Introduction


創価の森通信
FREEDOM


youtube「雪の華cover2」を以下に添付します




☆創価の森通信は創価学会自在会の同志と一緒に歩むブログです。
以下は別ブログの最新記事です。(別館は音声ソフト対応ではありません)
2019年2月14日 <別館> 韓国と日本の忌々しき関係
2019年2月11日 <別館> 浮気相手を怨んでいいのか
2018年2月1日 <別館> 悪口を言う人への対象方法
2018年1月27日 <別館> なぜ韓国人は日本を嫌うのかの答え
2018年1月25日 <別館> 宿命を使命に変えるとはどういうことか
2018年12月24日 <ひらがな御書> 309.下山御消息
2018年12月10日 <ひらがな御書> 308.百六箇抄


創価の森ブログ内の画像関係のコピー・転載等の無断使用を禁じます。

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# by sokanomori3 | 2019-11-01 01:01

続・雪山童子(せっせんどうじ)


☆雪山童子は今もいる.


雪山(せっせん)とはヒマラヤのこと。
その山中で修行をしていた童子(僧)を雪山童子(せっせんどうじ)といいます。
鬼神の説く教えを聞くために命を捨てる物語です。
この雪山童子は、釈尊の前世の姿とされますが、
求道の人生を歩む私たちは、現代の雪山童子でもあります
その雪山童子の過去記事を以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/13767217/

このブログ記事に添付した一枚の写真を、絵にされて
玄関に飾られている学会員がおられます。
以下に、その記事に書かれている内容の一部を転記するとともに、
その絵の写真のある記事URLをご紹介いたします。

>「ブログ創価の森の小さな家」にあった一枚の写真を見つけました。
いいね(笑い)どうにかして塗り絵にならないかと
工夫して水彩画(A3)にしました。
座談会で皆さんに見せたら「いい絵ですね」と
あちこちから批評をいただきました。
いつも玄関に飾ってある一枚の絵です。
(聖教新聞配達歴27年)

以下に、そのブログ記事URLを添付します。
blog.goo.ne.jp/pppvvvaaatttggg

この絵を描いてくださった「こいちゃん」さんは、
雪の日に歩く女性の後ろ姿に、ご自身の新聞配達と重ね合わせ、
新聞を抱えた絵に描き直されたのでした。
たしかに、雪山童子は現代に存在するのであり、
無冠の友こそ、現代の雪山童子そのものです。

童子は「諸行無常 是生滅法」、すなわち諸行は無常である、
この世の全ては生まれては滅し、滅しては生まれる。との
仏の悟りの続きを聞くために命を捨てるのです。
その続きとは「生滅滅已 寂滅為楽」、すなわち生滅の迷いを滅し、
悩みのない境地を楽とする、でした。

生滅は一体不二であり、生命は永遠である・・
このことを仏は悟るという意味なのです。
雪山童子は歓喜し、鬼に自らの命を供養します。

子供のころ、雪山童子の物語を読んだ私は、その童子の
行動の意味がさっぱりわかりませんでした。
どうして童子は、悟りと引き換えに命を捧げるのか・・
今、私は信心をしてはっきりわかります。
それは悟りこそ、最高の納得であり幸福だということ。
学会活動、新聞配達、折伏が、功徳を得るための方法ではなく、
それ自体が歓喜であり、幸福であるということ。

こいちゃんさん、あなたさまの無冠の友の人生を知り、
私もまた歓喜いたしました。
ありがとうございました。


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# by sokanomori3 | 2019-02-19 05:45 | 仏法用語 | Comments(0)

心の財(たから)第一なり


☆蔵の宝は第三です.


以下に、私の自宅の8帖の和室(仏間)の写真を添付します。
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写真解説「和室に黒檀の仏壇があり、その横の壁に創価三代会長の写真が飾られています」

心の財第一、蔵の財は第三です。
私は40歳のとき、やむにやまれず信心を再開しました。
sokanomori.exblog.jp/15414796/
それは蔵の財の延長線上で悩んだのでした。
しかし、その信心で、私の心の財が変わったのです。

努力し、競争に打ち勝ち、立身出世する。
イコール勝利、イコール幸福になる・・
そんなふうに考えていた私の命が信心で変わりました。
私はずっと“モノ”が幸せと勘違いしていました。

私は正しいことを言い、強く誡めたことで迫害を受けた。
その渦中で悩み、もがき、頼るべきは御本尊だけでした。
万策尽きたのです。もう、御本尊しかなかった。
職場にお守り御本尊を持ち込み、お題目を唱え、疲れたら御書に学んだ。
そして行きつきます。「成仏の人生」に・・

あれから濃い薄いはありますが信心を続けました。
折伏を祈り、活動し、職場でもプライベートでも、利他に生きました。
これが何より幸せでした。幸せはセレブな生活ではない。
日々、利他に生きることが幸せ。
日々、広宣流布ができる幸せ。

でも、蔵の財も必要なものは全ていただきましたよ。
この写真の仏間は、信心の功徳で頂いたものなんです。
今、座談会会場として提供させていただいてます。

写真の左にあるボードは座談会で使ったもの。
以下に、その御書講義記事をを添付します。
sokafree.exblog.jp/29260748/


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# by sokanomori3 | 2019-02-18 05:21 | 体験談 | Comments(4)

即身成仏とは何か


☆人間革命が即身成仏.


