カテゴリ:体験談( 47 )

変毒為薬の仏法


☆インドの太陽の母は勝った.

聖教新聞(10月6日)にインドの学会員の体験があった。
「冬は必ず春・信仰の力を実証」とのタイトル。
そこには、白髪の母と4人の娘たちの笑顔の写真があり、見事な変毒為薬(へんどくいやく)、人間革命の体験が書かれていた。以下に、その内容の要約を示す。



「1988年、夫が脳梗塞で倒れた。
右半身マヒ、言葉と記憶も喪失した。その夫は、数か月前に石油化学工場を立ち上げたばかりだった。工場は閉鎖、負債の利子は、たちまち膨れ上がった。
余裕のある生活が一変。8人の大家族の生活が全て母の肩にかかった。
「一生、十字架を背負って生きていくのか‥」
それから10年もの間、母は経済苦と精神的なストレスと闘い、その解決のために、さまざまな宗教を遍歴する。
1998年、その母がSGIの仏法の話を聞く。
「毒さえも薬に変え、冬を春にできる仏法」との話に歓喜し、2000年に御本尊を頂く。
それから毎日、真剣に唱題する母の姿があった。
母は、池田SGI会長の小説・人間革命、新・人間革命、そして御書を読み、確信を得る。愚痴が無くなり、「私たちの夢は、必ず実現するのよ!」と言うのである。
娘たち全員が、その母に続き、信仰を始めた。
娘の一人は語る。
「冬は必ず春となるとのご金言が、心に深く刻まれました」
信仰を始めて2年で、一家が大きく変わり始める。
同居していた66歳の祖父が、すでにリタイヤしていた医師の仕事を再開。
さらに、母は夫と共に金融機関との交渉の末、1億ルピー(1億7000万円)の返済額が2万ルピー(3万4000円)という、形だけの金額になった。
祈り、挑戦し続けた母の勝利だった。
やがて、4女全員が大学へ進学した。
卒業後、長女はファッションの有名ブランド会社の経営に携わるポスト、次女は微生物学で博士号を取得し製薬会社の研究者、三女はITトップ企業の人事部門次長、四女は次女同様、微生物学の修士から製薬会社の研究職となった。
長女と次女は女子部地区リーダー、三女は女子部本部長である。
(母は支部副本部長、四女も女子部で活躍している)
今、一家の太陽たる母を中心に、娘たちは広宣流布(こうせんるふ)を果たしゆく後継者に成長した」



以上の体験が、紙面一面に鮮烈に語られていました。母の確信の深さ、信心の強さに圧倒されました。その勝利を、心より祝福したいと思います。
今、このように、世界各地でSGIは発展を遂げています。
そのことが、とても嬉しい。素晴らしい!(^^)
私の変毒為薬は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2014-10-07 06:31 | 体験談 | Comments(2)

所願満足の春


☆宿命が使命に変わった。

聖教新聞の見出しに目が止まった。
「踏ん張ろうと決めたから、宿命は使命になった」
さて、何が書かれているのか。通勤電車の中で読みふけった。
以下に、その体験談を要約する。



東京都武蔵野市の女子部副部長。
今、アパレルの仕事をしている。彼女(美喜子)の歩みは茨の道だった。
小学校4年、先天性の股関節脱臼で手術をした。
すでに信仰をたもち、ベッドで勤行した。松葉づえで学校へ。
中学3年生の春、急に髪の毛が抜け始めた。
夏休みには髪の毛が全部抜けた。
原因が分からず、かつらを着けるようにと病院から勧められた。
鏡の自分を見ることが辛かった。
2学期、学校は休まなかった。

女子高に進学。周りは身なりに気を使う。
彼女は、いつも変わらぬ髪型(かつら)だった。
修学旅行は行かなかった。行けなかった。
でも、もっと辛いことが起きた。
家族全員がひどい食中毒にかかり、全員が一晩中、高熱と下痢、おう吐で苦しんだ。
中学3年だった弟(伸明)は特に症状が重かった。
そして、翌日の夕方には、もう息をしていなかった。
現実とは思えなかった。彼女は思う。
「どうして伸明が死んで、私が生きているんだろう」
正直、死にたいと思ったこともあった。でも、弟の死の意味を考えるようになって、すこしずつ気落ちが変わっていく。
「私が生き抜かなければ」と誓うようになったのである。

