イスタンブールの海峡

☆写真紀行「地球は美しい」から。

池田先生が撮影された お写真を以下に添付します。
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写真解説.
冊子の見開き一杯に 晴天下の イスタンブールの海峡の写真があります。
海峡の手前に宮殿があり 遠い対岸には無数の民家が見えます。



○情熱があれば距離はなくなる。

この写真集は 私の知人が 昨年末にくださったものです。
池田先生が撮影されたお写真と共に 先生の解説文が掲載されています。
(この写真は1992年6月に撮影されたもの)

池田先生はこの写真について 次のように語られています。

「あの向こう岸はアジア こちら側はヨーロッパの東の端である。
アジアから来た旅人は この街でヨーロッパに出あい 
ヨーロッパから来た旅人は この街で アジアの芳香に酔う。
この地には 古代の伝説が 伝わる。
恋人に会いたい一心で 夜ごと 海峡を泳いで往復した若者が いたと。
情熱があれば 距離はなくなる。
遠いところなど どこにもありはしない。
国と国 民族と民族 その間の 海峡も 何が遠かろう」

○千里の道も遠くはない。

池田先生の世界広宣流布(せかいこうせんるふ)の旅は 山も河も 海も大陸も越え 全地球規模で展開されました。
写真を見入り 先生の言葉に触れ 私は奮い立つのです。
そして 自身の使命を噛みしめて わが言葉として つぶやくのです。
「そうだ 情熱があれば 距離はなくなる。
遠いところなど どこにもありはしない」と。

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# by sokanomori3 | 2014-02-15 07:09 | 池田先生の詩 | Comments(7)

前略 千早さま (4)


☆雪の降る街で。

今日は 朝から粉雪が ずっと降っていました。
白い雪が 空から 無数に舞い降りてくるのです。
くるくる回転して そっと道に落ちると 雪は すぐに溶けるのです。
一体 どのぐらいの雪の数でしょうか。
一兆? いやいや。
百兆? 千兆? いや もっと もっと。
その上の数は 何だったか。 京? 次が ガイ?
とにかく 無数の粉雪を じっと見ていました。

千早さん、ピンク色が すきだとおっしゃっていましたね。
でも、白色もお似合いですよ。(^^)
雪を見て お会いしたときのことを思い出しました。



以下に、旧創価の森ブログの千早さんの記事を添付します。
(旧ブログは、音声ソフト対応になっていません)
その千早さんの記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-02-14 22:08 | 前略 千早さま | Comments(1)

創価学会歌 花が一夜に(歌詞)


☆花が一夜に(ひらがな訳歌詞付き)

花が一夜に you tube を 以下に添付します。



○ひらがな訳の歌詞.

1.
はなが いちやに ちるごとく おれも ちりたや はたかぜに
どうせ いちどは すてる みの なこそ おしめや おとこなら
2.
おとこ なみだは みせないが いきと いきとが ふれて なく
あげる さかずき かわす めに かよう たがいの ちが あかい
3.
むねに ぴすとる むけらりょと ひいて なろうか ひとあしも
おとこ とるみち ただ ひとつ あおげ ひがしの あかねぞら

○ルビ付き歌詞.

1.
花が一夜に 散るごとく 俺も散りたや 旗風(はたかぜ)に
どうせ一度は 捨てる身の 名こそ惜しめや 男なら
2.
男涙は 見せないが 意気と意気とが 触れて泣く
あげる盃 交わす眼(め)に 通うたがいの 血が赤い
3.
胸にピストル 向けらりょと 退いてなろうか 一足も
男とる道 ただ一つ 仰げ東の 茜空(あかねぞら)

○解説.

歌詞・奥野椰子夫(やしお)、作曲・能代八郎。
太平洋戦争の直前にレコード化された「熱血の男」が元歌である。
心意気に通じるところから、牧口初代会長の時代から歌われていた。
原曲は四番まであるが、学会では三番。
歌詞は 元歌を 変更なく歌う。

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# by sokanomori3 | 2014-02-14 21:48 | 創価学会歌 | Comments(0)

輝く学会員


☆医師・看護師たちの戦い。

一昨日の名字の言を以下に抜粋します。



「東北の津波被災地に派遣された 都市設計の専門家がいた。
そこで見たものは想像を絶する破壊の跡と、家族を亡くし 悲嘆に暮れる人々であった。
避難所を回って、ただ寄り添い、共に泣くしかなかった。
その中で、この壮年の目に、被災者のために全身全霊で働く人々の姿が映った。
学会員の医師や看護婦らであった。
「その存在は、抜きん出て輝いていました」
懸命に働く、いや、戦うといっていい。
その情熱の源を知りたいと思った。
彼、彼女らと話す中で、学会の歴史と精神、池田名誉会長の励ましの 足跡を知る。
壮年は自ら進んで入会した。
その後、仕事仲間の2人を続けて信心に導いた」



折伏とは言葉だけでするものではないですよね。
良き市民であること、良き夫 良き妻 良き友人 良き社会人であること。
祈りもあるでしょう。振る舞いも 友情もある。
笑顔も スキンシップも 全部 武器になりますね。
折伏とは、まさに総合力で果たすもの。
さあ、今日も輝かなければ!(^^)
今日も ハツラツ 頑張ろう!

