペンで字を書いただけで、お風呂に1人で入っただけで、生きているだけで、皆さん、褒めてくださるわ。
私の全てが「信心の実証」やしいの。
103歳になったとき、乳がんの手術を受けました。
怖くはなかったわ。翌日には点滴も外れて、ご飯をモリモリ食べた。
やっぱり病院の薄味より、家の食事が美味しいなあ。

お風呂場で.
好きなもの?そうねえ・・
ニンジン、お昼寝、ケーキ、ひ孫のお嫁さんに抱きつくこと。
池田先生のお歌が大好きです。
「妙法の 広布の旅は遠けれど 共に励まし 共々に征かなむ」
(みょうほうのこうふのたびはとおけれどともにはげましともどもにゆかなん)
それに節を付けてお風呂に漬かりながら歌っています。
エコーがかかって気もちいい。

母親.
27歳で離婚して、東京から佐賀に帰ったの。
3人の子供を連れた私を、母は怒りもせず迎えてくれた。
私が働き詰めでも、母のお陰で子供は寂しくなったみたい。
とにかく唱題する人で、寝ながらでも題目あげてたなあ。
懐かしい声が、今も私を温めてくれる。
お母さん、ありがとう。

私の幸せ
.
年と共に耳が遠くなり、足がめっぽう弱くなり、遠くにいけなくなった。
でも御本尊様と親しくさせてもらう時間が増えました。
娘が大きな椅子を買ってくれたの。
御本尊様の前にいると一番落ち着く。
御本尊様との時間は、いくらあっても足りないわ。
祈ることが沢山ある。それって幸せじゃないかしら。
ああ今日も、窓辺の日差しが暖かい。
(以上、聖教新聞12月1日より)



新聞は「失敗も成功も味わい尽くした一世紀。苦労を宝に変えながら、正直に生きた賢母の言葉」と解説されていました。
大勝利者だと思いました。スゴイとしか言いようがない。
27歳で離婚しても、この信心で幸せになれる。
総入れ歯になったって、よぼよぼになっても折伏はできる。
生き方を通じて信心の偉大さを教えていただいた。(^^)
私は100歳まで生きられる自信はありませんが、少なくとも、この婦人部のように、今世を味わ尽くしたいと思っています。
私の離婚体験は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-12-03 05:33 | 体験談 | Comments(4)

続・親子不二(おやこふに)


☆妙とは蘇生の義なり.

退院し、元気に自転車に乗る母の写真を添付します。
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写真解説「帽子をかぶり、自転車に乗った母の後ろ姿の写真です」

前回の記事は、→ここをクリック!
救急車が病院に到着し、各種の検査が始まりました。

処置室の外 に私が立っていると、後を追ってクルマで来てくれた学会のご夫婦が寄り添ってくださいました。
結局、母の意識は戻らず、別の病院に搬送することになりました。
再び救急車に乗り、母と私は専門の病院に移動しました。
その深夜、母が入院を果たし、様々な指示を聞き終わったのは翌日の午前2時ごろです。それまで、ずっと学会のご夫婦は付き添ってくれて、最後、私をクルマに乗せて自宅まで送ってくださいました。
翌朝、病院に行くと母の意識は回復していましたが、長期の入院が必要とのことでした。私は入院生活に必要な物品を買い出し、サンダルや着替え、タオルや洗面用具を取り揃えて病院側に渡しました。

母の日 にプレゼントしたユリの花が、実家に美しく咲いていました。
悲しみと不安で一杯だった私は人心地になりました。
けれど、改めてゾッとしたものです。
なぜなら、私がもし、帰郷していなければ母は死んでいたかも知れないから。
前日の夜9時ごろの電話で異変に気づき、翌朝、新幹線に飛び乗って実家に戻りました。その当日の夜に、母が意識不明になった・・
もし、1日、帰郷が遅れていたらと思ったのです。
母は「広幸に助けてもらった。諸天善神になってくれた」と喜んでくれています。ご近所の学会員の方々は、この話を聞いてビックリされていました。
「それはお母さんの福運だわ!」と評判になりました。