彼女の母はこの出来事について、次のように語っている。
「息子を亡くしたこの地を去りたいとの思いがありましたが、池田先生の“人生の真実の勝負は、長い目で見なければ分からない”との言葉を抱きしめました。まず10年、頑張ろうと決めました」
数年たった時、母は再びの決意に立つ。
病気で苦しむ婦人部の激励に訪ね、負けないでほしいと励ますうちに、息子を亡くした自からの体験を語った。気付くと、彼女の母もその人も鳴いていた。同じ決意の涙だった。
心の中にあったわだかまり。
「どうして、わが子が‥」という疑問や後悔が、この時の涙で全てを洗い流してくれた。
母は語る。「踏ん張ろうと決めたから、宿命は人を励ます使命になったのです」

その娘は、中学3年生から美容室に行けなくなっていた。
修学旅行にも、成人式にも行けなかった。その彼女に髪が生え始める。
ある日、かつらを家に置き、出勤した。この日のことを母は語る。
「緊張したと思います。負けなかったね」
彼女は職場で経理の仕事に没頭し、女子部では白蓮グループで活動した。
折伏に挑戦する中、皆が、いろいろなことに悩んでいることを知った。
「それまでは、自分がかわいそうにしか思えませんでした。それが、人の苦しみに心を向けられるようになったのです。祈って、悩みに向き合う人は、悩みながら輝いていました。私も悩んでいる自分を認められるようになりました」
彼女の母は、3年前、悪性リンパ腫になった。抗がん治療で、今度は母の髪の毛が抜け落ちた。母は言った。「これで美喜子の気持ちもよく分かる。感謝だね」
3ヵ月で退院し、回復した母。
その母は夫(父)と共に、夢だった手作りパンの店を開業した。



体験をご家族の満面の笑顔の写真と、すさまじいまでの残酷な出来事とが対比され、読むほどに涙が止まらなくなりました。
人生には、残酷で絶望的な出来事があるものです。
けれど、その問題に負けるわけにいかないし、乗り越えるしかない。
思春期に髪の毛を失う悲しみ‥さぞかし辛かったことでしょう。
けれど、その髪の毛は元通りになりました。今の彼女のはじけるような美しい笑顔に、妙法の真実のチカラを見させていただきました。
「人生の真の勝負は、長い目で見なければ分からない」
「信心の根を張った人には、所願満足の春が必ず来る」
この池田先生の指導を胸に抱きしめた家族の物語でした。

追伸:私にも体験があります。その私の体験談が「創価の森ブログ」でした。
その創価の森ブログは、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2014-09-19 06:12 | 体験談 | Comments(12)

願兼於業(がんけんおごう)


