<   2015年 03月 ( 21 )   > この月の画像一覧

でも、春は春


☆春一番が吹かなかった春.^^

以下に、つるバラの真下から撮影した青空が見える写真を添付します。 
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春が来た、春が来た、どこに来た。
野をこえ、山こえ、谷こえて、わが家に来た。(^^)
つるバラの枝に、小さな新芽がびっしりとついていました。
青い空に、さざ波のような白雲が流れていました。
春の魔法が、街という街を緑に変えようとしています。

赤い花が咲きました。
玄関先の赤い花の蕾が次々に開くのです。
みんな待っていた春。植物も動物もみんな、みんな待っていました。
冬枯れした木立という木立が小さな若葉の赤ん坊をつけています。

春は希望。春は喜び。
春は、年齢を重ねるたびに輝きを増し、素敵な季節になります。
若いときの何十倍も、素晴らしい春です。
年齢を重ねなければ感じられないこともあるんですね。
年老いることは、悲しい出来事ではありません。
人生は味わえばいつか尽きるのです。そのことを悲しみとは思いません。
子供には子供の、青春には青春の喜びがあるように、
老いることにも沢山の喜びと楽しみがあるんですよ。^^

さあ、瑞々しい空気を一杯吸い込みましょう。
暖かな太陽の光を浴びながら、ありったけの背伸びをしましょう。
そうして元気に、新たなる今日を踏み出しましょう!(^^)



今年は春一番の発表がありませんでした。でも、春は春。^^
その記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-03-29 08:13 | 管理人より | Comments(5)

インドの仏


☆インド博物館所蔵の仏像展.

以下に、渋谷駅にあった「インドの仏」展示会の看板写真を添付します。
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「ひとたびはポプラに臥す」第5巻を読み終えたときのこと。
その第5巻の記事は、→ここをクリック!
いよいよ旅行記は、最終地点のガンダーラへ。
と、そのタイミングで、大きな黄色の文字で「インドの仏」との文字を見ました。
まるで石造のようなゴツゴツした文字。何だろうと解説を読むと‥
多数のガンダーラ美術などが展示されているとのこと。
3月17日から5月17日までの開催で、料金は大人1400円と記されていました。
(大学生1000円、高校生800円、障がい者・介護者、中学生以下は無料)
開催場所は東京国立博物館。地図は、→ここをクリック!
看板には、大きな文字とともに石像の映像もありました。
私は、この看板をじっと見つめて考えました。



「そもそも、仏像はなぜ造られたのだろう。
どれだけの人が、この仏像を祈りの対象にしていたのだろうか。
これは石で出来ているし、職人が造ったものだ。
この古い石像に、何か魂のようなものが入っているようには見えない。
仏教のありがたさに感動し、その歓喜を後世に伝えるために造ったのではないか。
そのように考えるなら、何ら違和感はない。
だとするなら、これは祈りの対象ではない。
モニュメントであり、飾りなんだ」



仏像が造られ始めたのは、一般にはガンダーラからとされています。
石像は、政治が宗教を利用し、宗教も政治に迎合し、皆で同じ方向で祈り集団意識を形成する目的で造られたのかも知れません。
当事、仏教は民衆に熱狂的に受け入れられたでしょうし、大集会所のような集まる場所として、寺院などが沢山生まれたのでしょう。
その寺院では、集団礼拝をしたり儀式も行ったことでしょう。
総じて、それらの熱意や思惑が石像や絵画で寺院を荘厳させたことでしょう。
やがてそれらの行為が、「おすがり信仰」のように変化し、仏像そのものに神秘的な力が宿るかのような認識に変わった‥そのようにも思えるのです。
この答えを宮本輝は「ひとたびはポプラに臥す」で話してくれるでしょうか。

過去、旧ブログで同じような仏像展(阿修羅展)を記事にしたことがあります。
その阿修羅展は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-03-27 06:56 | 雑記帳 | Comments(4)

日眼女造立釈迦仏供養事(2015年4月度座談会御書)


☆四条金吾の妻・日眼女の御書.

