カテゴリ:座談会御書( 68 )

生死一大事血脈抄(2019年2月度座談会御書)


☆生死一大事血脈抄.


(しょうじいちだいじけつみゃくしょうに まなぶ)


生死一大事血脈抄(しょうじいちだいじけつみゃくしょう)。
2019年2月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている生死一大事血脈抄
(1338ページ)の ひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


あいかまえ あいかまえて ごうじょうの だいしんりきを いたして 
なんみょうほうれんげきょう りんじゅう しょうねんと きねんし たまえ  
しょうじ いちだいじの けつみゃく これより ほかに まったく もとむること なかれ  
ぼんのう そく ぼだい しょうじ そく ねはんとは これなり  
しんじんの けつみゃく なくんば ほけきょうを たもつとも むやくなり.

○原文.


相構え 相構えて 強盛の 大信力を 致して 
南無妙法蓮華経 臨終正念と 祈念し 給へ  
生死 一大事の 血脈 此れより 外に 全く 求むること なかれ  
煩悩即菩提 生死即涅槃とは 是なり  
信心の 血脈なくんば 法華経を 持つとも 無益なり.

○背景と大意.


本抄は、文永9年(1272年)2月11日、日蓮大聖人が51歳の御時、
流罪地の佐渡で最蓮房(さいれんぼう)に与えられた御書です。
最蓮房は元天台宗の学僧で、佐渡で大聖人に帰依しました。
題号の「生死一大事血脈」とは、親から子に血筋が受け継がれていくように、
仏から衆生に伝えられる重要な成仏の法門を意味しています。
日蓮大聖人は、その血脈を「南無妙法蓮華経」と言われています。

今回の座談会御書の通解を以下に示します。

「よくよく心して強盛の大信力を起こして、
臨終正念(大満足の心)と題目を唱えなさい。
生死一大事の血脈を他に求めてはならない。
煩悩即菩提・生死即涅槃の獲得はこのことによる。
信心の血脈がなければ、法華経を所持していても無益です」

この御書で御教示されている内容は、以下の通りです。
一、自身に仏の生命が具わっていることを信じ切り唱題する。
一、三世にわたる大聖人の仏法の持続性(不退転の信心)。
一、広宣流布を目指す異体同心の信心。
(大白蓮華53ページより)

具体的には、不退転で南無妙法蓮華経の信仰を貫きなさい、
というご指導の御書です。

○所感.


大白蓮華57ページに、池田先生の御指導が掲載されています。
「師と弟子とが心を合わせれば、この一生で三世永遠の
自受法楽の境涯を勝ち取ることができます。
広宣流布に戦い抜く不惜身命の信心しかありません」
ポイントは「師と弟子が心を合わせる」
すなわち、創価学会の組織での信心です。

本抄には、「異体同心の信心」がしたためられています。

そうじて にちれんが でし だんな とう じた ひしの こころなく.
すいぎょの おもいを なして いたいどうしんに して.
なんみょうほうれんげきょうと となえ たてまつる ところを
しょうじいちだいじの けつみゃくとは いうなり.

総じて 日蓮が 弟子 檀那 等 自他 彼此の 心なく
水魚の 思を 成して 異体同心に して
南無妙法蓮華経と 唱え 奉る 処を
生死一大事の 血脈とは 云うなり.
(以上、1337ページ)

異体同心とは、広宣流布への同心です。
リアルに申し上げれば、創価三代の会長との師弟不二です。
広宣流布とは、一切衆生を仏にすること、
幸せにすることに他なりません。

池田先生は「勝利の春へ・善根のスクラム楽しく」と題し、
大白蓮華の巻頭言に次のように語られています。
「題目を唱え、現場に打って出て、地道に積み重ねていく一つ一つの行動、
一回一回の語らいが、どれほど広大な功徳を呼び集め、
どれほど偉大な善根を揺り動かしていくか」

さあ、創価の同志と共に祈り、立ち上がりましょう。
そして創価勝利の年を朗らかに前進しましょう!



以下に、生死一大事血脈抄解説の過去記事を添付します。
sokanomori.exblog.jp/18182157/

以下に、ひらがな御書の生死一大事血脈抄交互文、背景と大意を示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/a1336-2
hiraganagosho.web.fc2.com/c1336-2


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by sokanomori3 | 2019-01-25 05:51 | 座談会御書 | Comments(0)

大悪大善御書(2019年1月度座談会御書)


☆大悪大善御書に学ぶ.


窓際族の時代に書いた御書の御文を以下に示します。
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写真解説「筆で今回の座談会御書の御文“大悪をこれば大善きたる”が記されています」

大悪大善御書(だいあくだいぜんごしょ)。
2019年1月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている
大悪大善御書(1300ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


だいじには しょうずい なし  
だいあく おこれば だいぜん きたる  
すでに だいほうぼう くにに あり だいしょうほう かならず ひろまるべし  
おのおの なにをか なげかせ たもうべき  
かしょうそんじゃに あらずとも まいをも まいぬべし  
しゃりほつに あらねども たって おどりぬべし  
じょうぎょうぼさつの だいちより いで たまいしには 
おどりて こそ いで たまいしか.

○原文.


大事には 小瑞 なし 
大悪 をこれば 大善 きたる  
すでに 大謗法 国に あり 大正法 必ず ひろまるべし 
各各 なにをか なげかせ 給うべき 
迦葉尊者に あらずとも まいをも まいぬべし 
舎利弗に あらねども 立つて をどりぬべし 
上行菩薩の 大地より いで 給いしには 
をどりて こそ いで 給いしか.

○背景と大意.


本抄は、お手紙の断片で、いつ、誰に与えられたか不明です。
内容は、地涌の菩薩の使命を教えられています。

大事には小瑞(小さな予兆)はない。
(大事には大きな予兆がある)
大悪が起るとき、大善がくるのである。
すでに大謗法(だいほうぼう)が国に充満しているのだから、
大正法は必ず広まるのである。
ゆえに何を嘆くことがあるだろうか。
迦葉尊者や舎利弗でなくても、舞い踊るべき時である。

趣意は以上になります。
この御文のポイントが大白蓮華58ページに解説されています。
1.いかなる大悪をも大善にとの決意で。
2.正法に巡り合った大歓喜を胸に前進。
3.地涌の使命を自覚し、勝利を開こう。

(以上大白蓮華2019年1月号より)

○所感.


