前略 千早さま (20)


☆突発性難聴にご注意ください.

あなたが、しばらく体調を崩されて心配しておりました。
少し回復された由、嬉しく思っています。(^^)
さて、過日、耳の聞こえが良くないとおっしゃっていましたね。
ある新聞で「突発性難聴」という病気が記事になっていました。
あなたにとって、聴力は何にも増して大切な機能です。耳を大切にしていただきたいので、読んだ内容を簡単にご紹介いたします。

突発性難聴とは、突然、片方の耳が聞こえなくなる病気です。
発症する人の大半は40から60代で、耳鳴り、めまいを伴うことがあります。
原因は不明で予防法はありませんが、治療法は確立されており、手遅れにならなければ治せる病気ですから、できる限り早期発見、早期治療がお勧めです。

耳鼻咽喉科の専門医は、次のように述べています。
「耳の奥にある内耳の血流を改善させる薬や、神経を活性化させるビタミンB12剤、ステロイドホルモン剤を投与すると改善することが多いです。症状が軽ければ、完全に回復します。通院での投薬治療が一般的ですが、入院して集中治療も有効な手立てです」
発症から2週間を過ぎてしまうと、治療をしても効果が出せないことがあり、完全な回復に至らないことがあるとのこと。難聴や耳鳴りが連続して3日続いたら要注意です。
その場合は、必ず病院に行って検査を受けてください。

片耳だからという油断が、取り返しのつかないことになります。ですから、以下に掲げるチェック表で2つ以上が当てはまるかどうか調べましょう。

1.耳が詰まった感覚がある。
2.突然、音が聞こえずらくなった。
3.音が割れ、エコーがかかったように聞こえることがある。
4.キーン、ジーといった耳鳴りが続く。
5.周囲が回転するようなめまいが続く。

2つ以上当てはまるなら、突発性難聴の可能性があります。
ですから、この症状には機敏に行動していただきたいと思います。
早期発見、早期対策が大事なポイントですからね。
どうか、この知識を頭の片隅に置いてください。

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# by sokanomori3 | 2014-09-25 22:09 | 前略 千早さま | Comments(4)

日女御前御返事(2014年10月度座談会御書)


☆御本尊相貌抄.(ごほんぞん そうみょうしょう)

日女御前御返事(にちにょごぜんごへんじ:1244ページ)。
別名を御本尊相貌抄(ごほんぞん そうみょうしょう)といいます。
以下に、10月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)の日女御前御返事(御本尊相貌抄)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

なんみょうほうれんげきょうと ばかり となえて ほとけに なるべきこと
もっとも たいせつなり
しんじんの こうはくに よるべきなり
ぶっぽうの こんぽんは しんを もって みなもととす
されば しかんの しにいわく
「ぶっぽうは うみの ごとし ただ しんのみ よく はいる」と.

○漢字文.

南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり
信心の厚薄によるべきなり
仏法の根本は信を以て源とす
されば止観の四に云く
「仏法は海の如し唯信のみ能く入る」と.

○背景と大意.

建治3年(1277年)、日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が56歳の御時、身延から女性信徒の日女御前に宛てられた御書です。
御本尊の相貌(姿)の深義を明かされていることから、別名を御本尊相貌抄といいます。
冒頭、御本尊が法華経従地涌出品(ほけきょうじゅうちゆしゅつほん)第15から嘱累品(ぞくるいほん)第22までの八品(はっぽん)に顕われると述べられています。

八品とは、虚空会(こくうえ)の儀式から、釈尊が地涌の菩薩に未来を託すところに当たります。大聖人は、この虚空会の儀式を用いられ、御本尊を顕されました。
御本尊は、中央に法塔である南無妙法蓮華経がしたためられ、その周囲に釈迦、多宝、上行菩薩などの四菩薩、他の菩薩や声聞、六道の衆生が描かれています。
すなわち、十界のすべての衆生が御本尊に納まっている姿です。

本抄には、「一人ももれず 此の御本尊の中に 住し給い」(1243)と記され、一切衆生を救済する御本尊であると述べられ、この御本尊は、「南無妙法蓮華経と唱うる 胸中の肉団におわしますなり 是を 九識心王真如の都とは申すなり」と、強い信力と唱題によって偉大な仏の生命を開き現せることを教えられています。
最後に、「是より外に求る事なかれ」と、御本尊根本の信心をご指南くださっています。

○所感.

本抄は、「信じる力」の重要性を述べられた御書です。
戸田先生は、「大きい電球は光るし、小さな電球はうすい。さらに電球の例でいえば、信心しない者は電球が線につながっていないようなもの」と語られました。
御本尊をどこまで信じることができるか。信じ切れるか。
宿命転換は、その一点にかかっていると思います。
深く、強い祈りで、共々に見事なる人間革命を果たしましょう!(^^)

追伸:以下に旧創価の森ブログの類似の記事を添付します。
(旧ブログは音声ソフト対応ではありません)
日女御前御返事の別記事は、→ここをクリック!
九識論の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-24 06:33 | 座談会御書 | Comments(9)

期待を超えた人生 (読書感想文)


☆障がいの垣根を取り除く本.

ローレンス・スキャッデン氏の「期待を超えた人生」‥
それは、人生の勝利者の物語でした。
彼は目が見えません。けれど、栄光の人生を築きました。
スキャッデン氏は科学者となり、政府要人ともなりました。
普通の人たちでも成しえないことを成し遂げたのです。

○千早さんのこと.

目の見えない人との接触は、私は千早さんとの出会いが最初です。
耳が聞こえない、あるいは車椅子などの身体障がいの人とも接触はありませんでした。
ですから、当初、私は千早さんを「とても可哀そうな人」と認識していました。
千早さんとメールでやりとりしても、電話で話しても、やはりその感情はありました。
当時のメールの記事は、→ここをクリック!
しかし、千早さんにお会いしたとき、その認識はまったくの間違いだと気付きました。
現実の千早さんは、独立開業された立派な社会人だったのです。
一度目の出会いは、→ここをクリック!
二度目の出会いは、→ここをクリック!
私はこの出会いから自在会のことを知りました。
詳しく自在会の人たちを知りたくて、視覚障がいに関する本を読むようになりました。
どれも人生の勝利者ばかりでした。勿論、そうでなければ本にはなりませんが‥
勝利者というのは、自らが置かれた環境をフルに活用し、足下の泉を発見する人のことを言うのでしょう。

○書籍の特徴.

さて、書籍「期待を超えた人生」には、2つの特徴があると思います。
1つに、視覚障がいの中で生きるとは何かということについて、とても数多くの説明がされているということです。
目が見える人にとって不思議に思うことが、分かりやすく書かれています。
2つに、著者が目以外の身体的機能をフルに活用した名人、達人であるということです。
障がいは誰しもあります。大なり小なりあると思います。
肉体的、能力的、精神的、あるいは環境的に、乗り越えられないことが沢山あるのが人生です。しかし、その障がいがありながらも、工夫し、挑戦していくならば、思いもかけない道が開かれるということを教えてくれているのです。
この本は、障がいがあったとしても、他の能力を駆使すれば健常者と互角に生きていけるだけではなく、より大きなメッセージを人々に与えることができることも伝えています。

○所感.

読み終えて思うことは、ハンディのある人たちには、そのハンディを穴埋めする道具の提供が必要不可欠であるということです。
この世界は、健常者だけのものではありません。
目が見えない、あるいは耳が聞こえない、あるいは身体機能に障害がある人々が、平等に生きられる社会を提供しなければなりません。そうでなければ不公平だからです。
そして、この本を読んで、ひらがな御書の使命を再認識させられました。
コンピューターのパワーを駆使する時代が来ていることを教えられたのです。
今、点字の御書はありません。御書拝読のテープもありません。だからこそ、将来、出されるであろう点字御書や正式な音声ホームページの「つなぎ役」として、微力ながら「ひらがな御書」を制作しています。ひらがな御書は、→ここをクリック!

以下に、本書「期待を超えた人生」の別記事を添付します。
まえがきの記事は、→ここをクリック!
著者の人生は、→ここをクリック!
本書の内容は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-22 20:45 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(4)

期待を超えた人生


☆見えない生活を楽しむ.

以下に、「期待を超えた人生」の書籍表紙の写真を添付いたします。
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写真解説.「青色の表紙に 鳥が空に向かって飛び立つイラストが描かれ、黄色の文字で「期待を超えた人生」、続いて「全盲の科学者が綴る教育・就職・家庭生活」、ローレンス・スキャッデンと記されています」

このほど、全盲の科学者ローレンス・スキャッデン氏の本を読みました。
その著者の人生は、→ここをクリック!
本書「期待を超えた人生」の中には、興味深い内容が多数語られています。
その一部を抜粋し、以下にご紹介します。
(コンパクトにするため文章を変えています)

○反響音.

私の親しい友人には、盲導犬を使っている人がたくさんいます。
「なぜ盲導犬を使わないのですか?」と聞かれるとき、私はときどきふざけて「白杖には餌をやらなくていいからね」と答えます。
これも事実ですが、現実には、忙しいスケジュールに、盲導犬を散歩させたり、餌をやったり、手入れをしたりする時間を使いたくなかったのです。
私は盲になってから、大事なスキルを学びました。
それは教えられたものでも、頭で理解したものでもありません。
両親は、私が遊びに行くときに電柱やクルマを避けて行くのをよく見ていました。
私に若干の視力が残っているのだと思っていたらしいのですが、実は足音からの反響音を使っていたのです。これを反響定位(Echolocation)と言います。
1749年、フランスのデニス・ディデロは、「一人で歩く盲人が、障害物を発見して避けることができる」ことを観察して論文を書きました。
ディデロは、その人の顔に当たる空気の流れが変わるのだと結論づけました。
その後、150年間にわたり、いろいろな議論が繰り返し行われ、温度変化や磁気、電気、あるいは第六感であるとも言われました。
これに対し、ダン・キッシュの研究では、必要不可欠なことは「聴覚」で、周囲に騒音がなければ対象物を安定して感知することができると結論付けました。
その通りです。見える人の多くは、実際に起こっている反響音をほとんど聞いていませんが、盲の人はいつも周囲の音にすべてを集中しています。
私は舌でチッという短い音で距離を測ることができます。
ロサンゼルスの学校では、この舌打ちは悪い習慣だということで「舌打ちをしないように」と生徒に言っていましたが、先生はこのテクニックがいかに私たちに役立つものかを知らなかったのだと思います。
反響音は、弊、壁、垣根の位置、木の葉の茂り具合などの情報を与えてくれるのです。
私の反響定位能力は、若いころのように鋭くなく、年齢と共に聴覚が鈍ってきています。
かつて聞けた高い音はもう聞こえません。
20代、30代のときのものとは比べ物になりません。

○人生の楽しみ.

