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カテゴリ:一般書籍のご案内( 24 )

本「人生のサバイバル力」の読書感想


☆同い年の佐藤優氏の本.


書籍「人生のサバイバル力」の表紙写真を添付します。
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写真解説「黄色の本の中央に黒の単色で佐藤優氏の似顔絵が描かれています」

この本のサブタイトルは「17歳の特別教室」です。
書店で手にとったとき、冒頭に次の言葉がありました。

>1960年1月生まれの私は、もうすぐ60歳の還暦を迎えます。
そろそろ人生の終わりに備えて、自分の仕事を
整理しなければならないと考えています。

「へえ、私とドンピシャ、同い年(同じ月)なんだ!」
私は内容も見ないまま、その理由だけでこの本を購入しました。
高校生のために書かれた本で、私の年齢からするといまいちでしたが、
その中にも感心させられる「哲学」がありました。

>世の中には4通りの人間がいます。

1.能力が高くて倫理観も高い、2.能力は高いけど倫理観が低い、
3.能力は低いけど倫理観が高い、4.能力も倫理観も低い。

この中で最悪なのは「能力が高くて倫理観が低い人」です。
学校教育では「悪」を教えません。
社会に出ると悪い人が沢山いる。
悪について知っておかなければならない。

>この中に嫌な経験をした人がいるかも知れない。
そういうとき、人生を一回リセットするのに一番いいのは
「場所を変える」ということです。それも中途半端に
変えるんじゃなくて、ドカンと大きく変える。
そういうこと、ものすごく重要なんだ。

>受験に奇跡はありません。まぐれで受かったとか、
まぐれで落ちたとか、そういうことは絶対にない・・

こんな内容の言葉がつづられていたのです。
「佐藤優さんは正しいことを言うなあ」と感心しました。
とくに4通りの人間というのは、まさにその通りです。
人生では倫理観(宗教・哲学)こそ大事ですから。

私、「お金持ち批判」の記事、時々書きますね。
先日も、こんな記事をを書きました。
sokafree.exblog.jp/29297216/

お金儲けだけの人生はクダラナイです。
私はお金のために生きるつもりはありません。
私は世のため人のため、そして「母のため」に生きたい。
そこで、60歳定年にして「場所をドカンと変える」つもり。
転職して「親孝行修行」をするのです。

以下に、私の親孝行修行の記事を添付します。
https://sokafree.exblog.jp/i58/

私、創価で倫理観を極限まで高めたいと考えています。
この濁悪の世の中を清く美しく生きたいので。

それと、受験のことですけど、佐藤さんの答え大事です。
お題目上げたから試験に合格するなんてね、
そうじゃなくて、勉強した人が合格するんです。
こんなこと言うと婦人部に批判されるかもですが、
仏法は道理なんですよ。こうでなきゃ。
マラソンに譬えると分かるでしょう?
お題目上げてフルマラソン走れますか?

祈りは、無事に試験会場に行けてベストを尽くせるというもの。
マラソンも同じ。怪我もアクシデントもなく、
力を出し切れるということなんです。
あくまで「努力が前提」ですからね。

以下に、私のマラソン挑戦記事を添付します。
https://sokafree.exblog.jp/i81/


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by sokanomori3 | 2019-11-05 04:07 | 一般書籍のご案内 | Comments(0)

国境なき医師団・白川優子の人生


☆ナイチンゲールの再来.


国境なき医師団に関する書籍を数冊読んだ。
純粋に生きる人が好きな私は、こういう分野に興味がある。
その中に衝撃の一書があった。「紛争地の看護師」と題される本。
著者は白川優子氏。2018年7月の初版本である。
17歳にして看護師を目指し、国境なき医師団で働くために
海外留学までして、IS紛争地まで出向いた女性だ。

私はこの本を、最初から最後まで涙を流しながら読んだ。
この本は、どんな本よりも優れている。
きょうはこの白川優子氏の本の感想を述べたい。

この本は、イスラム国(IS)紛争地に出向くシーンから始まる。
2016年10月、彼女は一通のメールを受け取る。
「イラクのモスルに緊急出発してほしい」
このメールのことは父にも母にもすぐに言い出せない。
彼女は、この書籍の冒頭に次のように書いている。

>「何もあなたが行くことはない」
「日本にだって救える命はある」
では、誰が彼らの命を救うのだろう。
医療に国境はない。私は本当にそう思っている。
7歳の時に「国境なき医師団」を知った時も、
実際に活動を始めて8年が経過した今もその思いは変わらない。
医療を求めて泣いている人々の痛みや苦しみを
見過ごすことは、やはり私にはできない。