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# by sokanomori3 | 2014-02-14 06:22 | 聖教新聞 | Comments(0)

価値論 (序文)


☆戸田第二代会長の序文。

価値論 冒頭には、戸田城聖先生の序文が収められている。
以下に、その 序文を抜粋する。



○価値論 補訂再販の序(じょ)

恩師 故(こ) 牧口常三郎先生が 獄中に逝いて 既に 10年、きたる 11月18日をもって 十周忌 を迎えることとなった。
先生の御一生を通じて 特に先生の偉大な御功績の 思想的な背景となったものは、実に 此の価値論である。
世間に於いて 価値問題が最初にとり上げられたのは 経済学においてであった。
しかして 経済的価値は利の価値である。
従来の哲学は 真 善 美の追及を人生の理想となしてきたが、真理は価値でないのみならず 我々の最も身近であり、しかも 価値問題の本質となるべき 利の価値を忘れていたことが 根本的な誤りである。
先生は 早くも この誤謬(ごびゅう)を発見して、真 善 美に代わるに 利 善 美の体系を打ち立てられたのであった。
先生は 広く これを世に問うために、創価教育学体系の出版に着手されたのであったが、当時の哲学界は 全く西洋流の哲学に押されていた。
しかも このようにドイツ哲学に傾倒している世界の哲学界が 先生の学説を理解するためには、先生の没後 30年はかかるであろうと申し上げたことがあった。
これを聞かれた先生は 多少御不満のようであったが、事実は その通りになろうとしている。今 ここに 先生の十周忌を期して 先生の価値論を 校訂増補し、世界の学界に問わんとするものである。
(以下、省略)



以上は 昭和28年9月に 戸田先生がしたためられた 価値論の序文である。
戸田先生は 恩師 創価学会の初代会長の十周忌に、くしくも 第二代会長として 創価思想の根本原理である価値論を補訂して 出版なされたのである。

牧口常三郎著 価値論は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-02-13 21:30 | 牧口常三郎先生 | Comments(1)

牧口常三郎著 価値論


☆価値論の読書感想文.

以下に 価値論の書籍の写真を添付します。
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写真解説.
表紙に 価値論 牧口常三郎 戸田じょうせい補訂と書かれた193頁の本です。
庭園の風景写真が表紙に印刷されています。


創価学会はどこから生まれたのでしょうか。
それは、初代会長と二代会長の師弟の間から生まれました。
初代会長の創価教育学説がその源です。
その学説の根幹をなすものは価値論でした。
このほど、牧口初代会長の価値論を拝しましたので 以下に感想を述べます。

○価値論の目的。

初代会長は、価値論の冒頭に次のように述べられています。

「創価学説の目的とする所は 個人にとっても 社会にとっても 全人類の一人一人が 無上最大の幸福を獲得するにある。その幸福の要素は すべてが価値の創造である。
人々は 日々 月々 年々にわたって 如何なる価値を獲得し、如何なる価値を社会に提供できるか、その為にこそ 努力精進しているのが 人生の実相である」

「幸福なる生活とは、結局は 価値を遺憾なく獲得し 実現した生活の状態を云うのである。価値の考察は 単に人生の目的観念として必要であるのみならず、不幸の生活を打開して 幸福な生活を確立する為に必要である」

すなわち、人々を幸福に導くために 価値論を著されたのです。

○価値とは「利 善 美」である。

過去の哲学では、価値は「真 善 美」と認識されていました。
対して、初代会長は「利 善 美」であると説かれました。
(本書では、主に「美 利 善」の並びで説明されています)
経済で最も重視されている価値の「利」が 旧価値論に定義に含まれていないことに疑問を呈され、真理に代わり利(利益)の概念を加えられました。

初代会長は、本書の中で、
「真理は不変である。しかし価値は変わる」
「真理は創造することはできない。価値は創造し得る」
「価値は美醜(美しいか醜いか)、利害(利益か損害か)、善悪(社会全体にとっての良し悪し)の3つの視点から論じられるべき」
と主張されています。

○日蓮大聖人の仏法が最高の宗教。

書籍後半に 宗教の価値が述べられています。
その中で キリスト教や念仏信仰を きっぱりと否定されています。

「科学と反する宗教、対立する宗教は真実の宗教ではない」

「処女が子供を生んだり 死んでからうろうろ歩いているキリスト教のごときは 根本が誤りである。さればその宗教を正しいとするためには 科学と対立することとなる」

「死んでから十万億土の西方浄土へ生まれるという事は釈迦の一時的仮説であっても 証明も 説明もなし得ない事であるから 科学とは妥協できないのは云うまでもない」

「真実の宗教は 科学的な実験証明がなされねばならぬ」

「日本で役立っているが印度では駄目だとか 百年前にはよかったが 百年後には役に立たなくなると云うものではならない」

「釈尊の研究の最高峰は法華経である」

「法華経に説かれた教えをごく簡単に云うなら、仏の境涯をさとり得たる人格の出現は一切を仏にせしめんとするにある」

「日蓮大聖人は一切衆生を幸福に導いて行く本尊を出現せしめた」

「この御本尊を信じて 南無妙法蓮華経と唱えるにあって、この実践行動によって 人類は幸福になりうる」

価値を追求された結果、日蓮大聖人の仏法が最高価値であることに到達されました。

○所感。

拝し 思ったことを述ます。
この価値論が、現代の創価学会の教義にいささかの違いもなく、一体にして不二であることに驚きました。
初代会長の境涯と覚知とが、戸田第二代会長、また池田第三代会長と不二であり、現代の創価思想と正確に連鎖するに感動しました。