☆41歳の全盲女性の体験。

聖教新聞(7月6日)に全盲の女性の体験談が掲載された。
以下に、その内容を抜粋し、所感を述べる。



1030gで生まれ、未熟児網膜症で失明。
しかし、盲学校ではなく普通学校に就学した。
中学3年のとき、クラスメートに「一緒にお題目をあげよう!どんなことでも叶えられるよ」と言われた。
そこで、普通高校への進学、原則18歳以上の盲導犬の貸与を祈った。
翌年、高校合格。盲導犬も特例で許可を受けた。
そして、全国身体障害者スポーツ大会の水泳で金メダルを獲得した。
点字の経本を読み、勤行を習得。
大学に進学し、20歳を過ぎて入会となった。
ある日、女子部の先輩から、「がんけんおごう」という言葉を聞いた。
人々を救うため、あえて宿業を背負い、願って生まれてくる。
その哲理を、願兼於業(がんけんおごう)という。
仮に、苦難の姿であっても、実は自分が願ったこと。
その宿命を打開していく生き方を通し、妙法の力を示す‥
「すごくワクワクしたんです。これからが、めっちゃ楽しみやん!って。何を実現していこうかなって、思えたんです」
外国に興味があり、アメリカ留学を勝ち取った。
信仰の喜びを語り、アメリカ人に弘教(ぐきょう)。
大学を卒業すると、目標だった電話交換手として現在の就職先に‥
さらに2人の友人を入会に導いた。
2007年に結婚。2009年にトライアスロンに挑戦。伴走者と共に、水泳0.3㎞、ダンデム自転車9.5㎞、マラソン3㎞を走り抜いた。
琵琶湖横断水泳大会にも参加。全盲の参加者は初めてだった。
現在、視覚障がいや盲導犬をテーマに講演活動を行う。
2011年には、働き、自立して社会貢献を志す女性に送られる「サフラン賞」を視覚障害者支援総合センターから受賞した。
彼女は最後に、次のように述べている。
「どんなことでも、真剣に祈って行動すれば、その通りになる。だから、この信心が正しいというシナリオを自分で作るんです。世界中の人が信心の素晴らしさを納得できるよう、私が示していくと決めています」



何という人でしょう。驚くべき人生です。
全盲なのに盲学校に行かず、次々に不可能を可能にする‥
私も随分かかって、「がんけんおごう」の歩みの楽しさ分かりかけてきたのですが、この人はとっくの昔の10代から大確信で歩まれている。
鮮烈な体験談に圧倒されました。(^^)

以下に旧ブログの「がんけんおごう」の記事を添付します。
(旧ブログは、音声ソフト対応ではありません)
願兼於業の別記事は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2014-07-08 06:31 | 体験談 | Comments(6)

自分らしく輝くために


☆久本雅美さんの手記.

以下に、久本雅美さんの大白蓮華(だいびゃくれんげ)5月号の記事を添付いたします。
b0312424_5353031.jpg

写真解説.
「大きな文字で“自分らしく輝くために”と題された紙面に、久本さんの顔写真が掲載されています。
清らかな瞳と美しい笑顔が印象的な写真です」


大白蓮華5月号に、タレントの久本雅美(ひさもとまさみ)さんが掲載されていました。
誌上セミナー。ボリュームは何と10ページ。(^^)
以下に、その内容を要約いたします。

○入信まで.

私が大阪から家出同然で上京したのは22歳の時でした。
もともと人を笑わせることが大好きでした。
コメディーを得意とする東京の有名劇団に入ろうと思ったのです。
せっかく劇団に入ったものの、お笑いの世界の厳しさに打ちのめされていきました。
毎日、先輩に怒られているうちに、どんどん萎縮してしまい、自信を失っていったのです。
アマチュアの大会で優勝した誇りを粉々にされました。
劇団をやめ、新劇団を仲間と立ち上げましたが、何も変わりませんでした。
“また、怒られるのではないか”
“誰も笑ってくれないのではないか”
相変わらず、人の目を気にするばかりで、自分の演技ができない。
そんな時、友人と電話で話をしたとき、人が変わったように元気な友人に驚き、「どうしてそんなに元気になったの?」と聞くと、「創価学会に入った」と言われ驚きました。
彼女の言葉が胸に突き刺さりました。「この信心はね、自分らしく輝くためのものなのよ」
まさに、自分が一番悩んでいたことでした。
誘われて行った座談会で、私は入会しました。

○グチが消えた.

信心を始めてしばらくすると、周りから「久本が変わった」と言われるようになりました。
それまでは、毎日、「私はもうダメだ」「誰も私の気持ちを分かってくれない」とグチをこぼしていました。
それがピタッと止まったと指摘され、初めて気付きました。
どうしてグチッぽい私が変わったのでしょうか。
それは、私が始めた信仰と大きく関係があります。
多くの人は、宗教といえば、神札(かみふだ)や仏像から自分に幸運が舞い込むように拝むもの、というイメージが強いと思います。
しかし、この仏法は、自分の「外」にあるものへ、“幸運を自分に寄こせ”とねだる教えではありません。
私たちは 御本尊という対象に向かって祈っていますが、あくまでも、自分の「内」なる生命を変革し、命に秘められた苦悩を根本から解決することが目的なのです。
悩みを他人や環境のせいにしていた私の命が変わったのです。

○大事なことは“どうあるべきか”.

