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広宣流布大誓堂の正面にある教会


☆キリストの十字架.


広宣流布大誓堂の正面にある教会の写真を添付します。
b0312424_20184906.jpg

写真解説「十字架が壁にデザインされた教会の写真です」

不思議な光景ですが、信濃町の学会本部入り口に教会があります。
ここには元学会員の信者もいるかも知れません。
遠藤周作の本で、江戸時代の隠れキリシタンの小説「沈黙」と
「キリストの生涯」の二冊を読みました。
キリストは捕らえられ十字架で処刑されました。
それは全人類の罪を背負った象徴になりました。
キリストには慈悲がありました。
貧困や病気に寄り添ったのです。
その行為は釈尊と同じです。

でもキリストの死に神は沈黙した。
対して釈尊は殺されることはなかった。
日蓮大聖人は釈尊など比べものにならない大難を乗り越えられた。
特に、竜の口の法難の死罪回避は驚くべきことでした。
キリストは死に、大聖人は生き抜かれた。その差は何でしょうか。
遠藤周作氏の小説の読書感想文を以下に示します。

「沈黙」sokafree.exblog.jp/28318471
「イエスの生涯1」sokafree.exblog.jp/28334209
「イエスの生涯2」sokafree.exblog.jp/28335987
「イエスの生涯3」sokafree.exblog.jp/28337837



過日、この小説の著者・遠藤周作氏と池田先生が会談されています。
その内容を、以下に要約して示します。

<2007年9月30日付 聖教新聞「仏法は強くなるための信仰」より>

「週刊朝日」の対談に、私(池田先生)がゲストとして招かれたのは、
昭和43年(1968年)の師走、12月20日のことであった。
32歳の若さで芥川賞を受賞された遠藤先生は、すでに文壇に揺るぎなき地歩を築かれていた。
しかし、いささかも気取ったところがない。
私の著作を読まれたり、知人から話を聞いたりして、以前から熱望されていたという。
対談の意気込みを遠藤先生は、こう記されている。
「今日、創価学会をぬきにして日本の仏教は絶対に語れない」
「にもかかわらず日本の知識人にはこの創価学会について無知であり、
無知だけではなく黙殺しようとする人が多いのはなぜか。
日本人と宗教との問題に関心のある私にはこの対談企画は有難かった」

5歳年長の遠藤先生と私の青春の共通点。
それは「病魔との闘争」であった。
先生のインタビューに応じて、私は語った。

幼い頃から腺病質だったこと。悪性の肋膜炎を何回も繰り返し、
恩師から「30までは生きられないだろう」と嘆かれたこと。
しかし、生と死を深く見つめる上で、病気との闘いは幸せだったこと。
「夜中に出る寝汗、あれはイヤだけれども美しいですね」。
そう申し上げた際、先生が語られた一言が印象的だった。
「ぼくも大病の経験がありますから知っていますがあれはつらい。つらかった」
遠藤先生の前に立ちはだかったのも、結核であった。

フランス留学も、志半ばで断念せざるを得なかった。
さらに37歳から2年もの入院。
その間、1年に3度にわたる手術も強いられた。
特に2年の入院は、芥川賞を受賞後、精力的に作品を発表していた頃だった。
同世代の作家が活躍するなかで、さぞかし無念と焦燥の日々が続いたことであろう。
だが先生は、生き抜き、勝ち越えられた。
「私は手術によって7本の肋骨を失い、片肺を切りとられたが、
私が獲たものは7本の肋骨や片肺よりも、もっと大きなものだった」
それは何か。命に及ぶ大病との格闘を通して、
悩める人や弱い立場にある人への温かな眼差しを獲得されたのである。
蘇生から4年。闘病で得た視座によって描いた渾身の力作『沈黙』(昭和41年)は、
戦後日本文学の代表傑作となった。

私との対談で、遠藤先生は、仏教を大きく「弱虫が母親に甘えるような宗教」と
「父親型で自己訓練型の強虫の宗教」とに立て分けておられた。
そして創価学会は、「強虫になる宗教」と評価されていた。
確かに、日蓮仏法は「厳父の愛」であると、わが師・戸田城聖先生は言われた。
安っぽい同情心ではない。人々の悩みを取り除き、
心の底から安心と希望を与えるまで徹底して戦う責任感。
これこそが仏法の慈愛であると、私は恩師から教わった。
同時に仏法は、自分自身が最高に強くなるための信仰である。
まず自分が強くならねば、苦悩の人を励ませない。
尊き学会員も護れない。だから、徹して断じて、強くなれ!
これが「戸田大学」の薫陶であった。

対談で、遠藤先生は、多くの会員の悩みを背負う私の責任の重さを、
幾たびも思いやってくださった。
関西弁で「さぞ、シンドいでしょう」と。
そのたびに、私は明言した。
「当然の苦しみ、悩みと戦って前途を開いていく宿命だと、
こう自分に言いきかしております」
遠藤先生は、「会長さんは強虫だ」と、兄のような笑みを浮かべられた。