2019年は平成時代が終わり、新しい元号になる年であり、
その1月の座談会御書は「大悪大善御書」でした。
大白蓮華の冒頭を飾る「巻頭言」、
また、その他の池田先生の指導が書かれている特集など、
身の引き締まる思いで拝しました。

記事に掲げた筆文字の用紙は、わが家の仏壇に2001年から立てかけてあります。
その理由は、私の信心の原点となる大悪の出来事があったからです。
当時、私は研究部門の責任者をしており、会社で販売する製品に欠陥を発見し、
その問題拡散を防ぐために販売停止を上申したところ逆鱗に触れ、
組織長から外され「窓際族」に追いやられました。
窓際族になる以前の攻防戦を含め、私は3年余の地獄の生活を強いられました。
以来、2年3ヶ月という途方もない歳月を、誰もいない部屋に閉じ込められたのです。
仕事人間の私の苦悩は切実で、ついに発心し、信心を再開しました。
この苦闘の3年の渦中に、私は三百万遍の唱題と、御書全集三回の拝読、
十人の折伏で二世帯の本尊流布を果たしました。

この大悪大善御書を私は身で読んだのです。
窓際族という大悪に、私は信心という大善で立ち向かいました。
「大謗法 国にあり」とは、私にとって「欠陥商品を売り続ける会社」でした。
結果は「まいをもまいぬべし」「立ってをどりぬべし」でした。
確かに御書にウソはなく、信心の真(まこと)を体験しました。
当時の体験を以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/15414796/

この体験の後も、苦難は続きましたが、
都度、私は唱題根本の努力で乗り越えてきました。
乗り越えれば乗り越えるほどに、私の幸福は増したのです。
苦難が妙法によって栄養となり、希望と歓喜が大樹に育つのでした。
いつしか、風雨にしっかりと耐えられる境涯を作るものでした。

巻頭言にあるように、「娑婆」とは「堪忍」と言われるが如く、
現実の世界は苦しみや悩みを耐え忍ばなければなりません。
その一つ一つの試練を打開することが、実証となり広宣流布になる。
それが地涌の菩薩たる学会員の使命です。

皆さまも、大悪が競い起ることが必ずあることでしょう。
その時に、この御文の心で祈り、戦い抜いてください。


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by sokanomori3 | 2018-12-25 06:24 | 座談会御書 | Comments(4)

高橋殿御返事(2018年12月度座談会御書)


☆高橋殿御返事に学ぶ.


(ざだんかいで たかはしどのごへんじ にまなぶ)

2018年12月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている
高橋殿御返事(1467ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


おなじ べいこく なれども ほうぼうの ものを やしなうは ぶっしゅを たつ  
いのちを ついで いよいよ ごうじょうの てきじんと なる  
また いのちを たすけて ついに ほけきょうを ひきいるべき ゆえか  
また ほっけの ぎょうじゃを やしなうは 
じひの なかの だいじひの べいこく なるべし  
いっさいしゅじょうを りやく する なればなり.

○原文.


同じ 米穀 なれども 謗法の 者を やしなうは 仏種を たつ 
命を ついで 弥弥 強盛の 敵人と なる 
又 命を たすけて 終に 法華経を 引き入るべき 故か 
又 法華の 行者を やしなうは 
慈悲の 中の 大慈悲の 米穀 なるべし 
一切衆生を 利益 する なればなり
.

○背景と大意.


本抄は高橋六郎兵衛入道に与えられた御書とされていましたが、
お手紙の断片であり、詳細は不明です。
内容は、謗法(ほうぼう)の者を養ってはならないことを示される一方、
法華経の行者を養うことの大事さ、尊さをご教示されています。

今月の学習範囲は、「同じ米でも謗法の者を養うのは、
成仏の種子を断つ者を強盛にしてしまうことになる。
ただし、最終的には謗法の者を法華経に引き入れることになるのであろうか。
また、法華経の行者を養うことは、慈悲の中の慈悲の米になる。
一切衆生を利益(りやく)するものになる」の御文です。

この学習範囲に、以下の有名な御文が続きます。

その くにの ぶっぽうは きへんに まかせ たてまつり そうろうぞ
ぶっしゅは えんに よって おこる
この ゆえに いちじょうを とく なるべし.

其の 国の 仏法は 貴辺に まかせ たてまつり 候ぞ
仏種は 縁に 従つて 起る
是の 故に 一乗を 説く なるべし
.

すなわち、「国や県や地域の広宣流布(こうせんるふ)をあなたに任せます。
縁を結んで、供養と折伏をしてください」とのご指導です。

池田先生はつぎのように述べられています。
「広宣流布は創価学会にしかできない。
広宣流布のために出現し、不思議にもでき上がった学会です。
代々の会長が筆舌につくせぬ苦労と犠牲でつくりあげた、
名もない庶民の肉弾戦で築きあげた民衆救済の城です」
(同大白蓮華54ページより)

悪と戦い、善を広げる仏法正義の創価学会。
この御書の「米穀」は、今に訳せば創価学会への財務です。
12月は財務の月。歓喜の財務を果たしたいものです。

○所感.