以下に、座談会で使用した制作物の写真を添付します。
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<写真解説>
一枚のボードには、臨終正念、煩悩即菩提、生死即涅槃と大きく書かれ、
もう一枚のボードには、生死一大事血脈抄、信心の血脈がなければ無益である、血脈とは南無妙法蓮華経、師弟不二、創価学会と書かれています。



このボードは座談会で使用したもので、模造紙に極太マジックで仏法用語を書いています。

1枚目の写真は、会合前の状態、2枚目は会合終了後の状態です。
ボードを使いながら説明し、次のように解説しました。

「この「即」とは、即身成仏の「即」です。
臨終とは、いままさに死のうとしている瞬間です。
このとき、信心をしているなら正念(しょうねん)、すなわち正しい一念、
すなわち、成仏への確信、大満足の心を得られるということです。
そして、煩悩即菩提、生死即涅槃という功徳を得たいならば、
信心の血脈がなければならないと大聖人は述べられているのです。

血脈とは南無妙法蓮華経です。
ナムアミダブツではない。ハンニャハラミタでもない。
釈尊が残した真実の成仏の法「法華経」を、
日蓮大聖人が一点の不信もなく実践し抜いて今に残された
南無妙法蓮華経が「信心の血脈」なのです。
しかし、正しく言えばお題目だけではだめなんですね。
そこに「師弟不二の教団」が必要なんです。
私たちの師匠は日蓮大聖人です。その真の弟子は、池田先生であり、
戸田先生であり、牧口先生です。この創価三代が真実の大聖人の弟子です。
そのまた弟子が私たちだし、その組織が創価学会です。

この創価学会の組織の中で、創価の御本尊に南無妙法蓮華経と唱える、
人間革命、宿命転換を祈ることで、私たちは煩悩即菩提、
生死即涅槃という功徳を得られるのです。
創価学会でなければならない理由がここにあります。
今、私たちは信心の功徳を人間革命と呼び、宿命転換と呼んでいますが、
これこそ即身成仏なのではないでしょうか」

私は講義途中に赤マジックで「即」の字を丸で囲みました。
この「即」を囲ったのは、私たちの創価の宗教が、来世でなく今世、
いつかでなく、今に結果を得られることを強調したかったからです。
煩悩とは三毒(貪り、怒り、愚か)であり、嫉妬であり、悪見のことです。
生死に渡るそれらの苦悩が、信心によってすみやかに癒され、
幸福になる、歓喜になる、納得できる・・
これが私たち、創価の信仰の功徳であります。

今回の座談会御書「生死一大事血脈抄」の記事を示します。
sokafree.exblog.jp/29217528/

尚、この日の座談会は、外部参加者が3名参加されました。
新聞啓蒙も目標をクリアできました。


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# by sokanomori3 | 2019-02-17 06:14 | 仏法用語 | Comments(2)

本「親孝行最優先」の感想


☆親孝行の本から学びました.


私は親孝行がしたいから、親孝行の本をときどき読みます。
先日、「親孝行最優先」という気になるタイトルの本を読みました。
その中に宝石のように光る教えが記されていました。
以下に、その内容を書き出し、所感を述べます。

>Hさんに「親孝行なさいませ」と言われた言葉が深く心に残っています。
さらにHさんは「“起きて半畳、寝て一畳、腹がふくれて子は育つ。
その他のことはみんな贅沢”私はこう思い、それ以外のことは贅沢と、
自分に言い聞かせて暮らしてきました」とおっしゃられました。
このことを生涯忘れまじと思い、私ども夫婦は
「生涯贅沢はいたしません」と決意しました。

>筋無力症の母は寝たまま小用が足せない人でしたから、
私は便所に行く世話をしました。
「何度でも、起こしていいのですよ。私の品性がよくなるんですから、
遠慮しなくていいのですよ」
「お母さん、すまないことはないんです。何回でも起こしてください」
それは母に言っているというより、自分自身に言い聞かせているのです。
その夜中の付き添いも、四回が三回になり、三回が二回、二回が一回になり、
とうとう夜中に一回も起きなくなりました。
「お母さん、これはいったいどういうことなんでしょう」と言いましたら、
「どうしてか分からないが、良かった。起きるあんたもつらかったろうが、
起こす私もつらかった」と言いました。
その言葉を聞いて、私は母と一緒に涙を流しました。
そうして、しばらくのちに母は他界しました。

>私は50歳のとき、血気にはやって、
救済してやろうという気持ちが多分にあったと思います。
不真面目な人を見るといらいらする訳です。
たとえば当番をすっぽかしたり、遅刻したりすると、
先輩を代表世話人という立場で注意しました。
そうしますと、その先輩が「私はあなたのお父さんには世話になったけど、
あんたには世話になっとらん。なんでそんな偉そうに言われにゃならんのや、
やめた」と、施設をやめてしまったのです。

私は反省をしまして、何回もお詫びに行きましたが、さっぱり許してもらえません。
先生に指導を受けたら「それはあんたが若いのに偉そうに言ったのだから、
しっかりあやまりなさい。毎日、あやまり状を書きなさい」と教わり、
私は一ヶ月、毎日「申し訳ありませんでした。私が間違っておりました。
若いのに生意気なことを言ってすみませんでした。
これからは低い気持ちでやらせていただきます」と書き続けました。
そうして、一か月後に施設に帰ったのです。

そうしたら、その人が駅のホームにまで迎えにきてくれて、
私の顔を見るなり“はー”と頭を下げられるのです。
「先輩、頭を上げてください」と言うと、先輩は
「私のほうが悪うございました。少々年を取っているばかりに、
生意気なことを申しげましてすみませんでした」と言って
詫びられたことがあります。

>一がなければ二はありません。二がなければ三も四もありません。
一を作ることが大切です。では、一とは何か。
それは一つの実行です。一人の人が助かることです。
ゼロはいつまでたってもゼロです。

>当番は、開始時間に遅れないことです。
終了時間を厳守し、熱心のあまり遅くならないことです。
私たち人間は、みな不完全であり、未熟であり、弱い存在であることを自覚し、
低い心で当番を務めさせていただくことです。
そして「他を救うにあらず。己を助くるにあるを悟る」を基本に努力することです。