青い海、緑の森林、滝、小川、白い雲の塊が浮かぶ青空、日没、満天の星空‥これは私が最も大切にしている、最も恋しく思う光景です。
でも、私はこれらを体験し記憶できていることを幸せに感じています。
風景の説明を受けることは大変嬉しく、詳しければ詳しいほどありがたいです。
妻、娘、あるいは孫の顔を見えるようになりたいか、と聞かれることがあります。
もちろんそう思います。
でも、私には彼らがどんな顔なのかは想像ができます。
そして、この内的な覚知で充分だと思うのです。
美しい声を聞くこと、すばらしい香水や自然の香り、そして肌から伝わる触感‥
視覚は、離れたところにある美しい光景を知るときに強みを発揮しますが、視覚以外の要素は状況においては、視覚よりも向いていることがあります。
目の見える人は、視覚が他の感覚チャンネルを減退させるままにして、得られるべきその楽しさと美しさを逃しているようです。

私は行ったことのないところに行くことが大好きです。
有能なツアーガイドが付いてくれると、ちょっとした短い旅行でも楽しいものになります。
一方、だめなツアーガイドは、本来ワクワクするようなはずのもを退屈なものにしてしまいます。
私は音楽を聴くことが好きです。本を読むことも好きです。
社交ダンスは運動として好きですが、その面白みは、音楽に合わせて踊るときに、しっかりと協調するスキルを他の人と共有するところにあります。
さらに私は、自然の中を歩き、他の人と自然を共有することが大好きです。
嫌いなものは、ほんの少しだけです。
同じことを何度も繰り返して議論する委員会は嫌いです。
度量の狭い人も嫌いです。視野の狭い人とは話をしたくありません。
意見を交換し、実りのある会話ができないからです。
私の人生は、これからも大いに楽しめるものであり続けると思います。
とくに、私が付き合いを大事にしている人と共有できるときはそうです。

○著者からのメッセージ.

私の生涯を振り返るとき、タオル掛けから後ずさりし、兄が母に「ラリーの目から血が出ている」というのを聞いている自分を思い出します。
60年以上経った今、その少年と母親のことを悲しく思いますが、私の悲嘆はそのとき以上になることはありません。
その少年は、喜びと成功の人生、すべての悲しみと嘆きを超えた経験を学んだのです。
さて、私から伝えたいメッセージがあります。
盲の子供に、私と比較して「ローレンスはこれをうまくやったのに、なんでお前はできないんだ」と言わないでください。才能は皆、違っています。
子供が小さい時には、その子の才能や興味を性急に判断すべきではありません。
いろいろなことをやらせてみるべきです。
その中で、両親ができることはいくつかあります。
盲の人も、見える世界の中で仕事を競い合い、地域の活動に積極的に参加していく必要があるので、できる限り自立することを助けることです。
服を着ること、身なりを整えること、一人で食事をすること、自立歩行などです。
そして、両親は、できる限り毎日、いろいろなことを書いている本を読んであげることを強く勧めます。遊びのためではなく、知識的基盤を作り上げるためです。
そして点字を学ばせることです。
加えて、画面上のすべてが読める専用ソフトの入ったコンピューターを持つことは絶対に必要だと思います。
これはスクリーンリーダーと呼ばれ、キーボード操作とコマンド操作を憶えれば、盲の生徒も他の生徒と充分に競争することができるのです。
コンピュータのパワーは、とても大きなものです。

次に、読書感想文を申し上げます。
その記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-21 16:02 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(0)

宿命を使命に変えた人


☆ローレンス・スキャッデン氏の生涯.

スキャッデン氏は、書籍「期待を超えた人生」の著者である。
彼は5歳の時、バスルームでタオル掛けを引っ張ったとき、タオル掛けの留め金(とめがね)が外れ、転倒して左目を深く傷つけてしまう。
数ヵ月後、右目は交感性眼症(こうかんせいがんえん)で失明。両眼の視力を失った。
交感性眼炎とは、傷ついた部位の機能を取り戻すために全ての力を集約した強い免疫力が体の一部分に異常に働き、正常な部位が障がいを起こすもので、左目の損傷から右目の機能が失われたものである。
こうして、ある日を境にローレンス少年の視力は完全に消失した。
全盲になってからも兄や近所の子供たちと遊んでいたが、ローレンス少年が参加できる遊びはすぐに少なくなり、やがてまったく無くなった。

○盲学校に入学.


彼は1945年2月、ロサンゼルス32番街盲学校に入学。
初めて学校に行った日のこと。
クラスには1年生、2年生の10人くらいの子供たちがいた。多くの生徒は、自分自身で動くことを習っていないため、動き回ることを理解していなかった。
「ジャンプ」という言葉すら知らない子供もいた。
点字を学んだ。最初の単語はボール、2つめはキッチン、3つめは家‥
点字を読んだとき先生が褒めてくれた。
ローレンス少年は有頂天になり、勉強に熱中する。
数学、地理、科学‥彼は勉強が大好きになった。
学校の人種構成は、50%が白人、25%がラテンアメリカ系、15%がアフリカ系、10%がアジア系とユダヤ系だったが、生徒たちは出身や宗教の違いには気をとめていなかった。
肌の色の違いは、もちろん見えない生徒には何の影響もなかった。
お互いに同じに見えていたのである。
彼は、盲学校の人種的多様性の環境から偏見のない人格を育まれた。

○科学者になる.

当時、盲人の行く末は、ミュージシャンかホームレスだった。
両親は、街角で鉛筆を売っている盲人のようにしないためにローレンス少年にピアノを習わせたが、教師は「この子は学習能力が音楽の才能よりもはるかに高い」ことを理由に、高等教育を受けさせるように導いた。
ローレンス少年は、やがてレッドランド大学に進学、卒業後、カルフォルニア大学院で政治学を修め、さらにパシフィック大学で心理学の修士を得た。
彼は「触角と聴覚による盲人の知覚に関する研究」を進め、やがて見えない人が触って分かるビデオ画像ディスプレイ技術の研究を行うようになった。
1968年、触覚的視覚代替システム(TVSS : tactile vision substitution system)の試作機が完成する。
以来、彼はこの装置を使い、盲人を協力者として集めてテストを繰り返すうちに、個々、盲人といっても間隔、能力が違うことを学んだ。
スキャッデン氏はやがて、200近い論文や記事を書き、有名な「ネイチャー」誌に論文掲載までも果たすのである。
やがてアメリカ盲人援護協会から最高の栄誉であるミゲルメダルを受賞、科学者としての揺るぎない地位を獲得する。

○勝利者になる.

1969年、テレビ脚本家からの依頼で、スキャッデン氏のプロジェクトを使いたいとの打診があり、放送されることになった。
彼の元には沢山の手紙が届いたが、有名になると批判も増えた。
嫌がらせの手紙、詐欺まがいの手紙が沢山寄せられた。けれど彼は、博士号を取得、大学教授となり、障害福祉分野で大きな影響をおよぼす人物となる。
彼は、ソニアという女性と結婚、2年後に女の子が生まれた。

「視力があったら何をやっていたと思うか」という質問に、彼は次のように答えている。
「私が見えていてもこれ以上の成功はしなかったでしょう」
「目が見えていたとしても、見えない場合よりも多くの業績を挙げられたとは思いません」
「私が感覚知覚や障害のある人のための技術分野を専門としたのは、私が盲だったからです。もし目が見えていたら、数多い科学の分野で、私をワクワクさせる分野は何だったかを想像することはできません」

まさに、スキャッデン氏は「宿命を使命に変えた人生」である。
障がいを武器として世に貢献した大勝利者である。
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-20 17:30 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(5)

期待を超えた人生(まえがき)


☆全盲の科学者が書いた自伝.

「期待を超えた人生」(323ページ)という本がある。
全盲の科学者、ローレンス・スキャッデン氏が書いた本である。
以下に、日本点字図書館理事長の冒頭文と著者のまえがき(一部抜粋)を紹介し、その上で、本書の読書感想を述べたいと思う。
日本点字図書館記事は、→ここをクリック!

○序・見えなくなって残念なことは何か.

2011年夏 日本点字図書館理事長 田中徹二.

「スキャッデン氏の失明は5歳ですが、私は20歳のとき盲人としての生活を始めました。2人とも盲導犬は使わず、白杖による単独歩行をしましたが、空間認知の能力はかなり違ったようです。
見えなくても前に物体があるときに感じる圧迫感は、フェイシャルビジョンと言われますが、これは聴覚によってもたらされるものです。
この判断能力は、スキャッデン氏のほうがかなり優れていたようです。
そうした能力もさることながら、私が彼にかなわないと思うのは、旺盛な好奇心と実行力、それにねばり強さです。
それはスキャッデン氏が視覚障がいを持ちながら、大学教授や政府機関の要職など、高い社会的地位を獲得していった経緯によく表れています。
「もし見えていたらどうなっていると思うか?」
「見えなくて残念なことは何か?」といった、よく聞かれる質問に対する答え方も妙(みょう)を得ています。「うまい!」と思いますし、まったく同感です。
本書は、視覚障がいを研究しようとする人、視覚障がい児をもつ両親、家族、取り巻くすべての人々に、大きな示唆を与えてくれます。
また、これまであまり視覚障がいと縁がなかった人々に読んでもらえば、盲についての知識が増え、私たち視覚障がい者にとって、知識のなさからもたらされる差別に苦しまなくてもすむようになるでしょう」

○まえがき.

著者 ローレンス・スキャッデン (アメリカ人).

「この本はただ自伝を書いたものではありません。
「トラウマ物語」を書くつもりもありません。
誰もが何かしらの困難を背負って生きていて、私の場合はたまたまそれが、見えない、ということだったのです。
しかし、人間は適応力があり、柔軟性に富み、困難があっても、楽しく、生産的に生きることができるのです。
私よりもっと大変な状況にある人はたくさんいます。
たとえば、私はインドの最も貧困なスラムに行ったり、アメリカを含む多くの地域での困窮状態を観察したことがあります。
私はこういう人たちのように、単に生き残るだけの生活よりも、見えない、というほうを選びたいと思います。
障がいについての本は、昔からだいたいにおいて、盲は身体障がいの中で最も悪い事態だと多くの人が考えている、と書いてあります。
私はいろいろな障がいについての相対的な良し悪しを議論するつもりはありませんが、私としては、ろうや重度の知的障害よりも盲のほうがいいと思っています。
私はあらゆる種類の障がいのある人や慢性病の人と知り合いになりましたが、人が克服できない障がいはないと考えています。
私は、私の経験や考え、意見を聞かせてほしいとよく人から言われます。
質問は子供のほうが説得力があります。子供は私が当惑するだろうとか、傷つくだろうなどといった恐れに縛られることはないのです。
私は率直に答える用意があるのだけれど、大人はとっても控えめです。
この本は、私がいつも聞かれることへの答えを出す良い機会だと思っています。この本で私が望みとするのは、知っていただきたいことを伝えること、楽しんでもらうことです」



以上が、冒頭文章の抜粋です。
著者は「誰もが何かしらの困難を背負って生きていて、私の場合はたまたまそれが、見えない、ということだったのです」と記している。
目が見えない、イコール不幸‥それは違います。それはまったくの偏見です。
私は千早さんとお付き合いさせていただき、そのことを知りました。
勿論、その困難は小さくはありません。けれど困難を克服し、輝くことができるということを私は千早さんから学んだのです。
千早さんの紹介記事は、→ここをクリック!