最後に、文末の牧口初代会長の宗教評価を示します。

「平和で幸福な社会を建設する為に 根本的な原理となり 基準となるものが宗教でなくてはならない。即ち葬式とか 法事などの形式は 宗教ではないのである。宗教とは 生活そのものの中に存在しなければならない」

創価学会の今に、完璧に符合する内容でした。

価値論の戸田先生の序文は、→ここをクリック!
その他 参考資料は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-02-12 23:23 | 牧口常三郎先生 | Comments(4)

価値の変化


☆価値の本質とは何か。

ここに10㎏の金塊(延べ棒)があるとします。
この金塊と 海上に浮かぶ流木とは どちらが価値があるでしょうか。
多くは、金塊だと判断することでしょう。
しかし、船が沈没し、海に投げ出されたときは どうでしょうか。
10㎏の金塊は重く、力尽きれば溺れることになります。
生きながらえるには、金塊よりも流木(りゅうぼく)が価値あるものです。
このように価値とは、立場や状況によって変化します。

以下に、牧口初代会長の価値論から、「価値の変化」に関する記述を抜粋します。



○価値は変化する。

ここに木炭が十俵あり、冬に五俵を使って あと五俵残ったとする。
冬の初めには相当の価値があった木炭も、夏になれば 評価主体には何の役にも立たない無価値のものになった。
勿論 次の冬の到来を予測し、この意味では未来の価値を約束されているものの 少なくとも盛夏の季節に 暖を取る目的に於いては無価値である。
次いで 冬が来ると 再びこれが 暖を取る目的に於いて 価値を有することになる。
何ら価値のないものとして放棄されて顧みられないものでも、人により 時代により 場所によって 価値が生ずることは、我々の常に経験する所である。

例えば 瓦の破片のごとき、瓦としては何の役にも立たないものでも、もし 凹地の埋め土として使うならば 僅かばかりでも 役に立つこととなる。
即ち 一定の目的があった場合に於いて、初めて価値を生ずるのである。
これに反して、目的に不相応であれば 反対に邪魔となり、従って有害なる反対の価値が発生する。
しかし これは その個人によってのみ無価値な存在であって、他の人にとり 又 社会にとって 必ずしも無価値でないことはいうまでもない。

尚 炭は灰となってしまった時、今まで持っていた価値を失って、暖を取る意味において何ら 主観を引きつける力を持たない。即ち価値を失ったのである。
しかし灰は 肥料として別の価値を有する。
このように 価値の有無は 絶対的なものでない。

○善も変化する。

ランプは、明治時代には非常に重宝がられたものだが、電燈が普及した現代には 殆ど 一顧の価値ももたない存在となったばかりか、どの家庭でもかえって邪魔もの扱いされている。
価値の特質として、利益という場合、目前の小 利益から 一生一代の大利益まで 無数の段階がある。
同様に 害も 一時的な小 害から、生命に及ぶ大害がある。
善悪は、 時間的空間的な拡がりによって 大小が決定される。

その当時は 善であったとしても、行為が時間の経過とともに悪と評価されるは小善であり、幾十年、幾百年の後までもゆるぎのないものは大善である。
小さな社会で善と判断される行為が、それよりも更に大きな社会から見れば悪と表現される如きは小善であり、世界人類に共通する善行は大善といえるのである。
かくて小 善が 大善に対するときは悪と判断され、小利(しょうり)が 大利(だいり)に対するときは損と判断される。
即ち 東京都において善であっても日本国に害となる行為は悪であり、日本国家において善行となされても 世界人類を害する行為は 悪と判断されるのである。

次善は悪である。
大善に反対するすべての中善、小 善はみな悪となる。
あたかもローソクもランプも それぞれの効用はあるが、電燈が表われたら すべて無益となるばかりか かえって邪魔になるから 火を消して どこかに片づけてしまう。
さらに 太陽が出ると 電燈も邪魔になるから消すのと同様に、今まで善と信じられていたものでも それ以上の大善が出現するときにおいては 素直にこれに従うべきであり、従うことができないで 自己以上の大善に反対し嫉妬するがごときは 善が変じて 大悪となるのである。



(以上、第三文明社 価値論 より)

牧口常三郎著 価値論は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-02-12 22:42 | 牧口常三郎先生 | Comments(3)

創価学会歌 同志の歌(歌詞)


☆同志の歌(ひらがな訳歌詞付き)


作詞 : 戸田城聖

○ひらがな訳の歌詞.