悪に加担せず、善なる人たちを守り、
さらに自らが主体者として広宣流布の人生を生きる‥
これは、創価学会(地区)を守り、その主体者として実証を示し、
学会活動に励む人生のことです。

池田先生は大白蓮華12月号の巻頭言に次のように記されています。
「戸田先生は、「学会と共に生き抜いてごらん。
今の悩みは全部功徳に変わる。その人間革命の歓喜で、
人類の幸福と平和に尽くすんだよ」と励まされた」
「楽しく朗らかに仏縁を結びながら、悪を滅し、善を生ずる功徳の花を、
満開に咲き馨(かお)らせようではないか」

私は40歳に発心して以来、18年間、平凡ながら信心を継続してまいりました。
たしかに悩みは全部功徳に変わりました。
私は幸せになり、不変の感謝と歓喜があります。
以下に、私の40歳当時の功徳の体験を示します。
sokanomori.exblog.jp/15414796/

以下に高橋殿御返事の過去記事を示します。
sokanomori.exblog.jp/18646485/
sokanomori.exblog.jp/18603643/

ひらがな御書HPの交互文を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1467


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by sokanomori3 | 2018-11-25 11:01 | 座談会御書 | Comments(0)

崇峻天皇御書(2018年11月度座談会御書)


☆別名、三種財宝御書.


(べつめい さんしゅざいほうごしょ にまなぶ)

崇峻天皇御書(すしゅんてんのうごしょ)。
別名、三種財宝御書(さんしゅざいほうごしょ)。
2018年11月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている
崇峻天皇御書(1173ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


なかつかさ さぶろうさえもんのじょうは しゅの おんためにも
ぶっぽうの おんためにも せけんの こころねも よかりけり よかりけりと
かまくらの ひとびとの くちに うたわれ たまえ あなかしこ あなかしこ
くらの たからよりも みの たから すぐれたり
みの たから より こころの たから だいいち なり.

○原文.


中務三郎左衛門尉は 主の 御ためにも
仏法の 御ためにも 世間の 心ねも よかりけり よかりけりと
鎌倉の 人人の 口に うたはれ 給へ 穴賢 穴賢
蔵の 財よりも 身の 財 すぐれたり
身の 財より 心の 財 第一なり. 


○背景と大意.


日蓮大聖人が56歳の御時、四条金吾に与えられた御書です。
この年、四条金吾は天台僧・竜象房の「法座を乱した」との讒言で、
主君・江間氏から「法華経の信仰を捨てる起請文(誓約書)を書け」と迫られ、
領地没収の危機に至りました。
金吾は大聖人の支援を受け、江間氏に陳状を書き送り、事実無根を主張します。
その後、江間氏は疫病に倒れ、医術のある金吾が治療に当たることを報告した折に、
日蓮大聖人から送られた御書が本抄です。

「江間氏への報恩を尽くしなさい」
「主君のためにも、仏法のためにも、世間の心根もよかりけりと、
 鎌倉中の人々に讃えられる人になりなさい」
「蔵の宝より身の宝、身の宝より心の宝が第一です」

このように、大聖人は金吾を励まされました。

池田先生は「心の宝を根本としてこそ、身の宝も蔵の宝も、
その真実の価値を正しく発揮できる」(趣意)と述べられています。
すなわち、「心の宝」を取り出す大事さを
ご指導くださっています。

○所感.


有名な御書であり、幾たびも拝した御書です。
「鎌倉中」は今に訳せば、職場であり、地域でありましょう。
一騎当千の有名な社会部員や芸術部員もいることでしょう。
いずれにしても、有名無名に関係なく、桜梅桃李(おうばいとうり)の立場で、
見事なる花を咲かせる「実証」が大事です。
その活躍は心の宝、すなわち仏の境涯、師弟不二の命、
その根本は創価の南無妙法蓮華経こそが最強にして最大の一念となり、
健康と収入と名誉が向上していく基(もとい)になります。

芸能人の実証の体験を、岸本加世子さん、木根尚登さん、上田正樹さん、
山本リンダさん、久本雅美さん、柴田理恵さんなどが語っています。
全員共通しているのは「心の宝」を唱題で磨いたということ。
心を変えて環境を変え、人間革命をしたということ。
その芸術部員たちのSTBモバイル鑑賞を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/28757784/

私は、大衆の只中にいて目立ちませんが、それでも精一杯、
爛漫と自分の花を咲かせるべく、信心根本で心を磨き、
職場で家庭で、幸福の実証を示してまいります。

以下に崇峻天皇御書の過去記事を示します。
sokanomori.exblog.jp/18411040/
sokanomori.exblog.jp/14141994/
sokanomori.exblog.jp/14147716/

ひらがな御書HPの交互文を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1170


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by sokanomori3 | 2018-10-25 05:46 | 座談会御書 | Comments(0)

日女御前御返事(2018年10月度座談会御書)


☆別名、御本尊相猊抄.


(べつめい ごほんぞんそうみょうしょう にまなぶ)


日女御前御返事(にちにょごぜんごへんじ)。
別名、御本尊相猊抄(ごほんぞんそうみょうしょう)。
2018年10月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている日女御前御返事(1243ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


あなかしこ なんみょうほうれんげきょうと ばかり となえて
ほとけになるべき こと もっとも たいせつ なり.
しんじんの こうはくに よるべき なり.
ぶっぽうの こんぽんは しんを もって みなもと とす.

○原文.


穴賢 南無妙法蓮華経と ばかり 唱へて 仏になるべき 事 尤も 大切 なり
信心の 厚薄に よるべき なり
仏法の 根本は 信を 以て 源 とす
.

○背景と大意.


