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業(ごう・カルマ)の意味


☆学生部時代の友人との対話.

業を「ぎょう」と読むと、生活の中心をささえる仕事の意味。
また、本務、学問との意味もあるので、「業務・業績・業者・業界・作業・学業・授業・偉業」などの単語に使われます。
業は「わざ」とも読むことができます。
一方、仏教用語として「ごう」と読むと、身口意(しんくい)の善悪の行為。特に、悪い報いの因となる悪行を意味する言葉として使用されます。
梵語では「karman」(カルマ)のこと。
本来の意味は行為ですが、仏教では特に身口意の行為、並びに、その行為が存続して果報をもたらす力という意味に用いられます。

学生部時代の仲間 たちと、先日、話す機会がありました。
その対話を例に、業(ごう)について語りたいと思います。
(登場人物のご紹介はいたしません)

「なぜ日顕が出現し、先生を、学会を切ったのか」
「僕は富士山の噴火があると思うんだ。そのために日顕が出てきて学会員を排除した」
「大石寺の真下から噴火したりしてね」
「富士山が噴火して正宗寺院が損害を受けても何ら解決にはならない。まして、噴火したら、我々も被災者になる」
「でも、一つの現証にはなるのではなかろうか」
「そうならないよう、広宣流布を進めて“吹く風枝をならさず、雨 壌(つちくれ)を砕かず”にしないといけないよ」
「日顕のような者にすら仏性がある、それを否定してはならない」
「えっ? 一闡提という仏性のない奴がいるって言うじゃないか」
「いや、ある。御本尊に提婆達多(だいばだった)や第六天があるのは、私たちにもそういう命があるってことなんだ。仏の命が日顕にもある」
「日顕のような第六天と戦い、祈ることが、自分自身の命の中の第六天の業(ごう)を宿命転換していくことになるんだよ」
「日顕は現代の提婆達多だと思う。たしか、提婆達多は生きながらに無間地獄に堕ちた。死んで時間をかけて仏になるんだよね」
「日顕はね、正邪をはっきりさせるために、悪を演じる使命を持って生まれたんだ」
「悪を演じる使命? 悪に使命なんかあるの?」
「もちろん苦しむよ。恐ろしい業(ごう)を積むことになる。でも、業を積みながらも、池田先生、創価学会の正義を証明する使命がね、あった」
「ふーん、そんな考え、聞いたことないけど、確かにねぇ」
「大事なことは悪を滅するために祈り、行動することなんだ。そうすることで、自分自身の命にある第六天や提婆達多を消していける」
「大事なことは師弟不二だ。いくら南無妙法蓮華経と唱えても、師弟不二がなければだめだ。だから何百万遍題目を唱えても功徳のない人は功徳がない」
「その師弟不二というのは具体的にどういうこと?」
「釈尊が生きていた時代に、弟子は釈尊を祈った訳ではない。釈尊と同じ行為をしようと修行した。ところが釈尊が死んで、時代が経過する中で仏像が作られ、仏像を祈るようになった。このことで、釈迦仏法は外道になった」
「なるほど、そうだね。ふむ」
「やがて池田先生を拝む人も出てくると僕は思っている」
「そんなこと、あるのかな?」
「数百年後に出てこないとは言えないだろう?」
「それは師弟不二ではない。仏像を拝む外道と同じってことか」
「うん、大事なことは小説人間革命の先生の振る舞いを、私たちが引き継ぐことなんだ。師弟不二、すなわち、先生の思想を私たちが引き継ぐことが大事だ」
「今、遺言のように先生、書かれているもんな」
「ところで、先生亡き後の学会はどうなるんだろう?」
「私たちが池田大作になる。だから大丈夫だ」
「来世、どこに生れたい? 日本、それとも外国?」
「僕は、池田先生が生れるとろに生れたい」
「ほえー、そんな言い方、初めて聞いたよ!」
「先生、なかなか生まれてこないのじゃないの? 生まれたら、グングン広宣流布が進む。実感が湧かないなあ」
「いや、すぐに生まれてくる。勿論、今の先生とは生まれも境遇も違う。でも、先生はすぐに生まれてきて広宣流布をやる。戸田先生が言われたように別の星かも知れない」
「なんだか、考えたこともない話にビックリだよ」
「Sさん、一体、どうしたの? いつ、人間革命したの?」
「はははっ。教学1級のときに勉強したんだ」
「僕はね、濁悪が嫌になることある。学会員なのに不道徳なことをする人もいる」
「そりゃいるさ。それが人間の本質なんだから」
「浮気もする、ガメツイ商売もする。哲学がない。何で?と思う」
「そういう環境にいるというのも業なんだよ。環境は自分の業の投影だから」
「戦争だからと言って、皆が皆、戦争に行く訳でもない」
「僕は窓際族でイジメられた経験があるけど、そのイジメた人も自分の命の投影ってこと?」
「悪と戦う、そのとき相手の悪も自分の宿業だと?」
「仏法ではそう説く。相手でない。自分だと」
「へー、悪い奴が危害を加えてくる。その悪い奴も、過去の自分だとか?」
「考えてもみなかったな。そうかも知れんなあ」
「過去世で何をやっているのかわからんな。怖いな」
「僕は、よっぽど悪い人間だったんだー」(笑い)