1.
われ いま ほとけの むねを うけ みょうほう るふの だいがんを
たかく かかげて ひとり たつ みかたは すくなし てき おおし
2.
だれをか たよりに たたかわん じょうぶの こころ たけけれど
ひろき せんやは かぜ さけぶ すつるは おのが いのち のみ
3.
すつる いのちは おしまねど はた もつ わこうど いずこにか
ふじの たかねを しらざるか きそうて きたれ すみやかに
きそうて きたれ すみやかに

○ルビ付き歌詞.

1.
我 今 仏の旨をうけ 妙法流布の 大願(だいがん)を
高く掲げて 一人立つ 味方は少なし 敵多し
2.
誰をか頼りに 戦わん 丈夫の心 猛けれど
広き戦野は 風叫ぶ 捨つるは己(おの)が 命のみ
3.
捨つる命は 惜しまねど 旗持つ若人 いずこにか
富士の高嶺を 知らざるか 競うて来れ すみやかに
競うて来れ すみやかに

○解説.

原曲は、旧制 第三 高等学校の寮歌 「行春哀歌」(こうしゅんあいか)。
旧制 第三 高等学校とは、京都市および岡山市に存在した旧制 高等学校のこと。
現在の京都大学人間学部 および 岡山大学医学部の前身である。

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# by sokanomori3 | 2014-02-11 21:30 | 創価学会歌 | Comments(2)

ひらがな御書の設計図


☆ほぼ「カタチ」を決めました。

以下に ひらがな御書の 設計図の写真を添付します。
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写真解説.
「パソコンのキーボード近くに ワープロ用紙が 1枚 置いてあります。
用紙には ひらがな御書ホームページの設計図が記されています」



一昨日の日曜日、大雪が降りました。
その大雪の記事は、→ここをクリック!
せっかくの恵みの雪?です。
私は 終日、自宅にこもり ひらがな御書の構想を練りました。

○思案したこと。

千早さんから聞いている要望をメモしたノートの項目を 1つ1つ考慮しながら、ホームページ版ひらがな御書の紙面の作り方を検討しました。
従来、視覚障がいを前提とした 音声ソフト対応型の御書に関するホームページはないと私は考えています。道なき道ですから、まっさらです。
行き当たりばったりの「ながら」でのホームページ作成は、後々、きっと後悔します。
建て増しに 建て増しを重ねた へんてこな家にしたくありませんから、今が思案のしどころなのです。
私は 考えては祈り、祈っては考えを繰り返しました。

○決めた「とりあえず」の形。

「本当に使い勝手の良いサイトとは何か」
「音声ソフトの障害物をいかに取り除けるか」
私はレポート用紙に沢山の考えを書き、それをワープロで形にして見比べ、使い勝手を想像し、また書き換えるということを繰り返しました。
それで、「このカタチだろう」というところまでたどり着きました。
今後は、その形を実際に組んでみようと思います。
そして、千早さんに見てもらって意見を聞きます。

○努力すればきっとできる。

問題は、その形を 本当に組めるのかということです。
小学生レベルの私の力で家を作ろうというのですから、当然 苦しむのだと思います。
作られた家は、掘っ立て小屋のような粗末なものになるかも知れません。
けれど、絶対に「便利ですよ!」と言ってもらえるようなサイトにします。
力はもとよりありませんけれど、それが約束ですから。
森通信ブログの設計は、→ここをクリック!

追伸:2014年3月16日より「ひらがな御書ホームページ」を新設しました。
ひらがな御書ホームページは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-02-11 06:06 | ひらがな御書 | Comments(0)

読者の皆様に質問です。


☆異常がありましたら教えてください。

ご覧になっている方にお教えいただきたいことがあります。
私のノート型で創価の森通信を見ましたら、文字がすべて中央になっているのを本日発見いたしました。(以下に写真を示します)

以下に 私が所有しているノートパソコンの写真を添付します。
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写真解説.
「ノート型パソコンの 創価の森通信の 記事の写真です。
文章の羅列が すべて中央揃えになっています」


このように見えるのです。
(デスクトップ、スマホではこのようになりません)
私は、創価の森通信の記事をHTMLというコンピュータ言語を使って作成しています。
もし、この形に見える(すべてが中央ぞろえ)なら、修正したいと思っています。
「文章のすべてが中央に見える」という場合は教えください。
よろしくお願い申し上げます。

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# by sokanomori3 | 2014-02-09 17:46 | 読者の皆さまへ | Comments(10)

大雪の日


☆45年ぶりの大雪だそうです。

以下に 私の自宅の雪の写真を 3枚添付します。
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写真解説.
「自宅の駐車場の雪かき前の写真と 雪かき中の写真 長靴がすっかり埋まるほどの積雪の映像です。
早朝から 2時間かけて雪かきをし 近所との交流を深めました」



○長靴がズッポリです。

東京は45年ぶりの大雪とのこと。
茨城県はどうでしょう。少なくとも私がこの地に生活するようになって、ここまでの雪は初めてです。やはり、45年ぶりなのでしょうか?
本日は、大雪で聖教新聞の車両が立ち往生して 配達はなくなりました。
今日の新聞は、明日配達されるとのこと。
もし、到着があれば、この雪の中でも配達が行われると思うと、無冠の友の闘争には頭が上がりません。本日は会合もすべて中止になりました。
私としては、全ての時間を ひらがな御書に充てたいと思います。

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# by sokanomori3 | 2014-02-09 15:48 | 管理人より | Comments(2)

点字プレート


☆とある街角で見た風景.