日蓮大聖人が56歳の御時、身延から 日女御前に与えられた御消息。
御本尊の相猊(姿)を明かされていることから、
別名を、御本尊相猊抄(ごほんぞんそうみょうしょう)という。
日女御前は、財産もあり、身分も学識もある婦人であった。
(日女御前の所在地、生没年は不明)
本抄は御本尊に書かれている内容を解説された後、
「信力が大事」「唱題が大事」と御指南されています。

御本尊の解説の御文を以下に示します

ここに にちれん いかなる ふしぎにてや そうろうらん  
りゅうじゅ てんじん とう てんだい みょうらく とう だにも 
あらわし たまわざる だいまんだらを 
まっぽう 200 よねんの ころ 
はじめて ほっけぐずうの はたじるしと して あらわし たてまつるなり  
これ まったく にちれんが じさくに あらず  
たほうとう ちゅうの だいむにせそん ぶんしんの しょぶつ 
すり かたぎたる ほんぞんなり  
されば しゅだいの ごじは ちゅうおうに かかり  
しだいてんのうは ほうとうの しほうに ざし 
しゃか たほう ほんげの しぼさつ かたを ならべ 
ふげん もんじゅ とう しゃりほつ もくれん とう ざを くっし 
にってん がってん だいろくてんのまおう りゅうおう あしゅら 
そのほか ふどう あいぜんは なんぼくの にほうに じんを とり 
あくぎゃくの だった ぐちの りゅうにょ いちざを はり 
さんぜんせかいの ひとの じゅみょうを うばう あっきたる
きしもじん じゅうらせつにょ とう 
しかのみならず にほんこくの しゅごしん たる 
てんしょうだいじん はちまんだいぼさつ てんじんしちだい ちじんごだいの かみがみ 
そうじて だいしょうの じんぎ とう たいの かみ つらなる.

爰に 日蓮 いかなる 不思議にてや 候らん 
竜樹 天親等 天台 妙楽等 だにも 
顕し 給はざる 大曼荼羅を 
末法 二百 余年の 比 
はじめて 法華弘通の はたじるしとして 顕し奉るなり 
是 全く 日蓮が 自作に あらず 
多宝塔 中の 大牟尼世尊 分身の諸仏 
すり かたぎたる 本尊なり 
されば 首題の 五字は 中央にかかり 
四大天王は 宝塔の 四方に 坐し 
釈迦 多宝 本化の 四菩薩 肩を 並べ 
普賢 文殊等 舎利弗 目連等 坐を 屈し 
日天 月天 第六天の魔王 竜王 阿修羅 
其の外 不動 愛染は 南北の 二方に 陣を 取り 
悪逆の 達多 愚癡の 竜女 一座を はり 
三千世界の 人の 寿命を 奪ふ 悪鬼たる 鬼子母神 十羅刹女等 
加之 日本国の 守護神 たる 
天照太神 八幡大菩薩 天神七代 地神五代の 神神 
総じて 大小の 神祇等 体の 神 つらなる
.

このように御本尊に書かれている内容が詳細に記されている御書です。
中央に南無妙法蓮華経が中央に浮かび、仏、菩薩、声聞縁覚、
修羅、畜生、餓鬼、地獄界の衆生が書かれています。
この御本尊を、私たちは信じ祈っています。

以下に、創価学会の御本尊の記述内容を示します。
sokafree.exblog.jp/28261357/

○所感.


勤行・唱題が信心の根本です。
本抄は、御本尊に向かい、信力強盛にお題目を唱えることが
成仏の肝要であると述べられています。

大白蓮華巻頭言に、池田先生は以下のように記されています

毎朝、私たちは「勤行」という生活の目覚めの賛歌を謳い上げて出発する。
その清々しい声は、十方世界に轟きわたり、仏天をも呼び動かす。
日々、読誦する自我偈には「衆生所遊楽 諸天撃天太鼓 常作衆伎楽」(しゅじょうしょゆうらく しょてんぎゃくてんく じょうさっしゅぎがく)とある。
戸田先生はこの経文を笑いながら語られた。
「みんな本当は、この人生を楽しむために生まれてきた。
楽しむためには、苦しみがちょっぴり必要だ。
みんなは塩の方が多すぎるんだよ」と。
そしてどんなに苦悩渦巻く世界であろうと、
「遊楽」のスクラムを広げていくよう励まされた。

(以上、10月巻頭言より)

先日、幹部指導で次の内容の話を聞きました

「竹には節(ふし)がありますね。節があるから竹は強い。
この節が勤行です。特に朝の勤行が大事です。
どうです? 朝の勤行のような一日になりませんか?
しっかり朝の勤行ができたら一日が充実しますね。
朝の勤行のように一日が終わります。
朝の勤行のように一生も終わります。
ですから、朝に勝ちましょう!」

原田会長は聖教新聞に次のように述べられてます

「唱題の人」これこそ、私たちが目指すべき姿です。
妙法を唱え抜き、自身の胸中に仏の生命を湧現していけば、
何があろうと勝っていけます。
この信心であらゆる苦悩を克服し、最高の幸福境涯を確立することができる、
皆を幸福にしていける、そう確信できれば、信心に巡り合えたことに
尽きせぬ感謝が湧き、大歓喜の生命になります」

(聖教新聞2018年9月24日より)

勤行・唱題がしっかりできたら大丈夫です。
その功力は「信心の厚薄によるべきなり」です。
仏法史上、最大、最高の大曼荼羅を信じ切り、朗々と唱題に励みましょう。
朝に夕に、ハツラツとした祈りで勝利しましょう!
そして大いに人生を楽しみましょう!

ひらがな御書の日女御前御返事の交互文を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1243


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by sokanomori3 | 2018-09-25 05:31 | 座談会御書 | Comments(0)

四条金吾殿御返事(2018年9月度座談会御書)


☆別名、衆生所遊楽御書.


(べつめい しゅじょうしょゆうらくごしょ にまなぶ)


四条金吾殿御返事(別名、衆生所遊楽御書)。
2018年9月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている四条金吾殿御返事(1143ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


くをば くと さとり らくをば らくと ひらき
くらく ともに おもい あわせて なんみょうほうれんげきょうと うち となえさせ たまえ
これ あに じじゅほうらくに あらずや
いよいよ ごうじょうの しんりきを いたしたまえ.

○原文.


苦をば 苦と さとり 楽をば 楽と ひらき
苦楽 ともに 思い 合せて 南無妙法蓮華経と うち となへゐさせ 給へ
これあに 自受法楽に あらずや
いよいよ 強盛の 信力を いたし給へ.


○語句解説.