この一文を見た時、私は落雷を受けたようにシビレた。
そして、彼女の活躍を貪るように読み進めた。

彼女はエリートではない。勉強も特別できた人ではない。
英語も劣等生だった。その彼女がなぜ、
ここまでのチカラを得たのか。

彼女が看護師になろうと思ったのは17歳の時だった。
将来、何になりたいかも見えない商業高校の生徒だった。
同級生が就職を決める中、進路が決められない。
その時、同級生が看護師学校選びをしていた。
「私ね、看護師になりたいの。看護学校選びしてるんだ」の声。
このとき、彼女の空白の心に夢が宿った。
「私も、看護師になりたい!」
この瞬間から、彼女の人生に道が生まれた。

彼女は定時制の看護学校に入学、半日を医療機関で働き、
残り半日に授業を受けて、4年を経て卒業する。
そこから看護師となるが、26歳のとき
国境なき医師団に夢をもち、10年かけて
海外留学をして英語をマスターする。
実は、彼女は英語が苦手だった。
しかし、彼女は課題を次々にクリアしていく。

30歳になった彼女は、オーストラリア留学をした。
オーストラリアで看護師をして働き、37歳にして、
ついに「国境なき医師団看護師・白川優子」が生まれる。
以来、彼女はシリア、スーダン、イエメン、アフガニスタン、
パレスチナ、イラクなどを転戦する。

彼女は、「医療では戦争は止められない」と嘆く。
無数の病人、けが人を手当てし、数限りない遺体を彼女は見送った。
あるときは死体が浮かぶ川の水を飲んだりもした。
気温50°の炎天下、無数の死体が腐乱していた。
この地獄の底で、彼女は戦争に怒りを持つようになった。
そこで、ジャーナリストになろうと考えた。
「戦争を止めさせたい」との思いから目指そうとした。
でも、ある人の話から諦めたという。
「あなたは看護師だ。今、こうしている間にも、
現場に戻って人々の命を救うべきだ」と言われ、
でも諦められず、葛藤しながら戦場で仕事を続けた。

各種の紛争地での描写は鋭く、切ない。
彼女の葛藤は今も続いている。
「傷を治すことだけが私の役割でよいのだろうか」
彼女はイスラエルのテレアビブ空港での取り調べについて語る。

>帰国する際、私は空港の取調室で真っ裸にされた。
体内に何か隠しものがないか検査され、
パスポートの記録から何時間も詰問された。
これはパレスチナ支援者への嫌がらせ以外に思いつかない。
取り調べから解放され、目にしたのは散乱した荷物だった。
財布の中身は、レシートの1枚まで出され、
家族への土産の包装紙は破られてむき出しだった。
飛行機の中で食べようと思っていたパンの袋すら破られていた。
裸にされ、体内チェックにも耐えたが、こらえきれず涙があふれた。
でも、こんなことで泣いてはいけないと思った。
私の屈辱など、パレスチナ人が受けているものの比ではない・・

このシーンは、ユダヤ人とパレスチナ人との
想像を絶する憎しみ合いを象徴する記述である。

この本は映画化されるべきだと思う。
ただし、実写版では作りえないだろう。
アニメしか方法はないだろう。

以下に、白川優子氏の講演のyoutubeを添付します。
youtube.com/watch?v=kPEwmwYt1x4


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by sokanomori3 | 2019-09-24 05:26 | 一般書籍のご案内 | Comments(2)

科学者が解く「老人のウソ」


☆何歳から老人ですか?


以下に、書籍「老人のウソ」の表紙写真を添付します。
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写真解説「表紙に、武田邦彦・科学者が解く「老人のウソ」と書かれています」

定年退職を7ヵ月に控えた私が、老後を学ぼうと本を購入しました。
著者の武田氏は大学教授であり、マスコミにもよく出ていました。
ときどきyoutubeを見て「そうだよな」「なるほど」と思うことが多く、
本には「老人なんていない」という論法で書かれていました。


人生100年時代で人生を2つに分け、50歳までを第一の人生、
50歳以降を第二の人生として、特に65歳以降の世代について語っていました。
日本では年金の仕組み上で65歳を高齢者、75歳を後期高齢者と呼んでいますし、
75歳はある意味「老人」と呼ばれている年齢になります。
しかし、生物学的に言えば50歳までが重要で、50歳以降は余生というか、
いつ死んでもおかしくない年であり、50歳以降の生き方は
まったくの別物という認識に立つべきだと主張していました。

