Introduction


創価の森通信
FREEDOM


youtube「ブルーシャトー」を以下に添付します。




☆創価の森通信は創価学会自在会の同志と一緒に歩むブログです。
以下は別ブログの最新記事です。(別館は音声ソフト対応ではありません)
2018年5月25日 <別館> 私には学会不信というものがない
2018年5月23日 <別館> 三障四魔紛然として競い起る
2018年5月22日 <別館> 700人の壮年大会で体験発表する
2018年5月21日 <ひらがな御書> 283.真言見聞
2018年5月19日 <ひらがな御書> 282.最蓮房御返事
2018年4月29日 <ひらがな御書> 281.中興入道消息
2018年4月15日 <ひらがな御書> 280.一谷入道御書



一部の許可画像を除き、創価の森ブログ内の画像関係のコピー・転載等の無断使用を禁じます。「魚拓」にとることも禁じます。

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# by sokanomori3 | 2019-11-01 01:01

単衣抄(2018年6月度座談会御書)



☆単衣抄に学ぶ.


(ざだんかいごしょ ひとえしょうに まなぶ)


単衣抄(ひとえしょう)。
2018年6月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている単衣抄(1448ページ)の
ひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


にちれん にほんこくに しゅつげん せずば にょらいの きんげんも むなしくなり
たほうの しょうめいも なにかせん
じっぽうの しょぶつの みことばも もうごと なりなん
ほとけ めつご 2220よねん
がっし かんど にほんに いっさいせけん たおんなんしんの ひと なし
にちれん なくば ぶつご すでに たえなん.

○原文.


日蓮 日本国に 出現 せずば 如来の 金言も 虚くなり
多宝の 証明も なにかせん
十方の 諸仏の 御語も 妄語と なりなん
仏 滅後 二千二百二十余年
月氏 漢土 日本に 一切世間 多怨難信の 人 なし
日蓮 なくば 仏語 既に 絶えなん.
 

○背景と大意.


健治元年(1275年)8月、日蓮大聖人54歳の御時、
裏地のない着物を御供養した夫妻に与えられた御書です。
この夫妻の名前も定かではありませんが、
南条家ゆかりの人ではないかと推察されています。
本抄で冒頭、大聖人は大難の御生涯について記されています。
以下にその冒頭の御文を抜粋いたします。
(先に平仮名文、後に原文を添付)

ほけきょうの ゆえに にちれん ほど ひとに にくまれたる ものは なし(中略)
ぜんだいみもんの みなり こうだいにも あるべしとも おぼえず.
ゆえに しょうねん 32 より ことし 54に いたるまで 20よねんが あいだ.
あるいは てらを おいだされ あるいは ところを おわれ.
あるいは しんるいを わずらわされ あるいは ようちに あい.
あるいは かっせんに あい あるいは あっく かずを しらず.
あるいは うたれ あるいは てを おう.
あるいは でしを ころされ あるいは くびを きられんとし.
あるいは るざい りょうどに およべり.
20よねんが あいだ いちじ かたときも こころ やすきこと なし.

法華経の 故に 日蓮 程 人に 悪まれたる 者は なし(中略)
前代未聞の 身なり 後代にも 有るべしとも おぼえす
故に 生年 三十二 より 今年 五十四に 至るまで 二十余年の 間
或は 寺を 追い 出され 或は 処を おわれ
或は 親類を 煩はされ 或は 夜打ちに あひ
或は 合戦に あひ 或は 悪口 数を しらず
或は 打たれ 或は 手を 負う
或は 弟子を 殺され 或は 頚を 切られんとし
或は 流罪 両度に 及べり
二十余年が 間 一時 片時も 心 安き 事なし.
 

本抄は、この冒頭文にあるように、立宗宣言の32歳から20年以上、
あらゆる苦難に耐え、法華経の未来記の「法華経の行者」に完全に符号したことを述べられ、
その行者に対する供養の功徳の大きさをご教示されています。

今月の学習範囲の御文は、上記の大難を受けられたことで、
仏法2220余年の間、誰も証明し得なかった「法華経の行者」を証明したのであり、
「この日蓮がいなければ仏の言葉はもはや途絶えてしまったことでしょう」と
述べられている箇所です。

○所感.


大白蓮華37ページの解説では、この大聖人の証明と同じく、
創価学会が日蓮大聖人の御本尊を流布し、大聖人以来700年の間、言葉だけだった
広宣流布(こうせんるふ)を現実したと強調しています。
そして「御本仏・日蓮大聖人の御言葉を絶対に嘘にしないというのが創価学会の根本精神です」
との池田先生のご指導を紹介しています。

同大白蓮華の巻頭言にも、池田先生は次の記述をくださっています。
「分厚い偏見や反発にも怯まず、仏縁を結び続けてきた。
現在に眼前の証拠あらんずる人、此の経を説かん時は信ずる人もありやせん」(1045)
との御聖訓のままに、勝利の実証を示してきた」

今月の御書はテーマは「実証」です。
日蓮大聖人の仏法の正義を証明する「行動」と「結果」です。
大聖人は一切の難を乗り越えられ勝利されました。
創価学会もまた一切の難を乗り越え、全世界に広まりました。
私たちに問われることは自分自身の実証でしょう。

私は若かりし頃、鳴かず飛ばずの惨めな人生を歩んでいました。
自分はとても広宣流布はできない、と思っていました。
事実、私は40歳まで、お遊び程度の信心しかありませんでした。
それが、会社で窓際族にさせられ、そこから本気の信心をしたのです。
3年間、死に物狂いで信心した結果、私は「実証」を得ました。
そのことを今、<別館>に連載で記事にしています。
https://sokamori2.exblog.jp/i57/
この連載は、40歳からの信心で得た功徳を語っています。
理屈ではありません。私は体験した。実証を示した。
本当に御書の通り、私は宿命転換を果たしました。

日蓮大聖人の仏法は創価学会の中にしかありません。
さあ、比類なき真実の宗教、創価学会と歩みましょう。
そして、共々に実証を示しましょう!