「自受法楽」(じじゅほうらく)について意味を以下に述べる。

「自受用法楽」(じじゅゆうほうらく)ともいう。
「自ら法楽を受く」と読むが、では法楽とは何か、
法楽とは世間的な欲望充足の幸福ではなく、
仏の悟りを受ける最高絶対の幸福をいう。
絶対的幸福とは、戸田二代会長の指導で語られた幸福で、
相対的幸福(欲望や願望の充足)は、条件が整っている場合にのみ成立し、
その条件が失われた場合は雲散霧消する。
また、その幸福は永続性に欠ける。
ゆえに、その幸福は真実とは言えない。
対して絶対的幸福とは、外の条件に左右されず、
どのような条件においても「生きていること自体が楽しい」という幸福である。
十界のなかの仏界の生命境涯を現代的に表現した言葉である。
外の条件に依存しないという意味で「絶対的」で、
その幸福は、現世に限らず、死後も続く幸福である。
戸田会長は、創価学会の信仰実践によってのみ、
絶対的幸福が得られると力説した。

(仏教哲学大辞典から)

○背景と大意.


建治2年(1276年)6月27日、日蓮大聖人 55歳の御時、<主君の江間氏を折伏し、
事実無根の中傷を受けて苦しんでいた四条金吾に与えられた御書です。
別名を衆生所遊楽御書ともいいます。
この別名の由来は、以下に示す本抄の冒頭の御文によります。

なんみょうほうれんげきょうと となうるより ほかの ゆうらく なきなり
きょうに いわく「しゅじょうしょゆうらく」うんぬん.

南無妙法蓮華経と 唱うるより 外の 遊楽 なきなり
経に 云く「衆生所遊楽」云云

金吾は、この御書に励まされ、信心を貫き、忍耐強く江間氏に仕えました。
その結果、主君の信頼を回復し、三倍の領地を受け取りました。

○所感.


大白蓮華の解説(51ページ)に「悩んだ分だけ境涯も開く」と題され
池田先生のご指導が以下の内容で掲載されています。
「苦しい時は苦しいまま、題目を唱えていけばいい。
必ず道は開かれる。信心で突破できない行き詰まりなど絶対にない。
広宣流布の大願に走りゆく青春は、大きく悩んだ分だけ大きく境涯を開き、大きく福運を積める。
苦労して築き上げた生命は、何ものにも壊されない」

私自身、それなりに苦労を重ねてきました
その中で、苦難を乗り越え、体験する中で確実に境涯が開かれていきました。
境涯は本当に不思議で、金持ちでもなし、職場では苦労続き、病気もあるしで、
でも、私は本当に幸せになりました。
絶対的幸福を得たなどというと、また批判殺到でしょうけれど、
一応、自分なりの絶対幸福に至っているのです。
これは批判されようと本当だし、このブログも10年になろうとしていますが、
この10年の足跡を見て頂ければ、すくなくともウソではないと
感じていただけるだろうと思います。

伴侶に捨てられても、職場で干されても、どんな立場だろうと幸せになれる。
苦悩を経て、成熟して幸福になっていくのです。
その一つの体験が「老朽化した家の悩み」に関する心境の変化です。
長くボロの我が家が悩みでしたが「親孝行をしよう!」と決意した瞬間から
沢山の「楽しみのある家」「歓喜の家」になりました。
その連載の最終記事を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/28594460/

幸福は当然、広宣流布の武器になりますが、不幸は境涯を開く栄養となります。
不幸は使命となり、生きがい、やりがいになるのです。
苦楽ともに歓喜に変える境涯革命を果たしてまいりましょう。

ひらがな御書の衆生所遊楽御書の交互文と背景と大意を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1143
hiraganagosho.web.fc2.com/c1143


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by sokanomori3 | 2018-08-25 07:43 | 座談会御書 | Comments(0)

松野殿後家尼御前御返事(2018年8月度座談会御書)


☆松野殿後家尼御前御返事.


(ざだんかいごしょ まつのどの ごけあまごぜん ごへんじ)


松野殿後家尼御前御返事(まつのどの ごけあまごぜん ごへんじ)。
2018年8月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている松野殿後家尼御前御返事(1393ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


いまだ けんざんにも いらず そうろう ひとの かように 
たびたび おんおとずれの はんべるは いかなる ことにや あやしくこそ そうらえ 
ほけきょうの だい4のまきには しゃかぶつ ぼんぷの みに いりかわらせ たまいて 
ほけきょうの ぎょうじゃをば くよう すべき よしを とかれて そうろう 
しゃかぶつの おんみに いらせ たまい そうろうか 
また かこの ぜんこんの もよおしか.

○原文.


未だ 見参にも 入らず 候 人の かやうに 度度 御をとづれの はんべるは
いかなる 事にや あやしくこそ 候へ
法華経の 第四の巻には 釈迦仏 凡夫の 身に いりかはらせ 給いて
法華経の 行者をば 供養 すべき よしを 説かれて 候
釈迦仏の 御身に 入らせ 給い 候か
又 過去の 善根の もよをしか.


○現代文.


(あなたは)まだお会いしたこともないのに、
このように度々、お便りがあるのは、いかなることかと不思議に思えてなりません。
法華経の第四の巻きには、釈迦仏が凡夫の身に入り替わられて、
法華経の行者を供養することが説かれている。
釈迦仏があなたの身に入られたのでしょうかまたは、
尼御前の過去に積まれた善根があらわれてのことでしょうか。

○背景と大意.


弘安2年(1279年)3月26日、日蓮大聖人 58歳の御時、
松野殿後家尼御前に与えられた御書です。
一眼の亀の話から、別名を盲亀浮木抄ともいいます。
後家尼御前は、夫に先立たれた駿河国(静岡県)の女性門下です。
当時、駿河国では熱原法難が始まっている、緊迫した状況でした。
その中でも、妙法に出合い、南無妙法蓮華経の題目を唱えられることが
どれほど稀有のことかを御指南されています。

本抄冒頭の御文(1390)を以下に示します。

むりょうの くにに せいを うけて むへんの くるしみを うけて
たのしみに あいしかども いちども ほけきょうの くにには しょうぜず
たまたま うまれたりと いえども なんみょうほうれんげきょうと となえず
となうる ことは ゆめにも なし
ひとの もうすをも きかず
ほとけの たとえを とかせ たもうに いちげんの かめの うきぎの あなに
あいがたきに たとえ たもうなり.