この本によると、人は以下の3つの要件に当てはまると死ぬんだそうです。

1.経験数一定の法則で「死のスイッチ」が入る。
2.子供ために親の「死のスイッチ」が入る。
3.仲間に貢献しないと「死のスイッチ」が入る。

まず、第一は物理的な「死」で、すばしっこく活発なネズミは短命で、
動きの遅いゾウは長生きするというようなことが説明されています。
(これはあえて説明を省きます)

次に「子供や仲間を生かすために親が死ぬ、老いたる者が死ぬ」というもの。
これは本能的なもので、例えば「子供を産んで命を守る」という本能が、
「子供のために食いぶちを減らすために死ぬ」
という選択をさせるとのことです。

シャケは海から川に入り、川上で産卵した後は、
「死のスイッチ」が入り、オスもメスも死に絶えます。
これは栄養の少ない川で死ぬことで、栄養分となり、
孵化する稚魚の餌になるのだそうです。
これは社会全般(仲間)も同様で、現役を終えると後継に命を繋ぐために
「死のスイッチ」が入るとのことでした。
だからこそ、社会貢献しないと寿命が短くなるというのです。

アウシュビッツには、次の記録が残されているそうです。

>アウシュヴィッツの強制収容所で「クリスマスに釈放される」という噂があり、
されど実際にその日が来ても釈放されなかった。
すると新年までの間に、多くの収容者が病気で死亡した。
絶対に起きてほしくない恐るべき出来事が現実になったとき、人は絶望する。
未来に路はなく、苦痛がとめどなく続くしかないなら、
「死のスイッチ」が入るようにできている・・

未来への希望がどれほど人生にとって大事かが良く分かりますね。

さて、この本は要約すると以下の内容を述べていました。

1.老後を生きていると考えない。第二の人生を生きている。
2.第二の人生は、第一の人生より激しく生きるべきだ。
3.50歳からは自分のためではなく、他者のために生きるべきだ。
4.人は子供や仲間に貢献しないと死んでしまう。
5.見てくれを若々しく見せると長生きする。
6.第二の人生ではガンは怖くない。(死ねる時期)
7.何もしなければ生きている意味がない。

ともかく「生きる価値」こそ百薬の長なのでしょう。
「家族のため、誰かのために生きるなら何歳なっても老人ではない」
「大いに世のため人のために第二の人生を楽しもう!」
そんな学びのあった本でした。

存在価値がある限り「老人ではない」ということのようですから、
私は大いにシルバーライフを楽しみたいです。


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by sokanomori3 | 2019-06-24 05:25 | 一般書籍のご案内 | Comments(0)

万葉集ブームが到来する


☆万葉の声に耳を傾ける.


万葉集は、日本の現存最古の歌集だとのこと。
その詩歌の数は4540首にのぼり、そのほとんどは短歌ですが、
長歌260余首、その他、漢詩などが沢山含まれています。
成立時期は複雑で、1200年前から約130年間の詩歌が収められていて、
その詩集は20巻に及ぶという壮大なものです。
このほど、平成の次の元号が令和(れいわ)となり、その出典が万葉集で
あったことから、今後、万葉ブームが巻き起こると言われています。

私も早速、万葉集の入門書、角川ソフィア文庫「万葉集」を購入しました。
以下に、その読書感想文を添付いたします。
sokafree.exblog.jp/29344884/
sokafree.exblog.jp/29346893/
sokafree.exblog.jp/29348648/

この文庫本には、万葉集の詩歌140首が収録され、
解説文もしっかりして理解しやすいです。
この文庫本の冒頭文を以下にご紹介します。

>万葉集を読むとき、万葉の人々がいかに切実に人を愛し、いかに切実に
人の死を悼んだか、そのエネルギーに圧倒される思いがする。
王位をめぐる闘いがあり、敗北者の死がある。
忍ぶ恋、清らかな恋、妻子への愛、望郷の想いがある。
春の喜び、雄大な自然への畏怖がある。

>万葉の命を伝えるのは、2100首に及ぶ「作者未詳歌」である。
これらの歌は合唱となって、万葉集を支えている。
歌に生き、恋に死んだ人々の声は、大地から湧き上がるように力強い。

>本書はこれから万葉集に親しもうという方のための入門書である。
万葉の人々の歌に、しばし浸っていただければ幸いである。

(角川文庫「万葉集」「はじめに」から抜粋)

私はこの本を読んで、清々しい気持ちになりました。
1000年の昔の人たちの息づかいすら感じられるほどリアリティに溢れた詩歌に、
日本人として生まれた幸せを感じました。
この本の中から、四首を以下にご紹介いたします。

>我が形見 見つつ偲(しの)はせ あらたまの 年の緒(そ)長く 我も思はむ.
>相思はぬ 人を思ふは大寺の 餓鬼の後方(しりへ)に額(ぬか)つくごとし.
>瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲(しぬ)はゆ
 いづくより来たりしものぞ まなかいに もとなかかりて 安寂(やすい)し寝(な)さぬ.
>銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も 何せむに まされる宝 子にしかめもや.