救急搬送 のとき、母は意識があったのだそうです。
このときの私の声や、救急隊員、医師の声は聞こえていたといいます。
母はその最中、ずっと正座してお題目をあげていたそうです。
不思議なことに「なぜ騒いでいるのだろう。ほら、私はお題目をあげているじゃないか」と思っていたとのことでした。
母は1ヶ月半の入院の後、無事退院することができました。
写真は、8月のお盆休みに帰郷した際の母の後ろ姿です。
お盆に帰郷したとき、母と共に墓掃除をして手を合わせました。
母は今、畑仕事もできるほどに回復しております。
尚、母は今回の出来事を座談会で体験発表しました。
(私も、座談会で体験発表する予定です)

母の命 は、こうして長らえることができました。
今、私は身に余る福運と仏法の不思議さとに感謝で一杯です。
そして、寄り添い、ご支援くださった学会ご夫妻のありがたさ。
いつも苦難をこうして乗り越えさせていただく不思議さ!
日蓮大聖人は「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」(可延定業書986ページ)と御書に記されております。
この御書の通り、母は歓喜の中で生きています。
可延定業書は、→ここをクリック!
その解説は、→ここをクリック!

今、母と「2030年、創価創立100周年を親子で元気に迎えよう」と話し合っています。そのとき母は90歳、私は70歳になっています。
最初の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-09-09 21:17 | 体験談 | Comments(5)

親子不二(おやこふに)


☆岡山の母が意識不明になる.

親子不二(おやこふに)という言葉は仏法上ありません。
けれど親子は切っても切れず、子の幸福は親の幸福、子の不幸は親の不幸であり、その幸福と不幸は同一線上にあります。
造語になりますが、記事の表題を「親子不二」とし、私の母の功徳の体験を以下に申し上げます。

母の緊急入院.

本年5月中旬、母が緊急入院しました。以来、私は幾度も帰郷し、母の回復を待ちました。母は6月末に無事退院。今、ほぼ回復に至りました。
以下に、その出来事を連載でお話します。

5月8日、母の日に花束を贈りました。
約一週間後、電話で話す声と内容に、母の様子がオカシイことを感じた私は、翌日、すぐに新幹線で帰郷しました。
その帰郷途中で撮影した写真を以下に添付します。

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写真解説「1枚目は、残雪が残っている富士山を撮影した写真。2枚目と3枚目は新幹線から乗り継いだ列車の写真です」


帰郷して 母に会うと、見た目は普通に見えましたが、日頃とは明らかに異なるいくつかの点があり、病院に連れて行こうとすると、「私は病気ではない」とのこと。その日は様子を見ることにしました。
遅い昼食をとり、ご近所の学会員や近所に挨拶し、母と談話。夕刻となり入浴、食事を済ませました。母は夕食後元気がなく、ひどく疲れていたようなので、寝床を私が用意して横になるように言いました。
けれど母は横になることなくお題目を唱えていました。
母が布団に入ったのは夜の10時ごろと思います。
私も隣の部屋で寝はじめましたが、母がゴホゴホと咳をするので、心配になって母のところに行って声をかけました。
「お母ちゃん、大丈夫か?」と聞くと、小声で「大丈夫」と答えました。
私が自室に戻ると、またゴホゴホと母が咳をするのです。
再び傍に行き声をかけましたが、母は反応せず寝ていました。
大丈夫と思い、また寝床に入り、うとうととしていると、また咳が聞こえてきました。過去、聞いたことのない異様な咳でした。
オカシイと思い、母の元に行き声をかけたのですが、今度は、目が開いているのに私の声に反応しないのです。揺すっても反応しない。
「お母ちゃん! お母ちゃん! 待ってろよ! 救急車、呼ぶからな!」
そう叫んでも、母はピクリとも動きません。
母が死んでいるのではないか、死ぬのではないか。
ビックリして、全身から血の気が引きました。