さらに信仰に打ち込むと、今度は「久本は強くなった」と言われるようになりました。
心の底から、自分の可能性に自信が持てるようになっていったのです。
周りの評価に左右されることなく、自分らしさを発揮できるようになりました。
“信仰以外の方法で、自分を変えることはできないのか”という人がいるかも知れません。
でも、これまでの人生で、何とか自分を変えようとしても、なかなかできなかったのが実情ではないでしょうか。
私も、自分の弱さを克服しようといろいろ試しましたが、結局、自分を根本から変えるのは、この力ある信仰しかないのです。
自分の「外」ではなく、自分の生命の「内」に目を向けてください。
そこには、どんな悩みも解決できる無限の力が秘められています。
信仰は、その内なる力を発揮し、自分らしく輝くための実践です。

○有名になってからの苦難.

しかし、信仰をたもった私も、人気が出てから 大きな悩みにぶつかりました。「女性らしからぬ芸風」を持ち味にしていた私でしたが、「女を捨てたタレント」と非難されるようになったのです。
“私の笑いは、皆さんの感情を害しているのではないだろうか”
とても傷つき、落ち込みました。
悩みから逃げないで、お題目を唱えました。
そんなとき、池田先生をお迎えした中野区の総合総会(1992年)で、柴田理恵さんと漫才を披露しました。池田先生から、「悲嘆も、悲観もいらないよ。楽観主義でいくんだ。希望の女優さんになるんだよ」と激励されました。
私は気づきました。
「そうだ。私はまた、どう見られているを気にするようになっていた。これではいけない。どう見られているかではなく、どうあるべきかなんだ。私は、皆に希望を与えるお笑い女優になるんだ」と。

○所感.

久本さん、手記の文末に言われていました。
「皆さんも、自分にしか咲かせられない“使命の花”が必ずあります。どうか、この信仰で、人間革命という人生の劇で、名優、名女優として輝いていってください」
2001年のNHK調査で、3年連続で好感度タレント第1位になったマチャミこと久本さん。
最近は演劇やバラエティー番組だけではなく、化粧品のCMモデルにも出演している。
あなたの人生を目の当たりにして、私、ウルウルしましたよ。
あなたは、本当に素晴らしい人です。
益々 好きになりました。(^^)

5月号座談会御書は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2014-04-26 05:47 | 体験談 | Comments(3)

どう生きるか


☆中途失明、51歳からの挑戦.


○不思議なタイミング.

昨日、ひらがな御書ホームページを公開しました。
その日の聖教新聞に、偶然にも自在会メンバーの体験が掲載されました。
白杖を右手に持ち、左手で奥さんの右腕を持つ 笑顔の壮年の写真。その横に 「障がいがあるという意味」、また 「中途失明、51歳からの挑戦」と書かれていました。
この自在会の壮年の体験を、以下に抜粋します。

○どう生きるか.

31歳で判明した 網膜色素変性症。
失明の危険がある難病で、徐々に視力が奪われていく。51歳で失明した。
「仕事を失い、家も失い、目も見えない」
長年調理師として働いて、家族を守ってきたのに‥悔しかった。唱題の中、涙が止まらない。やがて、池田名誉会長の言葉に奮い立つ。
「人生は断じて引いてはならない。負けてはならない。負けないことが 勝利である」
白杖を用いた歩行訓練を始めた。翌年、盲学校に入学する。
初年度前期は、全教科で赤点だった。

点字での試験のこと。
「しんぐの しょうどくは どのように したら よいのでしょう」
1 「にっこうよく させる」
2 「あるこーる しょうどく する」
3 「やくざいを もちいて しょうどく する」
“日光浴だろう”
しかし、これは不正解だった。
“えっ、寝具でしょう? あっ、鍼具(しんぐ)か!”
点字には漢字表記はない。難しさを肌で感じた。