次に、著者ローレンス・スキャッデン氏の人生を語ります。
スキャッデン氏の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-20 00:08 | 視覚障がい書籍紹介 | Comments(5)

所願満足の春


☆宿命が使命に変わった。

聖教新聞の見出しに目が止まった。
「踏ん張ろうと決めたから、宿命は使命になった」
さて、何が書かれているのか。通勤電車の中で読みふけった。
以下に、その体験談を要約する。



東京都武蔵野市の女子部副部長。
今、アパレルの仕事をしている。彼女(美喜子)の歩みは茨の道だった。
小学校4年、先天性の股関節脱臼で手術をした。
すでに信仰をたもち、ベッドで勤行した。松葉づえで学校へ。
中学3年生の春、急に髪の毛が抜け始めた。
夏休みには髪の毛が全部抜けた。
原因が分からず、かつらを着けるようにと病院から勧められた。
鏡の自分を見ることが辛かった。
2学期、学校は休まなかった。

女子高に進学。周りは身なりに気を使う。
彼女は、いつも変わらぬ髪型(かつら)だった。
修学旅行は行かなかった。行けなかった。
でも、もっと辛いことが起きた。
家族全員がひどい食中毒にかかり、全員が一晩中、高熱と下痢、おう吐で苦しんだ。
中学3年だった弟(伸明)は特に症状が重かった。
そして、翌日の夕方には、もう息をしていなかった。
現実とは思えなかった。彼女は思う。
「どうして伸明が死んで、私が生きているんだろう」
正直、死にたいと思ったこともあった。でも、弟の死の意味を考えるようになって、すこしずつ気落ちが変わっていく。
「私が生き抜かなければ」と誓うようになったのである。

彼女の母はこの出来事について、次のように語っている。
「息子を亡くしたこの地を去りたいとの思いがありましたが、池田先生の“人生の真実の勝負は、長い目で見なければ分からない”との言葉を抱きしめました。まず10年、頑張ろうと決めました」
数年たった時、母は再びの決意に立つ。
病気で苦しむ婦人部の激励に訪ね、負けないでほしいと励ますうちに、息子を亡くした自からの体験を語った。気付くと、彼女の母もその人も鳴いていた。同じ決意の涙だった。
心の中にあったわだかまり。
「どうして、わが子が‥」という疑問や後悔が、この時の涙で全てを洗い流してくれた。
母は語る。「踏ん張ろうと決めたから、宿命は人を励ます使命になったのです」

その娘は、中学3年生から美容室に行けなくなっていた。
修学旅行にも、成人式にも行けなかった。その彼女に髪が生え始める。
ある日、かつらを家に置き、出勤した。この日のことを母は語る。
「緊張したと思います。負けなかったね」
彼女は職場で経理の仕事に没頭し、女子部では白蓮グループで活動した。
折伏に挑戦する中、皆が、いろいろなことに悩んでいることを知った。
「それまでは、自分がかわいそうにしか思えませんでした。それが、人の苦しみに心を向けられるようになったのです。祈って、悩みに向き合う人は、悩みながら輝いていました。私も悩んでいる自分を認められるようになりました」
彼女の母は、3年前、悪性リンパ腫になった。抗がん治療で、今度は母の髪の毛が抜け落ちた。母は言った。「これで美喜子の気持ちもよく分かる。感謝だね」
3ヵ月で退院し、回復した母。
その母は夫(父)と共に、夢だった手作りパンの店を開業した。



体験をご家族の満面の笑顔の写真と、すさまじいまでの残酷な出来事とが対比され、読むほどに涙が止まらなくなりました。
人生には、残酷で絶望的な出来事があるものです。
けれど、その問題に負けるわけにいかないし、乗り越えるしかない。
思春期に髪の毛を失う悲しみ‥さぞかし辛かったことでしょう。
けれど、その髪の毛は元通りになりました。今の彼女のはじけるような美しい笑顔に、妙法の真実のチカラを見させていただきました。
「人生の真の勝負は、長い目で見なければ分からない」
「信心の根を張った人には、所願満足の春が必ず来る」
この池田先生の指導を胸に抱きしめた家族の物語でした。

追伸:私にも体験があります。その私の体験談が「創価の森ブログ」でした。
その創価の森ブログは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-19 06:12 | 体験談 | Comments(12)

グラフSGI 10月号 <幸せの力>


☆「健康」が「幸せの力」になる。


以下に 2014年10月号の表紙写真「表題:幸せの力」を添付します。


b0312424_7115383.jpg表紙には、「特集:幸せの力、いきいきと健康の日々を!」と日本語で書かれています。
続いて英語で「Feature : Powerful Sources of Happiness – Let’s Enjoy Active and Healthy Days!と記されています。
10月号の内容は、生老病死、健康、体操、介護、健康診断などの内容になっています。

冒頭、池田先生が撮影された秋の稲穂の写真が掲載され、その写真の説明が「実るほどに深く頭を垂れる稲穂、同志のけなげな姿にも似て」とコメントが添えられています。
そして、以下の池田先生の詩が掲載されています。
「自分の中に、幸福の源泉がある。運命と戦い、人生を切り開いていくのも自分。そう決めて、自分らしく生き抜く人は毀誉褒貶(きよほうへん)に惑わされない」

○目次.

1ページ.
池田先生の秋の田んぼの写真と詩が掲載されています。
2ページから33ページ.
「いきいきと健康の日々を!」という特集が組まれています。
冒頭、「生老病死は誰人にも避けられない」とあり、青春時代に病魔と闘い続けられた池田先生の人生が語られています。
内容は、「健康第一」であり、健康の4つのモットー、①張りのある勤行、②無理と無駄のないない生活、③献身の行動、教養のある食生活の4点が掲げられています。
掲載記事のいくつかを以下に抜粋します。

<池田先生の質問とウンガー博士の回答>


Q:心臓病を防ぐにはどういう点に気をつけるべきでしょうか。
A:喫煙しないこと、コレステロールが高いものを取り過ぎないこと、糖尿病の人は、血液中の糖分をこまめにチェックすること。
Q:寝る前に水を飲むといいと言われますがどうでしょう。
A:血液の循環がよくなれば脳を保護することになります。水を飲むことは大変重要です。

<心理学者のアドバイス>


アルツハイマーは、加齢と共に、記憶障害を来す病気です。
人類の寿命が延びた今、世界で多くの人が発症しています。
近年、読書やパズルなど、“頭を働かせる”ことと、周囲との交流などで“心を働かせる”ことが予防につながることが注目されています。
読書や友人との交流を通し、常に自分を深く見つめ、社会と関わる人は、そうでない人にくらべ、アルツハイマーになりにくいという結果が出ています。

<調理師のアドバイス>

手軽にできる健康法として、毎日リンゴを1個食べることを提案しています。
リンゴは、ミネラルやビタミンなど、さまざまな栄養を、驚くほど吸収する力があります。
また、エクササイズも指導しています。
運動は特別なものではなく、習慣にすることが大事。
毎日、歩いたり、階段を使うだけでもいいのです。週3回、30分ずつの持久運動と、週3回30分ずつの筋力トレーニングの両方ができれば理想的です。

<エクササイズ>

20、21ページの見開きで、椅子に座った状態での体操がイラスト付きで紹介されています。その体操は、体調不良を解消する、腰・膝の痛みを予防する、肩こりを予防する、腹部のたるみを解消するの4つです。

<SGI会長の質問と回答>

Q:健康のためにと妻に勧められ、ラジオ体操を始めて18年になります。(2004年当時)
毎日というわけにはいきませんが、音楽に合わせて無理なく体を動かし、ほぐすことで、健康の増進につながり、気分転換にもなる。大切なことは持続ですね。
体操に限らず、適度な運動はどの程度おこなえばよいのでしょう。
A:最も身近な運動は、歩くことです。
Q:なるほど、釈尊の一生は“歩け、歩け”の連続でした。最後まで弘教(ぐきょう)に歩いた。「老化は足から」とも言われますね。歩くことの効用は具体的に何でしょう。
A:歩くことで、全身の筋肉の7割を使います。心肺機能を強くし、血圧を安定させ、脳を活性化させます。

最後に、健康クイズがあり、健康診断の重要性が語られています。

34から37ページ.
京友禅(着物の染色)の図案家の話。
39ページ.
メキシコSGI、医学研究者の話。
40から41ページ.
シンガポール独立記念日式典のSGIメンバー、広島・長崎・沖縄の平和サミット、創価大学で行なわれた未来部夏期研修会(47都道府県から1000人が集う)など。

○グラフ紹介.

10月号は「健康」をテーマとして終始語られていました。その中で、池田先生がラジオ体操を長年に渡って継続されているということが語られていました。
健康は大事です。健康はあるものでなく作るものです。
各自、大切な広宣流布(こうせんるふ)の使命を果たさんとすれば、健康増進、健康維持は絶対条件です。
私も、ブログで何度も健康を取り上げてきました。
以下に、私の健康法の記事を示します。
旧ブログの健康カテゴリ→ここをクリック!
森通信の健康カテゴリ→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-18 06:38 | グラフSGI | Comments(0)

前略 千早さま (19)


☆もうすっかり秋ですね。

以下に、日本点字図書館で頂いた点字のカレンダー(8月)の写真を添付します。
b0312424_21474537.jpg

8月が終わり、もうすっかり9月の中旬となりました。
私としては、気持ち的に8月を終えられないまま、もう秋‥
やることが一杯ありましたし、今もやることが残っているのですが、真剣に取り組んでいたら夏をほとんど感じませんでした。仕事が主に内勤ということもありましたが、これほど夏を感じなかった年はありません。何とも奇妙な気分です。

8月は、奥さんの両親の金婚式(親戚を集めてのお祝い)、富山の友人の新築祝いという二大イベントがあり、さらに千早抄の執筆がありましたから、振り返る余裕もありませんでした。それで9月になって、いよいよひらがな御書をやろうと思ったら‥
創価系ブログ?の中に、学会員を退会に導くリンク先を持つブログを発見。
これは傍観できないと、抗議したのでした。
気持ちの悪い記事ですけれど、今回ばかりはしょうがない。(^^)
今月の大白蓮華の中に、次の内容が書かれていました。
「二心なく唯一無二の信仰を」と題された46ページの記事です。

「仏法は峻厳であり、信心に妥協はありません。
いかなることがあっても二心(ふたつの心)なく、一心に貫き通していけるかどうか。
世間に粉動されるような弱い信心では「二心」に通じてしまう。
厳しく言えば、迫害を恐れて法華経の敵を呵責できないことも、また、誰かがやるだろうとの他人任せの生き方も二心に通じてしまうのです」と。

言わなければ与同罪(よどうざい)、言い出せば難は避けられない。
知らぬ存ぜぬはできず、ならば言うべしと叫びました。
二心は、やっぱり嫌ですもの。(^^)
それで半月‥また忙しくしてしまい、気付けば本日の朝という具合。
ともかく寄り道しましたけれど、再出発しますね。
では、小さな一歩で、再び元気に しゅっぱ~つ♪

与同罪の記事は、→ここをクリック!