所感 を以下に申し上げます。
今さらですけれど、私が生まれた故郷、こうして生活している東京。出会った人、良くされたこと、悪くされたこと、全部、自分自身の業だと実感しました。
オカシナ会社がある。そのオカシナ会社も、実は過去のオカシナ行動の結果かも知れない。オカシナ上司も、泥棒も、全部影響の範囲なら、自分の業。
「あのやろう!」と腹を立てる相手すら、自分の業。
親にガミガミ言われる。実は過去世にガミガミ言った自分がいるかも知れない。
「なんで、あいつはオカシイことを言うんだ!」とビックリすることすら、「過去世でオカシナことを言っていた自分」が原因かも知れない。
このように受け止めれば、全部、自業自得、全部、反省材料にできる。
人間は自分が正しいと思っている間は変われない。
問題の原因を他に置いてしまったら進歩はない。
反省して初めて変えたいと思うし、変える努力をする。
宿業を転換するために祈り、行動する。そこに人間革命がある。
そのためにも、こういう受け止め方は大事だと思いました。
三世因果論は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-04-30 07:03 | 仏法用語 | Comments(23)

日々精進さんへ


☆戸田先生の三世因果論から.

日々精進さんから次のようなご質問がありました。
質問があった記事は、→ここをクリック!
質問の内容(抜粋)を示し、私の考えを申し上げます。

Q:私は世の中は不公平であると思っております

この信心をしていても、恵まれている人とそうでない人がおります。
また、信心をしていない人でもIQが高く頭のよい人やお金持ちの人、容姿のよい人、才能に恵まれた人、立派な人はおります。
こうした差はなぜあるのでしょうか。
信心をしていなくても幸せな人は前世に善い事をしたのでしょうか。

A1:戸田城聖講演集に次の指導があります


この娑婆世界の境遇は、過去世私たちがした業が、この現世にわれわれの心身に業報として感じるのです。人は皆、性欲が不同で、さまざまなことをやっておりますから、同一の境涯に生まれるということはできないのであります。
たとえ同じ親に同じように育てられた兄弟でも、、同一の生涯がないのは、この理由であります。これが生命の実相であります。
この世で多病である、短命である人は「殺」の報いであり、貧窮(びんぐ)で失財の人は盗みの報いであり、眷属不良で婦が貞実でないといのは邪淫の報い、身に誹謗を受け人に誑惑(おうわく)されるのは妄語の報い、親類に離れ親友にも捨てられるのは両舌の報い、悪声を聞き訴訟をおこすのは悪口の報い、人に信じられないで言語が明らかでないのは綺語の報い、多欲で足りることを知らずに金が欲しい、物が欲しいというのは貧(どん)の報い、人にすきをうかがわれ、あるいは殺されたりするのは瞋(いかり)の報い、邪見の家に生まれて心諂曲(てんごく)なのは愚痴の報いであります。
また、日蓮大聖人様は佐渡御書(960)に次のように仰せです。

○ひらがな文. 

われ ひとを かろしめば かえって わがみ ひとに きょうい せられん
ぎょうじょうたんごんを そしれば しゅうるの むくいを え
ひとの えぶく おんじきを うばえば かならず がきと なる
じかいそんきを わらえば ひんせんの いえに しょうず
しょうほうの いえを そしれば じゃけんの いえに しょうず
ぜんかいを わらえば こくどの たみと なり おうなんに あう.

○漢字文. 