先の二首は恋愛の歌、後半の二首は子に対する親の歌です。
以下に、本に記載されていた現代訳で解説します。

>私の想い出の品を見ながら私を思ってください。私もずっと
 あなたを長く思いつづけますから。
>自分を思ってくれない人を思うのは、大寺の餓鬼の背中を拝んでいるようなものです。
(「餓鬼」は仏教用語。すでに仏教がしっかりと根付いている)
>瓜(うり)を食べれば子のことが思われる。栗を食べればさらにいっそう思われる。
 子供はどこから来たのか。面影が目にちらついて安眠できない。
>銀も金も宝玉も一体何になろう。これにまさる宝といえば、
 子以上の宝があろうか、ありはしない。

結ばれない恋、実らぬ思い、愛別離苦、子供への愛情などの声・・
こんなステキな詩歌が万葉集には満載なのです。


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by sokanomori3 | 2019-04-06 06:22 | 一般書籍のご案内 | Comments(0)

万葉集「浦島伝説」より


☆息絶えた浦島の教訓.


万葉集に「浦の島子」の話が収録されていました。
以下に、その記述の現代訳を添付します。

浦島伝説.


>水江(みずのえ)の浦の島子が、カツオを釣り、タイを釣って得意になり、
七日も家に戻らず、海の果てを漕いでいると、海神の娘に出会い、
言葉を交わして結婚の約束をした。そして、不老不死の国に行き、
海神の宮の御殿に二人で手を取り合って入り、年も取らず死にもせず、
長い間居たのであるが、愚かな浦島は、いとしい妻に
「少し家に帰って父と母に事の次第を語り、すぐに帰ってくる」と言う。
妻は「不老不死の国に帰ってきたいなら、この箱を決して開けてはいけません」と言う。
そんなにも堅く禁じたのに、浦島は住江に帰ってみたが、住んでいた里は見当たらず、
この箱を開いてみればもとのように家が現れるだろうと箱を少し開けてしまった。
すると白雲が箱から出でて海神の国の方になびいた。
浦島は叫びころげまわり、たちまち気を失った。
若々しかった肌もシワだらけとなり、黒かった髪も白くなり、
とうとう息も止まって死んでしまったという。

(以上、角川ソフィア文庫「万葉集」より)

何という味わいのある豊かな表現力でしょう。
私たちが知っている浦島太郎の話は、カメを助けて、
そのカメが恩返しに竜宮城に連れてゆき、
楽しく過ごして帰郷すると、すでに故郷はなく、
持ち帰った玉手箱を開けると老人になったというもの。
しかし、万葉集の浦の島子は、不老不死の国への冒険の物語で、
その国の妻から「開けてはならない」と忠告されていた箱を、
その教えを破り開けたところで死んでしまう。
すなわち、万葉集の浦島太郎は成功を掴むが最後、悲劇に終わる。

掟(おきて)を破ることの罪と罰とを表現したのか。
長寿を願い、されど時はあっという間に過ぎ去り、最後、年老いて
死を迎える人生の哀愁を記したのだろうか。

角川ソフィア文庫「万葉集」の記事を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/29344884/
sokafree.exblog.jp/29346893/


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by sokanomori3 | 2019-04-05 05:07 | 一般書籍のご案内 | Comments(2)

万葉集「貧窮問答歌」より


☆風交じり雨降る夜の歌.


新元号が万葉集から引用されたことから、今、日本中で
にわかに万葉集の本が売れているという。

1000年も昔の古文は読みにくいが、それでも日本語なので読めもする。
まして現代語訳もあり、通解もあるのではっきりと分かる。
読んで驚いたのは長文の詩歌があることだった。
その中に「貧窮問答歌」という詩歌があった。
当時の貧しい生活の描写が鮮烈で驚かされた。
この詩歌は、中流の男性と貧しい男性との問答になっています。
以下にその通解文を紹介します。

問.


風を交え雨降る夜、雨に交じって雪が降る夜は、どうしようもなく寒いので、
堅塩(かたしお)をかじり、糟湯酒(かすゆざけ)をすすって、
咳込んで鼻をぐずぐずさせ、まばらな髭をなでて、
「自分をさしおいてはまともな人間はあるまい」と誇ってみるものの、ひどく寒い。
そこで、麻の夜具や袖無し衣(ころも)のありったけを重ね着する。
それでも寒い夜なのに、自分よりも貧しい人の父や母は凍えていることだろう。
妻や子供たちは食べ物を欲しがって泣いているだろう。
こんなとき、あなたはどのように暮らしているのか。

答.