創価学会本部のある、信濃町駅のすぐ近くに立つ「真生会館」は戦前、
カトリックの学生寮であった。
若き日の遠藤先生が、向学の青春を過ごされた場所である。
不思議な御縁の先生であられた。

抜粋内容は以下のウエブサイトの記述を参考にしました。
hatena.ne.jp/20070930/1191290719


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by sokanomori3 | 2018-05-30 06:11 | 他宗教 | Comments(15)
Commented by ゆりかもめ at 2018-05-31 14:24 x
キリスト教にしろイスラム教にしろ妙法(真実)の一部分を指した教えでしょ。
仏法西還する前は西の端のイギリスからキリスト教が世界に広まったわけだし、その頃日本は鎖国で、厭離穢土欣求浄土の徳川の世だったのは偶然ではないよ。
ゴッドマークの十字架は南無の南の上の部分だと思ってるから本部の真ん前に挨拶に来ても不思議ではないよ。
Commented by sokanomori3 at 2018-05-31 22:25
ゆりかもめさん、こんばんわ。

>ゴッドマークの十字架は南無の南の上の部分だと思ってる

へえ、なるほど・・
★菊川広幸
Commented by at 2018-06-04 21:15 x
菊川さん、こんばんは。久々に投稿させて頂きます。

広宣流布大誓堂の前にキリスト教の教会があったなんて気がつきませんでした。

ゆりかもめさんの投稿も興味深い内容ですね。
ところで、学会本部のある信濃町と関西創価学園・小学校がある交野市・枚方市と隣の市である寝屋川市の「池田村」と呼ばれていた場所を、その昔「永井尚政」という人物が治めていたらしいのですが、ただの偶然とは思えません。
久遠の昔から池田先生が関西創価学園をつくる場所を守ってくれていたような気がします。
Commented by sokanomori3 at 2018-06-05 05:24
奏さん、おはようございます。
池田村、不思議ですね。
因縁があるのでしょうね。
★菊川広幸
Commented at 2018-06-08 21:16 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sokanomori3 at 2018-06-09 07:29
非公開さん、おはようございます。
私は、とんちやジョークの一種と受け止めました。
それでいかがでしょう。^^
★菊川広幸
Commented at 2018-06-09 17:46 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by sokanomori3 at 2018-06-09 18:26
非公開さん、了解いたしました。
★菊川広幸
Commented at 2018-06-09 19:31 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 福島の壮年 at 2018-06-13 16:51 x
私は、キリストの教えを題材にした小説というと、
三浦綾子の『氷点』がすぐに思い浮かびますね。
私が小学生の頃、テレビドラマとして放送されていて、
両親が熱心に視聴していたので、私も一緒に見ていました。

大学生の時、書店でドラマと同名の原作を見つけて読み、
三浦綾子氏が敬虔なクリスチャンであることを知ります。
そして、氏の書いた小説『氷点』は、キリスト経の説く
人間の「業」=「原罪」がテーマであることを知りました。

※『氷点』(及び、『続・氷点』)のあらすじを掲載して
 いるサイトは多くありますが、ウィキペディアが分かり
 易いかなと。

アダム以降の全人類は、アダムとイブから引き継がれた
罪の性質=「原罪」を持ち、人間が罪を犯すのは、この
「原罪」に由来するとされています。

これは、仏教の「元品の無明」にも通ずるところがある
ようにも思われますが、「原罪」は、宇宙の創造主(神)
がヒトを創造した時点から、人間に等しく内包していた
必然的性質とは異なります。
神はヒトを超越した存在ですし、神の子である「イエス」も
また、原罪を持たないので、個人的な罪=「現罪」とは無縁
であるとされています。
したがって、人間は、けして「神」にはなれないし、
「神の子」である「イエス」とも同一視できません。

ここが、全人類は、「元品の無明」(苦の根源)と共に、
「元品の法性」(仏性)をも兼ね備えた存在であり、
人間の善性を最大限に発揮して生き、その徳性を他者にも
振り向け、「如我等無異」の境涯を触発せんとする仏と、
人間の悪性に振り回され、悪業に苦しむ衆生とは、その
生命のメカニズム、ダイナミズムという基本原理は全く
等しい(諸法実相)とする仏教---中でも「大乗仏教」の
要である「法華経」とは大きく異なる点です。

(続きます)
Commented by 福島の壮年 at 2018-06-13 16:52 x
『氷点』のテーマをもっと具体的に表現するなら、
「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」
というイエスの教えは、人間にとって普遍的な価値たり
得るものか否かということになるでしょう。
このテーマは、イエスが『モーセの十戒』を要約した
次の言葉に由来します。
「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、
あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに
言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」
(マタイ5章43節・44節)

「モーセの十戒」をザッと見渡すと、そこには、仏教に
説かれる十悪(十不善)や五逆の戒めに通ずるところが
多くあります。(詳細は省きます)

戸田先生は、「キリスト(イエス)や(イスラム教の預言者)
モハメッド(ムハンマド)が釈迦と共に語り合ったならば、
同じ『真理』に辿り着くのではないか」(趣意)というような
ことを言われたと、何かで読んだことがあります。
また、キリスト教やイスラム教、ユダヤ教は、その淵源は
同じであるといわれていますが、その本源の教えには、
「三世の生命観」が説かれていたということも何かで読んだ
ことがあります。