119番 に電話し、救急車を呼びました。
電話で「呼吸していますか」と聞かれたので、口元に手をかざすと、ほんの少し呼吸しているようでした。
「嘔吐をしていますか」と聞かれたので、「いいえ、吐いていません」と答えると、「体を横向きにして、嘔吐に供えてください」と言われました。
電話を切り、母の体を横にして救急車を待ちました。
その間中、母は目を開けたまま動きませんでした。
しばらくして救急車が家の前に到着、私は救急隊員に言いました。
「階段が急です。簡単に降ろせません。意識がありません!」
救急隊が担架と固定用ベルトを準備し、母の部屋に入りました。
私は怖くて部屋の外でぶるぶる震えていました。隊員が母を担架に固定して階段を下り、救急車に運び入れました。
救急車に私も乗るように指示されたので乗車しました。
クルマがサイレンを鳴らして動き始め、母の体に心電図の端子が付けられ、救急病院に向かいました。

救急車のサイレンから、ご近所の人たちが心配して出て来ていて、その中にいつもお世話になっている学会員のご夫妻がいました。
そのご夫妻は救急車の後をクルマで追ってくれました。
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by sokanomori3 | 2016-09-09 06:55 | 体験談 | Comments(7)

記事の予告


☆母の寿命が延びたこと.

以下に岡山の実家の畑近辺の風景写真2枚を添付いたします。
(畑近辺の川、山、咲く花など、のどかな写真です)
b0312424_22492766.jpg
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2016年、参院選の最中、母が緊急入院するという出来事がありました。
その入院と回復に関し、不思議な体験をしました。
病名についてはプライベートなことなので伏せますが、その他のことを赤裸々に「親子不二」と題しお話いたします。ご期待ください!



この写真は、お盆に帰郷した際の故郷の写真です。
母が退院したあとの写真になります。
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by sokanomori3 | 2016-09-08 23:12 | 体験談 | Comments(9)

カメさん ありがとう(あとがき)


☆カメさんは私の教師です.^^

私が食べているハチミツの瓶の写真を以下に添付します。
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b0312424_1741053.jpg<写真解説>
1枚目はLIMONEROと書かれたハチミツのガラス瓶の写真。レモンのハチミツなので蜜は黄色です。
2枚目はカメさんから頂いたメール。「blogにのせていただいたことを励みに、明日からまた頑張ります♪」と記されています。




私はあなた様とお会いしたことはありません。
電話で声を聴いたのは1度だけ。けれど、まるで家族のように感じます。

レモンの花 から集められた蜂蜜の写真・・
でも、この蜂蜜、酸っぱくはありません。甘くておいしい!^^
働き蜂が花の蜜を吸い、唾液を加えて巣のポットに収めます。
ハチたちは羽ばたいて水分を飛ばし、蜜を濃縮します。
蜂蜜はビタミン、ミネラル、酵素、抗酸化物質の宝庫。
中国の医学書には、蜂蜜は眼病、皮膚病、やけどや傷、呼吸器系、消化器系などの万能薬として記されれいます。常温でも腐りません。
その強い抗菌力から、蜂蜜で歯を磨けば歯周病も改善される。
実際、この夏、あせもにつけたところすっかり良くなりました。
働き蜂は娘(メス)。その娘が生涯に作るハチミツの量は小さなスプーン1杯。
人間の一口分がミツバチの一生分の仕事です。
私は毎日、蜂蜜を一口食べています。
蜂蜜パワーで今日も私は元気です。^^

蜂蜜の話 をしたのはカメさんが私にチカラを与えてくれたから。
この10年の歩み、そしてメールをやり取りした3年の歩み・・
私は精神的な病のこと、当初、まったく理解できなかった。
世の中に沢山いるうつ病の半分以上は仮病と思っていた。
そんな不遜な私に、あなたはあなたの苦痛を通じて私に精神病とは何かを伝え、さらに社会復帰をして私に勇気と希望を与えたのです。
あなたは私の教師です。感動のパワー与えてくれた。^^

あなたは愚痴を言わない 人。そして明るい人。
いつも前向きでガンバル人。その努力が今を作っている。
あなたの信心は愚直で、まっすぐ御本尊に祈ってこられた。
スゴイですよ、カメさんは。本当の信心を見させていただきました。
あなたのこの3年の歩みは、一歩一歩、まるでカメの歩みのようでした。
ついに、この夏休み、ご両親を温泉旅行に連れて行った。
どれほどご両親、喜ばれたことでしょう。
あなたにしか作れない感動のドラマ・・
はっきりと見させていただきました。