以下に 歩道の点字プレートの写真を添付します。
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写真解説.
「歩道の誘導ブロックと 警告ブロックが 朝の太陽の光を浴びている写真です。
写真には 建物と通行人の影も映っています」



○通勤時間帯のこと。

朝日が道を照らし 点字プレートが輝いていました。
この町の点字プレートは 樹脂性ではなく タイルのような焼き物でできていました。
「樹脂だとすぐにだめになるから 頑丈にしてあるのかな?」
そんなことを考えていたとき 向かいから一人の男性が歩いてきました。
白杖を持っていました。
私は じっと その歩みを見ていました。
白杖を持っている男性は 点字プレートを片足で踏みながら そのプレートに沿って歩き やがて横断歩道を渡って行きました。
外見は ごく普通の人です。出勤なのでしょうか。
私は心でつぶやきました。
「訓練されて歩むあなたの姿 とっても素敵ですよ!」

○所感.

千早さんを知り 自在会を知って 盲目の人たちへの思いが深くなったのか
視覚障がいの人たちが 数多く目に止まるようになりました。
加えて 点字プレートや点文字を 愛情を持って眺めるようになりました。
また 駅のホームやエレベーターなどで 読めないのですけれど 目をつむって触ることもあります。
「よくも この点字を 読めるものだ‥」
いつも そのように感じています。

さて 私は千早さんとお付き合いして 分かったことがあります。
サポートは少し必要ですけれど とても幸せに生きていらっしゃいます。
視覚障がいは けして 人の不幸を決める要素ではありません。

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# by sokanomori3 | 2014-02-07 06:54 | 自在の人 | Comments(0)

聖教新聞の贈呈ポスト


☆噂に聞いていたポストを発見!

以下に 撮影日が異なる2枚の写真を添付します。
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写真解説.

「ブロック塀の隅に取り付けられた 手作りの木製ポストの写真です。
白いペンキが塗られたポストに 聖教新聞がきれいに並べられて入っています。
上写真は 聖教新聞が8部、下写真には 聖教新聞が2部入っています」



1月23日の早朝、私は仕事で とある町に出向きました。
ブロック塀にさしかかったとき、ふと 白いポストが目に止まりました。

○聖教新聞の贈呈ポスト。

見ると、聖教新聞が綺麗に並べられているではありませんか。
「こ、これが、あの噂のポスト!?」
過去、幾度となく聞いたことのある新聞の贈呈ポストでした。
感動で 全身が総毛立ちました。
ポストは塀より少し歩道に出ていて、存在感がありました。
ポストには貼り紙をした痕跡があり、おそらく「ご自由にお取りください」と書かれたプレートが貼ってあったのでしょう。
「修復していないのは、書かずとも ちゃんと愛読者がいるということ?」
そんなことを考えながら、持参していたカメラで撮影しました。

○いずれも 早朝に撮影した写真。

上写真は2月5日早朝6時30分(残雪あり)、下写真は1月23日8時に撮影したものです。
(時間の経過とともに部数が減少していることが分かる)

○絶句しました。

心底驚き、また、感動しました。
「ここから、いったい何人の人が 聖教新聞を持ち去ったのか‥」
同志の勇敢な闘いを目の当たりにし、飛び跳ねたくなるほど嬉しくなりました。
以上、偶然に見つけたポストのご報告でした。(^^)
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-02-05 23:57 | 聖教新聞 | Comments(6)

感謝で一句


☆前略 ちよさま。

感謝しつつ あなたさまを想って 一句 詠みます。

支えられ 励まされての 完歩なり 創価の森の 守り神かな

旧ブログを無事に終了できたのは、あなたさまの力があってのこと。
沢山のご支援、励まし、誠にありがとうございました。
これからも、どうぞ 宜しくお願い申し上げます。

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# by sokanomori3 | 2014-02-04 21:41 | 読者の皆さまへ | Comments(2)

創価学会歌 常勝の空(歌詞)


☆常勝の空(ひらがな訳歌詞付き)

常勝の空 you tube を 以下に添付します。



作詞 : 山本伸一

○ルビ付き歌詞.

1.
今再びの 陣列に 君と 我とは 久遠(くおん)より
誓いの友と 春の曲 愛する関西 勇み立て
2.
我等の誉れ 錦州城(きんのしろ) 常勝の空 晴ればれと
凱歌の友の 雄叫びは 波濤(はとう)の如く 天に舞え
3.
ああ関西の 行進に 諸天の旗も 色冴えて
護りに護らん 我が友を いざや前進 恐れなく
いざや前進 恐れなく

○ひらがな訳の歌詞.