それでは、何が、それらの宗教の教えを変質させたのか。
それぞれの宗派が広まった民族の居住地域の生活環境に
よるところもありますが、基本的には、神という存在や
その神なる宇宙の創造主を覚知した神の子或いは、預言者と
一般民衆との繋ぎ役を果たしている聖職者にとって、
究極的に「神」や「神の子」や一般大衆は、全てが、
「宇宙根源の法」に基づいて生死生死を繰り返す存在であり、
生命即宇宙という同一の因果、メカニズムに即して存在して
いるという実相は、聖職者たちにとって都合が悪いからです。

(続きます)
Commented by 福島の壮年 at 2018-06-13 16:53 x
「神は絶対」であり、「神の子」や「預言者」(=創始者)は、
一般民衆が逃れがたき「原罪」とは無縁の特別な存在であるから、
その繋ぎ役である「聖職者」もまた、特別な存在として、
民族の頂点に立つ特権を有する必然性が、理論的に担保される
わけですね。

さて、この「聖職者」と「一般民衆(信者)」とを立て
分ける論理、どこかの仏教宗派と極めて似ていませんでしょうか?

もう一つ大事な視点。
キリスト教にしてイスラム教やユダヤ教にしても、或いは、儒教や
朱子学などの思想哲学にしても、地球社会に一定の勢力を持ち、
長い歴史の淘汰に耐えて今日まで続き、多くの信者を抱えている
宗派の教えは、仏教の教え就中、「現代の法華経=南無妙法蓮華経」
の教えの「流通分」になり得るということです。
宇宙の諸法のほんの一分の真理を解き明かせているに過ぎない科学
のみに執着して、宗教を小ばかにしている無知の衆生たちよりは、
余程優れた智慧と倫理観を備えているのが、外道の信者ですから、
科学的アプローチとも矛盾しないか(宗教の説く心理が、表層的
現象の因果と矛盾していないかという視点)を深耕していくならば、
必ず、仏教に辿り着けるはずなのです。
「科学と仏教」の関連性については、5月28日(土)付(だったと
記憶していますが)聖教新聞2面左上の囲み記事が分かり易かった
ですね。
Commented by sokanomori3 at 2018-06-13 22:16
福島の壮年さん、こんばんわ。
深い視点のご意見、ありがとうございます。
この記事の価値が高まりました。
御礼を申し上げる次第です。
菊川広幸
Commented by 福島の壮年 at 2018-06-14 15:02 x

菊川さん、過分な評価とお言葉、誠に恐縮です。
読み返してみて、余りにも多い誤字に唖然とし、
へこんでいます。(いつものことながら)
誤字は…まあ…賢明な皆さんは、前後の文脈でご判断
頂けるでしょうからいいのですが、一文、笑止千万な
誤りをしてしまいました。
もし、じっくりと読んで頂けた方ならお気づきでしょう。
敢えて直しません。
「ばかめが!」と笑ってやって下さい。

但し、内容はただの「私見」や「持論」ではありません。
出典は忘却の彼方ですが、間違いなく、先生のご指導や
講義、著作の中にあった断片断片を参考に纏めたものです。

学生の頃、御書を拝することは当然として、御書辞典やら
仏教哲学大事典やら、妙法蓮華経並開結やら折伏教典やら、
生命を語るを始め、教学に関する著作を読み、更には、
「業(カルマ)の法則(水上勉著)」や臨床心理学者の
解き明かした生命の実相を纏めた「退行療法」などを
読み漁り、それでも足りずに、専門外である相対性理論や
量子物理学にまで手を広げ、
「我は何処から来て何処へ還るのか」
を思索したものですが、「なんとなく」「ぼんやりと」
輪郭を垣間見ていたにすぎませんでした。

後に、大きな手術を受けて入院した病室で「法華経の智慧」を
むさぼり読み、近年、「21世紀への対話」において語られた、
『現代でこそ、超心理学等でみられる実験の結果は超常現象で
あると理解されていますが、いずれ原因と結果の糸が発見された
後は、徐々に常態現象として理解されることになるでしょう』
という先生の言葉によって、一気に「こうではないか」という
おぼろげなものから、確信に変わってきています。
勿論、南無妙法蓮華経への絶対確信、創価学会への絶対信頼は
以前から揺るぎないものがありますが、なるほど、大聖人の
仰られているのはこういうことか。法華経で繰り広げられる
一見、奇想天外としか読めない事象は、単なる譬喩ではなく、
真実そのものなんだなと---そう、認識できるようになって
きました。

ただ、それを全て納得した上で実践しようとすることは、
溜息が出るほど困難であるなと・・・残念ながら、そこが、
凡夫の域を脱せないのですけどね。
Commented by sokanomori3 at 2018-06-15 05:49
福島の壮年さん、おはようございます。

>大きな手術を受けて入院した病室で「法華経の智慧」を
むさぼり読み・・

創価学会員というのは本当にスゴイですね。
苦難の中で学び、変毒為薬する。
さすがです!^^
★菊川広幸


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