追伸:長らく中断していた<別館>記事、再スタートしました。
そのカテゴリは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-17 06:25 | 前略 千早さま | Comments(17)

続・少年の王国


☆夏の終わりにもう一度。

以下に、コバルト色の空にかかる うす雲の写真を添付します。
b0312424_2054401.jpg

日はなぜ沈む 
再び昇りゆくために沈むと 詠いし人あり

夏の終わり 秋の初め われ 夕暮れに一人立つ
その空を 若燕(わかつばめ)飛ぶ
日 落ちて 蝙蝠(こうもり)飛ぶ
目 見えしもの 目 見えぬもの 共に自在に飛翔せり
われ その姿を 少年のごとく眺めたり

日は沈み 草虫の声 大地に満つ
月出で 星出で 天を照らし 地を照らす
われ 希望の心にて眺める

世雄(せおう)とは 創価人(そうかびと)なり
そは 悠然と生き 悠然と死する人
死の向こうに 再びの生を覚知する人

夜を静かに眠る世雄
希望の夜明けは すなわち 遠からん.



追伸:これより、創価の森通信は通常の記事に戻ります。
世雄御書(せおうごしょ)は、→ここをクリック!
創作童話「少年の王国」は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-15 21:09 | ポエム | Comments(5)

与同罪(よどうざい)


☆悪徳ブログ擁護を止めましょう!

soukanomondaiブログ問題の指摘のこの記事は、音声ソフト対応ではありません。ご了承ください。



日蓮大聖人は次のように述べられています。
「法は摂受 折伏時によるべし」(957)
「今の時は権教即実教の敵と成るなり 一乗流布の時は権教有つて敵と成りて まぎらはしくば 実教より之を責む可し、是を摂折二門の中には法華経の折伏と申すなり、天台云く 法華折伏・破権門理と まことに故あるかな」(503)
正法を誹謗する邪師が多く出現する末法では、仏敵を責める折伏が正しい実践であり時に適った行動であるとのご指南です。

今、ネットの世界には、さまざまな創価学会に対する誹謗中傷がありますが、大切なことはその情報が正しいか、間違っているかの正確な判断です。
「正邪」を判断できない人は、迷い道をぐるぐる歩き回るだけです。
批判を繰り返し行っているアンチ創価学会サイトとは何か。
上記の通り、「正法を誹謗する邪師」です。
通常、外部の批判者については騙されなくても、学会員の意志表示をしているブログには騙される場合があります。

ナリスマシや内部アンチと呼ばれる人たちは、「学会をよくするためにあえて批判する」というアプローチを使います。すると、これに同調する人が現れ、そのブログに親近して対話を重ね、その対話を見た他の学会員がさらに同調する‥このようなことになります。
今回、soukanomondaiという人物がそのアプローチをしたのですが、日ごろお付き合いのある人たちすら同調するのを見て、私は危機感を強くしました。

魔は分断と生命力を奪う存在です。
創価学会員を脱会させるホームページや、創価学会に対する批判ブログばかりをリンクさせているような人物を擁護し、問題を指摘する人を批判することは相手の思う壺です。
「悪人は小さな善を働き、大きな悪を成す」とは、牧口先生のご指南です。
巧みなコメントに同情し、創価学会に泥を塗るサイトを応援することは避けるべきです。
同罪となり、悪の片棒を担いでしまうことを肝に銘じるべきです。

私は今回、「創価学会の問題」ブログを批判しました。
そのことで、「ナリスマシキャンペーンの首謀者」として批判されました。
批判者たちは、soukanomondaiの過去を知らず、単に「ナリスマシキャンペーン」と騒ぎました。私の言い方は極端だったかもしれませんが、真実を見抜けないようなら、大を小とするようなものですから、いつか本当の魔が出現した時は、ひとたまりもないでしょう。
小さな善の心で大きな悪を支えれば、結果として与同罪です。
ネットは本人を見ることができません。
いくらでもストーリーを作ることができます。
そのような世界だからこそ、単純に信じてはならないと申し上げておきます。

追伸1:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

追伸2:私は、些細な問題を批判したのではありません。重大問題だから批判しました。
「創価学会員を退会に導くホームページ」をお気に入りに貼っているサイトには、くれぐれもご注意ください。

追伸3:soukanomondaiのURL先に書かれていた内容を簡単にまとめました。
その内容の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-13 13:24 | 創価学会の問題 | Comments(33)

追跡調査 (改訂版)


☆追跡調査で得られたキャッシュ.

9月13日未明、soukanomondaiブログ、並びに内縁の妻とされるブログの一切が消滅しました。問題が収まったことから、URL機能を持つ表題(青文字)は、改訂版ではジャンプさせません。(過去記事は不可視にして保管)

soukanomondaiブログの問題は放置することはできません。
何故なら、今後も形を変えて頻発する可能性があるからです。
内部という「雰囲気」をかもし出せば比較的批判を受けにくく、アンチ創価学会ブログや創価学会員の退会に導くウエブサイトをリンクしていても責められにくい。
現実に、そのようなアプローチは沢山あります。
当然のことながら、内部アンチはもっと厄介です。
その悪徳ブログを「問題だ!」と指摘すると、必ず擁護する学会員が現れます。
「大げさに批判するのは大人げないよ!」、「それはやり過ぎだよ!」と言ってきます。
どちらの意見もありますが、大を小とし、黒をグレーとするなら、迷う人も出てしまいます。
もし、今後、天才的なナリスマシが出現したら‥
私たちは、たちどころに四分五裂していがみ合うことにもなりかねません。
この悩ましい現実に「どうすればいいのか」と思案していたとき、友人からsoukanomondaibブログの新しいキャッシュ情報が寄せられました。
もはや確かめることはできないと思っていたsoukanomondaiのブログ記事が、思いもよらないカタチで得られたのです。
以下に、そのキャッシュを示すとともに、私の所感を述べたいと思います。

○過去の姿.

以下の表題は、soukanomondaiが所有していた「創価学会の問題・地元でのストーカー事件」ブログの記事のキャッシュです。
「創価学会の問題・地元でのストーカー事件」ブログは先日、記事にしました。
その記事は、→ここをクリック!
(以下の青文字は、当初URL機能がありジャンプできましたが、改訂版ではその機能を取り除きました)

地元創価学会組織の闇 (2014年6月12日)
中心会館からの私への事実確認 (6月16日)
S男子部長の転落 (6月18日)
反省しない奴は、心の底から軽蔑する!(6月27日)
S元男子部長、恐喝犯へ (7月1日)
ストーカー事件の後日談 (7月9日)
支部長が突然いなくなった!と、思ったら、、(7月15日)
地元創価学会ストーカー事件のまとめ・・(7月22日)

上記事には、彼が地区部長だという表現はどこにも見当たりません。
以下は、soukanomondai検索で発見されたキャッシュの表題です。

創価学会の問題は、間違った日蓮一派を形成したこと (6月12日)
池田大作名誉会長の死亡説は、神格化がキーワードではないか?(7月16日)
創価学会とは、他の考え方を許さない、エゴの集団です。(7月20日)
創価学会とは、一方的情報伝達しかない、権威権力の組織である。(7月20日)
創価学会の幹部批判と幹部指導 (7月28日)
今の活動は、池田大作名誉会長を護ること。これが、どうも、(8月5日)
創価学会が、言うことを変える。変えるから合わなくなる。これ、普通。(8月6日)
創価学会とは、政治団体です。(出典元がsoukanomondaiブログ)

○所感.

読者の皆さまは、掲げた記事をどう評価されるでしょうか。
soukanomondaiが2つのブログを持っていたこと、その2つの内容はストーリーは似ているけれど、印象は異なる書き方になっています。古いブログより、新しいブログはより精密に、より真実性を帯びた表現になっているのです。
ある人が言っていました。
「学会員だったら獅子身中の虫。アンチより悪い」と。
ニセ札も、精密なものほど罪が重いように、soukanomondaiが、もし仮に本物の地区部長だったとしたら、さらに罪は大きいと言わざるを得ません。
「soukanomondaiは反省したのだし、内部なんだから批判するのはオカシイ!」と騒いでいる人たちに問いたいと思います。
実在しないかも知れない内縁の妻のブログを盲目的に信じ、今回の根本問題を棚上げしていいのでしょうか?
このことをしっかりさせておかないと、さらに巧妙な方法で攻撃された場合、ネット上の学会員は簡単に激しく罵り合うことになります。
私は今回の調査で分かったことがあります。それは、「学会員を脱会させるリンクを貼る」という人物が、実際にどういう行いをしていたかということです。
彼は、「最初から創価学会員を脱会に導きたかった」と言われても仕方ない言論を展開していたのです。
問題の是非は本質的なところで行わないと、「木を見て森を見ず」で大局観を見失いうということになりかねないと思います。

追伸1:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

追伸2:キャッシュも消える可能性があるとのコメントを頂きました。魚拓の記事が消滅したことから、用心のために他の記事の全てをコピーペーストして保管しました。

追伸3:内縁の妻のブログは9月13日未明に消去されました。
これで、現存するブログは全てなくなりました。

追伸4:soukanomondaiのURL先に書かれていた内容を簡単にまとめました。
その内容の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-13 06:13 | 創価学会の問題 | Comments(4)

「創価学会の問題」ブログの記録 (参考資料)


☆soukanomondaiは何を書いたか。

「創価学会の問題」ブログを作成したsoukanomondai。
キャッシュからその問題を指摘したが、ジャンプ機能を削除したため、真意が伝わらない可能性がある。このため、soukanomondaiの発言内容の一部を抜粋して記録に留める。
読者の皆さまには、以下の文章から賢明なご判断をいただきたいと思う。
(青字は記事の表題。一部の抜粋であるが文章はそのまま)

<地元学会員ストーカー事件のまとめ>
(2014年7月22日より)

創価学会は、信心の団体ではなく、あくまで知人などの人間関係に依存した組織である、ということです。
創価学会は、宗教団体ではありません。I総県長や、その支持に従った壮年部員。まるで、裏工作を行う、特殊部隊のようです。
幹部は反省しません。自身の行動を、少しも省みることはありません。
創価学会には、裏の顔があるのです。決して表には出ない、裏の顔があるのです。
宗門から縁を切ったのち、創価学会は、立て続けに宗門側を相手として、告訴を行いました。200数十件にその数は、およびますが、その裁判の結果は、全ては知らされません。
なぜか?? 負けているからです。
私の知る限りでは、4分の3以上で敗訴となっています。
判決を知らせない創価学会、ということだけで、裏の顔の存在を伺わせます。
創価学会とは、宗教団体となっていますが、その実は、会社組織と変わらない、組織の論理が、跋扈する団体なのです。
私は、心の底からがっかりし、心の底から後悔しています。

<創価学会の問題は、間違った日蓮一派を形成したこと>

(2014年6月12日より)