ひらがな御書の単衣抄の交互文を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1514.html


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# by sokanomori3 | 2018-05-24 21:41 | 座談会御書 | Comments(0)

異常な紛糾に恐怖すら感じる(消す記事)


☆言った言わないで炎上.


国会が異常続きである。
首相が「いいね!」と言った言わないで大騒ぎになっている。
正確には「新しい獣医大学の考えはいいね」との発言のようだが、
「獣医学部新設への相談や依頼はなかった」とする首相の過去の発言に
「整合性」がない、だから「ソンタクがあったはず!」とする・・
そんな野党議員のバカ騒ぎが延々続いている。

「いいね」がイコール、学園新設の圧力になると騒ぐ議員やマスコミ・・
その狂気さに愕然とし、ヒステリー国家に恐怖すら感じる。
言った、言わないでここまで国会が攪乱させられるなら、
ありとあらゆる政治行動はマヒするだろう。
何もしないことが政治家の仕事になるだろう。
カネを使わず、何もしないことが良い政治家になるだろう。
政治家はバカ騒ぎだけで給料をもらい、
マスコミはくだらない揚げ足取りで売り上げを伸ばすだろう。
針の先ほどのことで、ソンタクと揶揄され、金銭の動きもないのに首相辞任要求。
あるいはパワハラと言われ、セクハラと批判されるニュースばかり。
これ、無責任野党やマスコミの吊るし上げ、逆パワハラではないか。
こんなことがまかり通っていいのだろうか。

クダラナイ国会中継より、まだ<別館>記事がましでしょう。
別館の最新記事URLを以下に示します。
sokamori2.exblog.jp/28328932/


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# by sokanomori3 | 2018-05-24 05:14

まだ続く連載記事(消す記事)


☆終わらない<別館>.


おはようございます。
5月もズンズン過ぎ去って、6月が見えてきた。
2018年、早くないですか?

さて、<別館>に連載が続いていますが、まだまだ続きます。
今回は、700人の前で体験発表した2ヵ月後の「魔」の話です。
広宣流布を御本尊に誓ったとき、恐るべき魔が、
それは宿業でもあるのですが、ドン!と出たのです。
ビックリしました。本当に驚いた。
あの魔が出ていなければ、私は幹部になっていたかも知れない。
まあ、大幹部にはならないまでも、そこそこ。(笑い)
当時、学会活動が楽しくて仕方なかった。
そこに「魔」が出たのです。

その記事を以下に示します。
sokamori2.exblog.jp/28327229/

この連載、まだ続きます。
さらに5~7編書くかも。
私が「平凡な学会員」にいかにしてなったのか、
それを語るにはまだ語らなければなりません。
私の持論は「平凡な学会員ほど幸せな人生はない」ということ。
大幹部だから幸せ、平凡だから不幸せなんてことはない。
そのことが言いたいのです。

で、この連載の後、私の人生には続きがあるんですね。
でも、それは今回は書きません。
魔が出て凹んで、もう一度元気になって、
そこからさらに私の人生、山あり谷ありで、
もっと大きな、もっとスゴイ功徳を頂いたのです。
でも、それは今は語れない。
そのことを伝えるには今の会社にいる限り書けない。
その部分は引退してから書くつもり。^^

ともかく、<別館>頑張って書いてますから、
引き続き見てほしいです。


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# by sokanomori3 | 2018-05-23 05:49

創価の森の歌(替え歌)


☆創価の森チョビンの歌.


千早さんが、以前に歌ってくれた替え歌をご紹介します。


そうかのもりに やってきた
チョビンは星の王子さま
なきむし おこりや あわてんぼう
はだかも まんまる チョビだけど
もりの へいわの ためなら
はねて はずんで たたかうぞ
チョビン 星の子
ちょびチョビン チョビン.

ぼくらのまちに やってきた
おっちょこちょいの おおめだま
ちからも ちょっぴり チョビだけど
まちの へいわの ためなら
とんで ころがり がんばるぞ
チョビン 星の子
ちょびチョビン チョビン.

ぼくらのくにに やってきた
チョビンは 星の王子さま
ごむまり だだっこ あかんぼう
てあしもカワイイ ちょびだけど
くにのあしたの ためなら
ぴょんと ジャンプで ひとっとび
チョビン 星の子
ちょびチョビン チョビン.



原作「星の子チョビン」の替え歌です。
この歌は、最初にお会いした時、千早さんが歌ってくれました。
そのカラオケの時の記事を以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/20017761/

私、気合を入れるために歌うことがあります。
(ひらがな御書作成にやる気が出ないとき)

知らない人は以下のyoutubeをご参考にしてください。
youtube.com/watch?v=_jiCC_WmDaU


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# by sokanomori3 | 2018-05-22 05:41 | 前略 千早さま | Comments(2)

「空とぶうさぎ」の歌


☆「空とぶうさぎ」の歌詞.


 www.youtube.com/watchv=kjyBEafGa 


「空とぶうさぎ」
持田美晴作詩・矢田久子作曲

手をください 目をください
足を という人もあるけれど
私は見えないことなんか気にしない
目をくださいとは思わない

でもひょっとして 私だって 心の中では
そう思っているかもしれない
人は勇気があるんだなあ
うらやましいから言うのかなあ

言ったって 思ったって
もらえるわけないのに
どうしたってもらうことは できないもんな.

目が見えなくても 人の話を
聞いたり 触ったり 嗅いだり
ほんとうに見るよりも
もっともっといろんなことを
思い浮かべることができるんだもん

いつか うさぎが空をとぶことが できると思い
人に笑われたこともあるけれど
すごいねって言った人もいた

うさぎはどうして とんじゃいけないの
私の心の中では うさぎってとぶんだよ
私といっしょに とぶんだよ.