我人を 軽しめば 還て 我が身 人に 軽易 せられん
形状端厳を そしれば 醜陋の 報いを 得
人の 衣服 飲食を うばへば 必ず 餓鬼と なる
持戒尊貴を 笑へば 貧賤の 家に 生ず
正法の 家を そしれば 邪見の 家に 生ず
善戒を 笑へば 国土の 民と なり 王難に 遇ふ.
(佐渡御書は、→ここをクリック!

この業報に照らして過去世を見て、運命の打開を心がけるべきであります。
されば、自分自身が丈夫であっても、自分の身内に弱い者がいて、多病の業報を感ずるならば、親子ともどもに殺の報いとせねばならない。
このように考えることは、生命は永遠であり、生死、生死と存在することを前提にせぬ限り信ずることができないのである。
日蓮大聖人様は、このような因果の理法は、「是は常の因果の定まれる法なり」(960)とおおせになって、当然のこととされております。また、釈迦の仏法哲学から、この考えを抜き取ったら、何物も存在しなくなるのであります。われら、この仏法を信ずるものは、この因果の理法を信じなければならないのであります。
低いこの因果の理法すら信じられないで、久遠の生命をどうして新字られましょう。また、地涌の菩薩の自覚はどうして生まれてまいりましょう。

この解決のため、釈迦が説いた経文が法華経であります。
しかし、これとて、単なる理念にすぎないのでありまして、末法のわれらとは縁のないものなのです。われわれ凡夫自身が、実際の生活に、過去世から運命を叩き割破り、よき運命への展開の法を立てられたのが日蓮大聖人様でいらせられる。
すなわち、帰依して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって、途中の因果がみな消え去って、久遠(くおん)の凡夫が出現するのであります。
久遠とは「もとのままの命」であり、仏の命が生出するのです。
大聖人様は、そのとき「一、世間の楽・涅槃の楽を得、二、貧窮の衆生に福力を与える、三、病の衆生に良薬を与える、四、智なき衆生を智者となす、五、短命の者を長命となす、六、悪心の者を善心となす」と仰せなのです。
御本尊を頂くかぎり、途中の因果を感ずるときは、この難は久遠を開覚(かいかく)する途中ぞと心得て、いま申した六つの功徳力を堅く信じて、絶え間なき御信心を祈るしだいであります。
(昭和22年10月19日の指導から抜粋)

A2:現在は過去の報いということになります


IQが高く頭のよい人やお金持ち、容姿のよい人、才能に恵まれた人、これらの差はまさに過去世の業報であると言えるでしょう。しかしながら、そのことが仇となり、不幸の原因になることも見逃せません。
美女に生まれた。けれどストーカー被害に遭った。お金持ちの家に生まれたことで世間の苦労を知らず、やがで破産して誰よりも辛い目にあった、などです。
何が幸いするか、災いとなるかはまったく分かりません。
この宿命論とともに願兼於業(がんけんおごう)の法理があります。
願兼於業とは「願って業を兼ねる」と読みます。
法華経法師品第十、「衆生をあわれむが故に、悪世に生まれて、広く此の経(法華経)をのべるなり」を、天台宗中興の祖、妙楽大師が名付けました。
願兼於業の記事は、→ここをクリック!
すなわち宿命とは即、使命であり、マイナスをプラスに活用することができる。
宿命を転換し、人間革命する実証で、周囲の人々を信仰に目覚めさせることができる。そういう意味では不幸は広宣流布の良き材料と言えるでしょう。
私自身も、日々精進さんと同じく考えていました。
なにより、私自身が沢山劣ってしたり、欠けていたりで悩んできました。
でも、今は違います。むしろ劣っていたり、欠けていていることにも感謝ができるようになりました。その分、人生で果たすべき仕事になるからです。
それと、幸せそうに見える人でも必ず欠けていたり、悩みがあります。
とどのつまり、この信心しか真の幸福の道はないわけです。
今も私は不安や課題が沢山あります。
でも、その1つ1つを使命に変えて歩んでいこうと決意しています。
業(カルマ)は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-04-26 23:03 | 仏法用語 | Comments(17)

開目抄(2016年5月度座談会御書)


☆不退転の信心に立脚する.

