カテゴリ:座談会御書( 60 )

単衣抄(2018年6月度座談会御書)



☆単衣抄に学ぶ.


(ざだんかいごしょ ひとえしょうに まなぶ)


単衣抄(ひとえしょう)。
2018年6月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている単衣抄(1448ページ)の
ひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


にちれん にほんこくに しゅつげん せずば にょらいの きんげんも むなしくなり
たほうの しょうめいも なにかせん
じっぽうの しょぶつの みことばも もうごと なりなん
ほとけ めつご 2220よねん
がっし かんど にほんに いっさいせけん たおんなんしんの ひと なし
にちれん なくば ぶつご すでに たえなん.

○原文.


日蓮 日本国に 出現 せずば 如来の 金言も 虚くなり
多宝の 証明も なにかせん
十方の 諸仏の 御語も 妄語と なりなん
仏 滅後 二千二百二十余年
月氏 漢土 日本に 一切世間 多怨難信の 人 なし
日蓮 なくば 仏語 既に 絶えなん.
 

○背景と大意.


健治元年(1275年)8月、日蓮大聖人54歳の御時、
裏地のない着物を御供養した夫妻に与えられた御書です。
この夫妻の名前も定かではありませんが、
南条家ゆかりの人ではないかと推察されています。
本抄で冒頭、大聖人は大難の御生涯について記されています。
以下にその冒頭の御文を抜粋いたします。
(先に平仮名文、後に原文を添付)

ほけきょうの ゆえに にちれん ほど ひとに にくまれたる ものは なし(中略)
ぜんだいみもんの みなり こうだいにも あるべしとも おぼえず.
ゆえに しょうねん 32 より ことし 54に いたるまで 20よねんが あいだ.
あるいは てらを おいだされ あるいは ところを おわれ.
あるいは しんるいを わずらわされ あるいは ようちに あい.
あるいは かっせんに あい あるいは あっく かずを しらず.
あるいは うたれ あるいは てを おう.
あるいは でしを ころされ あるいは くびを きられんとし.
あるいは るざい りょうどに およべり.
20よねんが あいだ いちじ かたときも こころ やすきこと なし.

法華経の 故に 日蓮 程 人に 悪まれたる 者は なし(中略)
前代未聞の 身なり 後代にも 有るべしとも おぼえす
故に 生年 三十二 より 今年 五十四に 至るまで 二十余年の 間
或は 寺を 追い 出され 或は 処を おわれ
或は 親類を 煩はされ 或は 夜打ちに あひ
或は 合戦に あひ 或は 悪口 数を しらず
或は 打たれ 或は 手を 負う
或は 弟子を 殺され 或は 頚を 切られんとし
或は 流罪 両度に 及べり
二十余年が 間 一時 片時も 心 安き 事なし.
 

本抄は、この冒頭文にあるように、立宗宣言の32歳から20年以上、
あらゆる苦難に耐え、法華経の未来記の「法華経の行者」に完全に符号したことを述べられ、
その行者に対する供養の功徳の大きさをご教示されています。

今月の学習範囲の御文は、上記の大難を受けられたことで、
仏法2220余年の間、誰も証明し得なかった「法華経の行者」を証明したのであり、
「この日蓮がいなければ仏の言葉はもはや途絶えてしまったことでしょう」と
述べられている箇所です。

○所感.


大白蓮華37ページの解説では、この大聖人の証明と同じく、
創価学会が日蓮大聖人の御本尊を流布し、大聖人以来700年の間、言葉だけだった
広宣流布(こうせんるふ)を現実したと強調しています。
そして「御本仏・日蓮大聖人の御言葉を絶対に嘘にしないというのが創価学会の根本精神です」
との池田先生のご指導を紹介しています。

同大白蓮華の巻頭言にも、池田先生は次の記述をくださっています。
「分厚い偏見や反発にも怯まず、仏縁を結び続けてきた。
現在に眼前の証拠あらんずる人、此の経を説かん時は信ずる人もありやせん」(1045)
との御聖訓のままに、勝利の実証を示してきた」

今月の御書はテーマは「実証」です。
日蓮大聖人の仏法の正義を証明する「行動」と「結果」です。
大聖人は一切の難を乗り越えられ勝利されました。
創価学会もまた一切の難を乗り越え、全世界に広まりました。
私たちに問われることは自分自身の実証でしょう。

私は若かりし頃、鳴かず飛ばずの惨めな人生を歩んでいました。
自分はとても広宣流布はできない、と思っていました。
事実、私は40歳まで、お遊び程度の信心しかありませんでした。
それが、会社で窓際族にさせられ、そこから本気の信心をしたのです。
3年間、死に物狂いで信心した結果、私は「実証」を得ました。
そのことを今、<別館>に連載で記事にしています。
https://sokamori2.exblog.jp/i57/
この連載は、40歳からの信心で得た功徳を語っています。
理屈ではありません。私は体験した。実証を示した。
本当に御書の通り、私は宿命転換を果たしました。

日蓮大聖人の仏法は創価学会の中にしかありません。
さあ、比類なき真実の宗教、創価学会と歩みましょう。
そして、共々に実証を示しましょう!



ひらがな御書の単衣抄の交互文を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1514.html


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by sokanomori3 | 2018-05-24 21:41 | 座談会御書 | Comments(0)

椎地四郎殿御返事(2018年5月度座談会御書)


☆椎地四郎殿御返事に学ぶ.


(5がつど ざだんかいごしょ しいじしろうどのごへんじに まなぶ)


椎地四郎殿御返事(しいじしろうどのごへんじ)。
2018年5月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている椎地四郎殿御返事
(1448ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


まっぽうには ほけきょうの ぎょうじゃ かならず しゅったいすべし  
ただし だいなん きたりなば ごうじょうの しんじん いよいよ よろこびを なすべし  
ひに たきぎを くわえんに さかんなること なかるべしや  
たいかいへ しゅうる いる されども たいかいは 
かわの みずを かえすこと ありや.