>一つ、人の心を動かすのは理屈ではない。誠です。
二つ、只、はい、はいと這い上がりなさい。
三つ、カネを取るな。痛みを取れ。

>「薬師より 預かる岩の煎じ薬 癒えし笑顔を 我が喜びとす」

>「生涯現役」「臨終定年」という思いで生涯をまっとうしたいと考え、
ご恩返し一筋に走ってまいりました。
私の原点はHさんに言われた「親孝行なさいませ」の一言であります。
あの日以来、私たち夫婦は精一杯の親孝行をさせていただくことを
第一に考え、努力してきました。
今、「親孝行最優先」の子供たちに支えられ、
私たち夫婦は生きております。

(以上、書籍文章の一部表現を変更しています)



「私ども夫婦は、生涯贅沢はいたしません」という
この生き方に、私はすごく共感できました。

むしろ私は、私だけが贅沢すると悲しくなる性格(境涯)なのです。
「自分だけが旨いものを食べ、贅沢な暮らしをしては申し訳ない」と思うし、
「私だけが報われる人生など絶対にできない」とも思うのです。
今の茨城の家族と食事をしているとき、私はときどき、
「これ、お母ちゃんに食べさせてやりたいなあ」と思うのです。

茨城の今の自宅は高気密・高断熱住宅で温かいのですが、
岡山の実家はまともな断熱材のない寒い家です。
そのことが、私は申し訳ないのです。

でも、母にとって実家は母の人生そのものです。
そこになじみ、そこに根を張っている。
母はその家と人生に満足しております。

この本のように、今、私は「親孝行最優先」に向けて準備中です。
母が弱り、母が困ったら、私は帰郷して報恩します。
そのことは、何がどうあろうと必ず実行します。

わが母への報恩の準備の記事を以下に示します。
https://sokafree.exblog.jp/i58/
https://sokafree.exblog.jp/i60/
https://sokafree.exblog.jp/i69/



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# by sokanomori3 | 2019-02-16 07:04 | 夢修行 | Comments(0)

やらねばならぬ!でも(消す記事)


☆スケジュールいつ終わる.


以下に、ひらがな御書ホームページの企画書写真を添付します。
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写真は過去に、以下の記事で使用した写真です。
sokafree.exblog.jp/29179834/

さて、おかしなことに本年になってひらがな御書が進んでいません。
ラスト一遍の投稿すらできておらず、気付けば2月も中旬です。
「おいおい、やる気がないのでは」ですって?
そうじゃなく、「まとまった時間がない」のです。
「こんなに記事を書いているのに?」
そんな声も聞こえてきそうですが、
他の用事が溢れていて、本当に無いんですよ。
ホームページ作業は10分、20分の時間でできる作業ではないですから。
まして、ひらがな御書HP改定でパソコン教室にも行かないといけない。
すっかり2日間ぐらい時間が取れないとだめなんですね。

マラソン大会が終わったらやろう、と思っていたら
いきなり「親孝行休暇」命令が出ましたしね。
以下に、その親孝行休暇の記事を添付します。
sokafree.exblog.jp/29248306/

それで、明日からの土日は学会活動があり、わが家は座談会会場ですし、
マラソンメンバーに撮影した写真も送付しなければならず、
また、町内会の職位から仕事もあったりする。(苦笑い)
まして、仕事は休暇をもらうことは嬉しいけれど、
仕事だって、その分、忙しくなるのです。
まったく、息つく暇がない!(^^:

のんびりしたいですよ。1ヶ月ぐらい休日が欲しいです。
でもね、ガンバルしかない。うーん・・・
この異様な忙しさは何だ。

ともあれ、ひらがな御書、やらないといけません。


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# by sokanomori3 | 2019-02-15 05:45

創価学会員とは何か(消す記事)


 ☆www.youtube.com/watch?v=HugY7 




これは「創価学会の人は普段どんなことをしているの?」というyoutube。
創価学会員とは朝夕に、法華経の一部を読み、
南無妙法蓮華経の題目を唱えている人だという。
この祈りでどんな困難にも負けない勇気が湧いてくるという。
加えて座談会や会館の会合に行く。
そこで励まし合い、学び合う。

そんな祈りや活動を通じて、幸せになる。
宿命転換する。人間革命する。福運を積める。
それが創価学会員の生活である。

でも、全部が全部、そうじゃない。
勤行もせず、新聞も読まず、会合にも行かない、
そんな学会員も沢山いるのだから。
それでは宝の持ち腐れで、結果が出ない。
やりたいけどできず、ダラダラ人生もある。
会合に出て、励まし合うことも大事だけど、
やっぱりちゃんと祈って宿命転換しないとスッキリしない。
できるならまっとうな学会員でありたい。

「お前はどうなんだ」ですって?
まあ、そこそこの平凡な学会員でしょうね。
でも功徳はてんこ盛りなんですよ。
燃費がいいのかな?


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# by sokanomori3 | 2019-02-14 06:41

親孝行休暇の功徳 4


☆母に寄り添える喜び.