お天道様やお月様は明るいというが、自分のためには照ってくださらないのか。
誰でもこうなのか、自分だけがこうなのか。
人間として生まれ、人並みに生きている自分が、綿もない袖無し衣で、
よれよれの垂れ下がったぼろきれを肩にかけ、歪んだ家の中に地べたに藁を敷いて、
父と母は枕の方に、妻子は足元にいて、嘆きうめき、かまどには火の気もなく、
飯(めし)を炊くことも忘れ、ゆえ鳥のような弱々しい声をあげているのである。
世の中を生きるということは、こんなにもどうしようもないものなのか。
世の中の辛さに身も細るように思うけれど、飛び立つことはできない。
人は鳥ではないのだから。

解説.


後半の男性は極貧者で、家は竪穴式住居らしい。
ぼろをまとった家族が身を寄せ合っている。
戦う力もなく、逃げることもできず、ただひたすらに地べたに身を寄せ合って
耐え生きていくしかない現実を語っている。

所感.


衝撃的な現実を突きつけられたような詩歌でした。
当時の人々の生活を思えば、今の世がどれほど恵まれているかは明白で、
私たちはもっと今の世の生活に感謝すべきだと思いました。
不平不満ばかりを言い、怒っているようでは不幸です。
1000年も昔の人たちから見れば、今の世は
どれほどの幸せでしょうか。

引用した万葉集の本を紹介した記事を以下に添付します。
sokafree.exblog.jp/29344884/


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by sokanomori3 | 2019-04-04 05:19 | 一般書籍のご案内 | Comments(2)

ぼくたちに、もうモノは必要ない


☆ミニマリストの幸福論.

書籍「ぼくたちにモノは必要ない」の写真を2枚添付します。
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写真解説.「1枚目は、大きな字でタイトルがあり、その下に“人生が動き出す、モノが少ない幸せ”と書かれている本の写真。2枚目は、本に添付されている部屋の写真で、著者の過去の部屋と現在の部屋とが対比になっているページの写真です。過去の部屋はモノで溢れ、現在の写真はモノが少ない部屋です」 

本屋の平積みされていた本の中に目立つタイトルがあった。
「ぼくたちに、もうモノは必要ない」
立ち読みして、グングン引き付けられた。
ミニマリスト(最小限主義者)という生き方を勧める本であった。
その冒頭の文章を抜粋し、所感を述べます。

ミニマリスト の「生き方を通して見えてきたのは、単に部屋がスッキリして気持ちいとか、掃除がしやすいとかのメリットだけではない。
もっと本質について、つまりどう生きるか、誰もが求めてやまない「幸せ」を考えなおすことだった。だから、ぼくはモノを沢山捨てた。
そして今、毎日、幸せを噛みしめながら生きられるようになった。
ぼくはモノを捨てることからスタートして、なぜか前よりも幸せを感じている。
今までぼくはモノを貯め込み、ひいてはぼくの幸せにつながると考えていた。
ぼくはモノが大好きで、何も捨てられないタイプだった。
おおげさに聞こえるかもしれない。まだ何も成し遂げていないし、人に誇れるようなことは何もない。だけどこのことだけは胸を張って言える。
ぼくはモノを少なくして、毎日、幸せを感じられるようになった」

著者は言う 「考えるな、捨てろ!」
「探し物の時間が減る。忘れ物もなくなる」
「部屋が狭いことは喜び。小さな家は犯罪を防ぐ」
「モノを減らしても自分は減らない」・・
私はうらやましくなりました。「真似したい!」と思いました。
わが家には不要なモノが沢山あります。
溢れてはいないが、おそらく3分の2は不要なモノです。
ネクタイは100本もあります。日頃しているのは20~30本なのに、です。
着ない背広、はかないズボン、もう二度と見ない古めかしいビデオ(笑い)、読まない本も沢山あります。特に多いのは、仕事の資料です。
本当は仕事の資料など捨ててスッキリしたい。でも、定年退職までは捨てられないと「思い込んでいる」。そんなことは、きっとないのに。
私は、定年になったら一切を捨てようと思っていましたが、この本を読んで、今にも捨てたくてしかたない気持ちになりました。

学生時代 の初期、私はミニマリストだったのです。
御本尊様と洗面用具、炊飯器、筆記用具、布団ぐらいしかなかった。
でも、そのシンプルな生活は確かに居心地のよい生活でした。
考えてみれば不要なモノが沢山あるのは問題ですね。
さて、失職や離婚で、一切を失われた人もおられるでしょう。
きれいさっぱり失ったなら覚悟を決めるしかない。
「俺はミニマリストになった。ここからが再びのスタートだ!」
そんな気持ちで歩まれてはどうでしょうか。
不用なものは便秘のようなものかも知れませんしね。
排出したら、ほら、すっきりする。^^

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by sokanomori3 | 2016-10-13 06:10 | 一般書籍のご案内 | Comments(6)

青い鳥症候群の「べき」


☆豊かな時代の成績優秀者の悩み.

