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カテゴリ:良死の準備( 29 )

真田幸村の人生


☆美しい真田信繁の人生.


日本一の兵(ひのもといちのつわもの)と言われた幸村。
この幸村というのは、死後57年に「難波戦記」(なにわせんき)という
本に書かれ、その名称が今の真田幸村となったもの。
正しくは「真田信繁(さなだのぶしげ)」です。

彼の出生地は甲斐の国(山梨県)です。
祖父は武田信玄に仕えましたが、武田家は滅亡します。
父は武田を滅ぼした織田信長に臣従を訴えます。
多くの所領を失いましたが、城が一つ残りました。
その3カ月後、小田信長が明智光秀に討たれました。
このときから北条や徳川などに臣従し、主君を変えていった。
これがのちに「表裏比興(ひょうりひきょう)の者」、
すなわり、裏表のある卑怯者という汚名を受けることになった。
この親を父に持つ幸村は「表裏」を極端に嫌うようになりました。
「私は卑怯者に、絶対にならない」と決意したのでしょう。

幸村は19歳にして上杉家の人質となり、
次に秀吉に臣従し、やがて小田原攻めに
3000の兵の将として初陣を果たします。

時は経ち、関ヶ原の合戦ののち、大阪冬の陣となります。
冬の陣では「真田丸」を築き勝利するも、
和睦から外堀を埋められ、大阪城は裸の城になります。

真田幸村の旗は「六文銭」です。
三途の川を渡るという意味なのです。
やがて夏の陣となり、死を覚悟した突撃で華々しく散りました。
この突撃に家康は12キロメートルも逃げたとされます。
家康が窮地に追い込まれたのは、
武田信玄に敗れて以来のことでした。

私にも目標とする人生のカタチがあります。
それは幸村の追い求めた“清さ”。

以下に、私のケータイのメモ帳の写真を添付します。

b0312424_20373776.jpg


この写真のメモ帳の文字を以下に添付します。

>誰人にも侵されず、穢されず、
奪われず、破壊もされぬ師子となりて、
美しく、清らかに悠然と生き、悠然と死する。
そういう仏に私はなりたい。
今の地位など何であろう。
私は私の道を歩むのみ・・

私にとって、清らかさほど大事なものはありません。
もし、人生を穢されるなら、今の地位などいりません。
醜い椅子取りゲームなどはしません。
誰かの足を引っ張ったりもしません。

世の中には美しさもある反面、醜くおぞましい風景が存在します。
どうしてそうなるかというと、自利を追求しているから。
家族のため、仲間のために欲深くなるからです。
でも、そのために他の人々を苦しめる構図がある。
分かち合い、助け合う美しい世界で生きたいのに、
奪い合い、反目し合うことを繰り返します。

でも私は、清く、正しく生きたいのです。
そのためにも、つまり仏になるしかありません。
大変ですが、その道しかありません。

お題目で境涯が変わり、生活も変わって私は大功徳を受けました。
だから周囲の大事な人たちにこの幸せを分けてあげたいし、
その幸せな生活を共有したいのです。
私の切実な願いは、その一点にのみあります。

私の境涯変わった体験の記事を以下に示します。
sokanomori.exblog.jp/15414796/


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by sokanomori3 | 2019-11-14 05:09 | 良死の準備 | Comments(0)

晴れやかな現役引退ニュース


☆後悔が一切ない人生.


「ヤクルト・館山が引退…9度手術、175針不屈の男穏やかな気持ち」と
題されたネットニュースを見ました。
以下に、その記事を抜粋して感想を述べます。

>ヤクルト・館山昌平投手が今季限りでの現役引退を決意した。
2008年には12勝3敗で最高勝率、09年には16勝を挙げて
最多勝のタイトルを獲得し、右のエースとして
5年連続2桁勝利と一時代を築いた。
一方で9度の手術を受け、体には計175針の縫い跡がある。
何度も逆境を乗り越えてきた不屈の右腕が、現役生活に幕を閉じる。
その表情は晴れやかだ。館山投手は次のように語る。
「打者を欺くことなく、力勝負してきた。
打たれることが多くなったけど、一切の後悔がない。
最後まで技術に苦しみ抜けたことは、
これからに生きてくると思う」

館山 昌平(たてやま・しょうへい)
1981(昭和56)年3月117日生まれ、38歳。
右投げ右打ち。年俸2400万円。背番号25。

(www.msn.com/ja-jp/sports/npbより)

ひじの手術を9回も受け、懸命に努力しての引退。
後悔もないし、苦労したことがこれから生きてくるという
館山投手の自信あふれる言葉が印象的でした。
私も引退を5か月後に控えています。

20歳の時、成人式に着る服もなく参加できなかった私でした。
「後悔は一切ない」と晴れやかに定年退職できるよう、
残りの日々をしっかり歩みたいです。


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by sokanomori3 | 2019-09-11 05:20 | 良死の準備 | Comments(2)

オーストラリアの高齢者福祉


☆終末期の高齢者の生活.