開目抄(かいもくしょう)。
以下に、5月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている開目抄(234ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

われ ならびに わが でし 
しょなん ありとも うたがう こころなくば 
じねんに ぶっかいにいたるべし
てんの かごなき ことを うたがわざれ 
げんせの あんのん ならざる ことを なげかざれ
わが でしに ちょうせき おしえ しかども 
うたがいを おこして みな すてけん
つたなき ものの ならいは やくそくせし ことを 
まことの ときは わするる なるべし.

○漢字文.


我 並びに 我が 弟子
諸難 ありとも 疑う 心なくば 自然に 仏界に いたるべし
天の 加護なき 事を 疑はざれ 現世の 安穏 ならざる 事を なげかざれ
我が 弟子に 朝夕 教え しかども 疑いを をこして 皆 すてけん
つたなき 者の ならひは 約束せし 事を
まことの 時は わするる なるべし.

○背景と大意.

文永9年(1272年)2月、 日蓮大聖人51歳の御時、四条金吾に託して、門下一同に与えられた御書です。人本尊開顕の書です。
日蓮大聖人は、前年の文永8年9月12日に竜の口の法難、ついで同年10月に佐渡に配流せられました。結果、法華経に記されている難の全てを受けられ、発迹顕本された上で、この開目抄を御述作されました。
竜の口、佐渡流罪の法難は大聖人のみならず、弟子たちも投獄、追放、所領没収などの迫害を受け、「1000が 999にんは おちて そうろう」(千が 九百九十九人は 堕ちて候)とあるように、退転する人が続出しました。
今月の御文では「疑ってはならない。嘆いてはならないと教えてきたけれども、皆、疑いを起こして信心を捨ててしまったようである。拙い者はいざというときに約束したことを忘れるものである」との御文です。
いかなる魔性にも負けない「強靭な信心」を貫きなさいと述べられています。
ご参考に、ひらがな御書の「開目抄の背景と大意」を以下に示します。
その背景と大意は、→ここをクリック!

○所感.

人生には「まことの時」が必ず訪れます。
人生が真っ二つになるような、絶望的な事態に遭遇します。
病気もある。事故もある。一切の財産を失うような出来後もあるかも知れない。このとき、御本尊の前に座れるかどうか。信心根本を決意できるかどうか。
このほど、九州大震災が発生。その大難の只中でこの御文を拝し、慣れ親しんだ御文でありますが、改めて心に沁みわたる人が多いのではないでしょうか。
大聖人の仏法とは、創価学会とは、苦難が来るたびに、強く、賢く、美しくなる信心です。それが真実の南無妙法蓮華経の仏法です。
振り返れば私も、全部、苦難のたびに御本尊の前に座り、不退転の決意で祈り忍耐強く歩みました。苦難は瞬発力で突破できません。
祈りと行動とで、1つ1つの問題を克服しなければなりません。
どうか皆さん、まことの時こそ、雄々しく立ってください。
私も負けません。私も生涯不退転で歩みます。断じて前進します。
信心は、決めて、祈って、行動を継続することです。
その記事は、→ここをクリック!



旧創価の森ブログの開目抄解説記事を以下に示します。
開目抄(上)解説、→ここをクリック!
開目抄(下)解説、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-04-25 05:50 | 座談会御書 | Comments(3)

九州大震災被災者の皆さまへ


☆地によって倒れた者は地によって立つ.

春のキャベツ畑とタンポポの写真を以下に添付します。
b0312424_7241643.jpg

b0312424_7243437.jpg<写真解説>
1枚目は、キャベツの苗が広大な畑に正確に並べて植えられている風景写真です。2枚目はタンポポが沢山の種を付けている写真です。


弘安5年(1282年)2月28日、日蓮大聖人61歳の御時、病床の南条時光に御手紙を書かれました。
当時、時光は24歳で病床に伏していました。大聖人は、御自らの病体を押して時光を激励されました。
天台が記した「地によって倒れた者は地によって立つ」を引用され、「法華経を経のごとく信受する者は必ず成仏する。そのあなたを動揺させようとして天魔、外道が試している」と述べられています。(法華証明抄1585ページ)
以下にその御文を抜粋し、所感を述べます。

○ひらがな文.

てんだいの おんしゃくに いわく 
「ひとの ちに たおれて かえって ちより たつが ごとし」とううんぬん 
ちに たうれたる ひとは かえりて ちより おく 
ほけきょう ほうぼうの ひとは さんあく ならびに にんてんの 
ちには たおれ そうらえども 
かえりて ほけきょうの おんてに かかりて 
ほとけに なると ことわられて そうろう.