シリーズの最初の記事(1)を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/29248306/

今回の帰郷は、事前に母に伝えませんでした。
夜行バスから、さらに電車で帰り着いたのは朝の7時30分。
朝食を食べているときに帰宅し、母はビックリしていました。
以下に、病院に向かう母の後ろ姿の写真を添付します。

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写真観察「冬の田園の中央のアスファルトの道を、バッグを持って歩く母の写真です」

この日、午後から遠方の病院にいくことなっていて、
私は母に同伴し、バスを乗り継ぎ同伴しました。
障害者手帳を母が持っているので、私も同行者で半額でした。
ありがたい思いやりのある国、日本の福祉ですね。

この同伴は、あえてクルマは使わず(いつもご近所さんが貸してくださいます)、
母に寄り添いながら行動の一部始終を観察しました。
写真は田園風景が広がる道を歩く母を後方から撮影した写真。
どれほど私の故郷が田舎かバレバレですね。
一応、母は歩けるし大丈夫です。
まだ、自力で生きられる。

今回の滞在期間、ずっと私は母に寄り添ったのです。
ただそのことだけに集中しました。
食事を作り、お茶を飲み、同じ屋根の下に眠りました。
一緒に朝夕の勤行をして、外出に付き添う。
掃除をする。たわいない対話をする・・
そんなありきたりの寄り添いが、母の最高の幸せでした。
そのことを私は、今回の帰郷で知りました。

驚いたことに私の幸せもまた、母と同じでした。
築50年の古びた家。冬の寒い家の中で、朝から食事を作る・・
ガス台の青白い炎が鍋を温め、沸騰するお湯の音が心地よいのです。
豪勢な料理ではありません。私が作る程度のもの。
お茶も安物だし、コーヒーはインスタントです。
そういうある種貧しい食卓を母と囲み、どうでもいい話をして、
朝が来て、夜になるという日常が楽しいのです。
滞在期間中の私の仕事が全て終わった時、私の胸中に熱い途方もなく
大きな幸福感が止めどなく湧いてきました。
「僕はベストを尽くした。これがやりたかったんだ!」
親孝行は、私自身の幸福感にもなりました。

宮殿に住み、召使が調理を運び、音楽が流れる王様のような生活・・
豪華客船で世界を一周し、家族たちと舞踏会を楽しむ。
そんな人々に比べ、何というわが家でしょう。
でも、私も母も仏国土の黄金の家に住んでいるのです。
「親孝行したい時には親はなし」と言いますが、私は違う。
こんなにも親孝行できるのですから。

今も母の喜びの声が私の心に響いています。
「こんなにしてくれる息子はおらん」
「料理がこんなに上手とは知らなかった」
「私はしたいことをして、食べたいものを食べ、
見たいものをみた。私の人生は幸せ」・・

このような幸福な人生に至っていることに、
そのこんにちを迎えられた功徳に心から感謝いたします。

母には長生きしてもらわなければなりません。
親孝行をこれからも楽しみたいですから。

以下に、今回の料理とプチ大工記事を示します。
sokafree.exblog.jp/29249795/
sokafree.exblog.jp/29251714/


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# by sokanomori3 | 2019-02-13 05:50 | 体験談 | Comments(4)

親孝行休暇の功徳 3


☆立ち入り危険区域. 

使い捨てカロ類と整理した倉庫の写真を添付します。
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写真解説「使い捨てカイロを身に着け、寒い倉庫に施したバリケードの写真です」

前回の料理記事(2)を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/29249795/

今回、大工仕事は封印しましたが、倉庫整理だけしました。
何十年も使わないゴミ?が溜まっていて、これを分別して廃棄しました。
中から、使っていないお宝?もざくざく出現し、
捨てようとすると母が邪魔をします。
「これ、あそこにもあるし、いらんじゃないか」
「いいや、これはつかうんじゃ。いるんよ」
「いらん、いらん。どうせ使わんじゃろ」
「捨てたらいけんよ。もったいない」
「うんにゃ、ゴミになるだけじゃ!」
こうして、ケンカ?になるのでした。

さらにゴミの分別でも争いになるのです。
これは燃えるゴミじゃない、いいや、これは燃えるゴミだ、
そうじゃない、ああでもない、こうでもない・・
母は間違っているのですが、言い張るのです。
勿論、私が間違っていることも多少あります。
正直、こういう対話は面倒です。

さて、モノを移動すると床板の一部が抜けていました。
古い床を剥がし、バリケードを作り、奥に人が行かないようにしました。
次回の帰郷以降、ここは修理するつもりです。
それにしても、実家は一杯の仕事があって、
やりがいのある素晴らしい家です。

ともかく実家は火の気がなく寒いのですが、
重ね着をして、使い捨てカイロなどで補いました。
工夫すれば温かく、おカネもかからないのですね。
今まで気づかず、知らなかった。(笑い)

今回の大工仕事は、これだけでおしまい。

次の記事は、→ここをクリック!



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# by sokanomori3 | 2019-02-12 05:39 | 体験談 | Comments(0)

親孝行休暇の功徳 2


☆母の食事をサポート.


ガス台と焼き飯、洗い終わった食器の写真を添付します。
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写真解説「ガスの炎の上の鍋、おかゆのような焼き飯、洗浄後の山盛りの食器写真です」

前回の記事(2)を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/29248306/

今回、私は母と買い物をしたり、食事の用意と後片づけをしました。
しかも料理は、初日から最終日までの一切を担当しました。
(唯一、米を炊くことは母が行いました)

料理内容は、初日から、豚汁、焼きギョーザ、ベーコンとキャベツの炒め物、
刻みネギ入り納豆、ポン酢で食べる温かいお豆腐、モヤシ炒め、スパゲッティ、
鳥と豚の水炊き、味噌汁、卵焼き、キムチチャーハン、肉じゃが・・
その他、コロッケやお寿司など、店で買った品もあります。
ともかく3日間外食せず、三度の食事を私が全部用意しました。
ほぼ成功し、卵焼きが失敗したぐらいです。

写真は、おかゆのようなマズそうなチャーハンですが、
どっこい、過去最高に美味しく作れたのです。
母は歯が悪く、まるでおかゆのような米を炊くので、
チャーハンというより、おかゆのできそこないになりました。
具は人参とネギと豚肉、卵で、これにキムチの残り物を入れたのです。
でも偶然?にも、物凄く美味しかった。(笑い)