1.
いま ふたたびの じんれつに きみと われとは くおんより 
ちかいの ともと はるの きょく あいする かんさい いさみたて 
2.
われらの ほまれ きんの しろ じょうしょうの そら はればれと 
がいかの ともの おたけびは はとの ごとく てんに まえ 
3.
ああ かんさいの こうしんに しょてんの はたも いろ さえて 
まもりに まもらん わが ともを いざや ぜんしん おそれなく 
いざや ぜんしん おそれなく 

○語句解説.

錦州城(きんしゅうじょう).
中国の錦州(きんしゅう)に存在した城の名称。昔から軍事上の要地とされる。
けして陥落することがない堅固な城であった。
戸田二代会長は池田三代会長に「関西に 今築きゆく 錦州城 永遠(とわ)に崩すな 魔軍抑えて」の和歌を贈られている。歌の中では(きんのしろ)と読ませている。
凱歌(がいか). 戦いに勝ったときに歌う喜びの歌。かちどき。
波濤(はとう).大きな波のこと。荒波。

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# by sokanomori3 | 2014-02-04 21:35 | 創価学会歌 | Comments(2)

自在会を支える


☆点字翻訳で自在会を支える.

聖教新聞に掲載された94歳の婦人部の体験談です。

新聞記事の写真を示し、次に記事内容を要約してご紹介します。

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写真解説.

「家族写真が 掲載されています。
花束を持って 椅子に座っている94歳の体験者の周囲を 7人の家族(息子や孫たち)が囲んでいます。
全員が 満面の笑顔で 肩を寄せ合っています。
写真の横には 点字翻訳40年 母の手は子のため人のため との見出しがあります」



○冒頭文.

大阪市の関西文化会館に、一人の婦人が訪れた。
手には、聖教新聞に連載された池田名誉会長の指導の点字訳を携えていた。
やがて、数か月に一度、新しい点字訳を持参するようになる。
はじめの10数年は、点筆(てんぴつ)で作業を行った。
漢字をひらがな表記に変え、一字一字、穴を空けていく。
現在はタイプライターを使用している。
この地区副婦人部長は、94歳になった今も、黙々と点字を打ち続ける。
(以下は、体験内容の要約です)

○苦難を乗り越えて自在会に貢献.

私は生まれてすぐに養女にだされました。
心臓弁膜症を患い、小学校、中学校は休んでばかり。
22歳で結婚。時代は戦争へ。広島に疎開しました。
農作業をしていた朝、異様な光を感じた直後、空に原爆のキノコ雲を見ました。
妊娠していた私は、2歳の長男の手を引き、おなかに気を配りながら夢中で逃げました。

のちに、大阪で 夫が仏法の話を聞き、創価学会に入会しました。
その6年後、「疲れたわあ」と仕事から帰った夫は、横になり、そのまま帰らぬ人となりました。5人目の子供はまだ2歳でした。
御本尊の前で手を合わせ、祈り続けました。
“くじけたらあかん。信心があるんやから”と自分を奮い立たせました。

夫を失ってから数年後、点字を打ち始めました。
ふと 新聞を見たら、書いてあったんです。
「読みたくても、点字の本が無いから 寂しい」って。
それから、やってみようと思いました。
小説 人間革命 全12巻、そして こんにちまでに 新 人間革命 第18巻まで翻訳しています。点字は、間違えないように打ってきました。
よく関西文化会館に、点字訳を持って行きました。
目の見えない同志の人たちが 喜んでくれました。

○体験発表者の声.

「こんな私が、人に尽くせるなんてね。
今は、新 人間革命 第19巻の宝塔の章をやっています。
日蓮大聖人の御一生についても打ちたいなあって 思っています。
どこまで打てるかは分かりませんけど‥
ほんまに偉大な先生です。
世の中に こんな人 いてるんかなって、いつも思います。
先生と巡り合えたことは最高の幸せやなあ。
私らは、戦争もあったかもしれんけど、いい時代にうまれたんやなあ。
これからの目標?
もちろん冊子を一冊一冊、完成させていくだけです。
今年中に こんだけしよって いうのをね」

○大阪自在会メンバーの声.

私は、1974年(昭和49年)網膜剥離で失明しました。
当時、本の内容が録音されたテープはありましたが、点字の本だと自分で読めますし、ほんとうに嬉しかったです。
小説 人間革命の点訳以外に、御書講義の点訳もあり、共学試験のために学ぶこともできました。私たち自在会は、ずっと支えられてきたんです。
ただただ感謝しかありません。
(大阪自在会の 元婦人部責任者の声)

○取材後記.

この94歳の副婦人部長は、朝の勤行を終えると、開目抄(かいもくしょう)の一節を暗唱するのが日課という。
次男の死など、さまざまな悲しみに襲われたが、そのたびに信心を強くした。
関西の同志が愛する歌 常勝の空は、「今再びの 陣列に 君と我とは 久遠(くおん)より」から歌い始まる。
100年に及ばんとする体験者の歩みに、師匠直結の魂が脈打っている。

(以上、聖教新聞2014年2月2日より)

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# by sokanomori3 | 2014-02-03 21:40 | 体験談 | Comments(2)

上野殿御返事 (2月度座談会御書)


☆上野殿御返事(御書1557頁).
別名を刀杖難事(とうじょうのなんのこと)といいます。

○背景と大意.