○原文.


末法には 法華経の 行者 必ず 出来すべし  
但し 大難 来りなば 強盛の 信心 弥弥 悦びをなすべし  
火に 薪を くわへんに さかんなる事 なかるべしや  
大海へ 衆流 入る されども 大海は 河の 水を 返す事 ありや.

○背景と大意.


弘長元年(1261年)4月、日蓮大聖人40歳の御時、椎地四郎に与えられた御書です。
法華経には「末法に法華経の行者が出現する」と説かれています。その法華経の行者には、必ず「三類の強敵」(さんるいのごうてき)が競い起るとも書かれています。
三類の強敵を解説する記事URLを以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/17921543/

5月度の学習範囲では、「三類の強敵の大難が来たならば、強情な信心でいよいよ悦ぶべできである。譬えるならば日に焚き木を加えると火勢が増す、大海に川の水が流れ込むことで水かさを増すようなものである」と述べられています。

池田先生は「苦難と戦うからこそ、最高の仏の力が出せる。
環境を嘆いても何も変わらない。難を乗り越えて成仏が決定(けつじょう)する。
これが法華経の行者の実践である」と指導されています。

○所感.


創価学会はある意味、世間から批判されやすい宗教と言えるでしょう。
「どれも釈尊の教えだから同じ」とする他宗と違うからです。
「法華経のみが正しい」とする大聖人の仏法は迫害の連続でした。
その方程式は700年後の今もまったく同じです。
日蓮大聖人に極楽寺良観がいたように、池田先生には日顕がいました。
本抄の「いよいよ悦びをなすべし」というけれど、本当は大変です。
弟子の私たちも同じ。ひとたび広宣流布の決意に立てば難はつきものです。
でも、その苦難に耐え、乗り越えるなら・・
そこには間違いなく、人間革命があり、宿命転換があります。
成仏がある、学会精神がある、大幸福があります。

今、聖教新聞には、小説・新人間革命30巻の最終章「誓願」が連載されています。
前作の小説・人間革命12巻と共に、全42巻の小説に徹底的に記されているのは、現代の法華経の行者である創価三代会長(池田先生:戸田先生・牧口先生)とその門下の闘いの歴史です。
学会は、難に遭うごとに大きく、強く、深く成長しました。
私自身の人生も同じ。絶体絶命の苦難に陥るたびに信心根本で乗り越えました。
そのたびの境涯は高まり、幸福は強固なものになりました。
その私の体験記事カテゴリを二つ以下に示します。
https://sokafree.exblog.jp/i8/
https://sokanomori.exblog.jp/i5/
上記URLの体験は大小ありますが、共通しているのは「大きな苦難の中で大きく変われる」「小さい苦難はそれなり」ということです。
大きな苦難でなければ大きく変われませんでした。

今回の座談会での学習範囲に「大難が起ったらなば、強盛の信心でいよいよ悦んでいくのである」とありますが、大難はつらくて厳しいものですが、結果論として大幸福を掴めるという点において「いよいよ悦ばしい」ことでしょう。
私自身、難が来たら喜べるような大境涯になりたいです。
そのためにさらなる信心の深化を果たしたいです。



ひらがな御書の椎地四郎殿御返事の交互文、背景と大意を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1448.html
hiraganagosho.web.fc2.com/c1448.html


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by sokanomori3 | 2018-04-25 06:07 | 座談会御書 | Comments(2)

如説修行抄(2018年4月度座談会御書)


☆如説修行抄に学ぶ.


(4がつど にょせつしゅぎょうしょうに まなぶ)

如説修行抄(にょせつしゅぎょうしょう)。
2018年4月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている如説修行抄(503ページ)の
ひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


てんだい いわく「ほっけしゃくぶく はごんもんり」と まことに ゆえ あるかな 
しかるに しょうじゅたる しあんらくの しゅぎょうを いまの とき ぎょうずる ならば 
ふゆ たねを くだして はる このみを もとむるものに あらずや  
にわとりの あかつきに なくは ようなり
よいに なくは もっけ なり.

○原文.


天台 云く「法華折伏・ 破権門理」と まことに 故 あるかな
然るに 摂受たる 四安楽の 修行を 今の 時 行ずる ならば
冬 種子を 下して 春 菓を 求る者に あらずや
鶏の 暁に 鳴くは 用なり
宵に 鳴くは 物怪 なり.

○背景と大意.


文永10年(1273年)5月、日蓮大聖人 52歳の御時、流罪地の佐渡の一谷(いちのさわ)から門下一同に与えられた御書です。
「如説修行」とは「仏の説の如く修行する」の意味です。

当時、大聖人門下は竜の口の法難以降、大弾圧を受け、その難は門下にも及びました。

「法華経の行者は現世安穏と説かれているのに、なぜ大難が続くのか」との疑いに対し、大聖人は「釈尊の時代も難があったのだから、末法において三類の強敵(ごうてき)に遭うことは当然である。真の現世安穏とは難を乗り越えていく信心にある」と述べれています。

そして、「今は摂受(しょうじゅ)の時代ではない。権経を破す折伏の時である。もし、摂受をするなら、冬に種を撒いて春に収獲しようとしているに等しく、鶏が夜に鳴くに等しい」と御指南されました。

池田先生は「末法は、価値観が混乱し、何が正しいか、何が大切かが分からない時代です。
混乱の時は、“これこそが正義”“これが最も大事”と明確に示していかないといけない。折伏とは“真実を語る”ことです。勇気をもって言い切っていくことです」とご指導されています。

○所感.