○漢字文.

天台の 御釈に 云く 
「人の 地に倒れて 還つて 地より起つが 如し」等 云云 
地に たうれたる 人は かへりて 地より をく 
法華経 謗法の人は 三悪 並びに 人天の 地には たうれ候へども 
かへりて 法華経の 御手にかかりて 仏になると ことわられて候.

九州大地震で被災された皆さまに、この御書を捧げます
まさに、地によって倒れられた皆さまです。
されど、その大地に立脚し、過去にもましてお元気で、大幸福の歩みをされますことを心より祈念いたしております。
法華証明抄は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-04-24 07:44 | 九州大震災 | Comments(2)

咳止め薬の効果


☆咳止め薬はちゃんと効く.

ヒノキ花粉症対策に購入した咳止め薬写真2枚を添付します。
b0312424_15471632.jpg

b0312424_15473436.jpg<写真解説>
咳止めのカプセル剤(新コルゲンコーワ)の外箱と中身の写真です。
使途箱には「中身の液状成分がいち早く溶け出し、せき・たんを鎮めます」と書かれています。

私は春と秋に定期的に「喘息」のような症状になります。
それが何が原因かを長く知りませんでしたが、春の症状はどうやらヒノキ花粉のようです。
スギ花粉は大丈夫で、桜も楽しめたのですが、スギが終わり、ヒノキの花粉になったとニュースで聞いたその日から、喘息のような咳と鼻水が始まりました。
以来、1週間、雨の日以外は症状が続きました。
見るに見かねた奥さんが買ってくれた市販薬がこれです。最初、筋肉痛で背中が痛くなるほどの咳でしたが、この薬のお陰ですっかり良くなりました。
効きます。いいですね、これ。即効性があります。

九州大地震 は、2日後に本震(M7.3)が来るという異例の出来事がありました。その地震から10日が経過しました。
九州地震の記事は、→ここをクリック!
現地の方々は薬さえも不自由されていることでしょう。
3.11のとき、茨城県のわが家は震度5弱に襲われ、棚から食器や本が飛び出し、長時間の停電が続きました。それは凄まじい揺れだったと聞いています。
私は東京での電車の中でしたから良く分からなかったのです。
当時の記事は、→ここをクリック!
今回の熊本のマグネチュード7.3は関西大震災級です。
被災地の方々は、本当に大変だと思います。

命があれば なんとかなると言いますが、でも、辛い日々がいつ果てるともなく続くのです。ものすごい忍耐が強いられるし、疲労困憊します。
私の苦闘体験は、→ここをクリック!
怪我をされた人が1000人を超え、重傷者も多数出ていますし、破損した家屋の修繕にお金もかかる。仕事もできないし、生活費も困窮する。
私は本当の被災者にはなりませんでしたが、その現実を見た1人として、今回の災害は身を切られる思いで見守っています。
これから、関東、東海地方も危険視されています。
本当に国難ともいえる辛い時代ですけれど、自助、共助、また政府の力を借りて乗り越えていくしかありません。
私は町の自主防災組織の一員として、まだ、はなはだ実力不足ですが、しっかり訓練して、有事の際に動けるよう決意をしているところです。

本日、久々、10kmを軽くですがジョギングしました。
今日は薬を飲んでいませんが大丈夫でした。^^
そのジョギング風景は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-04-23 15:47 | 健康づくり | Comments(0)

続・連鎖地震の可能性


☆列島横切る巨大断層.

日経新聞に掲載された中央構造線の記事から所感を述べます。

記事図解説.「東北から九州にかけた日本地図に、九州・熊本県から四国、近畿、中部を経て関東の千葉県まで1本の線が引かれている図がありました」

私は中央構造線という言葉を今回の地震で初めて知りました。
過去、聞いていたかも知れませんが記憶にありません。
日経新聞は、この中央構造線の図を掲げ、連鎖地震の可能性について語っていたので、以下に抜粋して所感を述べたいと思います。
(以下は、日経新聞4月22日からの抜粋です)

熊本市近郊 で14日、最初の地震が発生。
16日未明にそれをはるかに上回る規模の本震が起き、これをきっかけに阿蘇山周辺から大分県へと、マグネチュード5級の地震が広がった。
「これほど大きな地震が100㎞以上も進んでいくことは珍しい。
地震は、九州中央を横切り東に進んだ。
この場所は西日本を横切る長大な断層の連なり「中央構造線」の西端にあたる。
中央構造線の周辺には数多くの活断層があり、地震の連鎖が懸念されている。