ララララララ…
ララララララ…



この歌を聞くと、千早さんとうさぎさんを思い出します。
なんてステキな歌なんだろう。
「うさぎってとぶんだよ」はまさに千早流。
まるで、千早さんが書いた歌詞みたい。^^

以下に、この歌のyoutubeを添付します。
youtube.com/watchv=kjyBEafGa

千早さん作「うさぎ童話」を以下にご紹介します。
sokafree.exblog.jp/26350955/


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# by sokanomori3 | 2018-05-21 05:33 | 自在の人 | Comments(2)

遠藤周作「沈黙」の読書感想


☆キリスト教とは何か.


以下に、遠藤周作著「沈黙」の書籍の表紙写真を添付します。
b0312424_05293172.jpg

写真解説「暗雲の空に微かに隙間があり、太陽の光が差している写真付きの表紙です」

キリスト教の教会や信者を時々見かける。
教会は外壁や屋根の上に十字架を掲げている。
彼らは静寂の中に佇み寡黙である。
彼らは12月、寒い季節に忽然と姿を現す。
大音量で「神を信じなさい」とのメッセージを街頭に流す。
あるいはクリスマスを祝い、讃美歌を歌う。
それら一つ一つの風景は真剣で、鮮烈だ。

彼らは見知らぬ家の玄関をノックし、見知らぬ住民に語り掛ける。
おそらく、その勧誘が実る可能性は極めて少ないだろう。
成功しないアプローチを彼らは延々と続ける。
(これは学会員とて同じである)

私は心の中でつぶやく。
「あなたたちは可愛らしい。あなたたちは優しい。
あなたたちは清浄な空気を吸い、人生を楽しんでいるのだろう」
いつもそう思う。彼らの生き方に清らかさを感じるから。
社会の荒波で疲れた者にとってキリスト教は安らぎになることだろう。
懺悔すれば許される宗教。それは慰めになるのだろう。
でも、私はキリスト教の領域に踏み込むことはない。
私は創価学会員であり、仏法に生きる身だから。

仏法では、過去の罪の報いは避けられないと説く。
罪は宿業という悪しき現実として必ず出てくる。
懺悔して許されるとは説かない。

先日、俳句会で遠藤周作の「沈黙」という小説を知った。
島原の乱の直後、もっとも弾圧が激しい時代の隠れ切支丹の物語である。
キリスト教は危険な宗教とされ、徹底的な掃討作戦が行われた。
密告者には銀百枚以上の報奨金が与えられ、切支丹は「踏み絵」を踏まされる。
もし、踏めなければ死罪となる。
その恐るべき弾圧の現実が書かれた小説のようだ。

私は「沈黙」を読むことにした。
なぜ死罪になるような宗教を続けたのか。
キリスト教の魅力とは何か。死罪をどう受け止めたのか。
そもそもキリストとはいかなる人物か・・
そのことを知りたくて「沈黙」を購入した。

「沈黙」には、象徴的なシーンが二つある。
一つは不退転で殉教した農夫、もう一つは退転した二人の宣教師である。
遥か西の果ての国から、アフリカ大陸西岸を南下し、インド洋を経て、極東の日本に来た不屈のキリスト教のエリートたちが退転し、名もなき農夫が不退転で死罪となる・・
この真実の話を、遠藤周作は描いた。

殉教した農夫の名はモキチとイチゾウ。
彼らは満潮に首までつかる位置に立てられた十字架に縛られ、数日かかって絶命した。
一方、二人の宣教師、フェレイラとパードレ。
彼らはヨーロッパから日本に来た屈強な牧師である。
しかし、彼らは「穴吊り」という拷問に屈する。
そして踏み絵を踏み、退転する。
彼らは俗人となり、日本人の妻を娶り、日本に生きた。

信徒は殉教し、宣教師は退転して命をつないだ。
こうして、日本のキリスト教は死んだ。

「沈黙」を読み、私も沈黙するばかりである。
希望のない、残酷な物語だった。言葉もない。
一つ疑問が生まれた。「キリストとは何か」という疑問。
なぜキリストは愛され、今も多くの信者を抱えるのだろう。
私は今後、さらなるキリストの本を読もうと思った。
そのために二冊の本を購入した。
一つは「イエスの生涯」、もう一つは「キリストの誕生」。
いずれも、遠藤周作の本です。


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# by sokanomori3 | 2018-05-18 06:14 | 他宗教 | Comments(10)

西城秀樹さんの死


☆死去、早過ぎませんか.


西城秀樹さんが亡くなった。
けっこう驚いたし、ショックを受けた。
年齢は63歳だった。今、私は58歳だから、
重ね合わせると私の余命は残り5年ということになる。

私は80歳まで生きたい。できればそれまで健康でありたい。
平均寿命が延びている現在、80歳の寿命は不可能ではないが、
その望みはかなり難しいと感じている。
願わくば、父が生きた71歳は健康で迎えたい。

西城さんの体は頑強でした。
その自信からか、一晩にブランデーを1本開けたり、
タバコを1日に3箱も吸っていたという。
このことで、脳梗塞で半身麻痺となった。
そして63歳という若さで来世に旅立った。
お酒に弱い私は、そんな量のお酒は飲まない。
しかしタバコは1日に3箱吸った時代もある。
(私は禁煙して18年になる)

西城さんは、健康長寿の重要性を教えてくれたのでしょうか。
私自身、身を引き締めなければなりません。
健康で長寿であればこそ、偉大な使命も果たせる。
今私は難聴で薬漬けの日々である。
運動はまったくしていない。今、体の回復を待っている。
耳を治したら、しっかり健康を作りたいと思う。

難聴の過去記事を以下に添付します。
sokafree.exblog.jp/28274522/


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# by sokanomori3 | 2018-05-17 21:23 | 健康づくり | Comments(0)

社会本部「専門部」とは何か


☆仏法即社会を証明する.