母云く、「こんなにしてくれる息子はおらん」
「料理がこんなに上手とは知らなかった」
「私はしたいことをして、食べたいものを食べ、
見たいものをみた。私の人生は幸せ」・・
とにかく、母が珍しく「べた誉め」でした。

勝負料理の豚汁と肉じゃが完璧な仕上がりになりました。
2年3ヵ月、料理を細々と訓練してきた成果が出せました。
その料理訓練カテゴリを以下に示します。
https://sokafree.exblog.jp/i60/

近頃、食欲がないという母が、しっかり食べてくれました。
食事の後はお茶やコーヒーも入れましたし、
おやつにはリンゴやバナナを半分づつ食べました。
朝は、母が起床前から準備しました。

加えて、食器棚の一部(まだ沢山ある)を奇麗にしました。
不用な食器は燃えないゴミに出し、使いやすく整理しました。
このように、きめ細かく徹底してサポートしました。

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# by sokanomori3 | 2019-02-11 06:26 | 体験談 | Comments(6)

親孝行休暇の功徳 1


☆修行が大成果を生む.


帰郷の時のバス停と今日の雪景色の写真を添付します。
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写真解説「バス停掲示板と私の荷物、3枚目は帰宅した時の草地に積もる淡い雪です」

このほど、正月休暇に続き、再び帰郷することになった。
そのことは前回の記事で、多少報告した。
sokafree.exblog.jp/29242838/

会社オーナーが「親孝行してきないさい」と特別に休暇をくれたのだ。
何の風の吹き回しだろうと思ったが、帰れるならと断らず受けた。
「ゆっくりしてきなさい」というので、2泊4日?した。
夜行バスを使うから実際、まるまる3日間いられた。
夜行バスは本当に便利。寝ている間に到着する。

今回のミッションは「母に寄り添う」というものである。
一つは母の病院通いに同伴する、二つに料理を作り食べてもらう、
三つに母の話を聞く、そういう目標を立てた。
(オーナーが、そのようにするよう注文を付けた)

そもそも、私が「大工仕事をすると母親が反対する」との話を会社オーナーが聞き、
「親孝行の基本は話を聞いてあげることだよ」と言われたことが発端だった。
オーナーの思いやり休暇の帰郷なので、今回は大工仕事をほとんど封印し、
とにかく一緒にいる時間を沢山作ろうと考えた。

以下に、先月の正月休みのリフォーム記事を示す。
sokafree.exblog.jp/29099264/
sokafree.exblog.jp/29099276/

さて、今回の親孝行休暇であるが、新発見をした。
それは「寄り添うこと」「世話を焼くこと」の重要性である。
「同伴」「食事」「掃除」といった「家事手伝い」が、
予想をはるかに超えて喜んでくれたのだ。
今回は食事の一切を私が担当した。
初日からの3日間、昼晩、朝昼晩、朝昼晩の計8回の調理と、
同じく8回の片づけ、食器洗いを完遂した。

とても有意義な親孝行ができ、意気揚々と茨城に帰った。
関東は雪で、美しい風景が迎えてくれた。

以下に、この4日間の功徳を連載で報告します。
次の記事は、→ここをクリック!


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# by sokanomori3 | 2019-02-10 11:14 | 体験談 | Comments(2)

人生、いつ終わるか分からない


☆普通の生活を持続する.


きょうは「今の生活がいつ終わるのか」をテーマにお話します。

みなさん、「終わり」は「老後のいつか」と、ぼんやり思っていませんか?
私も、そう思ってきたのですが、昨年、体を悪くして、
リアルに「突然の終わり」を感じた次第です。
聴力を失って、マズイなあと思った。
65歳までは最低働かねばならないですからね。
この耳が失われたら、それこそ終わりです。
今、病気にならないように注意して生活しています。

以下に、補聴器購入の記事を示します。
sokafree.exblog.jp/28649622/

「一寸先は闇」はないとしても、数ヵ月先の闇はあるのです。
「いつまでもあると思うな、親とカネ」と言われますが、
「いつまでもあると思うな、健康と仕事」です。
仕事なくして、平和な日常生活はありません。
でも、健康がオカシクなったら仕事はできません。

今、日本の平均年齢は84歳ですが、健康年齢は10歳下になるので、
安全をみて、働けるのは72~73歳と考えるべきでしょう。
そこまで働けて散財しなければ、生活はちゃんとできる。
私の場合、残り12年程度ということです。
そこまでは、健康でなければならない。
でも、それは簡単ではありません。

健康を維持するにはかなりの努力が必要です。
運動し、栄養をとり、熟睡する。さらに福運が必要です。
言葉にするのは簡単ですが、実際、いつ、どこで、
どのように、どうするかは簡単でないです。
仕事も、若い時のようにMAXの仕事はできません。
24時間なんて戦えないですね。それでは体を壊してしまうか、
無理がたたって、仕事で失敗してしまいます。
足腰が弱いのに、重い荷物を背負えばケガしますよ。
ですから、若い人のような栄光はシルバーは掴めないです。
「そこそこ」という仕事で、貢献するしかない。

この微妙な読みと挑戦とが、豊かなシルバーライフの秘訣でしょう。
とにかく焦ったり、欲張ってはなりませんよ。
私は、じっくりシルバーライフ、楽しみます。


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# by sokanomori3 | 2019-02-09 04:56 | 私の仕事 | Comments(0)

初めてのリタイア


☆レースを楽しく終了.