「柔らかく法華経を弘める」では通じない人たちが沢山います。
では「強く法華経を弘める」と、どうなるでしょうか。

4月号大白蓮華の巻頭言に、池田先生は次のように記されています。
「戦時中、邪宗門は臆病にも御書の要文を削除した。
御書のままに、弾圧にも屈せず「死身弘法」を貫いたのは、牧口・戸田両先生であられる」

牧口先生も戸田先生も投獄され、牧口先生は獄死されました。
大なり小なり、いずれにしても難を受けるのです。

正直な話をすれば、私自身、折伏はいつも「怖い」です。
強い覚悟と確信がなければ「摂受」になってしまいます。
でも、本当に不幸になることが見えていたら・・
もはや「折伏」しかない。嫌われたとしても破折するしかない。
ここです。それが本当にできるのか・・

今まで私は5人の折伏を実らせました。
仏法対話した相手は30人以上になります。
摂受あり、折伏ありでしたが、批判されたことも当然ありました。
対話の瞬間から瞳がどんどん曇り、絶縁されたこともあります。
折伏って、だから命がけです。お題目あげないとできない。
一方、摂受は簡単。お題目あげなくてもできる。

私には、到底折伏できない人が一人おります。
過去、摂受の対話はしてきました。でも折伏がどうしてもできません。
大恩人ですし、大切な人なんです。ところが、迫害が怖いのです。
怒りを買うことが100%と思っているから。(私の弱さ)
でも、その人の不幸を見て見ぬふりもできません。
悩ましいですよ、折伏。本当に悩ましい。

とにかく、信心を深めてお題目で勇気を作るしかないです。
このように自分自身の中で常に葛藤しております。



ひらがな御書の如説修行抄の交互文、背景と大意を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b501.html
hiraganagosho.web.fc2.com/c501.html

摂受と折伏について御指南されている御書を参考に示します。
sokafree.exblog.jp/28213141/


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by sokanomori3 | 2018-03-27 05:47 | 座談会御書 | Comments(5)

寂日房御書(2018年3月度座談会御書)


☆寂日房御書に学ぶ.


(3がつど じゃくにちぼうごしょに まなぶ)


寂日房御書(じゃくにちぼうごしょ)。
2018年3月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている寂日房御書
(903ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


かかる ものの でし だんなと ならん ひとびとは
しゅくえん ふかしと おもうて にちれんと おなじく ほけきょうを ひろむ べきなり
ほけきょうの ぎょうじゃと いわれぬること はや ふしょう なり
まぬかれがたき み なり.

○漢字文.


かかる 者の 弟子 檀那と ならん 人人は
宿縁 ふかしと 思うて 日蓮と 同じく 法華経を 弘む べきなり
法華経の 行者と いはれぬる事 はや 不祥 なり
まぬかれがたき 身 なり.
 

○背景と大意.


弘安2年(1279年)9月16日、日蓮大聖人 58歳の御時、
弟子の寂日房(じゃくにちぼう)に託し、門下の女性に与えられた御書です。
冒頭、大聖人は「日本第一の法華経の行者である」と述べられます。
以下に、その御文を示します。

にちれんは にほん だい1の ほけきょうの ぎょうじゃ なり
すでに かんじぼんの 20ぎょうの げの もんは
にほんこくの なかには にちれん 1にん よめり
80まんのくなゆたの ぼさつは くちには のべたれども
しゅぎょうしたる ひと 1にんも なし.

日蓮は 日本 第一の 法華経の 行者 なり
すでに 勧持品の 二十行の 偈の 文は
日本国の 中には 日蓮 一人 よめり
八十万億那由佗の 菩薩は 口には 宣たれども
修行したる 人 一人も なし.

勧持品二十行の偈(かんじほんにじゅうぎょうのげ)とは、
菩薩たちが釈尊滅後に三類の強敵の大難に耐えて法華経を弘通することを誓った文です。
一行が漢字20字であり、全体で400字になります。
以下に二十行の偈を示します。

「仏の滅度の後 恐怖(くふ)悪世の中に於て 我等当に(まさに)広く説くべし
諸の無智の人 悪口罵詈(あっくめり)等し
及び 刀杖(とうじょう)を 加うる者あらん
我等 皆 当(まさ)に 忍ぶべし
悪世の中の比丘は 邪智にして 心諂曲(てんごく)に
未だ得ざるを 為れ得たりと謂い(おもい) 我慢の心 充満せん
或は 阿練若(あれんにゃ)に 納衣にして 空閑(くうげん)に在って
自ら真の道を 行ずと謂(おも)うて 人間を 軽賎する者あらん
利養に 貧著するが故に 白衣(びゃくえ)のために 法を説いて
世に恭敬(くぎょう)せらるること 六通の羅漢の如くならん
是の人 悪心を懐き 常に世俗の事を念い 名を阿練若に仮つて
好んで 我等が過(とが)を出さん 而も是の如き 言(ことば)を作さん 
此の諸の比丘等は 利養を貧るを為ての故に 外道の論議を説く
自ら此の経典を作って 世間の人を 誑惑(おうわく)す
名聞を求むるを 為ての故に 分別して 是の経を説く
常に大衆の中に在って 我等を毀(そし)らんと 欲するが故に
国王大臣 婆羅門居士 及び 余の比丘 衆に向って 誹謗して 我が悪を説いて
是れ邪見の人 外道の論議を説くと謂わん
我等 仏を敬うが故に 悉く是の諸悪を忍ばん
斯れに 軽しめられて 「汝等は 皆 是れ仏なり」と謂われん
此の如き軽慢の言を 皆当に忍んで 之を受くべし
濁劫(じょっこう)悪世の中には 多くの諸の恐怖(くふ)あらん
悪鬼其の身に入って 我を罵詈毀辱(めりきにく)せん
我等仏を敬信(きょうしん)して 当に忍辱(にんにく)の鎧(よろい)を著(き)るべし
是の経を説かんが為の故に 此の諸の難事を忍ばん
我身命を愛せず 但無上道を惜む
我等来世に於て 仏の所嘱を護持せん
世尊自ら 当(まさ)に知しめすべし
濁世(じょくせ)の悪比丘は 仏の方便 随宜所説の法を知らず
悪口して 蹙(ひんんじゅく)し 数数(しばしば)擯出(ひんずい)せられ 塔寺を遠離せん
是の如き等の衆悪をも 仏の告勅(ごうちょく)を念うが故に 皆 当に是の事を忍べし
諸の聚落城邑(じゅらくじょうゆう)に 其れ法を求むる者あらば
我 皆 其の所に到って 仏の所嘱の法を説かん
我は是れ 世尊の使なり 衆に処するに 畏るる(おそるる)所なし 
我 当に善く 法を説くべし 願わくは 仏 安穏に住したまえ
我世尊の前 諸の来りたまえる 十方の仏に於て
是の如き 誓言(せいごん)を発す 仏自ら 我が心を知しめせ」