読者の皆さま、この記事は職業や具体的な出来事をしっかりお知らせしませんでした。それはカメさんのプライバシーを守るため。
でも、カメさん、とても素晴らしい仕事をされているんですよ!
責任も重く、多くの人たちを幸せにする立派な仕事。
とにかく、カメさんは大勝利されたのです。

読者のみな様の中に、苦難に苦しまれている人がいることでしょう。
出口の見えないトンネルにふさぎ込んでいる人もおられましょう。
けれど、私たちは池田先生の弟子として、愚直な信心を全うして、カメさんに続こうではありませんか。そして等身大の広宣流布を果たそうではありませんか。
そしてカメさんのごとく勝利しようではありませんか。
私も頑張ります。私も断じて負けません!

以上でカメさんシリーズを終わります。
シリーズ最初の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-08-23 20:07 | 体験談 | Comments(8)

続・統合失調症を克服したカメさんの体験


☆統合失調症を乗り越え親孝行.

前回の記事は、→ここをクリック!
カメさんは再就職されました。そして8カ月が経過したのです。
その勝利の映像(写真2枚)を以下に添付します。

b0312424_05053.jpg

b0312424_064038.jpg<写真解説>
「今月末に両親へのプレゼントで二泊三日の温泉旅行に行く予定です!と記されたメールです。
この後、給料日にはお母さんには3万円、お父さんには3000円を渡して美味しいもを食べてもらおうと月に一度の外食を楽しみにしてくれています♪という文章が続きます。
2枚目には、「私のしがない体験でよければどうぞお役に立ててください。私は同じ病気で悩む人を一人でも多く救っていきたいのです!」と記されています」

2016年 夏。カメさんは今、自らの資格を生かして仕事をしている。
収入の一部をご両親に渡し、親孝行できるまでに・・
今も薬は飲んでいるし、完全な完治ではないけれどここまできた。
私、1枚目の写真メールに次のように返信しました。
「お母さんが3万円で、お父さんが3千円ですか。(^^:
 まあ、でもお父さん、嬉しいだろうね!」

薬の副作用で目がつって、慌てて職場の更衣室に駆け込んだカメさん
ストレスのかかる職場で本当によく頑張ったと思います。
この勝利はご自身の勝利だけではありません。
ご家族の勝利であり、創価の勝利です!(^^)

2枚目の写真は、私が記事にしたいと申し上げたときの返信メール。
これがカメさんの境涯です。苦難に磨かれた輝かしい境涯!
同じ境遇の人たちに同苦できるカメさん。
地獄から這い上がったときの幸せもまた噛みしめていらっしゃる。
「同じ病気で悩む人を一人でも多く救っていきたい・・」
ここに宿命を使命に変えたカメさんの実証がある。
願兼於業(がんけんおごう)を示されているとも言える。
願兼於業の意味は、→ここをクリック!
願兼於業の体験は、→ここをクリック!

カメさんは統合失調症を発症して10年になります
でもカメさんは勝ちました。一生懸命お題目を唱えて、新聞啓蒙して頑張った。
なかなか新聞啓蒙できなかったよね。でも成果、出したよね。
カメさんはスゴイ。カメさんは本当に立派ですよ!
苦難は無駄な障害物ではない。苦難とは、使命に開けば、同様の苦難に悩む人たちを救う権利に変わるということ。(^^)
書物で文字を読んだ程度で理解できる世界ではない。
人は苦しみを経験して初めて、この現実を理解する!

平坦な人生は味わいのない人生です
ありあまるお金があり、安全で快適な生活基盤があり、なに不自由ない生活ができることは確かに苦痛がないという意味において幸せでしょう。
けれど、それだけだったら、感動も感謝も喜びも薄いものです。
極楽百年の修行より、穢土の1日の修行ですもの。(^^)
冬の寒さに震え、夏の暑さに耐えてこそ、幸せを深く味わえる。
苦難を乗り越えた者だけが本当の歓喜と感謝を得られる!