全長1000㎞ 以上に及ぶ中央構造線。
これは九州から四国北部抜けて長野県付近を南北に走るフォッサマグナと呼ばれる巨大な地溝帯にぶつかる。
地震が連動するのは、近代的な観測が行われるようになってからはあまり例がないが、過去の歴史にはそうした事例があった。
安土桃山時代末期の1596年、中央構造線上の愛知県でM7級の地震が起こり、その3日後におよそ200㎞離れた大分県で同規模の地震が起きている。
その翌日には兵庫県で大地震が発生している。
今回の地震が大分県を越えてさらに東に進む可能性はあるのか。

九州大学 准教授の松島氏は「1995年に阪神大震災が起きた。今回も中央構造線に沿って他の地震が起きる可能性は否定できない」と見る。
日本列島は、中央構造線の一部を含んだ形で、2500万年ぐらい前に大陸から離れ始めた。海底にできた裂け目が広がり、日本海ができたことで太平洋に押し出された格好だ。この過程でさらに断層がずれ、現在の日本列島の形ができた。
今回の地震は、遠く離れた断層が連動して動く可能性を印象ずけた。
断層の動きは予測がつかず、対策は警戒を怠らないことしかないようだ」

新しい知識 ばかりでした。
九州から近畿にかけて、今から400年前に連鎖地震があったとのこと。
今回の記事で驚いたのは、列島縦断線が九州と関東を結んでいることでした。
5年前は東北での大震災があり、九州から千葉まで巨大な断層があるということを考えれば、日本に地震から逃れられる場所はないということになります。
私たちは運命共同体の中の兄弟姉妹であり、助け合い、協力し合って生きるべき存在であることに加え、個々人が有事に備える確かな決意と準備とをする必要性を学ばせていただきました。
巨大地震はいつかではなく、今起こるかも知れない。
そのために何をどうするかを、この地震は問うています。
前回の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-04-22 21:03 | 九州大震災 | Comments(8)

連鎖地震の可能性


☆巨大地震がさらに続く可能性.

活断層を示す日経新聞記事(図)を以下に添付します。
b0312424_22133457.jpg

4月14日、16日にダブルで起きた熊本大地震。
平和な山村や町や市が、ある日突然、大地震で壊滅する。
関西大震災が起こったとき、あのような地震は稀有の出来事と思った。
さらに3.11地震の悲惨は、まったく想像を絶するものだった。
3.11大地震は、→ここをクリック!
地震学者らは、東海や四国に巨大地震が発生する予測を立てているが、私は「そんなことは本当にあるのだろうか?」と思い続けてきた。しかし、今回の熊本地震から、四国にも東海にも起こりうる可能性がある。
そもそも、3.11の大震災以降、火山が複数大爆発したり、台湾で大地震が発生し、九州で大規模な地震が発生したことは、深刻な事態と考えざるを得ない。
日経新聞(4月19日)には今回の熊本地震が活断層を忠実にトレースして発生し、その活断層はまっすぐ四国を横断、近畿に伸びていることが語られていた。
私自身、活断層の図を見てゾッとした。そしてある考えが浮かんできた。
それは、「私たちは大変な時代に生きているのではないか」ということ。
富士山の噴火すら、その可能性が叫ばれる昨今。
「日本は数百年に一度の危機的時代なのかも知れない」とも感じる。
私たちの国の宿命を考えさせれる熊本大地震です。
次の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-04-22 05:28 | 九州大震災 | Comments(2)

妙とは蘇生の義なり


☆不撓不屈の大九州たれ!