日眼女造立釈迦仏供養事(1187ページ)。
以下に、4月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている日眼女造立釈迦仏供養事(にちげんにょ ぞうりゅうしゃかぶつ くようのこと)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

たとえば こうべを ふれば かみ ゆるぐ こころ はたらけば み うごく 
おおかぜ ふけば そうもく しずか ならず だいち うごけば たいかい さわがし 
きょうしゅ しゃくそんを うごかし たてまつれば ゆるがぬ そうもくや あるべき 
さわがぬ みずや あるべき.

○漢字文.

譬えば 頭をふれば かみゆるぐ 心 はたらけば 身うごく
大風 吹けば 草木 しづかならず 大地 うごけば 大海 さはがし
教主釈尊を うごかし 奉れば ゆるがぬ 草木や あるべき
さわがぬ 水や あるべき.

○背景と大意.

四条金吾(しじょういきんご)の妻・日眼女(にちげんにょ)が37歳の厄年を迎え、その御供養に対し大聖人が与えられた御書です。
本抄は、厄年は人生の節目であり、その節目を大事にすることで健康が維持されること、加えて、法華経は経典の中の王であることを述べられています。
「日本国は天照大神(あまてらすおおみかみ)という女神が作った国であるから、日本は女性の国である、その女性の国の中で、日眼女は第一の女性である。今世のみならず、来世の幸福は間違いない」とも述べられています。
今月の御書の御文は、「強盛な祈りがあれば、一切の障害、問題を乗り越えて行くことができる」との御指南がされている箇所です。
以下に、本抄の御文をいくつか参考に示します。

<ひらがな文>
1.
にちげんにょは 37の やくと うんぬん (中略) 
やまいは にくより おこれば なおしやすし ふしより おこれば なおし がたし 
いえには かき なければ ぬすびと いる ひとには とが あれば てき たよりをうく 
やくと もうすは ふしぶしの ごとし 
2.
ほけきょうと もうすは ほしの なかの つき ぞかし 
ひとの なかの おう ぞかし 
やまの なかの しゅみせん みずの なかの たいかいの ごとし 
3.
にほんこくと もうすは にょにんの くにと もうす くになり 
あまてらすおおみかみと もうせし めがみの つきだしたまえる しま なり 
4.
こんにち にちげんにょは こんじょうの いのりの ようなれども 
きょうしゅ しゃくそんを つくり まいらせ そうらえば 
ごしょうも うたがい なし.

<漢字文>
1.
日眼女は 三十七の やくと 云云 (中略)
病は 肉より 起れば 治しやすし 節より 起れば 治しがたし
家には かき(垣根のこと) なければ 盗人いる 人には とがあれば 敵 便をうく
やくと 申すは ふしぶしの 如し
2.
法華経と 申すは 星の中の 月ぞかし 人の中の 王ぞかし
山の中の 須弥山 水の中の 大海の如し
3.
日本国と 申すは 女人の国と 申す国なり、
天照太神と 申せし 女神の つきいだし 給える 島なり
4.
今日 眼女は 今生の 祈りの やうなれども
教主釈尊を つくりまいらせ 給い 候へば 後生も 疑なし.

○所感.

本抄の最後に大聖人は、日眼女を「女人の中の第一なり」と絶賛されています。
別御書においても、佐渡流罪の折に夫を鎌倉からはるばる佐渡のもとへ送った日眼女を称えられました。その御文を以下に示します。
「かかる みだれたる よに とのを つかはされたる こころざし だいち よりも あつし」(かかる 乱れたる世に 此のとのを つかはされたる 心ざし 大地よりもあつし)
(御書1115ページ)
妻・日眼女があればこそ、四条金吾の人生がありました。
私たちは、そのことを忘れてはならないと思います。
四条金吾の記事は、→ここをクリック!
同じく、婦人部の皆さまの支えあっての創価学会であり壮年部です。
婦人部の皆さまに心より御礼を申し上げます。



追伸1:御書全集では、弘安(こうあん)2年(1279年)のご述作とされいましたが、最近の研究では、弘安3年(1280年)2月の御執筆と考えられています。
弘安3年は、日蓮大聖人が60歳の御時ということになります。

追伸2:日眼女(にちげんにょ)の御書を拝し、池田先生の奥様の人生を思い起こしました。
池田先生を支えられた香峯子夫人の書籍をご紹介します。
その香峯子抄は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-03-26 00:13 | 座談会御書 | Comments(2)

四条金吾(しじょうきんご)


☆四条金吾と日眼女(にちげんにょ).