無量の 国に 生を うけて 無辺の 苦しみを うけて たのしみに あひしかども
一度も 法華経の 国には 生ぜず
たまたま 生れたりと いへども 南無妙法蓮華経と 唱へず
となふる 事は ゆめにも なし
人の 申すをも 聞かず
仏の たとへを 説かせ 給うに 一眼の 亀の 浮木の 穴に
値いがたきに たとへ 給うなり.

大聖人は一眼の亀を引用されて稀有の仏法であることを述べられ、
さらに次の御文(1392)にて正邪の判断の困難さを述べられます。

ざんにん くにに じゅうまんして かんじん ところに おおし.
ゆえに れつを とりて しょうを にくむ.
たとえば いぬは すぐれたり ししをば おとれり
ほしをば すぐれ にちりんをば おとると そしるが ごとし.

讒人 国に 充満して 奸人 土に 多し.
故に 劣を 取りて 勝を にくむ、.
譬えば 犬は 勝れたり 師子をば 劣れり
星をば 勝れ 日輪をば 劣ると そしるが 如し.

讒人とは、讒言をする人の意。
奸人とは、心のよこしまな人、悪者の意。

大聖人の仏法は真実の仏法であるけれど、人々は悪に染まり、
顛倒して獅子より犬が勝る、日輪より星が勝ると嘘を言うと述べられています。
このような悪世に、「お会いしたこともないあなたが、御供養され、
信心を実践されていることは不思議です」と述べられているのです。

一眼の亀の過去記事を以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/12588209/

○所感.


2016年12月31日時点の国内の宗教法人数は18万1497法人です。
宗教法人とは都道府県知事、もしくは文部科学大臣の認証で取得されたもの。
この数は、1日に1宗教を体験したとして497年かかります。
(18万1497法人÷365日=497年)
まして、1日の体験で何が分かるでしょうか。

この時代の中、正法を実践できる学会員の幸福はいかばかりのものでしょう。
大白蓮華53ページには、「今、この時に師弟として生れ合わせ、
あい難き大仏法に巡りあえたことが、どれほど深い宿縁であるか。
どれほど大きな福運であるか」との池田先生の御指導が掲載されています。

本年7月19日、オウム真理教の教祖ら7名の死刑執行が行われました。
死刑という結果に至ったサリン事件は、危険な宗教の実態を世に知らしめました。
https://sokafree.exblog.jp/28429114/

このような極端な事件は珍しいにせよ、18万余の宗教が厳然と存在している日本です。
私たちは偉大な師匠と生きられる人生の歓喜を奮い起こし、
日々の広宣流布に貢献したいものです。

<別館>に「広宣流布」に関する記事を書いています。
お時間のある方は、以下のURLをご覧ください。
https://sokamori2.exblog.jp/i59/



ひらがな御書の松野殿後家尼御前御返事の交互文と背景と大意を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1390-1.html
hiraganagosho.web.fc2.com/b1390-2



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by sokanomori3 | 2018-07-24 21:57 | 座談会御書 | Comments(0)

種種御振舞御書(2018年7月度座談会御書)


☆種種御振舞御書に学ぶ.


(ざだんかいごしょ しゅじゅおふるまいごしょに まなぶ)


種種御振舞御書(しゅじゅおふるまいごしょ)。
2018年7月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている種種御振舞御書(911ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


わとうども にじん さんじん つづきて かしょう あなんにも すぐれ 
 てんだい でんぎょうにも こえよかし  
わづかの こじまの ぬしら おどさんを おじては 
えんまおうの せめをば いかんが すべき  
ほとけの おんつかいと なのり ながら おくせんは 
むげの ひとびと なりと もうし ふくめぬ.

○原文.


わたうども 二陣 三陣 つづきて 迦葉 阿難にも 勝ぐれ
天台 伝教にも こへよかし
わづかの 小島の ぬしらが をどさんを をぢては
閻魔王の せめをば いかんが すべき
仏の 御使と なのり ながら をくせんは
無下の 人人 なりと 申し ふくめぬ.
 

「わが弟子は、迦葉や阿難にも勝れ、天台も伝教も超えなさい。
日本の国主を恐れては、閻魔王の責めをどうするのか。
仏の使いと名乗りを上げておきながら臆するとは話にならないと、
弟子たちに申し含めたのである」

大白蓮華53ページにはこの御文の解説として、
「私たちは仏の使いである。権力者を恐れてはならない。
迫害者を悠々と見下ろしていく大境涯になりなさい」
と記述があり、また、59ページには池田先生の御指導が次のように掲載されています。

「迫害者こそは、境涯革命のための真実の味方といえる。
権威、権力の迫害との戦いは“法華経の行者”の誉れと喜びを引き出してくれる。
だから喜ばしいことなのだ」
「もちろん“敵も味方も仲良く”ということではありません。
大切なのは“戦い切る”ことです。
妥協を許さず“絶対に負けない”ことです」

この原理をもとに、折伏を果たしていくことが、
今月の御書の範囲になります。

○背景と大意.


建治2年(1276年)、日蓮大聖人55歳の御時、光日房に与えられた御書です。
本抄は、文永5年から健治2年までの9年間の大聖人のお振舞いを述べられたもので、
発迹顕本の御姿を通し、御本仏のお振舞いを述べられています。
冒頭、蒙古の襲来から述べられ、立正安国論に予言した他国侵逼難が的中したのであるから、称えられるべきであるのに、いよいよ迫害を加え、死罪、流罪の詮議をしていることはどうしたことか、彼らが地獄に堕ちることを思うと不憫でならないと記されています。
しかし、いかなる難があろうと、大聖人の弟子として難に臆することなく、
勇んで後に続くよう激励されています。
当時の迫害の内容と、その迫害に対する大聖人の受け止め方が、
以下の御文に鮮烈に記されています。
(先に平仮名文、後に原文を添付します)

なをも おしまず いのちをも すてて ごうじょうに もうしはり しかば 
かぜ だい なれば なみ だい なり りゅう だい なれば 
あめ たけきように いよいよ あだを なし 
ますます にくみて ごひょうじょうに せんぎ あり  
くびを はぬべきか かまくらを おわる べきか  
でし だんならをば しょりょう あらん ものは しょりょうを めして くびを きれ 
あるいは ろうにて せめ あるいは おんる すべし とう うんぬん  
にちれんよろこんで いわく もとより ぞんちの むね なり.