以下に、聖教新聞に掲載された池田先生の随筆の抜粋を示し所感を述べます。
尚、文章を短く記載するため、文章の一部を改変しました。

熊本県、大分県で起こった大地震により、被災された全ての皆様に、心よりお見舞い申し上げます。(中略)
甚大な災難が、突然、人々の絆を断ち切るがごとく襲いかかる時、その試練をはね返すものは、我ら民衆の、何があっても共に守り合い、生き抜いていくという誓いであり、祈りではないでしょうか。
自分も負けない。決して屈しない。
とともに、苦しんでいる人を絶対に置きざりにしない。
手を取り合い、支え合って、断固と乗り越えてみせる・・その最も強く温かな心を燃え上がらせ、進んでくれているのが愛する九州家族です。(中略)

1981年(昭和56年)の師走、永久に忘れ得ぬ歴史があります。
競い起こる三障四魔の迫害の嵐と戦い、必死に激闘する大分、熊本、そして福岡の同志の元へ私は飛び込び込みました。
大分で私が発表した長編詩「青年よ、21世紀の山を登れ」は、即日の作業で聖教新聞が伝えてくれました。
阿蘇の白菊講堂への道で、若き友の手作りの凧を仰いだことも私は忘れない。
あの竹田の岡城址、さらに熊本市の壱町畑(いっちょうばた)公園で結んだ、不滅の師弟の一会。皆と歌った荒城の月(こうじょうのつき)と田原坂(たばらざか)は、我らの胸に轟き渡っています。
「雨はふるふる 人馬はぬれる 越すに越されぬ田原坂・・」
創価の師弟に越せない坂はありません。(中略)

わが熊本の同志よ! わが大分の同志よ!
世界壱のの勇気と同志愛で先駆する、わが大九州の勇者たちよ!
断じて、負けるな! 今こそ不撓不屈たれ!
異体同心と変毒為薬の凱歌の歴史を頼みます。
(以上、聖教新聞4月20日から抜粋)

法華経題目抄
 (947ページ)から「妙とは蘇生の義なり、蘇生と申すは蘇る義なり」の御文を引用され、池田先生は次のメッセージをくださいました。
「何があっても共に守り合い、生き抜いていく」
「自分も負けない。決して屈しない」
「苦しんでいる人を絶対に置きざりにしない」
これが師匠の心なんだ、創価の心なのだと噛みしめつつ拝しました。
先生の指導は、どれをとっても心から納得できます。
この指導は、九州のメンバーだけのものではないと思います。
今、苦難の只中にある人々が全員、当てはまる指導です。
苦難の坂を必死に登る九州の皆さま。
どうか、この大災害を乗り越えてください!
どうか、不撓不屈であってください!

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by sokanomori3 | 2016-04-21 21:52

蘇生の夜明けが始まる


☆グラフSGI 5月号の先生の詩.

グラフSGIの5月号が届けられました。
今回の内容はキューバSGI特集で、「20年前に7世帯だったキューバ創価学会は1000人の連帯へ拡大」と記され、キューバ同志の活躍が記されています。その24~25ページに洋上の太陽の写真が掲載され、先生の詩が掲載されていました。
以下に、その詩を抜粋して所感を述べます。

勇気は 生命の太陽なり。
勇気の光がなければ 不幸の闇は打ち破れない。
勇気の熱がなければ 冷酷な世は凍えてしまう。
わが創価の丈夫たちよ!
君が一人立ち上がれば そこから 蘇生の夜明けが始まる。
わが 華陽(かよう)の乙女たちよ!
あなたが一歩を踏み出せば
その時から 喜びの朝(あした)が生まれるのだ。


今、私たちは九州大震災という国難の只中にいます。
その現実はあまりに痛ましく、あまりに残酷です。
池田先生は、この不幸の闇に対し「勇気を奮い起こして立ち上がれ。そこから蘇生の夜明けが始まる」と語られている。
その通りです。これが学会精神。私たちは断じて負けられません。
この世から不幸の二字を消し去るために歩まねばなりません。
さあ、学会同志の皆さま、雄々しく立ち上がりましょう!
偉大な師匠の言葉を心肝に染めて前進しましょう!
そして地域の灯台となり、乱世を照らしましょう!
地域の灯台の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2016-04-20 06:07 | グラフSGI | Comments(0)

おおさか維新・片山虎之助氏の発言


☆熊本地震「タイミングいい」

おおさか維新の会の片山虎之助共同代表が19日、熊本地震について「政局の動向に影響を加えることは確かだ。大変タイミングのいい地震だ」と発言した。
片山氏はその後、発言を撤回し、「政局的な節目に重なってしまった、という趣旨で発言した。言葉の使い方が不適切だった」として陳謝したという。
被災者の悲しみ、苦しみがこの人にはあるのだろうか?
こんな人間が政治家として存在していることに愕然としました。
正直、不愉快な気持ちで一杯になりました。

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by sokanomori3 | 2016-04-19 21:31 | 政治 | Comments(4)


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