過去、誰も身読したことのない法華経の一切の苦難を、
唯一、乗り越えられたのが日蓮大聖人でした。
その大聖人を師として御本尊を信じ持つことができたのは、過去世の深い宿縁である、
大聖人と同じく法華経を弘めるべきである、と述べられています。
今月の学習範囲の御文は、以下の御文(趣意)です。

「日蓮大聖人の弟子や檀那となる人々は宿縁が深いと思って、
日蓮と同じように法華経を弘めるべきである。
法華経の行者として知られることは世間から見れば不運なことであるが、
仏法の眼から見れば最高に名誉なことである。
そうなった以上、覚悟を決めて信心に励んでください」

○所感.


「宿縁深し」とは過去からの因縁を意味します。
「不詳」とは、「不運」を意味し、世間から見れば不幸なことである仰せです。
大聖人の弟子である私たちは、難を受けながら広宣流布を果たし、
そのプロセスの中で自他ともの大幸福を築きます。

ここで注目すべきは「不詳」でしょう。
信心ゆえに難を受けるのです。

私も会社で難を受けました。
その結果、窓際族を2年3ヶ月も続けることになったのです。
https://sokanomori.exblog.jp/15414796/
けれど、それは信仰上の難ではありませんでした。

では、信仰上の難は受けたでしょうか。
受けたのです。折伏して嫌われたことも何度もありました。
そして、長年に渡り難を受け続けたのです。
窓際族2年3ヶ月よりもっと長く、もっと苦しい難でした。
ただし、ネット上では、その難を具体的に申し上げられません。

ともかく、その難を受けて、途方もなく大きな幸福を得たのです。
その片鱗を記事にしていますので以下にご紹介します。
(現在は具体的に内容が書けないためオブラートに包み語っています)
https://sokafree.exblog.jp/27803829/

上記体験以降、大きく私の境涯が変わりました。
日々に歓喜が継続するのです。その歓喜が崩れないのです。
私はお金や物(家の購入など)、仕事など、沢山祈って、ことごとくを得ました。
https://sokanomori.exblog.jp/13976309/
そして昨年、崩れざる心の大歓喜を得たのです。
強く、賢く、そして大歓喜が継続するのです。
辛いこと、悲しいことは世の中から消えることはありませんが、
私の心が変わり、悠然と楽しんで行けるのです。
どんなことがあろうと幸せの人生が続く確信があるのです。

信心ゆえに難を受け、苦しみもがいて磨かれた命・・
それは、大聖人の記された「不詳」ゆえの功徳です。
苦労しないと幸福というのは感じることができないのだと思います。

信心ゆえに受けた苦難は、宝となります。
そのことは声を大にして申し上げたいです。



平仮名御書の寂日房御書を以下に示します。
http://hiraganagosho.web.fc2.com/b902.html


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by sokanomori3 | 2018-02-27 06:14 | 座談会御書 | Comments(4)

四条金吾殿御返事(2018年2月度座談会御書)


☆煩悩即菩提御書に学ぶ.

(ぼんのう そく ぼだい ごしょに まなぶ)


四条金吾殿御返事(しじょうきんごどのごへんじ)。
2018年2月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている四条金吾殿御返事(別名、煩悩即菩提御書1117・1118ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


ほけきょうの しんじんを とおし たまえ  
ひを きるに やすみぬれば ひを えず  
ごうじょうの だいしんりきを いだして  
ほっけしゅうの しじょう きんご しじょう きんごと
かまくらじゅうの じょうげ ばんみん
ないし にほんこくの いっさいしゅじょうの くちに うたわれ たまえ.

○漢字文.


法華経の 信心を とをし給へ 
火をきるに やすみぬれば 火をえず 
強盛の 大信力を いだして 法華宗の 四条金吾 四条金吾と
鎌倉中の 上下万人 乃至 日本国の 一切衆生の 口に うたはれ給へ.
 

○背景と大意.


文永9年(1272年)5月2日、日蓮大聖人51歳の御時、四条金吾に与えられた御書です。
祈雨対決で敗北した良観の策謀から竜の口の法難、佐渡流罪の大難が起こり、
難は門下にも及び、多くが退転しました。
以下に良観との祈雨対決記事を示します。
http://sokafree.exblog.jp/28018053/

その中で、この難について本抄冒頭に次のように記されています。

「法華経の行者としてかかる大難にあい候はくやしくおもひ候はず」(1116)
「仏果をうべき身となればよろこばしく候」
大聖人は死罪、流罪すら喜びであると述べられているのです。

今月の大白蓮華の範囲は、本抄の末尾の御文になります。

火を得ようとしているのに作業をやめてしまったら火はえられない。
強盛の信力で鎌倉中、日本国中の人々から法華宗の四条金吾と呼ばれる大勝利者になりなさい

(以上、学習範囲の趣意)

この御書をどのように拝すべきでしょうか。
四条金吾の物語として拝すのではなく、自分自身に置き換えることが肝要です。
それは「創価学会とは何か」と聞かれたら「私です」と胸を張って言えることでしょう。
大白蓮華47ページには次のように解説されています。

「仏法を実践する私たちが、現実の人生と生活に勝利し周囲から信頼されてこそ、仏法の力が証明されます。池田先生は語られています。
私は創価学会だ。だれが何と言おうが、偉大な創価学会の代表だ、 
そのくらいの決心で、胸を張っていくべきだ