四条金吾の正式な名称は、四条中務三郎左衛門尉頼基(しじょう なかつかさ さぶろう ざえもんのじょう よりもと)です。
略して四条金吾(しじょうきんご)と称されました。
江間家に仕え、武術にも医術にも卓越した人物でした。
27歳のころ日蓮大聖人に帰依し、竜の口の法難(たつのくちのほうなん)においては、大聖人の馬のお供をしました。
文永(ぶんえい)9年(1272年)2月には、佐渡流罪中の大聖人を訪ねました。
大聖人が身延へ入られた同11年(1274年)9月、金吾は主君の江間氏を折伏します。
しかし、江間氏は浄土宗の信者であると同時に、極楽寺良観の信者でもあり、結果、迫害を受けました。
建治3年(1277年)6月、金吾は徒党を組んで乱入し、法座を乱したと讒言され、江間氏から「法華経の信仰を捨てなければ所領を没収する」と言われました。
所領は没収されても信仰を捨てないとの決意で耐え忍びました。
その後、江間氏が重病にかかりました。
金吾は治療を施し、江間氏は重病を克服します。
この金吾の働きに主君は勘気を解き、建治4年(1278年)9月に没収されていた領地が返され、三倍の領地を得ました。
弘安(こうあん)元年(1278年)10月、病に伏せられていた大聖人を看病し、平癒させました。同5年(1282年)10月、日蓮大聖人の御入滅の際に最後まで看病にあたり、大聖人に寄り添いました。
妻は日眼女(にちげんにょ)。子は月満御前(つきまろごぜん)、経王御前(きょうおうごぜん)。日眼女は、金吾とともに大聖人に帰依して信心に励みました。
日眼女の御書は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-03-25 22:03 | 御書の登場人物 | Comments(0)

月と北斗七星


☆春の強風に輝く月と星々.


自転車通勤をして楽しいことがあります。
それは、帰り道に見える月や星を眺めること。
今日は、西の空にバナナのような形をした月がくっきりと浮かんでいたし、北斗七星が見事に輝いていたのです。大満足の夜でした。
7つに連なる星々が漆黒の天井に静かに佇むさまは壮観です。
冬の主人公であるオリオンは西の地平線近くに落ちていました。
「すっかり春の舞台だなあ」と感心しつつ眺めました。
空を見ながら自転車には乗れないので、途中、押しながら歩きました。
宮本輝(みやもとてる)の「ひとたびはポプラに臥す」6巻の半分まで読みました。
ひとたびはポプラに臥すは、→ここをクリック!
第6巻は、夜空の星の表現がとても素晴らしく、おそらく私が過去に書籍で読んだ星の話で、もっとも美しい光景でした。ですから、余計に夜空を見上げたのです。
けれど、街の明かりが強すぎて、宮本輝の描いた夜空とは比べ物になりません。
「どこか、星がしっかり見える場所を探したいな‥」
そんなことを考えながら、夜道をノロノロと帰宅しました。



追記:朝は東からの強風、夜は西からの強風が吹いていました。
帰宅すると、奥さんが出迎えてくれました。
「春一番なのかな?」と聞くと、「今年は春一番はないそうよ」とのこと。
「何それ、春一番がないっちゅうのはどういうこと?」
「理由は知らないけど、ニュースで言っていた」
と、そんなことがあるらしいのです。

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by sokanomori3 | 2015-03-25 00:38 | つぶやき | Comments(6)

青い鳥


☆青い鳥はどこにいる.