創価学会は、もともと日蓮正宗の外護団体です。しかし、日蓮正宗から、破門されるにいたって、創価学会は、独自路線を走り始めます。
これは、日蓮教義の全体の宗派の中で、ひとつの枝を形成し、一派となったことを意味します。ここまでは、100歩譲って、正解として、問題はそのあとです。
何故、熱心に日蓮大聖人の教学を学ぼうとせず、池田大作名誉会長の歴史を学び、過去の指導を学び、全ての会合で「池田先生のために」と叫び、聖教新聞の啓蒙をし、池田先生の本を購入し、DVDを購入し、選挙の度にエフ活動を行い、家庭の時間を削り、朝から晩まで学会活動をするのか?
それがわからない。
学会活動には功徳があるという。その理由が分からない。イケダセンセイのために、奔走することが、大聖人の意志にかなっているのか?
この点の説明は、創価学会は、してきませんでした。
徐々に、徐々に、池田本物論になっている。そう解釈するほうが、納得のいく、活動の現状です。そう考えれば、イケダセンセイと叫ぶことも、池田大作名誉会長の過去の指導を学ぶことも、聖教新聞を購読することも、何もかもが理解できる。
できうるならば、話しのあう、学会員から、活動停止を呼びかけていきたいくらいです。

<池田大作名誉会長の死亡説は、神格化がキーワードではないか?>

(2014年7月16日より)

池田大作名誉会長の死亡説が、まだまだ、あちこちで語られている。私の個人的考えとしては、まだ生きている。そして、最後の仕掛けを進めている。
そう、思えてならないのです。
その仕掛けとは、池田大作本仏論(いけだだいさくほんぶつろん)の完成です。神格化の完成、といってもいいと思います。
具体的には、日蓮大聖人の生まれ変わり、あるいは、現代の日蓮大聖人。そう、創価学会員に言わせる、思わせる。
この徹底こそが、最後の目的、と思えます。
学会員の中には、実は、この池田大作本佛論を、すでに信用している者がいます。
少数派ですが、心の中で、池田大作本佛論を考えている人がいる。
完全に信じている人は、創価大学の出身者に多い、そう考えて間違いない。おそらく全体の10%です。
おそらく、目的は、池田大作本佛論を信じる人を80%にしてから死にたい。
少なくとも、活動家は全員信じさせたい。これが、彼の最終目標だと思うのです。
今までも、すでにこの神格化へ向けて、様々な取り組みが進んでいます。
例えば、御書を遠ざけて、第百蓮華に、都合のよい御書の御文をのせる。
切り文といって、本人に、都合のよいところだけ抜き出したのでは、御書全体の意味が分からなくなる そういっていたのです。
今は、この切り文は、学会の常套手段になりました。
新人間革命をとにかく読ませる。毎週月曜日の協議会をはじめ、ありとあらゆる会合の冒頭で、聖教新聞を取り出して、その日掲載の新人間革命を読み合わせするのです。
この、新人間革命は、もちろん池田大作著となっていますが、事実ではありません。
ですから、文体を含め、非常に美しいものとなっていますが、描かれているのは、池田大作名誉会長への礼賛ばかりです。
私には、鼻について仕方の無い表現ばかりです。
師弟不二という概念を用いた、師弟関係の押し売り。更に、海外の多くの大学や機関からの大量の名誉職の受賞劇。
これは、北朝鮮が、国内のニュースで、諸外国が、わが国を認め、評価している、と、語っているのと、変わらないような気がしています。
もっとも重要なことは、会合の最後に、昔は、大聖人の御書を拝して、というくだりがあるのですが、今は少なくなり、イケダセンセイの過去の指導を拝して、という流れになっています。
日蓮大聖人の遺文である御書ではなく、イケダセンセイの指導、過去の指導を通じて、担当幹部が、会員に指導激励する。
これは、間違いなく、神格化を勧めている、そう考えて間違いない。
そこで、最終のプロセスを進めようとしている。具体的には何か?
イケダセンセイの好きな、過去にのっとって考えるならば、古代ローマでの元老院のような存在が必要です。
また、日本では、神社のような衆目が集まり、参拝できるような環境が必要です。
そして、大半の学会員をうならせるような事象が必要だと思うのです。
この準備をしている。
これが、準備できたとき、聖教新聞での一大発表があり、緊急の衛星放送があり、学会は大騒ぎ、と、なるのではないか?
亡くなる前に、一大事件が発生する。それが、最後の挑戦だと、私は思っています。

<創価学会とは、他の考え方を許さない、エゴの集団です。>

(2014年7月20日より)

ここで、書くことは、私の体験から言えることばかりです。
イケダセンセイが、朝鮮人であるとか、ストーカー行為をするとか、よくネットで言われています。
しかし、それが、真実であったとしても、私には経験や知識がなく、私個人が、間違いなくそうだ、と、言えるものではありません。
創価学会は、他の考え方を許さない、エゴの集団です。
他の考え方、というのは、もちろん、信仰の内容を含みますが、それ以外に、人間としての考え方の問題です。
創価学会とは、仏の集団である。という理屈になります。
このため、世にある、一切の宗教を否定し、自分たちは、仏である、という選民思想に似た発想になります。
ここから、自身を優遇し、他を排斥するようになります。
ですから、自身の間違いを、心からは、認めません。
形ばかりの謝罪を繰り返し、その場を離れると、舌を出しています。
これが、典型的な創価学会員です。
総体としてみたとき、創価学会とは、エゴの集団です。

<創価学会とは、一方的情報伝達しかない、権威権力の組織である>
(2014年7月20日より)

実際の現場の学会員の不平や、不満は、上層部に届くことは、あまりありません。
ほぼ、途中の幹部の手で、握りつぶされます。
中には、不満を学会本部への手紙としてぶつける人もいますが、
学会本部からは、そうした人が本当に実在するのか?という確認があり、その手紙の内容を連絡し、適時、指導するように、という連絡が、地元の上層部の幹部にあるだけです。
こうして、創価学会という組織は、いかにも会員の幸せや、会員のためにあると標榜しながら、幹部は、自己の保身を行い、幹部は幹部を批判しませんし、幹部が、幹部を指導することもありません。
現場からの声が上へあがるのは、目的とする数字の報告のみ。
その報告をとるための活動内容や、書類、印刷物が、山のように上から流れてきます。
そこには、大聖人の御書での激励や指導は、ほぼありません。
あるのは、イケダセンセイの指導のみ。
創価学会とは、権威権力に満ちた、笑顔にあふれた傲慢な組織である。

<創価学会の幹部批判と、幹部指導>
(2014年7月28日より)

創価学会の問題は、幹部に対して苦言を言うと、全てひとまとめにして、幹部批判とされることです。
これが、創価学会を腐らせている原因のひとつです。
上の幹部から、目下の学会員に対して、語られるもので、幹部指導といわれます。
目下の立場のものから、上の者に対して物を言うわけですが、これは全て幹部批判となり、批判したもの、物を言った者が、逆に指導されます。
この構造が、創価学会の根っこにある腐りなのです。
まずは、全幹部の総入れ替え、それを行わないと、創価学会は、宗教団体としては成立しない。
そして、イケダセンセイという呪縛を離れて、日蓮大聖人の御書に戻る。
これが無ければ、創価学会の未来は無い。
イケダセンセイという呪文に縛られた幹部は、その多くが、権威・権力でものを言うのです。

<今の活動は、池田大作名誉会長を護ること>
(2014年8月5日より)

大前提として、池田大作名誉会長は、「あらゆる組織は、三代で決まる」ということです。
つまり、創価学会におきかえると、牧口、戸田、池田、と続いた、三代会長までが、創価学会の組織を決定付ける、重要な要因だと、言います。
なぜ、三代までが、重要なのか。それが、すでに、私には理解できないのです。
戸田先生のころは、会員を護る、といわれるのが常であったと聞きますが、宗門と決別してからは、「私を護れ」と、池田大作は、言います。
諸外国から、200、300、と多くの名誉教授や、平和市民賞などを受賞していますが、それは、例えば、その市に、寄付をしたから贈られた、とか、その大学に寄付をしたから贈られた、というものが、非常に多い、ということを知ってからです。
これって、おかしくないですか?
日本で、唯一、池田大作に名誉市民賞を授与している市が、静岡にあります。これも、その地域に多額の寄付を行ったためで、現在は、一般市民の声から、名誉市民賞をはずせ!という声もあがっているそうです。
そこは、大石寺の程近い、富士宮市です。
そんな受賞の多くを、池田大作センセイの活動を評価して、贈られた、と、説明するのは、北朝鮮が、ニュース番組の中で、諸外国が、わが国を評価した。と、報道しているのと同じでしょう。
そんな、かっこわるい池田大作を、何故護らねばならないのか??
護れ、護れと叫びながら、寄付などで、数多くの受賞を重ね、その偉業と大げさに語る姿。
ちょっと、おかしくないですか?

<創価学会が、言うことを変える。変えるから合わなくなる。これ、普通>
(2014年8月6日より)

創価学会は、一人の会員を大事にする。絶対に護る。そう言っていた。
しかし、今は、師匠、池田大作を護れ!となっている。
私は民衆の王者だ、名誉も何もいらない。そう言っていた。しかし今は、数多くの表彰を集めているようにも見え、しかも受賞内容の説明に嘘がある。
宗門は、エロ坊主と言い。聖教新聞では、日顕の宴会写真を掲載して、こきおろした。しかし、その写真は捏造で、裁判にも負け、何もなかったように今は言わない。
あとは、嘘が多いし、正直に全てを言わないことが多い。
池田大作の話すことが変わり、創価学会が変わっていく。時代の流れや、必然性もあるだろうし、変わること全てがよくない、とは言わない。
しかし、変わってしまった内容によっては、それは、受け入れられない、ということがあって、当然だと思う。
あまりにも嘘や、黙っていることが多いので、嫌気がさしている。そういうことなんです。

<創価学会とは、政治団体です>
(出典元がsoukanomondaiブログで他ブログ掲載の内容)

創価学会とは、政治団体です。宗教団体と標榜していますが、実質は、政治団体、そう考えても、現実とは、あまり遠くありません。
ご存知のように、公明党は、創価学会が支援しています。
公明党と創価学会は、政教一致です。
選挙活動のときに、実際に折伏を実らせても歓迎されません。
「この忙しいときに、面倒くさいことしやがって!」という、まるでこちらがKYであるか?のような空気が流れます。
折伏は、折伏しよう!と創価学会が叫ぶ期間中しか、喜ばれないのです。
完全に、集票マシーンとして動くことを期待、強制されます。
この活動が、宗教団体のものでしょうか?
だから、私は声を大きくして言います。
創価学会とは、政治団体であって、宗教団体ではありません。



これは、soukanomondaiが複数のブログに書いていた内容です。
その概要は、→ここをクリック!