本抄は、日蓮大聖人が駿河の国(現在の静岡県中央部)の南条 時光(なんじょう ときみつ)に与えられたお手紙です。
当時、熱原の法難(あつはらのほうなん)が競い起こっていました。
大聖人は、竜の口の法難、小松原の法難など、あらゆる苦難を乗り越えられたご自身の体験を語られ、難に直面する時光に「何があっても法華経(南無妙法蓮華経の大聖人の仏法)に身を任せて信じること」をご指南されています。
池田名誉会長は、「素直に信心を貫き通した人が勝利の人です。最後に勝つ人です」と語られています。

○本文.

とにかくに 法華経に 身をまかせ 信ぜさせたまえ 
殿 一人に かぎるべからず 
信心を すすめたまいて 過去の父母等を すくわせたまえ
日蓮 生れし時より いまに 一日 片時も こころやすき事はなし
此の法華経の 題目を 弘めんと 思うばかりなり

○ひらがな訳 (本文).

とにかくに ほけきょうに みを まかせ しんじさせ たまえ
との いちにんに かぎる べからず
しんじんを すすめ たまいて かこの ふぼとうを すくわせ たまえ
にちれん うまれし ときより いまに いちにち かたときも こころ やすき ことはなし
この ほけきょうの だいもくを ひろめんと おもう ばかりなり

○現代訳.

ともかくも法華経に身を任せていきなさい。
あなた一人が信じるだけでなく 信心をすすめて 過去の父母らを救っていきなさい。
日蓮は 生まれた時から今に至るまで 一日片時も心のやすまることはなかった。
ただ この法華経の題目を広めようと思うばかりである。

○語句解説.

南条 時光(なんじょう ときみつ).
南条家は、鎌倉幕府の御家人で、駿河の国 富士郡 上野郷(うえのごう)の地頭であった。上野郷の地頭であるがゆえに、上野殿と呼ばれた。
熱原法難の際に、自宅を信仰活動の場に提供し外護に奔走したが、幕府は圧迫を強め、南条家に不当な重税を課した。
時光自身、乗る馬もなく、妻子の着るものにもこと欠く事態になったが、この苦難にあっても、時光の信仰は揺らぐことはなかった。
熱原法難(あつはら ほうなん).
宗主の田に無断で入ったとして、神四郎ら20名が捕らえられた。
念仏を唱えれば許すとの強要に屈せず、誰一人として信仰を捨てるものはいなかった。
平左衛門尉頼綱は大いに怒り、蟇目(ひきめ)の矢で射させるという拷問を行った。
首謀者として、神四郎、弥五郎、弥六郎(じんしろう、やごろう、やろくろう)の3名斬首。
他の17名は従犯者として追放となった。
竜の口の法難(たつのくちのほうなん).
処刑場の竜の口で、日蓮大聖人が 斬首されることになった刀の難。
光物の出現で処刑は中止になった。
小松原法難.
日蓮大聖人は地頭の東条景信が率いる念仏者らに襲撃を受けた。
この襲撃により、大聖人は頭を切られ、腕を折る重症を負われている。

○参考資料.

以下のリンクは、旧創価の森ブログの記事です。
音声ソフト対応ではありませんが、参考文献で添付します。
(◆表題をクリックするとジャンプします)

◆日蓮大聖人年表  ◆南条 時光  ◆熱原の三烈志

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# by sokanomori3 | 2014-02-01 23:08 | 座談会御書 | Comments(3)

旅立ちの朝


☆新しい太陽と新しい大地と.

以下に 草原に浮かぶ 朝日の写真を添付します。

b0312424_1093820.jpg

写真解説

「2014年1月中旬に撮影した 早朝の河川敷の写真です。
朝もやに浮かぶ太陽が 草原を照らしています」



○旅立ちの朝.

夜の闇に すっぽりと 包まれた大地から
太陽が ぴょこん!と 飛び出しました。
凍てついた 草の葉の氷が溶けて 水滴を ぽちょんと 落としました。
すると 大地の樹木や草花たちが 一斉に目を覚ましました。

「やあ 太陽さん おはよう!」
だれとなく かれとなく 岩や木や あちらこちらから 
川の流れの中から どこそこから
そんな声が 全体から 聞こえてくるのです。

朝もやから 一羽の勇敢な鳥が 羽ばたきました。
すると その仲間たちが 一斉に天空に飛び立ちました。
朝霧の残る土手の上で 猫か イタチか 背中をまあるくして背伸びをしました。

それにしても 何と鮮烈な光でしょう。
新しいあなたの白い光線こそ 希望です。
あなたの熱と力とが この世を変革しゆく源です。
この世に あなたがいなければ 一切は枯れ果て 土と岩とになるばかり‥

とにかく 夜が明けたのです。
もはや 闇は消え去りました。
瑞々しい大地を蹴って さあ 旅立ちましょう!
さあ 笑顔で 踏み出しましょう!