点字の習得、学力向上、無事故の通学を祈った。
3年後、「あん摩マッサージ指圧師」の国家試験に合格し、治療院の開業を果たす。新米でありながら、推薦を受けて 現在、新宿区マッサージ師会の会長を務める。
この挑戦を支えたのは自在会の会合だった。
「○○さん、来てる?」
「はーい、いるよー!△△さんは?」
「こっちだよー!」
会合前に自然に始まる掛け声。
「声が前を向いていました。皆さんが顔を上げているのが、音の響きで分かるんです。それは、心が前を向いている証拠です。思ったんです。信心の実証って、どうなるか以上に、どう生きるかということなんだと」

この自在会の壮年に 旧友から声が かかった。
「頑張る姿に、俺たちは勇気をもらっているよ!」
これは、調理師時代の友人との 同窓会での声である。

○所感.

私には自在会の友がいます。友というか 今となっては 兄妹のような人です。
同じなんです。頑張る姿に勇気をもらっていること。(^^)
さて、それにしても不思議です。この体験談が掲載されたこと。
新しいホームページの旅立ちを 祝ってくださったのでしょうか。
このような記事は 私の励みにもなります。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2014-03-17 21:30 | 体験談 | Comments(2)

自在会を支える


☆点字翻訳で自在会を支える.

聖教新聞に掲載された94歳の婦人部の体験談です。

新聞記事の写真を示し、次に記事内容を要約してご紹介します。

b0312424_215282.jpg

写真解説.

「家族写真が 掲載されています。
花束を持って 椅子に座っている94歳の体験者の周囲を 7人の家族(息子や孫たち)が囲んでいます。
全員が 満面の笑顔で 肩を寄せ合っています。
写真の横には 点字翻訳40年 母の手は子のため人のため との見出しがあります」



○冒頭文.

大阪市の関西文化会館に、一人の婦人が訪れた。
手には、聖教新聞に連載された池田名誉会長の指導の点字訳を携えていた。
やがて、数か月に一度、新しい点字訳を持参するようになる。
はじめの10数年は、点筆(てんぴつ)で作業を行った。
漢字をひらがな表記に変え、一字一字、穴を空けていく。
現在はタイプライターを使用している。
この地区副婦人部長は、94歳になった今も、黙々と点字を打ち続ける。
(以下は、体験内容の要約です)

○苦難を乗り越えて自在会に貢献.

私は生まれてすぐに養女にだされました。
心臓弁膜症を患い、小学校、中学校は休んでばかり。
22歳で結婚。時代は戦争へ。広島に疎開しました。
農作業をしていた朝、異様な光を感じた直後、空に原爆のキノコ雲を見ました。
妊娠していた私は、2歳の長男の手を引き、おなかに気を配りながら夢中で逃げました。

のちに、大阪で 夫が仏法の話を聞き、創価学会に入会しました。
その6年後、「疲れたわあ」と仕事から帰った夫は、横になり、そのまま帰らぬ人となりました。5人目の子供はまだ2歳でした。
御本尊の前で手を合わせ、祈り続けました。
“くじけたらあかん。信心があるんやから”と自分を奮い立たせました。

夫を失ってから数年後、点字を打ち始めました。
ふと 新聞を見たら、書いてあったんです。
「読みたくても、点字の本が無いから 寂しい」って。
それから、やってみようと思いました。
小説 人間革命 全12巻、そして こんにちまでに 新 人間革命 第18巻まで翻訳しています。点字は、間違えないように打ってきました。
よく関西文化会館に、点字訳を持って行きました。
目の見えない同志の人たちが 喜んでくれました。

○体験発表者の声.