私は「専門部」という組織に所属している。
この専門部は社会本部の中の組織で、その本部の中に社会部もある。
社会部は会社単位での学会組織である。
対して専門部とは経営者や弁護士、建築士などが集う組織である。
なぜ、この組織に私が所属しているかというと、
それは今、私が社員としての仕事ではなく、
ある意味独立した業態の仕事をしているからである。
(詳細な私の仕事は現役引退後に明かすつもり)

ともあれ、年に数度、会館に会社経営者や社会的な専門家が集う。
そこで、個々人の業態の立場で苦労や実証を発表し合う。
そうはいっても地区活動のような濃密な活動ではない。
定期的な会合を繰り返しつつ、自分の職務に「勝つ」ことを使命としている。
経営者の人たちや、社会的影響力の高い人達は注目度が高い。
ゆえに敗北や汚名を発生させると目立ってしまう。
負けないよう、そして勝利できるようこの組織はあるのだろう。

先日、この専門部の幹部がわが家を家庭訪問してくださった。
「菊川さんはいつからここに来られたのですか?」
「この町には、かれこれ23年ですが、家は二件目です。
 隣人に頭のオカシイ人がいて家を売って、ここに立て直しました。
 ここには15年住んでいます」
幹部は、私が昼食途中であった配慮から長話は避けた。
けれど、こうして一件一件、広範囲に広がる専門部員の家庭訪問をしていることに、
創価の凄さ、組織の強さを感じ、頭が下がる。

以下に社会部のスローガンと池田先生のメッセージを示す。

<専門部のスローガン>

一、仏法即社会の大英雄たれ。
一、一騎当千の先駆者たれ。
一、師弟不二の勝利王たれ。

<池田先生のメッセージ>

一年、また一年、巡り来る「創立の日」に、
一緒に「勝ち鬨」をあげゆく戦友がおります。
それは、誉の「部の日」を凱歌で飾りゆく、仏法即社会の賢者、
そして仏法勝負の勇者たるわが専門部の皆さまです。
月々、日々に、言うに言われぬ辛労を重ねながら、
どれほど真剣に、どれほど勇敢に、
どれほど誠実に奮闘してくれていることか。
女性の方々の尊いご活躍の様子も、妻と嬉しく伺っております。
わが専門部の皆さんを讃える御金言があります。
「天晴れぬれば地明かなり法華を識(し)る者は世法を得可(うべ)きか」
牧口先生はこの御書を通して厳然と宣言されました。
「太陽が昇った瞬間から大地はパッと明るくなる。
同じように、信心すれば生活のすべてを改善していける。
大事なことは“天を晴らすこと”です。
そういう信仰をしなければなりません」
どうか皆さん、わが生命に元初の太陽を勢いよく昇らせて、
いざ使命の戦野に打って出てください。
さあ、我ら専門部、いかなる試練の壁も、
負けじ魂で断固と打ち破り、一人ももれなく、
栄光の人生を晴々と勝ち開きゆこう!

(2017年11月18日メッセージから抜粋)

専門部に課せられた使命は「社会での実証」なのでしょう。
「創価の看板を背負って勝て!」ということ。
社会という修羅界の只中で、勝利する。
それは修羅と対峙し、修羅に勝たなければならない。
信心根本で、仏として戦う。
実証を示そうとしたら社会は「戦場」なんですね。

この専門部の所属は残り1年10ヶ月です。
何故なら、私が今の職務を卒業するからです。
私にとって勝利とは、最後までしっかり職務を果たすこと。
なかなか大変ですけどガンバリマス。

私の職場の苦闘の記事をご紹介します。
sokafree.exblog.jp/28309273/


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# by sokanomori3 | 2018-05-16 05:36 | 私の仕事 | Comments(0)

ひらがな御書の有効活用術


☆精度の高いルビ.


S氏が校正くださった平仮名訳原稿の写真を示します。
b0312424_22505240.jpg
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ひらがな御書は当初、多くの人々から批判を浴びました。
「間違いだらけ」「こんな漢字も読めないのか」・・
しかし、この不良サイトが優良に変化しました。
その理由は、S氏が校正を担当くださったからです。
このことで、一気にホームページの品質が変わりました。
ひらがな御書は、全編の収録はしませんが、少なくとも収録する310編については、もっとも間違いの少ないひらがな訳サイトなることでしょう。
そのレベルの高さはS氏の力に他なりません。
(私の入力ミスを除く)

上写真の内容は御書1103ページの修正箇所です。
御書全集は「末田地」を「まんでんだい」と読ませています。
しかし、S氏は「御書のルビとは異なるが「まんでんだい」はムリ」とされ、
「まんでんち」と読むように指摘されました。
このように、御書全集とてルビに間違いがあるのです。

並みのレベルでは、難解な御書を100%正しく読める人はいない。
もし、御書全集の拝読をチャレンジされるならどうすればいいのでしょうか。
ぜひとも、ホームページ版「ひらがな御書」をご活用いただければと思うのです。
ひらがな御書の全部が正くはありませんが、かなり高い精度になっているし、参考にしていただければ、スラスラと正しく読める有益ツールになっていると自負しています。

以下に、ひらがな御書の「交互文」表紙を示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b.html

この交互文は、大聖人の御書の御文を単語ごとに区切り、
詳細にルビを振り分けています。
御書は文章が続いていることから、どこで区切ればいいのかも分かりにくく、
区切りを間違えるとまったく違った意味にもなります。
その点、ひらがな御書は正しい読みができるのです。

自在会用に作成されている音声ソフト対応用ホームページですが、
晴眼者の皆さまにもご活用いただければと思うのです。

尚、正しく読めても意味の分からないことは多いでしょう。
下写真は御書1429ページの「当今」の間違い指摘です。
「現在の天皇の意味「とうぎん」と読む」とのこと。
どう読んでも「とうこん」なのですが・・
とにかくS氏のお陰でルビは高い品質なのです。