カメさん、私は沢山のこと学ばせていただきましたよ
私はあなた様を通じて精神病の辛さ、そしてその病気への粘り強い対応、あらゆることを教えていただいきました。
そしてあなたは、うつ病と統合失調症の体験者として社会貢献している!
悩める友を、頭を抱える同胞をサポートできる!
これからも使命、果たし続けてくださいね。^^
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-08-23 05:53 | 体験談 | Comments(0)

統合失調症を克服したカメさんの体験


☆幻聴に悩み続けた日々.

YouTube「私の統合失調症を語ろう」を添付します

 

YouTube解説「統合失調症体験者が語るYouTubeです。当初の2分間、音声のない字幕だけの部分があります。5名のインタビューYouTubeです」

2015年2月に、私は精神病に関する記事を書きました。
それは「シナプスの笑い」という小冊子の読書感想文。
その記事は、→ここをクリック!
この記事を記した理由は、当時、カメさんや千早さんが精神的病に苦しんでいたからで、何か突破口が開けないかと自分なりに学んでいたからです。
しかし、結局、糸口がつかめなかった。
その厳しい現実に圧倒されるだけでした。

2013年 私はカメさんの理解度はゼロに等しかった。
当初、カメさんのメールは「監視されている」というものでした。
「盗聴器を仕掛けられている、周囲に私の行動が知らされている」というもの。
ある日、「創価学会の会館に監視カメラがあり監視されている」とのコメントが来た。「そんなことはない。あり得ない」と回答したが聞き入れてもらえない。
神経が過敏になる病気なんだろうかと考え込んだ。
カメさんの当時の記事は、→ここをクリック!
ともかくメールのやり取りでは限界があり、電話番号を聞いて電話をした。
全然イメージの違う声。可愛らしい女性でした。

この年の夏、就職の面接を受けるとの報告をメールでいただきました。
実はカメさんは、ある国家資格があり、その資格で面接を受けるという。
私はその面接の日時を聞き、学会本部で題目を送りました。
ほどなくしてカメさんから「就職が決まった」とメールが来ました。
私は嬉しくて嬉しくて飛び跳ねたい気分になりました。
でもカメさん、その職場を1ヵ月ほどで退社してしまった。
「あゝ、まだ無理なんだ。しかたない」
カメさんもつらいだろう。私も同じくつらかった。

2014年
 12月、私はカメさんの写真を拝見しました。
突然、カメさんからメールで顔写真が送られてきたのです。
写真を見てビックリ。すごく美人で可愛らしい人だったから。
元気になってほしいし、宿命転換してほしい・・その思いで寄り添ってきたけれど、まさかこんな人だったとは!
写真を送られたこともあり、何かお返ししなければと考えた末に、私の写真を送ることを通勤電車の中で思いつきました。
途中の駅のプラットホームでケイタイで写真を撮って送りました。
マスクをした状態で撮影して送りました。雰囲気だけ伝えるつもりで。
すると「思った通りのイケメン!」とメールが届き、困惑しました。
「いや、私は並み以下ですよ。マスクしているからね。マスク外したらガッカリだから」とメール返信しました。

2015年 年始の冬のこと。
カメさんが精神科病院に入院したのです。
入院先からメールが届いた。私、嗚咽するほど泣きました。
長く入院になってしまうんだろうって思ったから。
私が若かりし頃見た精神病院のことを思い出したのです。
その精神病の記述は、→ここをクリック!
カギが厳重に掛けられた施設の中にカメさんはいるのだろう・・
もう、当分、出られないんだろうと思うと、虚しさと悔しさで一杯になりました。そして、精神病が憎くなりました。
どうして、どうして、こんなにも苦痛が続くんだ!って。
でも、意外と早く退院したのです。数か月で。

2016年に入り、カメさんから再就職したとの連絡がありました。
「またすぐに耐えられなくなるのでは」と思いました。しかし・・
カメさんは今も勤務を続けていらっしゃいます。
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-08-22 22:25 | 体験談 | Comments(0)


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