何気なくクリック!したサイト‥
そこに『ザ・鬼上司! 【ストーリーで読む】上司が「鬼」とならねば部下は動かず』(染谷和巳 著)の感想文?があった。
購入して読みたいとは思わないが、印象深い内容なので紹介したい。



大学を出て商社に就職した羽村君
上司が“こっちの言い分”も聞かずに一方的に仕事を命じることに耐えられず、2カ月で退職。親類の世話で一部上場の製造会社に再就職するが、今度は仕事の内容が気に入らない、自分の能力を発揮できないと1カ月で退職。
その後も勤めては辞めるを繰り返しフリーターを続け、30歳近くになって流れ着いたのが新たな会社。若い人が皆こうだとは思わないが、こうした傾向を持つ人が増えているようである。
なぜ羽村のような人ができるのか。貧困、空腹を知らない、厳格な規律に縛られて生活したことがない。先生や親など周囲の人から叱られたことがない。こうした社会環境がすくすくのびのび育てた。これが1つの原因。
もう1つは15年以上もペーパーテストに明け暮れ、これでいい成績を上げれば優れた人間と見なされるという価値観を身につけてきたこと。問題集の問題を解く能力は伸びた。眠る時間を削って努力もした。そこそこの大学に入ったことで自信がついた。「自分は優秀だ」というプライドが高くなった。半面、自分の部屋で1人でいることが好きな人間になった。集団生活、人間関係といった分野では赤ん坊のままである。
この2つの原因から、気に入らないことはしない人、できることしかしない人、人と一緒に仕事することのできない人、組織不適合の人ができた。
こうした人々を「青い鳥症候群」と呼ぶそうだ
羽村が求めている青い鳥はどのようなものか。自分をお客様のように大切に扱ってくれる会社である。自分が好きなことを好きなようにできる会社である。失敗しても遅れても叱られない会社、「いいのよ、できなければ。できることだけやってね」とやさしく言ってくれる母親のような上司がいる会社である。
こんな会社があるわけがない」.



「青い鳥症候群」って何だろう
本に書いているのだろうが、ネットで調べてみた。

「精神科医の清水將之が、1983年の著書『青い鳥症候群 偏差値エリートの末路』の中で提唱した概念。青い鳥症候群に罹患した人は、理想と現実とのギャップに不満を感じるあまり、理想を求めて次々に新しいものを手に入れようとする傾向があるとされる。主に、天職を求めて何度も転職を繰り返す、忍耐力に欠けるとされる若者を指して用いられることが多い」

昭和時代の人から、以下の声が聞こえてきそうな青い鳥症候群ですね。
「若い時の苦労は買ってでもしろと言うではないか」
「まさか上司とはかくあるべきと思っていないか?」
「そうじゃない。部下としてどうあるべきかなんだ」
「相手じゃない、自分をどう作るかだ」

立派な歯車になることも大事と思います。偉くなってから好き嫌いを言えばいい。地べたに這いつくばって生きることも、将来の肥やしになる。
どうせなら、気持ちよく、最高の歯車を目指してはどうでしょうか。好むと好まざる関係なく、最初は歯車になるしかないのですから。

追記:この青い鳥症候群の根本原因は境涯ではないでしょうか。
利他に開けば、能力は最大限に発揮できますからね。
私は青い鳥症候群ではありませんでしたが、最初は苦労の連続でした。
そのことを<別館>の「普通の生活」シリーズにまとめています。
普通の生活シリーズは、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-12-13 06:23 | 一般書籍のご案内 | Comments(4)

田中角栄の本


☆人は理では動かず情で動く.