「こんな私が、人に尽くせるなんてね。
今は、新 人間革命 第19巻の宝塔の章をやっています。
日蓮大聖人の御一生についても打ちたいなあって 思っています。
どこまで打てるかは分かりませんけど‥
ほんまに偉大な先生です。
世の中に こんな人 いてるんかなって、いつも思います。
先生と巡り合えたことは最高の幸せやなあ。
私らは、戦争もあったかもしれんけど、いい時代にうまれたんやなあ。
これからの目標?
もちろん冊子を一冊一冊、完成させていくだけです。
今年中に こんだけしよって いうのをね」

○大阪自在会メンバーの声.

私は、1974年(昭和49年)網膜剥離で失明しました。
当時、本の内容が録音されたテープはありましたが、点字の本だと自分で読めますし、ほんとうに嬉しかったです。
小説 人間革命の点訳以外に、御書講義の点訳もあり、共学試験のために学ぶこともできました。私たち自在会は、ずっと支えられてきたんです。
ただただ感謝しかありません。
(大阪自在会の 元婦人部責任者の声)

○取材後記.

この94歳の副婦人部長は、朝の勤行を終えると、開目抄(かいもくしょう)の一節を暗唱するのが日課という。
次男の死など、さまざまな悲しみに襲われたが、そのたびに信心を強くした。
関西の同志が愛する歌 常勝の空は、「今再びの 陣列に 君と我とは 久遠(くおん)より」から歌い始まる。
100年に及ばんとする体験者の歩みに、師匠直結の魂が脈打っている。

(以上、聖教新聞2014年2月2日より)

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2014-02-03 21:40 | 体験談 | Comments(2)

短所も長所に変わる


☆「しょうがない」からの脱却.

聖教新聞に掲載された視覚障がいの男子部の体験談です。

最初に新聞記事の写真を示し、次に記事内容をご紹介します。

b0312424_7201548.jpg

写真解説.

「27歳の体験発表者が 青いダウンジャケットを着て 笑顔でガッツポーズをしている写真が掲載されています。
タイトルに 「先天性むこうさい症と闘う」  「しょうがないからの脱却」  「全て自分次第」  「限界なんて感じない」 と 青い字で大きく書かれています」



○視力0.1の弱視.

先天性無虹採症(せんてんせいむこうさいしょう)。
光の量を調節するための虹採(こうさい)が生まれつき発達しない病。
視力は0.1ほど。矯正はできなかった。
病気が発覚したのは、生後3ヵ月。治すことはできない。

母(支部婦人部長・52歳)は、その1年前に入信していた。
地域の同志は、信心で乗り越えていこうと、真剣に丁寧に激励を重ねた。
母は気丈に子育てに励む。

しょうがないと思うようになったのは、中学1年生のころ。
体育の授業を終えると、生徒たちが移動を始めた。
体育館の入り口には上履きが並んでいた。
私は、上履きに書かれてある自分の名前が見つけられず、一足ずつ手に取り、目の前まで持ってきて確認した。
女子生徒の声がした。
「におい嗅いでるんちゃうん。きもっ」
とっさに否定した。胸がえぐられた。
「メガネをかけたらええやん」と言われたことも。
修正しても見えないことを説明したくなかった。
「べつに分かってもらえんでもええわ。しょうがない」

高校を卒業して、視覚特別支援学校に入学した。
あんま、マッサージ、指圧師の資格を取得。鍼灸(しんきゅう)の資格の国家試験は落ちた。
整骨院に就職した。毎日通勤し、働くのは、思いのほか大変だった。
社会人としての忙しさに余裕をなくし、真剣に祈れない。
“勉強も仕事もあるし、全部やるなんて無理。しょうがないやろ‥”
日曜日、男子部の部長から電話がかかってくる。
携帯電話の電源を切った。
先輩が家に来ると、「用事があるんです」と断った。

○祈って、行動して、掴んだ実証.