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# by sokanomori3 | 2014-02-01 08:32 | ポエム | Comments(1)

音声ソフト対応のブログ


☆創価の森通信フリーダム.
自在会の皆さまに、このブログを捧げます。

旧創価の森ブログを終了して2ヵ月が経過いたしました。
旧創価の森ブログは、→ここをクリック!
この2ヵ月間、私は自在会の人たちに何ができるのかを模索しました。
1つは、ひらがな御書をホームページにすること、もう1つは、御書以外の学会情報を発信するサイトを作ることでした。

○視覚障がい者こそインターネットが必要.

インターネットはとても有益な情報源です。
まして、視覚に障がいがある人にとって、誰かの力で情報を与えられるのではなく、自ら積極的に情報を収集できるという点で、画期的な世界と言えるでしょう。
まったく目の見えない人でも、音声ソフトとキーボードの操作技術があれば、自在に欲しい情報を得られる時代になったことは、大変、喜ばしいことです。
現実に、千早さんは、各種の記事の閲覧、また、メールなどを普通にこなしています。
けれど、もし、インターネットがなければ‥
点字、あるいは代読という形でしか、文字の世界の情報を手に入れることはできません。
それでは、結局、受け身です。
インターネットに音声ソフトという魔法のアイテムが加わって、自在会の人たちの生活は大きく変わりました。

○ネット上の障害物.

車椅子で生活する人にとって、段差は大きな障害物です。
その段差を取り除くことができれば、車椅子は自由に行きたいところに行けます。
音声ソフトを利用する人にも ネット上に障害物があります。
ネット上の障害物とは何か。
それは、音声ソフトが、サイトの紙面を“並び順番で読み上げていく”という融通の利かない性質であるということ、そして、イラストや写真は説明できないということです。
例えば、猫の写真があり、コメントに「わが家の猫です」と書かれていたとします。
目の見えない人は、音声ソフトで、そこに何か、イラストか写真のようなものがあり、「わが家の猫です」の言葉だけが聞こえてくるのです。
ですから、どのような姿の猫なのかを認識することはできません。
加えて、自在会員にとって大きな問題は、音声ソフトが「仏教用語を正しく読まない」ということです。
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)を「にちれんたいせいひと」と読みます。
広宣流布(こうせんるふ)を「ひろどりるふ」と読みます。
ですから、御書や専門書はチンプンカンプンです。

○バリアフリーブログを目指して.

通常のブログで音声ソフト対応を実現することは困難ですが、それでも極力、障害物を取り除き、映像に解説を入れ、音声ソフトに順ずる文章にすることで、閲覧しやすくなります。
私は、友人である千早さんのバックアップを頂き、当ブログの形を決めました。
約 半月の間、記事の一部始終を評価していただきました。
使用しているマーク(☆など)も意味があって使用しています。
完璧な環境は作れませんが、大幅に進歩させることができたと感じています。

さて、本日から、正式に このブログをスタートいたします。
私は願って、このサポートブログを始めました。
自在会の皆さまの目となり、杖となって歩みます。
どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

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# by sokanomori3 | 2014-02-01 08:05 | 創価の森通信フリーダム | Comments(2)

夜空


☆星降る夜の誕生日に.

以下に 夜空のイラストを添付します。
b0312424_2216354.jpg

イラスト解説.

「森の木立の上空に 満天に輝く星が 描かれたイラストです。
濃い青色の夜空に 黄色と青白い星々が輝いています」



○雲一つない夜空の下で.

大都会の職場から 一路 自宅へ。
帰り道に 真冬の夜空を見上げました。
空には 赤や青や 白や黄色の 色とりどりの星が輝いていました。
上空に強風が吹いているのか 絢爛豪華に 星々がまたたいていました。

オリオン座の1等星の べテルギウスは 赤い光をちらちら燃やし その下に やはり1等星のおおいぬ座の シリウスと こいぬ座の プロキオンが 白く燃えているのです。
その1等星たちの さらに上空には ふたご座や かに座も輝いています。
月はありません。ただ 星たちが 輝くばかり。
千早さんに 以前 聞いた 星占いの話を思い出しました。

○千早さんの星占いメール.

「菊川さんは みずがめ座で 風の星座で不動宮(ふどうきゅう)なんですって。
風は 社交的で 知性で 不動宮の人は 飛行機に例えて 
戦闘機 ヘリコプター ジェット機のうち ジェット機なんですって。
滑走路を長く走って なかなか 飛び立たないけれど
一度 飛び立ったら 沢山の人や荷物を乗せて
どこまでも遠くまで飛ぶことができるそうです。
進歩や 革命の星で 理論的な知性の星で 友達の星で 
人類愛の星なんて書いてありますよ。
信心一生懸命にしたら そんな星の動きにも合致して 
個性を花開かせて実現していける人生になるんだなあ 
なんて 思ってしまいます」

千早さんが星占いをしているのではありません。
そのような記事をネットで見たのだそうです。

さて 私 本日 54歳になりました。
早いものです。時計の針が加速しているかのようです。
力を蓄えて より良い仕事をしたいと願うばかり。
千早さんが言われたように 大きなジェット機になりたいな‥
夜空を見上げながら そんなことを考えました。

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# by sokanomori3 | 2014-01-31 22:23 | 管理人より | Comments(3)


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