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# by sokanomori3 | 2018-05-15 06:07 | ひらがな御書 | Comments(6)

天空の城に魔王は住んでいる


☆美しき人生への闘争.


youtube「ブルーバード」を以下に添付します。




この世は気味悪い策略に満ちている。
怒りと愚かと貪りとがヘドロのように湖水を埋め尽くしている。
湖面は美しく太陽も月も宿すが、住む魚は四苦八苦している。
その世界をまざまざと毎日のように見せつけられる。
私たちはなぜ、必要以上に儲けなければならないのだろうか。
蓄えのない将来が不安だということなのか。
競争に負けることで没落する恐怖からか。
大きな外的要因による損害に備えなければならないからか。
けれど、豊かさを守るために過剰な競争をし、
本来、味わえるはずの楽しみや安らぎを失っていないか。
あるいは競争に勝つために周囲を不幸にしていないか。

ある王が死にぎわにつぶやいたという。
「私は王などに生まれなければよかった。ジプシーか何かに生まれて、
朝に夕に神に祈りを捧げる生活をしたかった」と。
王たる者が、なぜシプシーの生活に劣るのであろうか。

私は一匹の虫のように大地の底辺に生まれた。
四方を山に囲まれた小さな町に生まれた。
山の向こうにどんな世界があるのかを知らず、
平凡な親や平凡な近隣の人々の中で育まれた。
さりとて、私はその生活に何か不自由をしたということはない。
ただ、いつしか「勉強のできる人」が幸せと信じ込まされた。
一匹の虫は蛹となり、やがて空を飛ぶための翼を持った。

ふるさとから1000キロメートも離れた都会に私は移り住んだ。
そこには巨大なビルが林立し、着飾った人々がうごめいていた。
山奥の小さな町から来た一匹の虫は意気消沈した。
何の力もない、貧乏で惨めな自分が嫌で仕方なかった。
一方、周囲は豊かで力ある者たちが悠然と生きていた。

皆、天空にある城に住むことに憧れていた。
大地の暗がりに住むことは報われないと思っていた。
天空の城に行けば、着物も食事も贅沢ができる。
快適だし、楽だし、自由な時間も沢山あると期待していた。
だから、個々に翼を目一杯動かして天空の城を目指した。

私も例外ではなかったのだ。
天空の城の一角に行くために懸命に努力した。
オモシロくもないのに笑い、嫌いな相手のご機嫌をとった。
心にもないセリフを言い、しまいには病気でも元気なそぶりをするようになった。
病気をして休もうものなら、価値ある仕事は他人の手に渡る。
その恐怖心から、体に鞭打って働くのだ。
有給などとれない。逆に休日返上で仕事をした。
そうして、やっとの思いで天空の城の一員になった。

たしかに天空の城の生活は金銭的に豊かである。
家もクルマも、洋服も食事も程度が良くなった。
旅行は広々としたファーストクラス。
宿泊するのは高級ホテル。豪華な食事つき。
けれど、この天空の城から地上に堕ちる者が後を絶たなかった。
実はこの天空の城には城主がいて、嫉妬深く強欲なのだ。
嫌われれば左遷、降格。自己主張しようものなら・・
そう、追放や幽閉、さらし者になるのである。
ハイリターンは、ハイリスクである。

それでも、一生懸命働けば天空の城で生きられた。
こうして10年、20年、30年と歳月が流れた。

しかし、天空の城にも寿命がある。
世間で言う倒産やアクシデントなどで城ごと地に落ちることがある。
そうなれば天空の城は無残にも暗黒の大地に墜落する。
私の天空の城は、無残にも空中分解した。
それでも城は暗黒の大地で延命し、実入りは少ないが生活は維持された。
城が天空にあろうとどこにあろうとハイリスクの生活は止めどない。
そのうち「金属疲労」のように私の心は悲鳴を上げた。
ずっと心にもないことを言い、演じてきた生活が嫌になった。
怒りと愚かと貪りで凝り固まることに耐えられなった。

他の人々を不幸にしてまで繁栄しなければならないなんて、
未来を不安視して過剰に蓄えなければならないなんて、
365日、24時間を競争に使わなければならないなんて、
そうしていつしか競争漬けの生活ばかりになった。
何かオカシクないか? これが幸せか?
そうじゃないだろう?

今、初老の身となってはっきりと言えることがある。
お金じゃないって。地位じゃないって。
大事なことはね、悔いのない美しい人生なんだ。
大金持ちだから幸せ、有名だから幸せ、そんなことはない。
天空の城は神々の世界できらびやかだが現実は途方もなく大変なんだ。
地上も同じく大変。要するに環境じゃない。
境涯なんだ。境涯で幸せになれるかどうかが決まる。
釈尊は幸福の境涯を「成仏」と呼んだ。

幸せはね、仏になるしかないんです。
仏になるには南無妙法蓮華経しかない。
しかも、創価の南無妙法蓮華経でないとだめ。
私の城の生活は残すところ1年8カ月。それでオサラバ。
怒りと愚かと貪りの連中との濃密な付き合いはそれで終わりたい。
それまで闘争の生活はしかたない。闘争はそれまで続く。

魔との闘争、自分の弱さとの闘争・・


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# by sokanomori3 | 2018-05-13 06:18 | 私の仕事 | Comments(0)

千早さんブログの面白い記事


☆心が温かくなる作品.