加えて、池田先生は今月号の巻頭言に「挑戦王」と題しご指導をくださっています。

仏法は「挑戦」の宗教である
妙法とともに、月々日々に蘇生した生命力で、たゆまず新たな価値を創造する挑戦だ
御書とともに、人生のいかなる試練、なかんずく自他共の生老病死の苦悩を打開する挑戦だ
同志とともに、現実社会の課題に立ち向かって、幸と平和の連帯を広げゆく挑戦である

そして同じく巻頭言に和歌を添えてくださっています。
創価とは 挑戦王の 異名なり 溢れんばかりの 勇気で勝ち切れ

「溢れんばかりの勇気」を「大信力の唱題」から得る。
現実社会の中で自他共に試練を乗り越える。
価値を創造する。四条金吾のごとく、創価の偉大を証明する。
必ず勝つ!と腹を決めて歩む。
そして「創価学会の○○」として勝利する。
これが創価の誉れの人生であります。

○所感.


本抄は、700年後の今日、「予言の書」となった感があります。
四条金吾は、創価の希望と勇気を象徴する誉の弟子です。
今や国内のみならず、全世界に金吾の名前が轟き渡っています。

学生時代、私は「一生、金吾のような勝利者にはなれない」と思っていました。
劣等な能力に、社会で実証を示せる自信がなかったのです。
しかし、信心し、小さいながら私なりの実証を示せたとき、
使命を果たすことの喜びを知りました。

個々の宿命の中で誰よりも立派に生きることこそ、
私たち一人ひとりの使命ではないでしょうか。

私は40歳のとき窓際族となり、その悩みから本気で信心をしました。
3年間で300万遍唱題を果たし宿命転換しました。
その体験を以下の記事URLに示します。
sokanomori.exblog.jp/15414796/


ひらがな御書の四条金吾殿御返事(別名、煩悩即菩提御書)を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1116

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by sokanomori3 | 2018-01-25 22:11 | 座談会御書 | Comments(6)

顕仏未来記(2018年1度座談会御書)


☆顕仏未来記に学ぶ.

(1がつど ごしょ けんぶつ みらいきに まなぶ)


顕仏未来記(けんぶつみらいき)。
2017年1月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている顕仏未来記(509ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


でんぎょうだいし いわく 
「あさきは やすく ふかきは かたしとは しゃかの しょはん なり  
あさきを さって ふかきに つくは じょうぶの こころ なり  
てんだいだいしは しゃかに しんじゅんし ほっけしゅうをたすけて しんたんに ふようし 
えいざんの いっけは てんだいに そうじょうし 
ほっけしゅうを たすけて にほんに ぐづうす」とう うんぬん  
あんしゅうの にちれんは おそらくは さんしに そうじょうし 
ほっけしゅうを たすけて まっぽうに るつうす  
3に 1を くわえて さんごく ししと なづく.

○漢字文.


伝教大師 云く「浅きは 易く 深きは 難しとは 釈迦の 所判なり
浅きを 去つて 深きに 就くは 丈夫の 心なり
天台大師は 釈迦に 信順し 法華宗を 助けて 震旦に 敷揚し
叡山の 一家は 天台に 相承し 法華宗を 助けて 日本に 弘通す」等云云
安州の 日蓮は 恐くは 三師に 相承し 法華宗を 助けて 末法に 流通
三に 一を 加えて 三国 四師と 号く.


○背景と大意.


文永10年(1273年)5月11日、日蓮大聖人52歳の御時、門下一同に与えられた御書です。
本抄は佐渡で著され、「仏の未来記を顕す」との題号の通り、釈尊の未来記をいつ、誰が、どのように実現するかを明らかにされた御書です。
大聖人は、仏説通りに法華経を弘通し、難を受けているのは大聖人以外になく、末法で唯一の法華経の行者であると断言され、必ず日本から大聖人の仏法が世界に広まることを述べられています。
最後に、「六難九易」(ろくなんくい)を体得されたことを明かされます。

六難九易の解説記事URLを以下に示します。
http://sokafree.exblog.jp/26796690/

1月度座談会御書の学習範囲は、顕仏未来記の最後の御文になります

「浅い教えは理解しやすいが、深い教えは信じ難く、理解しがたいとは釈迦の教えである。
浅い教えを去って深い教えにつくのが勇者である。
天台大師は法華経を中国に顕揚(けんよう)し、比叡山は天台を引き継いで日本に弘通するのである」と伝教大師は法華秀句(ほっけしゅうく)を例に述べている。
安房の国(千葉県)の日蓮は、釈迦・天台・伝教の三師を継いで末法に流通している。
それゆえ、三に一を加えて三国四師(さんごくしし)と名付けるのである」

(以上、学習範囲の趣意)

池田先生は巻頭言に次の内容を記されています
「仏法の日本流伝より700年にして、御本仏(大聖人)が出現され、さらに700年を経て創価学会が誕生した。実に壮大にして不思議なるリズムと言ってよい」
「我らはこの一年を「栄光の年」と定めた。「栄光」はどんな逆境でも、太陽のように一日また一日、たゆまず前進し抜く生命に輝きわたる」
「末法一万年の果てまで、大法弘通を託されている学会です」
「栄光の歴史を、共々に飾り綴ろうではないか!」

創価学会はこの未来記の通り、世界192か国地域に拡がる世界宗教になりました
2018年は広宣流布大誓堂完成5周年であり、3・16祈念式典から50周年、日中国交正常化提言発表から50周年、小説・新人間革命執筆開始から25周年の佳節の年です。

○所感.