名をも をしまず 命をも すてて 強盛に 申しはり しかば
風 大なれば 波 大なり 竜 大なれば 雨 たけきやうに いよいよ あだをなし.
ますます にくみて 御評定に 僉議 あり
頚を はぬべきか 鎌倉を をわる べきか
弟子 檀那等をば 所領 あらん 者は 所領を 召して 頚を 切れ
或は ろうにて せめ あるいは 遠流 すべし 等 云云
日蓮 悦んで 云く 本より 存知の 旨 なり.


首を切ろうか、追い出そうか、所領を没収しようか、あるいは牢に入れる、
あるいは流罪にするなど、日蓮大聖人とその門下を抹殺しようと憎み、話し合った・・
その難が来ることは日蓮大聖人は、過去から知っていた。
それを悦びとされたと述べられている御文です。

○所感.


大白蓮華7月号の巻頭言に池田先生は次のお歌を下さりました。

恐るるな 生死ともに 仏なり 山越え谷越え 歓喜の凱歌を

病もある。加齢による衰えがある。難がある。パワハラもセクハラもある。
けれど「負けないで、変毒為薬の大境涯を創り上げていください」と、
池田先生は励ましてくださっています。

私も定年退職を目前として、晩節を汚さないための苦労があります。
数々の苦難が波のように寄せてきます。
若い時から今日まで、一時の安穏はありましたが、
定年前だから最後は安穏というものではありません。
むしろ重い責任と、衰え消失していく体力、能力に悩むのです。
平凡な普通の定年退職のように見えても、誰もが必死に仕事をしています。
この仕事に加え、私たちは広宣流布を果たさなければならない。
自分だけの幸せではなく、周囲全体の幸せを作らなければなりません。
先生ご指導の「迫害者こそ、境涯革命のための真実の味方」を胸に、
祈り、溌剌と難を乗り越えて参りましょう!

種種御振舞御書の別記事を以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/19091676/



ひらがな御書の種種御振舞御書の交互文と背景と大意を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b909.html
hiraganagosho.web.fc2.com/c909.html


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by sokanomori3 | 2018-06-25 22:12 | 座談会御書 | Comments(5)

単衣抄(2018年6月度座談会御書)



☆単衣抄に学ぶ.


(ざだんかいごしょ ひとえしょうに まなぶ)


単衣抄(ひとえしょう)。
2018年6月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている単衣抄(1514ページ)の
ひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


にちれん にほんこくに しゅつげん せずば にょらいの きんげんも むなしくなり
たほうの しょうめいも なにかせん
じっぽうの しょぶつの みことばも もうごと なりなん
ほとけ めつご 2220よねん
がっし かんど にほんに いっさいせけん たおんなんしんの ひと なし
にちれん なくば ぶつご すでに たえなん.

○原文.


日蓮 日本国に 出現 せずば 如来の 金言も 虚くなり
多宝の 証明も なにかせん
十方の 諸仏の 御語も 妄語と なりなん
仏 滅後 二千二百二十余年
月氏 漢土 日本に 一切世間 多怨難信の 人 なし
日蓮 なくば 仏語 既に 絶えなん.
 

○背景と大意.


健治元年(1275年)8月、日蓮大聖人54歳の御時、
裏地のない着物を御供養した夫妻に与えられた御書です。
この夫妻の名前も定かではありませんが、
南条家ゆかりの人ではないかと推察されています。
本抄で冒頭、大聖人は大難の御生涯について記されています。
以下にその冒頭の御文を抜粋いたします。
(先に平仮名文、後に原文を添付)

ほけきょうの ゆえに にちれん ほど ひとに にくまれたる ものは なし(中略)
ぜんだいみもんの みなり こうだいにも あるべしとも おぼえず.
ゆえに しょうねん 32 より ことし 54に いたるまで 20よねんが あいだ.
あるいは てらを おいだされ あるいは ところを おわれ.
あるいは しんるいを わずらわされ あるいは ようちに あい.
あるいは かっせんに あい あるいは あっく かずを しらず.
あるいは うたれ あるいは てを おう.
あるいは でしを ころされ あるいは くびを きられんとし.
あるいは るざい りょうどに およべり.
20よねんが あいだ いちじ かたときも こころ やすきこと なし.

法華経の 故に 日蓮 程 人に 悪まれたる 者は なし(中略)
前代未聞の 身なり 後代にも 有るべしとも おぼえす
故に 生年 三十二 より 今年 五十四に 至るまで 二十余年の 間
或は 寺を 追い 出され 或は 処を おわれ
或は 親類を 煩はされ 或は 夜打ちに あひ
或は 合戦に あひ 或は 悪口 数を しらず
或は 打たれ 或は 手を 負う
或は 弟子を 殺され 或は 頚を 切られんとし
或は 流罪 両度に 及べり
二十余年が 間 一時 片時も 心 安き 事なし.
 

本抄は、この冒頭文にあるように、立宗宣言の32歳から20年以上、
あらゆる苦難に耐え、法華経の未来記の「法華経の行者」に完全に符号したことを述べられ、
その行者に対する供養の功徳の大きさをご教示されています。

今月の学習範囲の御文は、上記の大難を受けられたことで、
仏法2220余年の間、誰も証明し得なかった「法華経の行者」を証明したのであり、
「この日蓮がいなければ仏の言葉はもはや途絶えてしまったことでしょう」と
述べられている箇所です。

○所感.