以下に、リタイア組を乗せて走るバス内部の写真を添付します。
b0312424_06463480.jpg

写真解説「バスの後部座席から撮影した写真で、回収された人たちが映っています」

先日、ハーフマラソン大会に参加しました。
私は、もう随分前から友人、知人と走ってきたのですが、
いつしか、会社にマラソン部を作って世話までするようになりました。
今回も十数人が参加して、レースを楽しみました。
このレースが、今の職場での最終レース。
来年は、定年退職でこのレースに参加しません。

今回、私は左足を痛めており、さらに右ひざもおかしくしていました。
練習不足で、苦しいレースになることは確実でした。
このレースには初参加者が2人いて、うち1名をサポートしましたが、
この選手が途中棄権したため、私も棄権しました。
第一関門まで進み、そこから回収のバスに乗りました。
バス回収イコール敗北。敗北イコール不幸・・
そう思っていたのですが、それが幻想であることを学んだのです。
実はバスツアーがとても楽しかったのです。
負け組にも楽しみと幸せがあるとは、
人生捨てたものではありません。

係員は敗北者をいたわり、飲み物とチョコレート配布してくれました。
暖房の効いたぬくぬくのバスでスタート地点に帰りました。
それがなんとも気持ちよく嬉しかったです。

「走るからには完走しなければ意味がない」そんことはありません。
「おちこぼれ人生も、こんなに楽しい」ものなのです。
振り返れば、若い時はこんな人生でした。
当時はこういうことは楽しめなかった。

レースが終わって部員のTさんが話しかけてきました。
「フルマラソンを走りませんか」とのこと。
50歳のとき、42kmを一緒に走ったTさん。
当時のマラソン記事を以下に示す。
sokanomori.exblog.jp/14200484/

「ほんとに?今年の11月のレースでどう?」
と、なにげに反応すると、Tさん瞳を輝かせて喜んだ。
かくして、一応、フルマラソンが決定しました。

私は故障しているし、本当に不安です。
でも、走れるところまで走ってみようと思います。
以上、初リタイアとさらなる挑戦のご報告でした。


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# by sokanomori3 | 2019-02-08 07:18 | 健康ジョギング | Comments(2)

母と実家が宝物


☆親孝行休暇で思い出づくり.


昨日、「思い出が宝」という記事を書きました。
sokafree.exblog.jp/29240840/
きょうは、具体的な私の宝物についてお話します。

私、「アリババと40人の盗賊」の物語を読み、
胸が高鳴った子供時代がありました。
アリババは、40人の盗賊の財宝を洞穴の中に見つけます。
呪文を唱えると、洞穴の入口をふさぐ岩の扉が開き、
盗品を持った盗賊たちが洞穴の中に入りました。
アリババは、盗賊たちが立ち去るのを待って洞穴に入り、
眩い光を放つ財宝を袋一杯に詰めて立ち去ります。
いつ盗賊たちが帰るか分からない状況ですし、
ドキドキしながら本を読みました。

子供の頃は、このように宝物は「モノ」でしかなかった。
金銀宝石、高額な絵画、価値ある骨董品・・
でも大人なって、59歳になって分かったのは、
そんなモノは、私には不要だということでした。
そういう財宝に囲まれ生きることに、さして喜びを感じないのです。
私にとって宝物とは、母であり、実家であり、
創価学会であり、善なる友人たちなのですから。
もっと言えば、太陽に照らされる山や海や、美しい田園風景や、
夜空に輝く星々、健全に機能している社会が宝です。
また、ペットも宝なんです。ネコ、金魚なども。
自宅のペットだけではありません。外の鳥や動物たちも宝です。
信心で、そういう幸せな境涯になりました。

今、私は岡山の実家におります。
築50年にもなる老朽化した家。昔の家なので寒いです。
そこに、79歳になる母が一人暮らしています。
世間から見ればボロな家ですし、幸せそうには見えないでしょう。
でも、私にとっては思い出が一杯詰まった宝の実家であり、
大切な、大切な母がいる宝のふるさとです。

なぜこの時期に実家にいるかというと、
会社のオーナーが「親孝行休暇」をくれたのです。
きょう、母が遠方の病院に行くというので付き添うことにしました。
一緒にバスに乗って、病院に行き、帰ってきます。
そんなありきたりの付き添いができることは、
私にとって、大変贅沢なことなのです。

数日滞在し、料理でも作って食べさせたいと考えています。
今まで、少しの料理修業をしてきたけれど、
母の好みの料理はほとんどないんですね。
寒いので、一応、肉じゃがを作ろうと思っています。
果たして、美味しい料理が作れるでしょうか。

以下に、私の料理修業カテを示します。
https://sokafree.exblog.jp/i60/

次の記事は、→ここをクリック!


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# by sokanomori3 | 2019-02-07 09:05 | 夢修行 | Comments(0)

生死即涅槃(しょうじそくねはん)


☆想い出こそ人生の宝.


以下に、老朽化した思い出の建物内部の写真を添付します。
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写真解説「天井の明り取り、窓から見える風景、浴室の湯舟、廊下などの写真です」

お世話になった施設が取り壊されるのを昨年知りました。
年明け、会社オーナーが「取り壊しの前に見学しよう」ということになり、
そのオーナーにお供して最後の施設見学をしました。

この施設は設立されたとき、記念の植樹もしたし、
作られてから取り壊しの現在まで、ずっと利用してきました。
だから、まるで実家のように愛着があります。
建物外周を眺め、施設内の一部始終を見て歩きました。
人々に尽くし抜き、満身創痍の建物ですが、
その全力を尽くしたような姿がいとおしく感じました。
当時から今日までの出来事が無声映画のように浮かび、
それらは全て美しく、全て愛おしく、笑顔に満ちた人々ばかりが、
止めどなく浮かんでは消えていきました。

つくづく思い知らされるのは、この世の宝は思い出だということです。
金銀財宝、ピカピカの家や家具、そんなものではなく、
支え支えられ、励まし励まされ、努力して何かを満たされて、
そういう体験から得られる美しい思い出が一番の幸福です。
私は本当に多くの宝の思い出があります。
そのすべては、あの百万遍唱題から始まりました。
sokanomori.exblog.jp/15414508/

今は老朽化して傷んだ建物ですが、この傷みが全部誇らしげで、
生死即涅槃(しょうじそくねはん)の姿に見えました。
私が生きている間、残って欲しかったけれど、
でも、定年退職の時期に合わせて整理されるのも
何かの運命なのだと受け止めました。

私も古くなり、引退が近いのですが、残された日々を
大切にしたいと思っています。

語句解説:涅槃とは、全ての煩悩の火が消滅した、安らぎの境地のこと。
心の迷いがなくなった状態のことをいいます。


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# by sokanomori3 | 2019-02-06 06:02 | 私の仕事 | Comments(0)

花子さん(93歳)の体験


☆信心を疑わないこと.