以下に、屋根つきの小鳥用巣箱の写真を添付します。
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青い鳥はどこにいる?
僕は見たことがなかった。
家の庭に巣箱を作ってみたけれど、一羽の鳥も来ない。
行く先々で木の梢を見上げたり、空のあちこちを見るのであるが、
幸福を運ぶとされる青い鳥は、ついぞ姿を現さなかった。

あるとき僕は旅に出た。
山をこえて、川をこえて、広大な大地を渡り歩いた。
幸せになりたい一心で、青い鳥を探したんだ。
でも、結局、青い鳥はいなかった。
僕は青い鳥を探すことをやめてしまった。

青い鳥の事をすっかり忘れて大人になって、あるとき気づいた。
人々の幸せを願い、幸せを分け与えていく人たちのこと。
子供を愛し育てる母に、家族のために一心不乱に働く父に、人々の幸福を願い行動する友の心の中に、青い鳥が住んでいるということを。
「僕もそういう人になりたい。幸せを与える人になりたい」
そう決意して今日に至る。
今、青い鳥は僕の心の中にいる。

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by sokanomori3 | 2015-03-24 06:42 | ポエム | Comments(9)

グラフSGI 4月号 <みんなアミーゴ>


☆太陽の国・メキシコSGIを特集!!


b0312424_6185852.jpg写真は、グラフSGIの表紙です。
表紙には、100名前後のメキシコSGIメンバーの集合写真があり、その中に、ソンブレロと呼ばれるメキシコ特有の「つばの広い帽子」をかぶった男性が2人映っています。
その写真の下に「みんなアミーゴ」とタイトルがついています。アミーゴは「ともだち」の意味です。
ソンプレロは、強烈な日差しを顔、首筋と肩からさえぎるために「つばの広い」カタチになったそうです。原型はスペインのコルドバ地方の麦わら帽子であり、名称はスペイン語で「影」を意味する"sombra"に由来するそうです。
現在では民族衣装として扱われ、メキシコのシンボルになっています。

○目次.

1ページ.
冒頭、池田先生のご指導が掲載されています。
「人は、諦めないチャレンジの繰り返しの中で強くなる。本当に強い人とは、何度倒れても、また立ち上がって前に進んでいく人のことを言う」
2ページから7ページ.
SGI NEWS。グアムSGI発足40周年、ハワイ訪問55周年などの掲載記事。
8ページから35ページ.
特集:太陽の国・メキシコ、みんなアミーゴ(ともだち)、病床の戸田先生が語った夢、「メキシコへ行った夢を見たよ。待っていた。みんな待っていたよ」が冒頭に記されています。
次に、池田先生のメキシコ訪問50周年が祝賀され、大学での講演、現地メンバーの体験などが語られています。
1965年8月、池田先生が初のメキシコ訪問をされた際の“月のピラミッド”での白黒写真、また現在(2015年)の月のビラミッドのカラー写真が掲載されています。
36ページから.
着物の帯「西陣織」の名人の体験談が語られています。

○グラフ紹介.


4月号はメキシコSGIの特集でした。
私のメキシコのイメージは、小学生の時にテレビで見た「荒野の7人」という映画の“ソンプレロをかぶったメキシコの農民”と“サボテン”でしかありませんでした。
しかし、当然のことですが、グラフSGIをまじまじと見て、もはやそんな時代の国であるはずもなく、スペインやポルトガルのような、いわゆるヒスパニック系と呼ばれる人々が明るく元気に生活している素敵なメキシコでした。(^^)
国土は、アメリカ合衆国の南に位置し、公用語はスペイン語、人口は1億2000万人ですから、ほぼ日本と同等の規模です。
メキシコは、現地人のアステカ帝国をスペインが占領し、以来300年統治しました。
その後、現在のメキシコ合衆国が生れました。
メキシコにはピラミッドがあるんですね、知りませんでした。
50年前、ピラミッドを見学されている凛々しい池田先生の写真が掲載されています。
今のメキシコの学会員は、皆、ピカピカに輝いています。太陽のような笑顔です。
学会員というのは、人種が違っても同じような顔をしているものだなと感じます。
人のよい、明るく暖かな人たちばかりですから。^^



中学時代、千早さんは芽岸子(めきしこ)というペンネームで漫画を描いていました。
その芽岸子の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-03-23 06:26 | グラフSGI | Comments(7)

二人のマンデラ


☆ネルソン・マンデラの本を知る.