大白蓮華37ページの解説では、この大聖人の証明と同じく、
創価学会が日蓮大聖人の御本尊を流布し、大聖人以来700年の間、言葉だけだった
広宣流布(こうせんるふ)を現実したと強調しています。
そして「御本仏・日蓮大聖人の御言葉を絶対に嘘にしないというのが創価学会の根本精神です」
との池田先生のご指導を紹介しています。

同大白蓮華の巻頭言にも、池田先生は次の記述をくださっています。
「分厚い偏見や反発にも怯まず、仏縁を結び続けてきた。
現在に眼前の証拠あらんずる人、此の経を説かん時は信ずる人もありやせん」(1045)
との御聖訓のままに、勝利の実証を示してきた」

今月の御書はテーマは「実証」です。
日蓮大聖人の仏法の正義を証明する「行動」と「結果」です。
大聖人は一切の難を乗り越えられ勝利されました。
創価学会もまた一切の難を乗り越え、全世界に広まりました。
私たちに問われることは自分自身の実証でしょう。

私は若かりし頃、鳴かず飛ばずの惨めな人生を歩んでいました。
自分はとても広宣流布はできない、と思っていました。
事実、私は40歳まで、お遊び程度の信心しかありませんでした。
それが、会社で窓際族にさせられ、そこから本気の信心をしたのです。
3年間、死に物狂いで信心した結果、私は「実証」を得ました。
そのことを今、<別館>に連載で記事にしています。
https://sokamori2.exblog.jp/i57/
この連載は、40歳からの信心で得た功徳を語っています。
理屈ではありません。私は体験した。実証を示した。
本当に御書の通り、私は宿命転換を果たしました。

日蓮大聖人の仏法は創価学会の中にしかありません。
さあ、比類なき真実の宗教、創価学会と歩みましょう。
そして、共々に実証を示しましょう!



ひらがな御書の単衣抄の交互文を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1514.html


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by sokanomori3 | 2018-05-24 21:41 | 座談会御書 | Comments(5)

椎地四郎殿御返事(2018年5月度座談会御書)


☆椎地四郎殿御返事に学ぶ.


(5がつど ざだんかいごしょ しいじしろうどのごへんじに まなぶ)


椎地四郎殿御返事(しいじしろうどのごへんじ)。
2018年5月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている椎地四郎殿御返事
(1448ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


まっぽうには ほけきょうの ぎょうじゃ かならず しゅったいすべし  
ただし だいなん きたりなば ごうじょうの しんじん いよいよ よろこびを なすべし  
ひに たきぎを くわえんに さかんなること なかるべしや  
たいかいへ しゅうる いる されども たいかいは 
かわの みずを かえすこと ありや.

○原文.


末法には 法華経の 行者 必ず 出来すべし  
但し 大難 来りなば 強盛の 信心 弥弥 悦びをなすべし  
火に 薪を くわへんに さかんなる事 なかるべしや  
大海へ 衆流 入る されども 大海は 河の 水を 返す事 ありや.

○背景と大意.


弘長元年(1261年)4月、日蓮大聖人40歳の御時、椎地四郎に与えられた御書です。
法華経には「末法に法華経の行者が出現する」と説かれています。その法華経の行者には、必ず「三類の強敵」(さんるいのごうてき)が競い起るとも書かれています。
三類の強敵を解説する記事URLを以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/17921543/

5月度の学習範囲では、「三類の強敵の大難が来たならば、強情な信心でいよいよ悦ぶべできである。譬えるならば日に焚き木を加えると火勢が増す、大海に川の水が流れ込むことで水かさを増すようなものである」と述べられています。

池田先生は「苦難と戦うからこそ、最高の仏の力が出せる。
環境を嘆いても何も変わらない。難を乗り越えて成仏が決定(けつじょう)する。
これが法華経の行者の実践である」と指導されています。

○所感.


創価学会はある意味、世間から批判されやすい宗教と言えるでしょう。
「どれも釈尊の教えだから同じ」とする他宗と違うからです。
「法華経のみが正しい」とする大聖人の仏法は迫害の連続でした。
その方程式は700年後の今もまったく同じです。
日蓮大聖人に極楽寺良観がいたように、池田先生には日顕がいました。
本抄の「いよいよ悦びをなすべし」というけれど、本当は大変です。
弟子の私たちも同じ。ひとたび広宣流布の決意に立てば難はつきものです。
でも、その苦難に耐え、乗り越えるなら・・
そこには間違いなく、人間革命があり、宿命転換があります。
成仏がある、学会精神がある、大幸福があります。

今、聖教新聞には、小説・新人間革命30巻の最終章「誓願」が連載されています。
前作の小説・人間革命12巻と共に、全42巻の小説に徹底的に記されているのは、現代の法華経の行者である創価三代会長(池田先生:戸田先生・牧口先生)とその門下の闘いの歴史です。
学会は、難に遭うごとに大きく、強く、深く成長しました。
私自身の人生も同じ。絶体絶命の苦難に陥るたびに信心根本で乗り越えました。
そのたびの境涯は高まり、幸福は強固なものになりました。
その私の体験記事カテゴリを二つ以下に示します。
https://sokafree.exblog.jp/i8/
https://sokanomori.exblog.jp/i5/
上記URLの体験は大小ありますが、共通しているのは「大きな苦難の中で大きく変われる」「小さい苦難はそれなり」ということです。
大きな苦難でなければ大きく変われませんでした。

今回の座談会での学習範囲に「大難が起ったらなば、強盛の信心でいよいよ悦んでいくのである」とありますが、大難はつらくて厳しいものですが、結果論として大幸福を掴めるという点において「いよいよ悦ばしい」ことでしょう。
私自身、難が来たら喜べるような大境涯になりたいです。
そのためにさらなる信心の深化を果たしたいです。



ひらがな御書の椎地四郎殿御返事の交互文、背景と大意を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1448.html
hiraganagosho.web.fc2.com/c1448.html


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by sokanomori3 | 2018-04-25 06:07 | 座談会御書 | Comments(2)


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