千早さんは、ひらがな御書ホームページのパートナーです。
千早さんは「小さな一歩でしゅっぱ~つ♪」というブログをお持ちです。
思いついたようにときどき更新されるのですが、今回の記事はとってもオモシロい。
心がほんわか温まる。私的に大好きな記事でした。
その「噂を聞きつけて」と題された記事を以下に示します。
harutonaru.at.webry.info/201805/article_3.html

千早さんのお母さんが餌を置くと、小さな雀や大きな雀がやって来た。
次に鳩が来てきた。さらに鼠がやって来た。
それを千早さんのお母さんが窓から見ている。
お母さんと千早さんとの手に汗握る(笑い)観察が面白い。
この話は本当の話であるが、千早さんの名作童話になっている。
特に大きい雀のイヤラシさは、人間社会と共通のもの。
そして二匹目のドジョウ、三匹目のドジョウが奇想天外だ。
読めばニコニコなれる。心も晴れる。^^

皆さま、一服の清涼剤としてご覧ください。


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# by sokanomori3 | 2018-05-12 21:54 | 前略 千早さま | Comments(2)

ステンドグラスで作られたラッキー


☆キリスト教は癒し系.


ステンドグラス製のラッキー写真を添付します。
b0312424_06303870.jpg

写真解説「見かえりにゃんこ。5万4000円と表示されたステンドグラス製の猫の絵です」

昨日、友人からメールで1枚の写真が送られてきた。
「ステンドグラスで作られたラッキーを発見!」とのこと。
見ると、オシャレな雰囲気のラッキーがいた。(笑い)
私はステンドグラスが好きである。
さらに言えばキリスト教の教会に好意を持っている。

教会のステンドグラスから柔らかな光が入る。
落ち着いた清潔な教会の講堂に私はいる。
柔和な顔をした牧師がスピーチする。
聖書の一節が読まれ、心が高揚する。
講堂の奥に、象徴的な十字架がある。
その十字架に2000年の時空を超えてキリストを思う。
彼はゴルゴタの丘を十字架を背負って登った。
そして反逆者として処刑されるに至る。
やがて讃美歌が歌われ、その声が反射して耳も心地よい。
目を閉じて私は祈りを捧げる。
「天にまします我らが神よ・・」
まったくの空想の話です。(笑い)

私は現実に教会に入ったことはない。
もし、この世に創価学会がなければキリスト教徒になったであろう。
キリスト教の人たちは、正邪を別とすれば素敵な人たちに見える。
すくなくとも宗教心のない、欲にまみれた連中ではないだろう。
何より、ストレス社会の中で癒してもらえそう。
ただし、運命を受け入れる宗教である。
宿命の打開はできそうにない。

キリスト教徒らは日曜日に家庭を訪問する。
一度、話してみたいが公明党の看板があるわが家には来ない。
仮に来たとしても、家族は「わが家は学会です」と断る。
私なら断らない。「どうぞ、お茶でもいかがですか?」
そんな風に申し上げ、しばしの談話をするであろう。

対してイスラム教は好きになれない。
申し訳ないが過激派の問題があまりに大き過ぎる。
キリスト教も世界を植民地化した。
どっちもどっちかも知れないけれど。

ともあれ、ラッキーは元気にやっています。
そのラッキーカテを以下に示します。
https://sokanomori.exblog.jp/i43/


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# by sokanomori3 | 2018-05-12 06:37 | 他宗教 | Comments(2)

ブラックの中のホワイト


☆笑顔で耐えて生き抜く.


一昨日は帰宅がPM11時過ぎ、昨日もPM11時を超えた。
朝は6時50分に家を出る。自分の時間はほとんどない。
仕事はいつも終わらず、次々に舞い込む。
わが社がブラックとは言わぬ。(でも、ホワイトではない)
ただ、過重労働であることは間違いない。

世の中、権利や人権を主張することが多い。
少々のことであれがオカシイ、これがオカシイと騒ぐ。
一方、かなり過酷な仕事でも、静かに懸命にガンバル人がいる。
私は静かにガンバル人を尊敬する。

私は愚痴は言いたくない。否、愚痴を言えない。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても、笑顔・・
もう、社会人を30年以上続けて、タフに生きることが習慣化された。
弱音を吐けば職位を失う。愚痴を言えば、首がすげ変わる。
いつも戦場にいるような日々。
それが私の職場。

昨日、嬉しいことがあった。
難聴だった左耳がほんのり聞こえるようになった。
私は何もいらない。ただ、聴覚の回復が望みです。
清潔な服装と、疲れがとれる6時間の睡眠と休息と、
安全な我が家と健康に良い食事、入浴ができれば十分です。

連休明け、森友問題をまだやろうとしている野党の姿をTVで見た。
彼らは何と18連休していたとの報道あり。(産経新聞)
野党議員は、国会審議をボイコットして18連休していた。
マスコミは仕事をしている人々をコケにし、
大威張りで仕事を放棄している連中を賛美する。
私からすると、本当に理解し難い人たちです。

クダラナイ文句を延々と述べる人生より、
粛々と努力を続ける人生でありたい。
醜く怠惰でワガママな人たちの中で、
清く正しく美しく歩みたい。


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# by sokanomori3 | 2018-05-10 06:19 | 私の仕事 | Comments(0)

弘安二年御本尊の学会の認識


☆謗法の地だから対象外.


創価新報(5月2日)に「邪宗門の文証なき難癖」と題される記事が掲載された。
内容は弘安二年の御本尊についてであった。
かねてより、学会は会則の改定を行い、また勤行御祈念文の改定も行った。
過去より、弘安二年の御本尊を祈ってきたが、その内容を削除した。
その理由が、今回の新聞に記されていたので抜粋する。

>C作戦で学会の破壊を企て、御本尊を信徒支配の道具にしたのが日顕である。
そもそも、宗門が宗旨の根幹とする弘安二年の御本尊を、
自ら「偽物」と軽んじた日顕である。
つまり、日顕宗は御本尊云々する資格はない。
会則変更で学会は弘安二年の御本尊を受持の対象としないとした。
これに対し日顕宗は「学会は弘安二年の御本尊を否定した」
などと騒いでいるが難癖に過ぎない。
謗法にまみれた邪宗の寺にあるから「受持の対象にしない」だけである。
学会が、日顕宗以外の寺にある御本尊を受理しないのと同じである。
御書には「弘安二年の本尊だけを根本とせよ」とは一切記されていない。
むしろ、大聖人は阿仏房に与えた御本尊を「出世の本懐とはこれなり」(1304)
と記され、弘安二年の御本尊が唯一絶対のものでないことは
御書に照らして明白である。
宗門の主張は文証なき妄説にすぎない。