以下に、聖教新聞の体験記事の写真を示します。
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写真解説「体験を語った花子さんの笑顔の写真が掲載されてます」

以下に、新聞記事を要約して、その趣意を申し述べます。

>母親がいないことぐらい悲しいことはないね。
私が14の年。お母ちゃん、結核で。
「花子を嫁にやるまでは」が最後の言葉でした。
毎日、泣いたよ。

>兄が兵隊に行くとき、封筒に髪の毛を入れて置いて行った。
私の名前が書いてあった。
思い出すと、また泣いちゃうね。

>雪道を歩いてお嫁に行ったの。
しゅうとめのお義母さんは、めんこくて上品な人。
私はほんとに大事にされた。
でも、7年しか一緒にいられなかった。
白血病で。いやあ、切なかった。
どこまでも、私を頼ってくれた。

>夫は炭鉱で働いて、私は水田でコメ作ってさあ。
そのころだよ、友だちが信心の話をしに来たのは。

>昭和33年、雪の日でした。
「幸せになる」って言われ、「そんなことあるもんか」と反対した。
でも4人の子らが題目あげて、私も手を合わせたよ。
そしたら、次に朝、朝日が出たような明るさを胸に感じたの。
それが信心するきっかけです。

>ふぶいても折伏に歩くんだ。
ほおかぶりして、マスクして。
「信心頑張ることが親孝行」と教わって、
一歩一歩の足音が「ガンバレな」って聞こえた。

>池田先生と写真撮ったのは旭川。
先生の声が今でも胸に響いています。

>御本尊様に、良いことも悪いこともしゃべってる。
「月々日々につより給え」(1190)
唱題していると、二人の母親を思い出すの。
「題目、あげてくれて」って、喜んでいる。

>信心、疑ったことないねえ。
御本尊様に祈れば、願いは絶対に叶うでしょ。
だから疑わない。
疑わないことが功徳ではなかろうか。
違うかい?

(聖教新聞2019年2月1日より)

私も、一点の曇りもなく創価学会の仏法を信じています。
たしかに、疑わない信心の人生は功徳だと思います。
どんなに不幸になろうと、必ず幸せになれる・・
その確信で、生きて、生きて、生き抜きたい。


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# by sokanomori3 | 2019-02-03 05:57 | 体験談 | Comments(4)

330日後の未来の話


☆33年間の仕事の終わり.


通勤風景とデスクのカウントダウンウオッチの写真を添付します。
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写真解説「雪が少し残る道の上をコートを着たサラリーマンと会社のデスク上の時計の写真です。時計は2月1日の日付けの上に330日と大きな文字が表示されています」

誕生日の翌日の朝、うっすら雪が積もって凍る道を出社しました。
顔を出したばかりの太陽がオレンジ色の光を放ち、吐く息も赤く染まりました。
昨夜の過去最高の誕生日パーティーが私への元気をくれました。
以下に、そのパーティーを述べた記事を示します。
https://sokafree.exblog.jp/29231155/

下写真は、目標となる日時へのカウントダウンが表示される時計のスクリーンです。
今、私の職場のデスクの上に置かれています。
この時計、友人から誕生日プレゼントとして頂きました。
この330の数字が示す目標は、本年12月28日の最終の出社日を表しています。
1月31日が誕生日の私は、定年退職日は1月30日です。
その正式な退職日の1ヵ月前がなぜ最終出社日かということですが、
それは、それ以降、有給休暇を取るからです。
すなわち、年末まで仕事をして、翌年の1ヶ月は出社しません。
勿論、最後の挨拶には出向きますが、実務はない。
ですから、実際の仕事の終わりは12月28日であり、
それで残日数は330日ということです。

今は「たっぷり」ある日数なので、全然、余裕ですが、
これがだんだんと減ってきたら、どんな気持ちになるのでしょうか。
悲しくなるのでしょうか、寂しくなるのでしょうか、
あるいは虚しくなるのでしょうか。
人生、何歳になっても、ずっと未知との遭遇です。
その時の気持ちは、その時になってみないと分かりません。

ともかく、1日1日を大切にして歩みます。
330日の未来に向かって。


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# by sokanomori3 | 2019-02-02 05:42 | 私の仕事 | Comments(0)

59歳の誕生日


☆誕生日に雪が降りました.