1年に1度の国家試験は、2度の不合格に。
“しょうがない”と心の中でつぶやくが、“これでいいのか?”と、自分自身に嫌気がさした。
牙城会として会館に着任していたとき、「どないしたん?」と先輩が声をかけてくれた。
状況を知った先輩たちからのアドバイス。
家に帰って、御本尊の前に座った。

起床と就寝時間を決め、生活のリズムを整えた。
1日の行動を頭に浮かべ、集中して題目を唱え、仕事や活動に励んだ。
折伏にも挑戦し、2人に弘教(ぐきょう)を成し遂げた。

そして‥3回目の試験。
合格ラインは160点満点で96点以上が合格ライン。
「120点で合格する!」と祈った。
1ヶ月後、合格通知には、120点と印字されていた。
次に、「30歳までに開業したい」と祈り、具体的に柔道整復師の学校に通い、合格を掴んだ。

昨年8月、勤め先の上司から、思いがけない話があった。
「店を譲りたい。決断力があるし、スタッフもついてゆけるだろう」
27歳の院長として出発を果たした。

今、目のことは、短所とも障がいとも思わない。
弱視だからこそ、患者さんの声色の変化までよく聴こえる。
歩く時の音で、誰かが分かる。
短所も長所に変る。すべては自分次第。

(以上、聖教新聞2014年1月25日より)

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ
by sokanomori3 | 2014-01-26 23:40 | 体験談 | Comments(1)


創価の森通信Freedom   音声ソフト対応BLOG


by sokanomori3

プロフィールを見る

外部リンク

検索

カテゴリ

全体
ご案内
自在会情報
ひらがな御書
ひらがな御書物語り
ひらがな御書に学ぶ
自在の人
妙音・自由の人
前略 千早さま
千早抄 (体験談)
千早美術館
日本点字図書館見学記
視覚障がい書籍紹介
盲導犬
読者の皆さまへ
創価の森の小さな家
創価の森通信フリーダム
別館のご案内
座談会御書
勤行 唱題
体験談
創価学会歌
管理人より
聖教新聞
大白蓮華
グラフSGI
日蓮大聖人
牧口常三郎先生
戸田城聖先生
池田大作先生
池田先生の詩
一般書籍のご案内
学会書籍のご案内
ポエム
幹部指導
健康づくり
怪我・病気対策
健康ジョギング
障害者スポーツ
創価学会の記念日
創価学会総本部
公明党
仏法用語
御書の登場人物
新人間革命読書感想文
創価ニュース
政治
紛争・災害ニュース
九州大震災
希望の哲学
つぶやき
雑記帳
創価学会批判
創価学会の問題
夢修行
料理は魔法
大工は魔法
良死の準備
宮田幸一氏問題
サカマキガイ駆除
任用試験
日本・世界遺産見学
フェイクニュース
私の仕事
日顕宗
沖縄の戦争
公明党候補一覧
未分類

最新のコメント

只今、メールしました。 ..
by sokanomori3 at 12:36
誓願さん、おはようござい..
by sokanomori3 at 05:32
只今、メールしました。 ..
by sokanomori3 at 05:28
ちなみに、私は創価の森に..
by 誓願 at 22:54
こちらこそ返信ありがとう..
by 誓願 at 00:18
非公開さん、こんばんわ。..
by sokanomori3 at 23:46
誓願さん、再びこんばんわ..
by sokanomori3 at 23:41
池田先生の「すべて知って..
by 誓願 at 23:13
非公開さん、こんばんわ。..
by sokanomori3 at 22:37
千早さん、こんばんわ。 ..
by sokanomori3 at 22:33
誓願さん、こんばんわ。 ..
by sokanomori3 at 22:28
菊川さんと※※さんの関係..
by 誓願 at 22:04
菊川さん、お疲れ様です。..
by 誓願 at 22:01
そうなんだ‥ 勉強にな..
by 千早 at 10:40
非公開さん、おはようござ..
by sokanomori3 at 05:13
凡ちゃんさん、おはようご..
by sokanomori3 at 05:11
近所で工事をやっているの..
by 凡ちゃん at 00:21
兵一さん、こんばんわ。 ..
by sokanomori3 at 21:07
いつも励みに読ませていた..
by 兵一 at 14:04
そうこさん、こんばんわ。..
by sokanomori3 at 20:39

リンク

以前の記事

2018年 11月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月

ブログジャンル

ボランティア