以上、主文を添付いたしました。
「邪宗の寺の本尊は受持しない」・・
当然ですよね。学会の会則改定は正しいです。

以下に、会則変更に関する記事を示します。
sokafree.exblog.jp/23711889/


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# by sokanomori3 | 2018-05-08 05:45 | 創価ニュース | Comments(14)

五月病にならない人生


☆創価の森「青猫」イラストを添付します。

b0312424_12151104.jpg

皆さん、こんにちわ。
どうですか、ゴールデンウイーク最終日。
明日からちゃんと会社に行けますか?
ゴールデンウイークが明けて半月もすると満員電車が解消されてくる。
休日明けの数週間で、会社も学校も嫌になる人が出るんです。
でも、明日は混むんでしょうね。

かく言う私は、ずっと仕事をしていますから五月病はない。
今日、午前中、昼寝?2時間しました。
で、もみほぐしに行きました。
まあ、疲れていたんですね。
風邪は治ったみたいですが耳は聞こえにくいままです。
明日以降、耳鼻科にいかないといけません。
耳が治れば、そこからまた体力作りです。

人生、強く賢くなるしかないんですね。
健康と賢さ。賢さというのは「技術の習慣化」です。
どちらも「継続」が必要で、この継続を支えるのが「夢」です。
「夢」や「目標」や「使命」というモチベーションが必要です。
それがあるから健康も作るし、努力も続けられる。

今、私、物凄く充実しているんです。
仕事が順調ということもある。
体が弱ってても、休日返上で仕事をできるのは、心に熱意があるから。
私、幸せです。幸せの境涯が心にちゃんとある。
学会員を40歳から続けて18年の福運です。

さて、今日は午後、平凡に暮らします。
今日は珍しく予定がない。何にもない。
まあ、体が回復していないので、あえて目標を立てていない。
私にしてみると珍しいことです。
「日曜大工はしないのか」ですって?
しません。(笑い)体に負担のかかることはできない。
ひらがな御書も今日はしません。
でも、何かをしなければなりません。
夕方、何をしたか続きを書きますね。
でも、何もしないかもなあ。^^

<17:35分追記>

今日はお買い物の他はなーんにもしませんでした。
したことは、パソコンプリンターのインク購入、
3980円の低周波治療器(電気式のマッサージ用具)の購入、
その電気屋の自動販売機でアイスクリームを食し、
帰宅後、治療器での肩、背中のモミモミ、
バスクリンを入れた浴槽への長風呂(夕方4時から)、
物凄く泡立てた石鹸ですみずみまで体を洗浄、
頭髪も入念に洗いました。
以上、それだけでした。(笑い)

午前中にもみほぐしに行きましたが、イマイチでした。
そこで安い低周波治療器を購入してケアー。
まあ、そのぐらい疲労があるんですね。
今晩、お酒を久々に飲むつもり。
疲れがすっかりとれたらいいな!


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# by sokanomori3 | 2018-05-06 12:36 | つぶやき | Comments(0)

この職員の不足をどうするのか


☆介護士、9万人も不足.


読売新聞(5月3日)に介護問題が語られていました。
2020年末までに介護施設の受け皿予定が38万人なのに対し、
実際には29万人になる見通しだという。

政府は2015年に「介護離職者ゼロ」を掲げた。
しかし、調達の見込みは75%になるという。
問題は、介護職員の不足、介護事業者が集まらないというもの。
今後、介護保険の負担増などを懸念する問題もある。
報道では、実際には予定の38万人でも不足するという。
近未来には48万人の介護職員が必要だという。

国は困っている。当事者の家族も困っている。
だとするなら、とても価値のある仕事だ。

さらに新聞は「賃上げ」「待遇の改善」の必要性を述べていた。
賃上げは嬉しいが、それだけではないでしょう。
私としてはシルバー世代の活用以外にない、と思います。
シルバーがシルバーを介護するというのはオカシイ・・
そんな声もあろうかと思います。
「やったこともないのに言うな!」と批判もあるでしょう。
でも、身体が健康なら高齢でもやれると思うのです。

やれないのは「技術」がないからです。
年老いても、クルマも運転できる、料理も洗濯もできる。
高齢でも技術があればちゃんとできる。
できないのは技術がないからでしょう?

根本問題は、介護は対象がモノではないということ。
人なのでミスができない。ここが難しい理由だと思います。
やることが分かり、自然とできるようになれば続けられる。
他の重労働から比較して過大な疲労度とは言えない。
問題は、考えなくても動けるスキルでしょう。

私が定年退職したら、この世界に行きます。
人員が不足しキツイ。敬遠される。
だとするならやりがいがあると思います。
「待っていてくださいね、僕が行ってあげるから」
そんなことを、ときどき思うのです。


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# by sokanomori3 | 2018-05-04 22:51 | 夢修行 | Comments(24)

親族いるのに無縁仏が増加


☆神も仏もない世界.