追伸:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23437097/

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# by sokanomori3 | 2014-09-13 06:00 | 創価学会の問題 | Comments(7)

soukanomondaiの履歴書


☆soukanomondaiは何者か。

騒ぎになった「創価学会の問題ブログ」
今も批判する人、擁護する人に二分されているようだ。
私は9月3日から批判し、9月8日未明にブログが消滅し、さらに同日、再びブログが出現した。さらに同日、内縁の妻のブログが立ちあげられ、3つの記事が書かれている。
同日に、3つの操作が行われたことになる。
大事なことは1つしかない。
学会員を脱会に導く「創価学会員駆込寺」というホームページへのリンクこそ、彼の本質であるということ。その恐るべきホームページを以下に示そう。
http://park5.wakwak.com/~soka/


魔は、組織を分断させ、活力を奪い、光から闇へといざなう。
どんなに立派な人格者でも、この魔を知らずして親近せば、知らぬ間に悪に染まってしまう。この魔を、魔と見破ることが大事である。
このようなリンク先を持つ悪友には親近しないことだ。

○再調査.

このほど、創価の問題ブログの批判をしたところ、ある婦人部から批判を受けた。
「ナリスマシとは明らかなフライングであり、あなたは重い罪を背負うことになる」と。
言葉尻だけで、私は批判されているようだ。
問題は、創価学会員を分断し、脱会させるための仕組みにあるのに‥
しかし、対象のブログは消滅し、当時を振り返ることは物理的にできない。
論じるべき対象がないのだから、その是非を語ることができない。
しかし、私は、再調査でsoukanomondaiの過去のブログのキャッシュを発見した。
この問題に迷う人たちのために、その内容を以下に示す。
どうか、よくよく以下の内容をご覧いただきたい。

soukanomondaiのキャッシュ記事は、→ここをクリック!

このキャッシュ記事から、皆さまは何を感じるだろうか。
最近の記事の10項目の表題と、リンク先の反創価学会のサイトはどうか。
30年間もバリバリと活動してきた地区部長の姿が、このキャッシュに見られるだろうか。
さらに彼の不可解なブログ閉鎖、「コメント・メール、そのほかの通信手段は、全て閉鎖しました」と、完全に対話を拒否している姿勢‥
全ては、この「soukanomondaiのキャッシュ」から判断されるべきです。
私は、到底、この人物を信用することはできません。

追伸1:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

追伸2:「創価学会の問題」ブログの所感を述べた記事を示します。
そのシリーズは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-11 22:08 | 創価学会の問題 | Comments(9)

soukanomondaiのキャッシュ


☆完璧なアンチサイトのカタチ。

「創価学会の問題」ブログ。
そのブログの当初のURLを以下に示す。
http://soukanomondai.blog.fc2.com/
しかし、これは9月8日未明に閉鎖された。
その同日未明、同一名称のブログが再び出現した。
http://soukanomondai2.blog.fc2.com/
再び出現したブログには、過去の記事は一切なく、1つの記事があるだけだった。
(再出現したブログも9月13日未明に再び閉鎖)
しかし、このsoukanomondaiは、騒動になった「創価学会の問題」ブログ以前に、別のブログを所有していたのである。


○キャッシュ.

では、そのもう1つのブログを見てみよう。
そのURLを以下に示す。
http://ameblo.jp/soukanomondai/
これを見ると、「疲れました?????」という表題になっている。
右上プロフィールには「soukanomondai」という名称が見える。
これは、創価学会の問題ブログオーナーと同じ名称である。
どうやら、データーが全て消されているようだ。
過去の記事はもう見られないのだろうか。

実は、残存するデータがあった。
それは、http://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A7dPeoEtphFURWsAm32JBtF7?p=http%3A%2F%2Fameblo.jp%2Fsoukanomondai%2F&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=&afs=
で検索したとき、一番上に出てきた「創価学会の問題・地元でのストーカー事件」の「キャッシュ」から見ることができる。以下にブログのキャッシュを示す。
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=EKlnIXNQy4wJ&p=http://ameblo.jp/soukanomondai/&u=ameblo.jp/soukanomondai/

「創価学会の問題・地元でのストーカー事件」ブログの表題の下には、「私は30年になる創価学会の活動を停止した壮年です。なぜ、学会活動の停止を選んだのかを踏まえ、数々の問題提議します」との文章がある。
これは、今回騒ぎになった「創価学会の問題」ブログと完璧に内容が符合している。

では、この残存するキャッシュのプロフィールを見てみよう。
「性別:男性 自己紹介:はじめまして。 この度、創価学会の活動を停止しました。 停止にいたるまで、様々な疑問を持ちま...」と書かれている。
中央には2014年8月5日に書かれた記事が見える。
これが、ブログの改ざんをした時の最後のトップ記事である。
題名は「創価学会員に凶悪犯罪の犯人が多い、というのはオーバーかなと」である。
その文末の文章を以下に示す。



創価学会は、宗教団体ですが、
全員が、同じ思いで活動しているわけではありません。
悲しいことですが、現実です。
そして、中には、池田大作のためなら、法律を犯しても良い、
そう考える輩もいます。本当に、困ったものです。

ま、私は、活動をやめて、役職を剥奪される身ですから、偉そうなこと言えないし、
そんなに、創価学会という組織を心配もしてないですけどね(・∀・)



彼は、池田先生を呼び捨てにし、「池田大作のためなら法律を犯しても良い」という人間がいることを記している。そして、「本当に困ったものです」と述べている。
見ることのできる記事はこれのみである。
他に、彼はどんな記事を書いていたのだろうか。
その痕跡が、画面左上に「最近の記事」として残っている。

○痕跡.

創価学会員に凶悪犯罪犯人が多いというのはオーバーかなと
地元創価学会ストーカー事件のまとめ
支部長が突然いなくなった!と思ったら、、、
ストーカー事件の後日談
S部長恐喝犯へ
反省しない奴は、心の底から軽蔑する!
6年後に再び、、、
S男子部長の転落
中心会館からの私への事実確認
地元創価学会組織の闇

全10項目。何とも陰惨な題名ばかりである。
過去、この表題で創価学会の問題を記事にしていたことが分かる。
カレンダーを見ると15の記事を書いていたことが分かる。
6月に10編の記事、7月に4編、8月に1編の記事を書いていたようだ。

※上記に示した記事のキャッシュが追跡調査で明らかになりました。
その追跡調査結果は、→ここをクリック!

○リンク.

画面左下にはリンクがある。以下に、そのリンク先を示す。

妻はアンチ、夫はバリバリ。
 2004年から2013年まで続いているアンチ創価学会のブログ。
創価学会は本当に正しいのか
 2008年11月~12月までのアンチ創価学会ブログ。
創価学会の問題(今回消去された記事)
  2014年8月~9月8日未明まで続いたブログ。
創価学会員による創価学会ダメ出しブログ
 2011年5月~2011年10月までのアンチ創価学会ブログ。
わたし元・学会員 
 2008年8月~2011年7月まで続いたアンチ創価学会ブログ。
創価学会員による創価駄目出しブログ 
 2007年2月~3月までのアンチ創価学会ブログ。
創価学会体験記
 2009年6月~12月まで続いたアンチ創価学会ブログ。
創価学会駆込寺
 創価学会員に退会手続きを教えるホームページ。
創価学会の彼女との関係
 2006年3月~2008年7月まで続いたアンチ創価学会ブログ。
復活!アタシの知っている創価学会
 2006年3月に作成されたアンチ創価学会ブログ。
きままに復活日記
 創価学会の組織、思想に否定的なブログ。

以上が、キャッシュから読み取れる情報である。
では、このキャッシュから何が言えるだろうか。

彼は、表題を「創価学会の問題・地元でのストーカー事件」から「疲れました?????」に変更し、過去の一切の記事、リンク先を消去したということである。
その操作に伴い、8月5日時点のトップページがキャッシュとして残った。
彼は、このブログから出発し、fc2の創価学会の問題ブログに駒を進めた。
8月時点で、あるアイデアを思い付いたようだ。
そして、彼はその計画を実行に移した‥
そういうことではないだろうか。

追伸1:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

追伸2:「創価学会の問題」ブログの所感を述べた記事を示します。
そのシリーズは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-11 22:01 | 創価学会の問題 | Comments(17)

なぜ批判したのか


☆危険因子の大きさから行動。

9月3日から1週間、私は1つのブログを批判した。
その理由は、学会員を脱会させる意図を持ったサイトとリンクしていることだった。
今、そのことを知ってか知らずか、当人が可哀そうだと言う人がいる。
では、私は、当人を可哀そうに思っていないのであろうか。
私は可哀そうに思っている。当然のこと。
しかし、盲目的に擁護することは、日顕宗(にっけんしゅう)や類似する宗教団体に親しみ、近寄って励ますようなことに等しいと私には感じられる。
まして今回は、多くの人々が誑かされ、被害者が出る可能性すらあった。
リンク先の危険因子が大き過ぎた。

○判断基準.

当初、多くの人が問題のブログに親しみ、近づくことが不思議でならなかった。
しばし考えて、導き出された答えは、「ブログをしっかり見ていない」ということである。
正邪を判断する知識が不足すると、そのようなことになる。
そもそも、イケダダイサクと呼び捨てにし、偉そうだと表現し、創価学会は都合の悪い報道はしないとか、その他、オカシナことばかり言う人間と仲良くすること自体考えられないのに、そのブログが学会員の退会を促すサイトにリンクしているからなおさらである。
そんなブログオーナーと仲良く話すなど、まったく異常である。
もし、そのブログの重大な欠陥を知っていたら、あのような対話が行われるはずはない。
同じように、「オカシイ!」と声を上げる側になるだろう。
私は批判する前に、相手のブログを詳しく観察した。
そして「有害サイト」であると判断した。

譬えるなら、酒を飲んでクルマを乗り回しているような危険なブログであった。
自損事故で怪我をするなら、それは自業自得である。
しかし、その暴走車で善良な同志が怪我をする可能性があるとするなら、当然、声を上げるし、そのことを阻止する動きをするだろう。私は放置することなどできなかった。どうして、傍観できようか。「ウソつき」「二枚舌」「ニセモノ」‥言葉は何でもよかった。
ともかく、何か大声で叫ばなければならなかった。
私は「ナリスマシ!」と叫んだ。

○最終弁論の要約.

一昨日未明、私が指摘したブログがサイトを閉鎖し、そして再び開設した。
開設したと言っても、最終弁論を残すのみで、更新しない前提の状態である。
1つの記事を除いて全て消失していた。
以下に、彼の最終弁論の骨子を掲げ、所感を述べる。

まず、冒頭には「コメント・メール、そのほかの通信手段を全て閉鎖」と書かれている。
一切の問い合わせに回答しないという意思表示である。
そして、「今回の事件の墓標として残す」と述べている。
次に、彼は今回の騒ぎの謝罪をし、その行動の意味が「創価系のネット情報が、御書と池田先生の指導ばかり」であり、「学会員で、真剣に悩んでいる人は、そんなことは聞き飽きている」と述べている。さらに、「日々の悩みや、苦悩への回答や、そのヒントを与えるサイトがいかに少ないことか」と疑問を呈している。
加えて、自らの心情を「閉塞感」と題し、「総攻撃をかけてきた人たちが、どうしても正義には思えない。池田先生の指導を学んでいる人には思えない」と、批判した人々に対する考えを述べている。
最後に、「この時点で、検索で上位をとって、腹を抱えて笑っている。そう断じた人の主張は、根底から根拠をなくす」と述べ、検索上位を狙った訳ではないと結んでいる。

(イケダダイサクと呼び捨てにし、揶揄していたはずの張本人が、最後は「池田先生に学んでいる人には思えない」と池田先生を立てて諭している。両極端な言い回しに、私はこのブログオーナーの二心を感じている)

○問題の本質.