書籍「人は理では動かず情で動く」の表紙写真を添付します。
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書店で1冊の本の見出しが目に入った。
「人は理では動かず、情で動く」と書かれ、田中角栄のイラストが描かれていた。
表題が心にスッと入り、「そうだようなあ‥」と本を手に取った。
開いたページに「このプロジェクト、私にやらせてください!と訴えかけるときも、相手の目を見る」と書かれていた。
先日、そんなことがあったばかりの私。^^
その記事は、→ここをクリック!
こういう本は、ほとんど読まない私だが、一体、田中角栄とは何者なのだろうと思い、この本を購入した。以下に書籍の内容を示す。(抜粋)

努力の人、それが田中角栄だった。
起床は毎朝5時過ぎ。テレビニュースを見てから主要新聞7紙を素早くチェック。朝風呂は“カラスの行水”で、7時から朝食。
午前中は陳情を受け、午後は行政レベルの仕事。
夜の酒席にはめったに出ず、公務がなければ夕方に帰宅し、オールド・パーを水割りで楽しみ、9時か10時には早々と就寝する。
夜中の12時に目を覚ますと、資料や書類、手紙、報告書などに目を通して、一気に仕事を片付ける。そのあとが勉強時間となる。
政治家や官僚の調査データなど、あらゆる必要項目を暗記する。
そして3時に再び就寝、2時間後の5時に再び起きる。
“アヒルの水かき”にも似た角栄の努力を見落としてはなるまい。

約束を守る、それが田中角栄だった。
「やる」と約束したら、何が何でもやらなければならない。ところが、約束をしておきながら、「そういう意味で言ったわけではない」など、正当性を主張し言い逃れる。
当人にしてみれば、うまくかわしたつもりだろうが、1つの嘘が、どれだけ信頼を損ねているか気がつかない。
二階堂進は、田中派副総裁を務めた大物代議士だが、なぜ角栄に心酔したか。それは角栄が約束を徹底して守ったからだ。

実利主義、それが田中角栄だった。
角栄は実利主義者だった。
窮地に陥っている人の心を動かすのは、“能書き”ではなく現実的対処であり、実利であることを田中は熟知していた。
「人が困っているとき、“頑張れ”だけでは足りないことがある。10万円あったら、難局から抜け出せる人がいる。命が助かる人もいる。角栄さんは苦労人だけに、そのことをよく分かっていた」(田中派の重鎮の話)
角栄は地元の悲願に応えていく。
生活レベルの向上のためにインフラ整備に全力を傾注した。
10年先、20年先のビジョンも大事だが、「今」はもっと大事だ。
人間は「今」を生きているからだ。

敵を作らない、それが田中角栄だった。
田中角栄が秘書官の早坂茂三に問いかけた。
「総理大臣になるための必須条件とは何か」と訊ねた。
「味方をつくり、増やすことです」と早坂が言うと、
「違う。逆だ。敵を減らすことなんだ」と言い放った。
さらに角栄は言った。
「味方というのは、一緒になって死んでくれる奴のことだ。そんなのがザラにいるはずはない。やみくもに味方をつくろうとして、コメツキバッタの真似をするな。
雲行きが危うくなったら、すたこら逃げ出す手合いに愛想をふりまくのは愚か者のすることだ。人の好き嫌いはするな。誰に対しても公平であれ。
他人の為に汗を流せ。面倒を見ろ。進んで泥をかぶれ。約束は実行せよ。やれそうもないことは引きうけるな。
これを長い間続ければ、敵が減る。多少とも好意を寄せてくれる広大な中間地帯ができる。大将になるための道が開かれていく」

裏切らない、それが田中角栄だった。
一瞬にして人望を失うのは、仲間を裏切ったときだ。
人望どころか、人間として最低とみなされる。
「あの人は裏切った」という風評が立てば、信用を取り戻すのは至難のワザだ。
田中角栄は、裏切られたことはあっても、自ら裏切ったことは一度もないと言われる。昨日の友は今日の敵であり、側近に寝首をかかれることも珍しくない政界にあって、頑なに角栄は信義を守った。



所感:内容は納得できるものばかりであった。
「田中角栄は悪い人」というイメージだった私は驚きつつ読んだ。
表題の「人は理屈では動かない」、「人は情で動く」というのは真理だ。
仏法では依法不依人(えほうふえにん)と説くが、これは誠に稀有のことである。
「努力の人」、「約束を守る」、「裏切らない」、そして「実利」はとても大事な考えだ。
実利は人によって「貪欲」に感じるかも知れない。
それを「実証」と置き換えるならスッと入るだろう。
角栄氏は、努力の人であり、愛情のある人だった。その努力と愛情は半端ないものだった。金権問題は当時の時代の特徴で、今は徹底的に批判されるが、国を思い、民衆を愛した人であったことは間違いない。
さて、角栄氏は何を目指し、何を果たそうとしたのだろうか?
彼は次のように自ら語っている。