2018年の新春の御書は顕仏未来記でした。
世界広布新時代 栄光の年の船出にふさわしい御書と思いますが、いかがでしょうか。

この「栄光の年」に、池田先生は3つの指針「英知・情熱・勝利」を示されました
その三指針についての具体的な意味を以下に示します。
1.英知:徹して御書に学べ。2.情熱:折伏への情熱を忘れるな。
3.勝利:他の誰でもない、自分に勝て。(勤行・唱題)
3の自分に勝ては、具体的には勤行・唱題に徹するの意味です。
すなわち、御書、折伏、勤行・唱題。信心根本の年、と言えるでしょう。

さあ、平成30年、平成時代のラストの年です。
大いに御書に学び、お題目をあげ切り、折伏を実践しましょう!
そして、新人間革命の「勝ち鬨」のごとき大勝利を果たしましょう!

顕仏未来記のひらがな訳全文を以下に添付します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b505

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by sokanomori3 | 2017-12-26 05:07 | 座談会御書 | Comments(0)

諸経と法華経と難易の事(2017年12月度座談会御書)


☆諸経と法華経と難易の事に学ぶ.

(しょきょうと ほけきょうと なんいの ことに まなぶ)


諸経と法華経と難易の事(しょきょうとほけきょうとなんいのこと)。
12月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている諸経と法華経と難易の事(992ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


ぶっぽう ようやく てんどうしければ せけんも また じょくらん せり
ぶっぽうは たいの ごとし せけんは かげの ごとし
たい まがれば かげ ななめ なり.

○漢字文.

仏法 やうやく 顛倒しければ 世間も 又 濁乱 せり
仏法は 体の ごとし 世間は かげの ごとし
体 曲れば 影 ななめ なり.

○背景と大意.


弘安3年(1280年)5月26日、日蓮大聖人 59歳の御時、富木常忍に与えられた御書です。
富木常忍が法華経法師品(ほっしほん)第十説かれる「難信難解」(なんしんなんげ)の質問を寄せたことに対し、問答形式で回答されています。
難信難解の句を正しく読んだのはインドの竜樹、中国の天台、日本の伝教の3人のみである、法華経は元品の無明を切る利剣であり、真言と浄土の経典は邪義である、とご指南さています。
最後に、大聖人門下は仏意に従い成仏し、他宗は邪義ゆえに苦海に沈むと結ばれています。

12月度座談会御書は、本抄の文末の「仏法は 体のごとし 世間は かげのごとし 体 曲れば 影ななめなり」の有名な御文が学習範囲です。
当時、蒙古の再来が予想され、人々は恐怖の中で生活していました。
仏法は体(たい)であり根本ゆえに、国の仏法が顛倒すれば、影である世間は乱れます。
故に、真言宗や浄土宗を立てるのではなく、法華経を立てなければならないと述べられています。

難信難解(なんしんなんげ).
「信じ難く理解し難い」の意味。易信易解(いしんいげ)に対する語句。
法華経法師品には、諸経の中で法華経が最も信じ難く理解し難いであると説かれている。
仏が自身の悟りを直ちに説いた教え(髄自意)ゆえに難信難解である。

易信易解(いしんいげ).
「信じ易く理解しやすい」の意味。法華経以外の教えのこと。

随自意(ずいじい).
「自らの意(こころ)に随(したが)う」と読む。
衆生の機根にかかわらず、仏・仏界の内面をそのまま説き示すこと。
このため、境涯の違う衆生からは理解し難い。

髄他意(ずいたい).
真実の悟りに導くために、衆生の機根や好みに随って法を説くこと。
また、その方便の教えをいう。

○所感.


私たちは苦難や不幸に見舞われたとき、とかく他人のせいにしがちです。
しかし、仏法では不幸の原因は自分自身の宿業と説きます。
周囲がゆがんで見えるのは、実は、自分自身の境涯・思想のゆがみが原因です。
故に、仏法の真髄である法華経、なかんずく南無妙法蓮華経の正しい仏法を実践し、宿命転換しない限り、その歪み(問題)は改善できません。
誤った宗教によって、人生は歪曲し不幸になります。
正しい宗教によって、人生は清く正しく幸福にになります。
日蓮大聖人の仏法を根本としなければ幸福な人生は得られません。

大聖人はあらゆる不幸の根本原因について、法華経(正法)を根本とせず、他宗(邪義)を根本としているからであると述べられています。
「仏法が顛倒(てんどう)するから世間もまた濁り、乱れる」
これは、個々においては「宗教の顛倒は人生を濁らせ乱れさせる」ということと同意です。
多くの人々は宗教に正邪があることすら認識していません。
誤った思想や宗教を盲目的に信じ、結果、濁悪の人生に堕していきます。

私たちの願いは「立正安国」であり、「自他共の幸福」です。
来年は「世界広布新時代栄光の年」であり、折伏弘教の年です。
大いに仏法対話を果たしてまいりましょう。

諸経と法華経と難易の事のひらがな訳全文を以下に添付します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b991.html

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by sokanomori3 | 2017-11-25 05:21 | 座談会御書 | Comments(0)

日妙聖人御書(2017年11月度座談会御書)


☆日妙聖人御書に学ぶ.

(11がつどは にちみょうしょうにんごしょに まなびます)


日妙聖人御書(にちみょうしょうにんごしょ)。
11月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている日妙聖人御書(1215ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


われら ぐばくの ぼんぷ たちまちに きょうしゅ しゃくそんと くどく ひとし  
かの くどくを ぜんたい うけとる ゆえなり  
きょうに いわく「にょがとうむい」とう うんぬん  
ほけきょうを こころえるものは しゃくそんと さいとうなりと もうす もん なり.

○漢字文.


我等 具縛の 凡夫 忽に 教主 釈尊と 功徳 ひとし 
彼の 功徳を 全体 うけとる 故なり 
経に 云く「如我等無異」等 云云 
法華経を 心得る 者は 釈尊と 斉等なりと 申す 文 なり.

○背景と大意.