「検索で上位をとって、腹を抱えて笑っている」と批判をしたのは私である。
正確には、「彼は今、腹を抱えて笑っているだろう」と書いた。
彼が私のブログを見ていたことは明らかである。
そのブログ記事は、→ここをクリック!
この記事を投稿したのは、9月7日の午前8時であった。
そして、彼は私の記事を見て、9月8日午前1時ごろにブログを閉鎖した。
彼は何の反論もせず、サイトごと消去した。
何故だろうか。その理由についても、私は考えを記事にした。
その理由の記事は、→ここをクリック!
結局、悪徳サイトとのリンクの理由を彼は述べていない。

さて、私が彼をナリスマシと言ったのは、「オカシイぞ!」との比喩である。
問題の本質は、表面的に正当な学会員であることを主張し、もって創価学会の批判を展開し、さらに脱会させるサイトに誘導する仕組みを持っていたことにある。
特に、脱会用のホームページのリンクは容認できない項目である。

これは白でもグレーでもない。明確に黒であるから批判したのだ。

○総括.


決着はついていないが、論じるブログが消滅したのだから、これ以上は追及できない。
一点申し上げれば、批判された際の身のかわし方が上手過ぎることである。
あっという間に証拠のすべてを消し去り、反省するカタチを取り、一方で内縁の妻という立場のブログが擁護する‥それが、たった1日で行われた。
これほどの変わり身の早さを私は見たことがない。

さて、アンチの本当の挑戦はこれから始まることを覚悟すべきと思う。
これからのアンチは、脱会に誘導するサイトをリンクしないだろう。
そのようなことをすれば、当然、同じように叩かれるのだから。
ゆえに、綿密にナリスマシの方法を工夫するだろう。

今回の私の行動は、読者の皆さまには不快な思いもさせたであろう。反発の気持ちをお持ちの人もいると思うが、あえて、その罪は一身に受ける覚悟である。
私への批判は一向に構わない。今回の行動は、善良な学会員の被害防止が目的だったのだから、何と言われようと悔いはない。
ともかく、賢明な読者の皆さまは、今後も悪徳サイトには親近されず、善友と共に尊い広宣流布の道を歩まれんことを心より願っている。
以下に、アンチ創価学会に関するいくつかのカテゴリを添付する。
(アンダーラインをクリックしてください)
1.創価学会の問題ブログカテゴリ
2.創価学会に敵対勢力のカテゴリ
3.アンチ創価学会カテゴリ

以上で、この連載を終了します。

追伸1:以下に、sokanomondaiが書いた過去の記事のサンプルを示します。
彼の正体を判断するためにも、ぜひ、ご覧になってください。

その記事サンプルは、→ここをクリック!

追伸2:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

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# by sokanomori3 | 2014-09-10 06:37 | 創価学会の問題 | Comments(7)

ナリスマシを見抜く方法


☆悪徳サイトへのリンクが証拠。

このほど、「創価学会の問題」と題するブログが話題となった。
私は9月3日より、このブログに対する批判記事を書いた。
以来、9月5日、9月7日と3回にわたって取り上げた。
最後の記事で、私は、証拠を掲げて「ナリスマシ」であると明言した。
その3つの記事を以下に示す。
(アンダーラインをクリックすると記事にジャンプします)

1.創価学会の問題情報について(悪友に親近しないこと)
2.続・創価学会の問題情報について(悪縁に紛動されない信心を)
3.創価学会の問題ブログの罠(リンク先に注目)

そのブログは、9月8日午前1時ごろ、消去された。
私の最後の批判から24時間も経過していない段階であった。
彼は慌てて証拠隠滅をしたのである。

何に慌てたのか。それはリンク先の多くがアンチサイトであり、その末尾にあるリンク先が、創価学会を脱会させるためのホームページであることが指摘されたからである。
彼は、創価学会に疑問を持ち、数週間前から地区部長の役職を捨て、活動しないことを明言し、そこから学会の問題を提起するためにブログを始めたと書いていた。
彼は、ものの数週間で11種類ものアンチサイトをリンクさせたことになる。
(リンクは、ブログ開設当初からあったのかも知れない)
リンク先の1つは、創価学会員を脱会させるためのホームページだった。
そのホームページのURLとトップページの内容を示す。



創価学会員駆込寺 http://park5.wakwak.com/~soka/

1.当HPは、学会員を退会させる事が目的ではない。
 学会員が、組織に煩わされず、安心した生活を送れるようになる事が目的である。
2.当HPは、創価学会をバッシングする目的で作られたものではない。
 あくまでも、学会員個人の精神的解放を目的としている。
3.当HPは、特定宗派の理念に固執するものではない。



このホームページは、ナリスマシ集団の多くに貼られているリンク先である。
内容は、脱会体験記、脱会方法、学会批判サイトリンクなど。
私は確信犯と判断して「ナリスマシ」と申し上げた。

読者の皆様にお願いしたいのは、このサイトを極力見ないで頂きたいということ。
なぜなら、アクセスそのものがサイトの検索順位を上げるからである。
しかし、もし、消滅した「創価学会の問題」ブログが、ナリスマシでないと主張する者があるなら、上記に掲げるホームページを見ることを勧めたい。
このようなアンチサイトをリンク先に持っているブログが、どうして内部であろうか。
百歩譲って、統監に残っている当事者だったとしても、実際には正常な学会員ではないことを知るべきである。
ともかく、ナリスマシの1つの特徴は、アンチサイトのリンクである。
いくら学会員と言っても、リンク先がアンチならアンチである。

では、「創価学会の問題」ブログは、なぜ消されたのだろうか。
それは、私の記事が的を突いたということが1つの理由になったと思われる。
本当なら、これから1週間あまりの間に、多くの学会員に、悪徳ブログのリンク先を見てもらって、彼の本性を見抜いてもらいたかったが、そのブログは存在しない。
彼は、「ナリスマシ」という私の批判に、一言も反論することなく閉鎖した。
しかし、安心してはいけない。
むしろ、これから、さらなる注意が必要である。
彼は、この出来事から学習したのである。
「次は、完璧なナリスマシを果たそう」と思案中だと考えるべきである。
あるいは、さらなるかく乱を目指して再起を企てるだろう。
このような「オレオレ詐欺」のようなブログには、くれぐれもご注意願いたい。

追伸1:「創価学会の問題」ブログが、ほとんどの記事を消去し復活させて、言い訳を言っています。リンク先からは、上記のアンチサイトを消去しています。
リンク先を消去した上で、今度は、擁護する正当な学会員のブログをリンクして「私はナリスマシではない」と述べています。
皆さん、騙されないようにしましょう!

追伸2:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

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# by sokanomori3 | 2014-09-08 23:12 | 創価学会の問題 | Comments(3)

創価学会の問題ブログの罠


☆学会批判を目的としたブログ。

このテーマは、当ブログにふさわしくない内容である。
しかし、今、この時点で、語らなければならない。
否、時期を逸したとも思っている。
何故なら、その有害情報を流すブログは、当初の目的を達成したからである。
そのブログは、「創価学会の問題」というキーワードで検索した場合、すでに検索トップの位置につけている。これは、多くがアンチというより、内部の人たちの閲覧によって上位に達したものである。
この問題のブログは、これからもその地位を活用し、創価学会のネガティブキャンペーンを続ける可能性がある。

○ナリスマシの証拠.

指摘する「創価学会の問題」というブログは、ナリスマシであると判断される。
その証拠は、ブログにある「リンク」である。
リンク先のほとんどが、アンチ創価学会のサイトなのだ。
純粋な学会員と思われるブログも含まれるが、多くは完璧なアンチサイト。
彼は、創価学会の活動に疑問を呈し、一時学会から距離を置いて「学会を見つめ直す」という立場で記事を書いているが、時の経過とともにその批判は大きなものとなり、創価学会全体の問題を提起するようになった。
これだけなら、一時的な退転状態の学会員と受け止められなくもない。
しかし、リンク先は明確に彼の本質を示している。

実は、私は、このリンク先まで見ていなかった。そもそも、最初にブログを見たとき、すぐに「見る価値がない」との思いがあり、ほとんど見ていなかった。
ある日、このブログが「ナリスマシに違いない」という話をある婦人部から聞いた。
その理由が「リンク先」に見られるという。
早速、そのリンク先を見た。そこには、吐き気のするようなウソでたらめのアンチサイトが並んでいるではないか。
このようなことを書くと、ますます刺激を受けた学会員が、これらのサイトを見て、彼らの地位を揺るぎないものとするだろう。
しかし、少なくとも、このことをしっかり伝えておかないと、この有害情報を真に受けて、信心の本流から離れていく人も出るのであるから、痛し痒しであるけれど言わざるを得ないのである。

○リンク先のアンチ.(2014年9月7日現在)

さて、リンク先を見てみよう。上段から1つづつ箇条書きにする。

1.母親が学会員の元2.5世学会員によるアンチ創価ブログ。
2.創価学会と闘うための裁判費用(運動支援義捐金)を募集しているブログ。
4.「創価のカネへの執着はすごい。金の亡者、創価学会」と記すブログ。
6.学会員だという立場で創価学会を批判するブログ。
7.アンチと思われる創価学会批判をするブログ。
8.夫が学会員で妻として批判をするアンチブログ。
9.夫が学会員の妻としてのアンチブログ。(8.と同じ設定)
10.元彼が学会員の活動家だったという女性の立場のアンチブログ。
11.子供の時に入信し、退会するまでを描いたアンチブログ。
12.未来部、学生部、女子部、婦人部のプロセスごとに学会批判をするブログ。
13.創価学会員を救済するという駆け込み寺ホームページ。

全13のリンク先中、上に掲げる11のウエブサイトが明確なアンチであり、しかも、その悪徳サイトはリンク先で互いに連結されているという状況にある。
このことは、「創価学会の問題」を掲げるブログが、創価学会を批判し、イメージダウンを狙う目的で作られているということを示すものである。

○罠を見破れ!!