「人間は出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。政治家を志す人間は、人を愛さなきゃだめだ。東大を出た頭のいい奴はみんな、あるべき姿を愛そうとするから、現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。それではだめだ。八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。そこにしか政治はない。原点はそこにある」

「原点」とは本質である。角栄氏の本質は「愛」だった。そう思う。
国土への愛、庶民への愛、先祖、未来の子どもたちへの愛‥
その愛を現実のものにしたいと考えたのではないか。
そうでなければ、このような生き方には到底ならない。
徹底的に批判され、徹底的に忍び、徹底して成果を出した。
カネ目立ての人生では決してない。
この読書で、私は田中角栄の認識を変えました。
田中角栄の歴史は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-08-19 06:05 | 一般書籍のご案内 | Comments(7)

田中角栄の歴史<参考資料>


☆田中角栄氏の略歴を以下に示します。


1918年(大正7年)5月4日生誕。
1933年(昭和8年)高等小学校卒業。最終学歴を「中央工学校」卒と称することがあったが、中央工学校は学制上の学校ではない。
1936年(昭和11年)3月、中央工学校土木科を卒業し建築事務所に勤める。
1938年(昭和13年)徴兵検査で甲種合格。陸軍騎兵第3旅団第24連隊入隊が決定。
1939年(昭和14年)入営、4月より満州国富錦で兵役に就く。
1940年(昭和15年)3月、入営から1年で騎兵上等兵となる。
11月にクルップ性肺炎を発症、翌年2月内地に送還される。
1941年(昭和16年)10月に除隊。翌月に東京の飯田橋で田中建築事務所を開設。坂本はなと結婚。
1943年(昭和18年)12月に、事務所を改組して田中土建工業を設立。
1946年(昭和21年)4月、進歩党公認で、郷里の新潟2区から立候補。候補37人中11位(定数は8)で落選。
1947年(昭和22年)4月、日本国憲法による最初の総選挙で新潟3区(定数5)から民主党公認で立候補し、12人中3位(39,043票)で当選。
同年11月28日結成された同志クラブに加盟。民主クラブは1948年3月に、吉田茂を党首とする日本自由党と合同して自民党となった。
1957年(昭和32年)7月 第1次岸信介改造内閣で郵政大臣に就任。
戦後初めて30歳代での大臣就任。
(中略)
1972年(昭和47年) 6月 『日本列島改造論』を発表。
7月5日自由民主党総裁に当選。
7月6日第1次田中内閣が成立。初の大正生まれの首相であり史上初の新潟県出身の首相となる。各種機関の内閣支持率調査で70%前後の支持を集める。
9月29日米首脳会談後に中華人民共和国を訪問。首都北京で周恩来首相や毛沢東共産党主席と会談。両国の共同声明により日中国交正常化が実現。
(中略)
1983年(昭和58年) 10月 ロッキード事件の一審判決。東京地方裁判所から懲役4年、追徴金5億円の実刑判決。即日控訴。
1985年(昭和60年) 2月27日、脳梗塞で倒れ入院。言語症や行動障害が残り、以降政治活動は不可能に。
9月ロッキード事件控訴審開始、田中は欠席。
1986年(昭和61年)7月、第38回総選挙。トップ当選。田中は選挙運動が全く行えず、越山会などの支持者のみが活動。自民党は圧勝。
4年近くの任期中、田中は一度も登院できなかった。
1990年(平成2年) 1月24日、衆議院解散により政界を引退。衆議院議員勤続43年、当選16回。
1993年12月16日、慶應義塾大学病院にて75歳で死去。
ロッキード事件は上告審の審理途中で公訴棄却となる。

以下に読売新聞(8月7日)スエズ運河の記事を添付します。
b0312424_2147421.jpg
写真解説.「新スエズ運河完成・船舶数が倍増との見出しで、スエズ運河の工事完了に関する記事の写真です」

田中角栄14歳のとき、人生を大きく開く出来事があった。
角栄氏は土木派遣所で仕事をしていた。
泥まみれになりながら働いた。
そのとき、同僚のお爺さんが話を聞かせてくれた。
「土方(どかた)、土方というが、土方はいちばんでかい芸術家だ。
パナマ運河で大西洋と太平洋をつないだり、スエズ運河で地中海とインド洋を結んだのも全部土方だ。土方は地球の彫刻家だ」
この話が、角栄氏の心に青雲の志を生じさせたという。
田中角栄の別記事は、→ここをクリック!
レンガ職人の記事は、→ここをクリック!

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by sokanomori3 | 2015-08-19 06:01 | 一般書籍のご案内 | Comments(0)


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