以下に、お祝いの貼り紙とプレゼント写真を添付します。
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<写真解説>
クマ、ネコ、うさぎなどのイラスト入りのA4用紙に、「おたんじょうびおめでとう」と平仮名で記され、別の用紙に大きく59歳と書かれています。
その周辺にプレゼントの品が取り囲み、オレンジ色の封筒があります。
その封筒の中身が下の写真で、お祝いのメッセージカードに「お誕生日おめでとうございます」と書かれています。




前日はハードな仕事で、誕生日は朝から疲れていました。
こんなにさえない誕生日は過去なく、クタクタでした。
出社して、朝のミーテングで2人の社員からプレゼントを頂くも、
「ありがとう。でも体調悪くて。明日以降、包みを開けるよ」
こんな風に言って、中身確認をしませんでした。
そこからそのまま仕事に突入、気付くと19時になりました。
「これで仕事は終わり」と言うと、社員から「会議室にお願いします」と言われ、
何だろうと行くと、「おたんじょうびおめでとう」の貼り紙が・・

ポカーンとしていると4人の社員がプレゼントの品を持って入ってきました。
私が「おいおい、そりゃ、悪いよ」と言うと、
お誕生日席に座らされ、写真をバチバチ撮られました。
次に「どのケーキがいいですか」と問われ、「イチゴのショートケーキ」と言うと、
そのケーキが箱から差し出されました。
そこでしばし談話して、ケーキとお茶をいただきました。

この4人は、私の宝の部下なのです。
一番かわいがり、一番大切にしてきた4人でした。
私は彼らに次のように話し、頭を下げました。
「いやはや、申し訳ない。それにしても、これはやり過ぎだ。
やり過ぎだけど私は幸せだ。ありがとう」

クタクタよれよれの私でしたが、夜のサプライズで元気になりました。
帰宅しようとすると大雨で、プレゼントは会社に保管。
電車を乗り継ぎ、最後、駅からバスで帰宅しました。
到着したバス停に降りると、雨交じりの雪・・
誕生日が雪なんて、過去にあっただろうか。

60歳定年退職を公言していた私。
そのこともあるのか、物凄く大切にされた誕生日でした。
何と幸せなラスト一年のスタートでしょうか。

以下に、昨年の誕生日記事を添付します。
sokafree.exblog.jp/28057934/


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# by sokanomori3 | 2019-02-01 05:38 | 私の仕事 | Comments(2)

未来を作る不思議な手帳


☆これは「予言書」です.


私が愛用している手帳(2019)の写真を添付します。
b0312424_05595989.jpg

写真解説「まだ新しいB5版の手帳です。茶色のカバーの手帳です」

誰しも、愛用の手帳があることでしょう。
この茶色のカバーの手帳には、13カ月分のスケジュールが書き込めます。
もう、同型の手帳を10年近く使っています。

手帳には数ヶ月先、半年先の未来を描いていく。
仕事や忘年会、学会活動やプライベート目標も書き込みます。
約束や目標、あらゆることが書き加えられます。

この手帳は「予言書」なのです。
私は約束を守るから、高い確率で予言が的中します。
良いことを書けば良い未来が開けるし、
クダラナイことを書けばクダラナイ未来になる。
軽作業を書けば楽勝だし、重労働を書けばクタクタになります。
時に、クレーム処理など、気の重い未来も書きます。
思想が人を作るように、スケジュールが1年を作ります。
だから、書く内容は価値ある項目を書きたい。

未来を予言して当てる占い師もいる。
けれど、その占い師は大まかに言い当てるだけで、
具体性のない、どうでもいいことばかり。
この手帳の予言に比べれば取るに足りません。

さて、私は本日、59歳になりました。
いよいよ定年退職まで残り1年です。

以下に、59歳の誕生日記事を添付します。
sokafree.exblog.jp/29231155/


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# by sokanomori3 | 2019-01-31 06:10 | 私の仕事 | Comments(2)

ぼくを親孝行できる子にしてください


☆悲しみの声が聞こえる.


ある日、ネットで「親孝行」「本」とキーワードを入れた。
いくつかの書籍が映し出され、その中に気になる題名を見付けた。
「ぼくを親孝行のできる子にしてください」という本。
メモ帳にその題名を書いていて、先日、国立国会図書館の出向いた時、
他の文献調査のついでに注文して読んだ。
以下にその内容の一部を抜粋します。

>しみじみ思うことは、親孝行されるのはもちろん嬉しい。
しかし、されるよりも親孝行をすることの方が、どれほど人間として、
深く大きな喜びがあり、幸せであるかということである。
受けるより、与えることの方が満足を得られるのは愛と同じで、
この思いは、私だけのものではなかろう。

>私たちは、人の子である以上、必ず一日のうち、
ひとときは人間の心に戻ることもあろう。
そんな時、親の笑顔が見たい、結婚もして孫の顔を見せたい、
こんな思いが湧かない者がいるだろうか。

>親孝行するためにこの世に生を受けたはずなのに、
親不孝になっているわが身を嘆くのです。
“ぼく(わたし)を親孝行のできる子にしてください”との
若い彼ら、彼女らの心の叫びが、私には聞えるのです。
耳を澄ませば澄ますほど、若者全員の
悲しみの大合唱が聞こえるのです。

(文書の一部を変更して転記した)

みんな親孝行をしたいができない。もどかしい。
悲しいし、くやしい。多くがそうだろう。
そう、私自身がそうだったし、今もそうなのです。
誰もが理想と現実のギャップに悩みつつ
チャレンジしていることなのだ。

遠く離れたふるさとに、一人残した母の幸せを願う・・
一人息子ともなればなおさらである。
もし、親孝行ができなかったら、間違いなく
私は満足の人生は得られない。

さて、親孝行も仕事も同じであるが、
自らに正義と実践があれば、悲しむべきことではない。
「自分はやった」、「頑張った」という確かな手ごたえがあれば
結果が悪くても人は納得できるものである。

みなさんは親孝行していますか?
私の親孝行は今だ30点ぐらいでしかありません。
まだまだ、全然、足りないのです。

以下に、私の年始のプチ親孝行を示します。
sokafree.exblog.jp/29099260/
sokafree.exblog.jp/29099264/
sokafree.exblog.jp/29099276/


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# by sokanomori3 | 2019-01-30 05:30 | 良死の準備 | Comments(0)


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