彼は今、腹を抱えて笑っているだろう。
このような記事を私たちが書き、多くのアクセスを得て検索上位を得たのだから。
彼は、このブログを続けるか、この成果に満足して、さらなるアンチサイトを構築するかを考えていることだろう。
実は、私の旧創価の森ブログは、アンチサイトの攻撃をたびたび浴びて、アンチ系のアクセスで影響力を強くしたという経験がある。
アンチのすさまじい攻撃で、私の旧ブログは100万アクセスを超えた。
その旧創価の森ブログは、→ここをクリック!
このように、敵となるサイトを攻撃することは、実はそのブログを注目させる結果となり、影響力を大きくするという結果を招くのである。
私の場合は、私が意図したことではなかったが、創価学会の問題を掲げるブログは、あえて批判も栄養として力を持とうとの算段であろう。

このようなナリスマシブログは相手にしないことが肝要である。
「悪友には親近しない」‥これはもっとも賢明な対策である。
少なくとも、彼らの巧妙な罠にかかり、信心の歓喜を失う愚行だけは避けるべきだ。
以下に、この創価学会の問題情報の罠について2つの記事を示す。
(最後までしっかりと見ていただきたい記事です)

創価学会の問題情報1、→ここをクリック!
創価学会の問題情報2、→ここをクリック!



追伸1:私が特定のウエブサイトの批判をするというのは珍しいことであるが、今回、傍観できないと考え、問題のブログについて語った。
そのブログは、活動家として30年も信心をしたことを冒頭に述べ、やがてある出来事からきっぱりと活動を捨て、「創価学会の問題」を取り上げたと述べている。
これは、巧妙に内部を演出し、そのウソを見抜けない学会員をおびき寄せ、そのコメントを上手に活用してネガティブキャンペーンを果たそうとする企てである。
私は通常、このようなことを話題に掲げないが、今後もこの問題を追及するかも知れない。
ともかく、ナリスマシには、くれぐれもご注意いただきたい。

追伸2:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-07 08:18 | 創価学会の問題 | Comments(27)

続・創価学会の問題情報について


☆悪縁に紛動されない信心を。



b0312424_512356.jpg悪縁は世の中に満ちている。
悪人や魔に誑かされる人に共通するのは、相手の本質を見破ることができないことである。
「大幹部だから、きっと間違いない」
「こんなに理路整然としている話なんだから、正しいだろう」
このような流れで、本質が掴めないままに、悪に親近してしまう。
誑かされてしまう。

かの有名な原島嵩など、未来部の時に立正安国論を理路整然と講義し、聞いていた大人たちが驚くほどの秀才であった。
しかし、のちに退転。最後は非業の死を遂げている。
能力が高い、地位があるなどの看板の向こうの行動をしっかり見ることが肝要である。どこまでも、文証、理証、現証(もんしょう、りしょう、げんしょう)である。
特に注意しなければならないのは、組織内の情報を克明に「らしく」描き、そこに批判を加えるアンチの企てである。一部の出来事をクローズアップし、あたかも全体で行われているように表現したり、事実を並べて信用させ、ウソを混ぜてイメージダウンを狙う。

○アンチ創価学会の手口.

ある創価学会の問題を並べ立てるブログでは、聖教新聞を「一家で10部もとっているのは珍しいことではない」と述べている。
一家で10部とっている人が一体、何人いるというのだろうか?
地区や本部に、5人、10人といるのだろうか?
私の地区にはいないし、過去所属した地区にもいない。
私が所属する本部でも聞いたことがない。
しかし、全くいないかというと、いる。驚くことだが本当にいる。
そのことは前回の記事に示した。
その記事は、→ここをクリック!

私が、「新聞を複数とっている」という指摘をあえて二度取り上げたのは、「大きなウソは見抜けても、小さなウソは見抜けない」ということを示したかったからである。
「新聞を複数とる」‥それは世間的に見ればオカシイだろう。
しかし、考えてみればわかることだが、好きな人は複数所有するなどということはよくある話で、ゴルフ用具やスキーの板など沢山所有している人がいる。
さらに高額なクルマやオートバイを沢山所有している人もいる。
譬えは悪いが、不倫相手を沢山持つ人、恋人を裏切り二股三股の人もいよう。
道楽の過ぎた人たちには目もくれず、真面目に信心をしている人を問題にする。
そんなオカシナ話を彼らはせっせと作っている。
アンチ創価学会の狙いは、小さな印象操作を繰り返し、1つの小さなウソを10とし、10を100とするなら、やがて白も黒にできるという算段なのだ。

破和合の企てを見抜けない学会員がいる。
愚痴に共感し、組織批判に同調する学会員もいる。
このことは、これからも続くだろう。くれぐれもご注意いただきたい。
どうか、賢明なる読者の皆さま、ネット上の魑魅魍魎(ちみもうりょう)とした情報に紛動されることなく、創価の王道を歩んでください。
アンチ創価学会の記事は、→ここをクリック!

追伸:今月の大白蓮華(9月号)の43ページに「魔に紛動されない信心を」と題され、南条兵衛七郎殿御書(1497ページ)が掲載されてます。
以下に、ご参考までに添付いたします。

○ひらがな訳.


あくまの ほうねんが いちるいに
たぼらかされたる ひとびとなりと おぼして
だいしんじんを おこし おん もちい あるべからず
だいあくまは とうとき そうとなり ふぼ きょうだい とうに つきて
ひとの ごせをば さわるなり
いかに もうすとも ほけきょうを すてよと たばかりに そうらわんを
おんもちい あるべからず.

○漢字文.

悪魔の法然が 一類に たぼらかされたる人人なりと おぼして
大信心を 起し 御用いあるべからず
大悪魔は 貴き僧となり 父母・兄弟等につきて 人の後世をば障るなり
いかに申すとも 法華経を すてよと たばかりげに候はんをば
御用いあるべからず.

○解説文.(抜粋)

悪縁に引きずられずに、「大信心」を起こしていきなさいと指導されています。
御文に仰せの通り、魔の働きは、貴い姿のした父母・兄弟などの生命に入って、法華経を信じる者を退転させようとします。
この方程式は、今も決して変わりません。
魔は、巧妙な手段を使って、相手の弱いところを突いたり、相手を思いやるふりをして、成仏を妨げようとするのです。
信仰を捨てさせようとする魔のささやきに紛動されてはならない。
信心を失って、広宣流布の世界から離れてしまえば、永遠の幸福を開く、根本の軌道から外れてしまいます。功徳も成長も勝利も掴めなくなってしまうのです。
それが悪知識の恐ろしさです。
(池田名誉会長講義より)

三類の強敵の記事は、→ここをクリック!
六難九易の記事は、→ここをクリック!
三障四魔の記事は、→ここをクリック!

追伸1:追伸2:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

追伸2:私は「創価学会の問題」ブログを「ナリスマシ」と判断しました。
具体的理由を以下に示します。
その記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-05 05:57 | 創価学会の問題 | Comments(6)

創価学会の問題情報について


☆悪友に親近しないこと。

創価学会の問題を書き綴るブログは多い。
正体が見えないので、いかなる人物かは分からない。
ある策略からか、内部の精密な情報の一部を語り、信用させ、印象操作を行う。このようなことをするのは、反創価学会の何かしらの組織が大半だが、中には退転者もいるようだ。
本日は、有害な反創価学会情報の注意点を語りたい。

情報発信者は、自らが見たこと、聞いたこと、書籍などの情報から記述する。
それは確かに見たこともあるだろうし、聞いた話もあるだろう。
勿論、誤った情報を鵜吞みにしたデタラメもある。
多くは、それなりの事実を重ね、そこに巧妙に毒を混ぜる。
その毒とは、池田先生が本仏化しているとか、著作物はゴーストライターが書いているとか、聖教新聞を一家で5部、10部とっている家は珍しくないとか、高額な寄付を集めるなど多彩だ。このような誹謗中傷は、古くから存在する。
誹謗中傷の記事は、→ここをクリック!

○珍しくない!?

池田先生の本仏化やゴーストライターはまったく笑止な話であるが、例えば聖教新聞を一家で5部、10部とっているという人は確かにいるようで、それをネタに「創価学会は異常だ」と騒ぎ立てる者がいる。
では、一家で聖教新聞を10部もとるというのは本当にあるのだろうか?
ある。それを、私は目の当たりにしたことがある。
贈呈ポストの記事、→ここをクリック!
この記事の贈呈ポスト所有者は、8部とっていることは確かなのだ。
けれど、創価学会の問題をことさら騒ぐ配信者は、このように珍しいことに対し、語尾に「珍しくない」と付け加える。まるで、多くの人たちがそのようなことを、まるで強制的にさせられているということでも言いたいのだろう。
しかし、これは、本人の意思でとっているもので、とらされているものではない。

○私は異常!?

では、私自身の話をしよう。
ちなみに、私は聖教新聞は1部のみである。2部とっているのは大白蓮華で、この他、公明新聞、創価新報、グラフSGIを各1部とっている。
全部、必要だから購入している。とらされている訳ではない。
大白蓮華を2部とっているのは、奥さんも私もしっかり読みたいから。
さて、私は大白蓮華を2部とっているが、異常だろうか?
わが家には公明党の看板があるが、これは強制であろうか?
その公明党の看板の記事は、→ここをクリック!
では、ギャンブルに散財し、浮気を繰り返し、迷惑をかけている人は世に沢山いるが、そのようにな人と比べ聖教新聞を2部とって真剣に仏法を学ぶ家族はオカシイのか。
私は御書を多種類持っている。5冊もある。
新編2冊、編年体1冊、拡大版1組、分冊1組‥この他、沢山の学会書籍があるが、これは買わされたのであろうか。そして異常だろうか。
私の数珠は5つもある。自宅用、会合用、カバン用、古くて使っていないもの‥これはどうか。これらは、私の判断であり、強制でもなんでもない。

○惑わされるな!!

本当の問題は、有害情報に踊らされ、信心のパワーを奪い取られる人たちがいることである。魔に鉄が磁石に吸い寄せられるように親近し、「そうだ、私もそう思う!」とオカシな対話をすることである。
そういう人は、心を師とするから、本流から外れてゆく。
私は、基本的にネット上で繰り広げられる創価学会のネガティブキャンペーンに反応しないことにしている。やがて歴史が全てを証明することになるし、もはや相手にする必要もないと考えている。
ことさら、それらについて、私が記事にするということはしない。
「ああ、これはオカシイ」‥そう思ったら見ない。触らない。
問題は、オカシイ情報源に近寄り、心地よい対話までしている学会員がいること。
同じような傾向性があるのか、引っ張られるようである。

もし、読者の中で、組織にオカシナことを感じたら、批判に転じるのではなく、建設的な「改革者」になるべきだと申し上げたい。
オカシイことの全くない組織なんて、どこを探しても絶対にない。
学会がオカシイというより、そもそも人間社会とはそういうものである。
オカシイなら、あなたが改善することであって、改善もしないでオカシイと言うのは、本当につまらない人生だ。
日蓮大聖人の御遺命通り、広宣流布を果たしているのは創価をおいて他はなく、全世界192ヵ国地域に広げた未曾有の歩みこそ、創価の正義を証明している。
各地区、各本部単位でのオカシナことは、当事者の仕事である。
それを忘れて、魔に誑かされるようでは「つたなき者のならい」ではないか。
くれぐれも悪友には親近しないことである。
次の記事は、→ここをクリック!

追伸:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

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# by sokanomori3 | 2014-09-03 23:58 | 創価学会の問題 | Comments(17)


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