文永9年(1272年)5月25日、日蓮大聖人51歳の御時の御書です。
文永8年の大弾圧で大聖人は佐渡に流され、鎌倉の多くの門下が退転しました。
その中、乙御前(おとごぜん)の母は鎌倉から遠路、佐渡の大聖人を訪ねます。
本抄では、楽法梵志(ぎょうぼうぼんじ)、薬王菩薩(やくおうぼさつ)、雪山童子(せっせんどうじ)などが身命を捨てて仏法を求めた事例を挙げて、不惜身命(ふしゃくしんみょう)の仏道修行を教えられています。
その上で、大聖人を求めて不惜身命の旅をした乙御前の母を「日本第一の法華経の行者の女人」と称えられ、「日妙聖人」という最高の称号を送られました。

今月の御書の学習範囲は「末法において妙法蓮華経の五字を受持すれば、釈尊(仏)と同じ境涯を得ることができる」と述べられています。
「如我等無異」(にょがとうむい)とは「我が如く等しくして異なることをならしめん」の意。
「斉悼」(さいとう)とは、「ひとしい」ということ。
すなわち、「法華経を心得る人は釈尊に等しい」との意味です。

池田先生は「全民衆を自分と同じ境涯にまで高めたい。それが仏の誓願である。わが身を投げうって、不幸の人、貧しい人、苦しむ人を救っていく。これが大乗仏教である。創価学会の魂である」と述べられています。
(以上大白蓮華11月号53ページより引用)

○語句解説.


1.楽法梵志(ぎょうぼうぼんじ) 
釈尊が過去世で仏道修行したときの名前。
楽法(ぎょうぼう)とは「法を楽(ねが)い求めるの意味。
菩薩道の修業中、仏に会えず、バラモンが変じた魔が「身の皮を紙とし、骨を筆とし、血を墨として書写するなら仏の一偈を教えようと言った。
楽法は即座に皮を剥いで乾かし、骨を筆にして書写する準備を整えた。
すると魔はたちまち消え、求道の心を知った仏が出現して法門を説いた。

2.薬王菩薩(やくおうぼさつ) 
自らの身を焼き、八十万億恒河沙の世界を照らした菩薩。
薬王は法華経の行者の守護を誓っている。
薬王菩薩は、病気を平癒する働き名づけたものとされる。
天台、伝教は、この薬王菩薩の再誕とされている。

3.雪山童子(せっせんどうじ) 
以下のURLを御参照ください。
sokanomori.exblog.jp/13767217/

○所感.


皮を剥いで紙とし、骨を砕いて筆とした楽法梵志。
肘を焼き続け、闇を照らし続けた薬王菩薩。
求道の強い心から半偈を聞き、身を投げた雪山童子。
その死身弘法の実践を示され、「あなたも同じく死身弘法であられる」と励まされる大聖人・・
文末には「日本第一の法華経の行者の女人なり」と記されています。
師を求め抜く強く深い信心のたまものでしょうか。
涙なくして拝せない御書です。

私は40歳の時、窓際族になりました。
唱題し、御書の全編拝読をする中で幸せとは「仏になること」だと悟りました。
昔、私は六道輪廻の境涯でした。いつも砂を噛むような毎日でした。
それが信心で変わりました。今、私は大幸福の人生を生きています。
その私の体験を以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/15414796/

さあ、学会創立記念日11・18が目前ですね。
私たちは創価学会仏(そうかがっかいぶつ)です。
朗らかに、元気に前進いたしましょう!

日妙聖人御書のひらがな訳全文を以下に添付します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1213-2.html

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by sokanomori3 | 2017-10-26 06:10 | 座談会御書 | Comments(3)

阿仏房尼御前御返事(2017年10月度座談会御書)


☆阿仏房尼御前御返事に学ぶ.

(あぶつぼうあまごぜん ごへんじに まなぶ)

阿仏房尼御前御返事(あぶつぼうあまごぜんごへんじ)。
10月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている阿仏房尼御前御返事(1308ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

いよいよ しんじんを はげみ たもうべし
ぶっぽうのどうりを ひとに かたらんものをば なんにょ そうに かならず にくむべし
よし にくまば にくめ
ほけきょう しゃかぶつ てんだい みょうらく でんぎょう しょうあんらの
きんげんに みを まかすべし
にょせつしゅぎょうの ひととは これなり.

○漢字文.

弥 信心を はげみ 給うべし
仏法の 道理を 人に 語らむ 者をば 男女 僧尼 必ず にくむべし
よし にくまば にくめ
法華経 釈迦仏 天台 妙楽 伝教 章安等の 金言に 身を まかすべし
如説修行の 人とは 是れなり.


○背景と大意.

建治元年(1275年)9月3日、日蓮大聖人54歳の御時の御書です。
(現在は、建治2年との説が有力になっています)
阿仏房夫妻は、過去、念仏信仰をしていました。
本抄は、阿仏房の妻・千日尼が謗法の罪を質問したことに対して、謗法(ほうぼう)にも浅深、軽重があると述べられ、折伏の姿勢を指導されている御書です。
「謗法を放置すれば無慈悲である。折伏をすれば必ず難が競い起こる。そのときに御本尊を護持し、折伏し通すならば必ず功徳がある」と述べられています。
また、千日尼の信心と求道心をおほめになられています。

池田先生は次のようにご指導されています。(大白蓮華10月号47ページ)
「大聖人の仏法は常に今からである。今日が久遠元初の出発の日である。
仏法ゆえに悪口を言われ、悔しい思いをすることもある。
しかし、憎むならば憎むがよい!の心意気で進む人を大聖人は断じて護ってくださるのです」

如説修行(にょせつしゅぎょう)とは、「説の如く修行す」と読みます。
仏が説いた教え通りに修行することです。
その修行は六難九易(とくなんくい)に譬えられています。
sokafree.exblog.jp/26796690/

○所感.