聖教新聞(3月20日)に、南アフリカ元大統領のマンデラ氏の本が紹介されていた。
書籍の名は、「二人のマンデラ」。(潮出版)
名字の言に、鮮烈にマンデラ氏の魅力がつづられていた。
以下に文章の一部を抜粋し、所感を述べる。



民族の和解に尽くしたマンデラ氏。
印象的なのは、武力闘争も辞さない構えでいる白人の将軍らの心を、話し合いによって変えていくシーン。
マンデラ氏は、自分の民族の言葉でも英語でもなく、いわゆる白人の言葉であるアフリカーンス語でしゃべった。
母語で話しかけられた将軍は、次第に心の武装を解き、氏の人格に引かれていく。
マンデラ氏が、その言葉を学んだ場所は獄中だった。
白人看守と話をするためではない。
いつの日か釈放され、白人と共に新しい国づくりを進める時が来ると信じていた。
その日のために学んだ。白人の歴史や文学も、ひもといた。
この姿勢こそが融和の道を開いた。



所感:アフリカの「人権の巌窟王(がんくつおう)」マンデラ元大統領。
27年半もの獄中闘争を耐え、共存共栄の道を開いた偉大なマンデラ氏。
マンデラ氏の過去記事は、→ここをクリック!
その闘争の武器は、対峙する相手の母語での対話だった‥
驚きました。そして歓喜しました。
「次に読むべき本が、ここにある!」と。(^^)
旅行記「ひとたびはポプラに臥す」を読み終えたら、この本を読もうと思います。
それにしても聖教新聞から学ぶことは沢山あります。
ありがたきかな、聖教新聞。^^

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by sokanomori3 | 2015-03-21 07:01 | 聖教新聞 | Comments(5)

ひとたびはポプラに臥す 5


☆標高5000メートルの国境.

以下に、ポプラに臥す5巻の表紙写真(砂漠の映像付き)を添付します。
b0312424_1653453.jpg

前回のポプラに臥す4の感想文は、→ここをクリック!
宮本輝(みやもとてる)は、中国から国境線を渡り、パキスタンに入ります。
この道は、鳩摩羅什(くまらじゅう)が、ガンダーラに留学するために通過した道です。
道は、平坦で安穏とした道ではありません。
パミール高原と6000メートル級のカラコラム山脈の隙間を抜ける険難の道です。
羅什が、この道を平然と渡ったはずはありません。

○越境.


一行(いっこう)は、ついに中国の最南端に到着し、国境を越りました。
恐ろしい山脈の谷間を抜け、標高5000mの高地を越えて、パキスタンに‥
中国には仏教の痕跡は皆無でした。
では、パキスタンにあるのでしょうか?
あくまで今の姿しかなく、仏教の湖は枯れ果てているのではないでしょうか。
そのイスラムの国に、ガンダーラと呼ばれた国がありました。
しかし、今はガンダーラという地名はありません。
1巻から2巻、3巻と読み進めるうちに、仏教の輝かしい何かが発見されるに違いないと期待していた読者も、読み進めるうちに、そのことを期待しなくなることでしょう。
私は、その気持ちはなくなりました。
けれど虚無の中に見えてくるものがおぼろげながらあるのです。

○長い旅路.


遥かインドからシルクロードを渡った仏教‥
5000メートル級の山脈を乗り越え、灼熱の砂漠を踏破し、ありとあらゆる民族の国々を通過して、漢民族の国に仏典を渡した鳩摩羅什。
その道は、地獄もあり、餓鬼もあり、愚かの畜生あり、修羅、人、天もあり、あらゆる人々の境涯の海を渡った一艘の舟のように感じます。
生きる者、死ぬ者、生まれし者、老いる者、あらゆる人間と触れ合いながら、羅什は仏典の翻訳を果たしました。
その長い、長い旅路を表現するために、あえてシルクロードとは関係のない話を宮本輝はしているのだと思います。
ファーブルの昆虫記、様々な小説、詩、さらに政治や経済、著者の思い出‥
読者は、宮本輝の無数の話を聞きながら、壮大な旅を続けます。
その中に、ひときわ輝きに充ちた話がありました。「牛女」という童話です。
私の魂の栄養となった話です。ぜひ、見てください。(^^)
その牛女の話は、→ここをクリック!