日経新聞の無縁仏増加グラフの写真を添付します。
b0312424_06150091.jpg

写真解説「横須賀市の無縁仏(引き取り手のない遺骨)の増加を示すグラフの写真です」

日本経済新聞(夕刊)に妙な記事があった。
「親族いるのに無縁仏」、「核家族化」独居増が背景」とのタイトル。
何だろうと思い読み、憔悴した心になった。
以下に、その主文を抜粋し所感を述べます。

<家族いるのに無縁仏>

孤独死し、身元が分かっているのに遺骨の引き取り手がいない・・
「無縁仏」として扱われるケースが増えている。
離れた親族が引き取りを拒んだり、家族の墓はあるが場所が分からなかったりする。
独居高齢者の増加で一段と多くなる可能性がある。
自治体は「墓の生前登録」などの対策を急ぎ始めた。
東京都足立区で亡くなった70歳男性について、離婚した妻と子供に連絡したところ、
その家族は葬祭費用は支払ったが遺骨の引き取りは断った。
理由は「関わりたくない」とのことだった。
無縁仏は本来、家族や親戚などで弔う人のいない死者を指すが、
引き取り手がなければ、自治体は身元不明の人と同様に無縁仏として扱う。
現在、身元が分かっている人の無縁仏が増加中だ。
足立区の担当者は、「離婚などで感情的になったり、
核家族で墓がなかったりして引き取りを断られるケースが多い」と明かす。
中には「親族が困窮していて引き取れないケースもある」という。

(以上、日本経済新聞5月2日より)

新聞に掲載されているグラフは右肩上がり。
世相を考えると「そうなんだろう」とは思いましたが何ともやるせない。
少なくとも現存する家族が親の遺骨を受け取らないとは・・
世も末とは言いますが、オカシナ時代ですね。
「困窮いるから」という理由は理由になっていない。
感謝の心や、親孝行、宗教心などの欠如を感じます。
少なくとも、人は「モノ」ではないですよね。
でも、「モノ」のような感覚でしょうか。

こんな心根では、幸せになれないと感じます。
少なくとも、私はそんな生き方はできない。

私はすでに墓石の購入を果たしました。
その墓石の過去記事URLを以下に示します。
sokafree.exblog.jp/26399363/


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# by sokanomori3 | 2018-05-03 06:16 | 良死の準備 | Comments(0)

学会中傷のグループがネットを悪用


☆創価新報の記事から.


創価新報(5月2日)の記事を以下に抜粋する。
(報道は実名であるが当記事ではイニシャルとする)



最近、学会を除名になった人物が様々に連携し、
インターネットを悪用して学会のかく乱を図るなど、躍起になっている。

個々についていえば取るに足らない輩ですが、
正体を知らなかったばかりに騙されてしまう会員が出ないよう、
ネットや一部マスコミによる影響の広がりも考慮し、
特に三つのグループについて概略をお知らせしたい。

まず、元職員を名のるK、T、Nらのグループです。
中傷をもくろむ一部マスコミと結託し、動きを活発化させています。
彼らは問題を起こし2014年6月に学会を除名になりましたが、
身勝手な主張をブログを通じて発信したり、
本部周辺に出没したり、さらには各地を回って同調者つくろうとしています。
第二に、このグループに便乗し、学会を「魔の連合軍」と批判している坊主のMです。
Mは、かつて日顕宗を離脱し、改革同盟として会館寺院の住職をしていましたが、
金銭問題で解任された坊主です。
現在は、先の除名者らと連動し、フェイスブックや集会などで
「学会の方針には不服従を貫け」などと煽っています。
第三には、各地の処分者らを焚きつけているHを中心としたグループです。
この一派は、インターネット上の掲示板を使い、処分者や同調者らを糾合、
各地で集まり連携を強めています。
このHは、「自分たちで別の学会を作ろう」などと馬鹿げたことを言っていますが、
その実態は問題を起こした各地の学会員をたぶらかし、
組織から引き剥がして自分たちの一派に取り込もうとしているのです。
つまり、日顕宗の脱会者づくりのようなことをしているのです。
そもそも、その本性は、一人残らず己の信心の狂いで学会にいられなくなった輩です。



以上、創価新報の主要な記事部分を記しました。
冒頭の三人組は学会職員でありながら、原田会長などの執行部に、
電話、メール、手紙などによる執拗な面談要求をし、
電話だけでも2000回以上にわたる過激な行動で迷惑行為を繰り返し、
著しく業務を妨害したことから学会本部を懲戒解雇された者たちです。
これにオカシナ元住職や、得体の知れない学会員?などが暗躍しているようです。
いったい彼らは何のために批判活動をしているのでしょうか。
私はオカシナ掲示板やブログは見ませんが、こういう連中に狂わされた人々が学会批判、
ネット批判を展開しているようなのです。

皆さん、まともな学会員のふりをして先生や同志を誹謗している連中がウヨウヨいますので、
くれぐれも騙されないようにしていただきたいと思います。

尚、私はまともな学会員なので、その点はご安心ください。


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# by sokanomori3 | 2018-05-02 06:08 | 創価学会批判 | Comments(2)

ひらがな御書へ感謝の声


☆積み重なる戦い.


S氏への往復書簡の7つの封筒の写真を添付します。
b0312424_13011947.jpg

写真解説「返信され帰ってきた封筒と送付前の封筒が7冊積み重なっている写真です」

この写真は、S氏に送ったひらがな訳の原稿です。
これらの原稿は、これからホームページに順次アップされます。
現在、ホームページの収録数は281編になりました。
hiraganagosho.web.fc2.com/b.html
尚、HPに感謝メールが届いていますのでご紹介します。

1.
視覚障害がある女子部です。
私は今年の4月にこのサイトを見つけました。
女子部で御書30編読了運動をしているのですが、私には無理だと思っていました。
そんな時、ひらがな御書に辿り着きました。
ほんとうにありがとうございます。

2.
初めまして※※と申します。
ひらがな読み御書、大変重宝しております。
大変な作業ありがとうございます。
全編読破と意気込みながら読めない漢字が続くとなえて
諦めることが何度あったことでしょう?!
そして皆さんに読めない漢字を尋ねられとても困っていました。
ネットで漢字検索をしている時にこのサイトを発見!
それも漢字とひらがなの両方が書かれているので
御書と照らし合わせて読むときの読みやすさは格別です。
心から感謝致します。ありがとうございます。
必ずや読破します!!



以上、お二人様のメールをご紹介いたしました。
皆さま、ご愛読ありがとうございます。
これからも頑張ります!


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# by sokanomori3 | 2018-04-30 06:01 | ひらがな御書 | Comments(4)


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