今、世の中は「批判」を避ける時代と言われています。
批判はすなわち、和を乱す、喧嘩を売る、ケチをつける、因縁をつけるといったイメージが強く、政治や宗教などを真面目に話すことを避ける風潮があるようです。
会社などでも、強く言うとパワハラ、セクハラなどと騒ぎになる時代です。
基本的に考え方の違いで対立しやすい政治と宗教の話は、タブー視される傾向が強まっています。
軽薄でさしさわりのない話が主流で、熱い対話は敬遠がちに感じますが、実際には濃い人間関係では濃い話、本音の話は今も続いています。
このため、しっかりした折伏は、ある程度の人間関係の構築も必要でしょう。
仏法対話が原因して、恨まれ、疎遠になることもあります。
私も何人か、そのことが原因で人間関係が壊れたことあります。
悔しい思いをしましたが、それは仕方ない。
仏道修行です。このことは乗り越えなければなりません。
さあ、お題目で慈悲と勇気を奮い立たせましょう。
そして、如説修行を実践いたしましょう!



阿仏房尼御前御返事のひらがな訳全文を以下に添付します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1307

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by sokanomori3 | 2017-09-26 05:55 | 座談会御書 | Comments(2)

持妙法華問答抄(2017年9月度座談会御書)


☆持妙法華問答抄に学ぶ.

持妙法華問答抄(じみょうほっけもんどうしょう)。
9月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている持妙法華問答抄(467ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

じゃっこうの みやこ ならずは いずくにも みな く なるべし
ほんがくの すみかを はなれて なにごとか たのしみ なるべき
ねがわくは「げんぜあんのん ごしょうぜんしょ」の みょうほうを
たもつ のみこそ ただ こんじょうの みょうもん ごぜの ろういん なるべけれ
すべからく こころを いつにして なんみょうほうれんげきょうと
われも となえ たをも すすめん のみこそ
こんじょう にんかいの おもいで なるべき.

○漢字文.

寂光の 都ならずは 何くも 皆 苦なるべし
本覚の 栖を 離れて 何事か 楽みなるべき
願くは「現世安穏 後生善処」の 妙法を 持つ のみこそ
只 今生の 名聞 後世の 弄引 なるべけれ
須く 心を 一にして 南無妙法蓮華経と 我も 唱へ 他をも 勧ん のみこそ
今生 人界の 思出 なるべき.


○背景と大意.

弘長3年(1263年)、日蓮大聖人42歳の御時の御書です。
伊豆流罪赦免直後にしたためられたとされる御書ですが、詳細は明らかでありません。
本抄は、南無妙法蓮華経によって成仏できることを5つの問答形式で教えられています。
その5つの教えを以下に要約して申し上げます。

1.仏になるためには法華経を修行すべきである。
2.法華経が最も優れた法である。
3.法華経は釈尊の極説であり仏になる真実の道が説かれている。
4.爾前権経(にぜんごんきょう)で成仏を許されなかった女人、二乗などを含む
  すべての人たちを成仏させる教えが法華経である。
5.その修業方法は「信」が重要である。不信であっては仏の力も及ばず、
  苦悩から逃れることはできない。

この御指南の文末に、今月の御書講義文が記されています。

仏の境地を離れて何が楽しみとなるだろうか。妙法を持つ(たもつ)ことのみが一生の真の名誉であり、来世の導きとなる。ぜひとも全精魂を傾けて南無妙法蓮華経と唱え、他の人に勧めるべきである。それが人として生まれてきた一生の思い出になる

大聖人は本抄において、次のようにも仰せです。

 うけがたき じんしんを うけ あいがたき ぶっぽうに あいて いかでか むなしくして そうろうべきぞ.
受けがたき人身をうけ 値いがたき仏法にあひて 争でか虚しくして候べきぞ」(464)

 まいじさぜねんの ひがんを わすれ いかなる つきひ ありてか.
毎自作是念の悲願を忘れ 何なる月日ありてか」(466)

 りんじゅう すでに いまに ありとは しりながら がまんへんしゅう みょうもんみょうりに じゃくして 
 みょうほうを となえ たてまつらん ことは こころざしの ほど むげに かいなし.

臨終已に今にありとは知りながら 我慢偏執・名聞利養に著して
 妙法を唱へ奉らざらん事は 志の程・無下にかひなし
」(466)

 しょうがい いくばく ならず おもえば いちやの かりの やどを わすれて いくばくの みょうりをか えん
 また えたりとも これ ゆめの なかの さかえ めずらし からぬ たのしみ なり.

生涯幾くならず思へば 一夜のかりの宿を忘れて 幾くの名利をか得ん
 又得たりとも 是れ夢の中の栄へ 珍しからぬ楽みなり


「毎自作是念の悲願」とは寿量品の最後の一句です。
「どのようにしてこの仏法に入らせて成仏させるか」ということを「毎にこの念を作す(つねにこのねんをなす)」、すなわち広宣流布を願う境涯(仏の境涯)を述べられています。
そして人生の短さを知りながら、名聞名利に生きる愚かさを記されています。

○所感.

9月度大白蓮華の解説には、以下の文章が掲載されています。

「広宣流布に生き抜くことが、一生を飾る真実の思い出となります。
池田先生は「地味であったとしても、広宣流布のために動いたこと、語ったこと、苦労したこと、戦い切ったことは、時が経てば経つほど、深い光を放っていく」と教えられています」

私たちは尊い仏法を根幹として生き抜きたいものです。
仏とは広宣流布を悲願として生きる人生のことです。

功徳について、大聖人は以下の御文を記されています。

たもたるる ほうだに だいいち ならば たもつ ひと したがって だいいち なるべし.
持たるる法だに第一ならば持つ人随つて第一なるべし」(466)

私たちは世界一の仏法をたもっています。私たちは世界一幸せになることができます。
そのことを確信し、永遠に崩れない大境涯を信・行・学で築き上げましょう。



持妙法華問答抄の別記事を参考資料として以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/16646396/
sokanomori.exblog.jp/20692264/

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by sokanomori3 | 2017-08-26 06:32 | 座談会御書 | Comments(2)


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