○所感.

中国の西の果ては、ウイグル人ではなく、またパキスタン人でもない人たちが住んでいました。宮本輝は次のように語っています。
「小さな地球上で、あの人は、かくかくしかじかという民族、あの人は、このような民族と色分けすることが馬鹿らしく思えてくる。どんな民族の血が入っていようが、所詮人間であって、ゆっくりと胸襟を開いて、膝を交えて話し合えば、いつかは分かり合えるし、まだそうすべきなのだ」
「ポプラに臥す」には、数多くの写真が掲載されていますが、この5巻の中国国境を越えるときの写真は、魅力のあるものが多く見られました。
途方もなく大きな山と、広大な草地、逞しく生きるパミール高原の遊牧民たち‥
その雄大さは、日本では見ることのできない風景です。
さて、いよいよ次は、最終巻となります。1700年前に鳩摩羅什が学んだガンダーラで、宮本輝は何を見て、何を語るのでしょうか。
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-03-20 06:50 | 一般書籍のご案内 | Comments(7)

牛女(うしおんな)


☆牛女の深い愛情物語.

今、宮本輝(みやもとてる)の旅行記「ひとたびはポプラに臥す」の第5巻に牛女(うしおんな)という童話が語られていました。この話は、童話作家の小川未明が書いた童話だそうです。「ひとたびはポプラに臥す」は、→ここをクリック!
以下に、その童話の骨子を抜粋し所感を述べます。

○牛女.

ある村に背の高い大きな女がいました。
あまり大きいので、首を垂れて歩きました。
性質はいたってやさしく、涙もろく、よく一人の子供を可愛がりました。
女は、いつも黒いような着物を着ていました。
ただ、子供と二人きりでありました。
まだ年のいかない子供の手を引いて道を歩いているのを、村の人たちはよく見ました。
そうして、大女でやさしいところから、誰が言ったか「うしおんな」と呼ぶようになりました。
女は耳が聞こえず、口もきけなかったのですが、力が強く、やさしかったので、村人は力仕事を頼み、いくばくかの金を支払いました。
女はそのお金で子供を育てました。
女は子供を可愛がり、子供も母を慕って、どこに行くのも一緒でした。
しかし、女は重病にかかりました。もし、自分が死んだら、何かに化けて、たった一人残されたこの子を守ろうと思いました。
牛女は死に、幼い男の子が残されました。
村の人々はみんな、牛女を哀れみました。
人々は寄り集まり、牛女の葬儀を出して、墓地に埋めてやりました。
そうして、残った子供をみんなで育てました。
子供は大きくなると町に出て懸命に働き、お金持ちになって村に帰ってきました。
そして、貧しい村を豊かにするために林檎(りんご)の苗を買い、村に植えました。
けれど、収穫の時期になると害虫が取りついて林檎は全滅しました。
次の年も、その次の年も同じでした。さらに次の年、また害虫が実に取つきかけたとき、たくさんの蝙蝠(こうもり)が飛んで来ました。
その中に、一匹、とびぬけて大きな蝙蝠がいて、女王のように他の蝙蝠をひきいて、害虫を全て食べ尽くし、林檎の実を守りました。
村の人々は語らいました。
「牛女が蝙蝠になって、子供の身の上を守るんだ」
それから、4、5年のあと、牛女の子供は、この村で幸福な身の上の百姓になりました。

○所感.

なぜ、このような日本の童話がシルクロードの旅行記で語られるのか不思議に思われるかも知れません。でも、宮本輝は、シルクロードとはほとんど関係のない、童話や小説、詩、あるいは自らの体験を無数に語るのです。
牛女の愛は無償の愛ですね。何の見返りもいらない本当の愛です。
私もこのような愛情の深い、心豊かな人になりたい。
そんな風に思うのです。



以前、「ちいさなくれよん」という童話をご紹介しています。
その「ちいさなくれよん」は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-03-19 06:34 | 一般書籍のご案内 | Comments(2)


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