私は、半年後には介護現場で仕事をします。
その現場では、未来が開かれていく世界ではなく、
未来が閉じられていく世界です。
ある意味、死にゆく人たちの生活とは、
どのようなものでありましょう。

その一端を、ある一冊の本が教えてくれました。
それは「オーストラリアの高齢者福祉」と題される本で、
1999年7月に脱稿された古い本です。
仕事の文献調査で手にしたもので、かなり客観的な、
大学か何かの教科書のような本なのですが、
訪問看護の仕事が書かれていました。

以下は、その本の在宅看護の記述の一部です。

訪問1. 
イタリア人の高齢女性で子どもと同居。目が悪く、糖尿病を患っている。
一週間分の薬を薬箱に補充、訪問時にシャワーをする。

訪問2.
96歳の一人暮らし女性。
関節リュウマチで足が悪く、思うように歩行ができない。
シャワーに入れ、リュウマチの足に薬を塗り、
包帯を巻いて一週間分の薬の補充をする。

訪問3.
イタリア人の三世代家族。96歳(夫)、93歳(妻)の高齢者夫婦。
60代の息子夫婦、また孫娘がいる。孫娘は乳癌の手術を受け同居している。
高齢者夫婦をシャワーに入れ、血圧を測り、二人に注射して一週間分の薬を渡す。
おばあさんは頭痛があるということで苦しそうにうめき声を出し続けている。
家族はその声で熟睡できない。

訪問4.
70歳代のイタリア人女性。乳癌の末期で、余命およそ一週間。
20歳代の娘は、母の最期を自宅で過ごさせたいと思い、
仕事を辞めて家で看病している。親族も訪ねてきていた。
清拭、モルヒネの投与をする。

訪問5.
75歳のギリシャ人女性。40歳代から関節リュウマチを患い、
今ではほとんど歩けない。娘が仕事を辞めて看病している。
湯を入れたバケツで足を洗い、薬を塗り、一週間分の薬を渡す。
オーストラリアでは、家族介護のために仕事を辞めている場合、
家族介護手当が支給されている。
高額所得者には不利だが、失業率の高い現状では
この手当てを受けることは有力な手段である。

訪問6.
40歳代後半の白人女性。一人暮らし。アルコール中毒、視力の低下、うつ状態。
部屋は汚れた臭いが漂っている。
身の回りのことにかまわず、食事もきちんと摂っていない。
前回の薬もあまり飲んでいない。
同一人物とは思えないような美しい時代の写真があり、
「あなたの写真ですか?」と聞くと「そうだ」といい、
一緒に写っている男性がいるので、離婚したようだ。

訪問7.
80歳代女性。ひとり暮らし。足が悪くうまく歩けない。
シャワー、足の処理をし、一週間分の薬を渡す。
同年代の女性の友人が訪ねて来て、楽しそうに対話していた。

訪問8.
80歳代の女性。ひとり暮らし。糖尿病にかかり、ほとんど歩けない。
娘が訪ねてきていた。一週間分の薬を確認し、補充する。
歩けなくなったが、にこやかで、笑顔で話している姿が印象的だった。

それぞれが困難な状況にあったが、個人差があった。

(第三章 できるだけ自宅で暮らすために、より)

このような客観的記録が、淡々と述べられていました。
家族がいてもいなくても、死に向かう生活は苦を伴うものです。
人が健康を失い、死に向かって歩む姿は痛々しい。
でも、これは自分自身の未来でもある訳です。

冷静に見れば、最後というのはこのようなことになるし、
誰もが同じなので、過度に不幸に感じない方がいい。
何より、それ以前の元気な時代にどう生き、
何をしたかが問われるのだと思いました。

もし、充実し、悔いなき人生であるなら、
死も間違いなく幸福でありましょう。


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by sokanomori3 | 2019-08-31 07:58 | 良死の準備 | Comments(0)

天のしずくDVD


☆納得の人生を歩みたい.


youtube.com/watch?v=otCqZB1SQ8g





先日、「人生フルーツ」のDVDがないことをお伝えしました。
https://sokafree.exblog.jp/29300837/
そのDVDを探していたら「天のしずく」という映画を知りました。
youtubeの印象から、この映画も良さそうです。

見てもいないのに語るのもなんですが、こういう人たちの
高齢での豊かな生活を見ると、人生の真の勝利者とはカネや地位ではなく、
平凡な生活の中に、生きることの喜びと感謝を感じられること、
その源泉が境涯と行動力(技術力)にあると感じます。

「カネの亡者」についても記事にしました。
https://sokafree.exblog.jp/29297216/
こういう妖怪のような人と、人生フルーツや天のしずくの人たちとを比べると、
カネの亡者がどれほど不幸かが鮮明になります。
カネばかりを追いかけ、森も見ず川もみない生活のどこが幸せでしょう。
朝霧に煙る河川敷、雨の日の庭の風景、天空に輝く満月や満天の星々。
庶民の中にある愛情や思いやり、安らぎや心地よさなど、
そういうこの世の宝に触れ、満喫する生活こそ
本当の幸せ、本当の満足ではないでしょうか。

ある不幸な王様が、その人生に終わりにつぶやいた言葉あります。
「私は王に生まれなければよかった。ジプシーか何かに生まれ、
朝に夕に神に祈りを捧げる生活をしたかった」

今、私は定年退職以降の新たな生活に向けて歩んでいます。
けれど、60歳以降の人生が、いつまでも続くものではありません。
最近、知人が69歳で亡くなり、焼香したのですが、テーブルに
骨壺の箱と遺影が置かれ、周囲は白い花で飾られていました。
私は今59歳ですから、知人の年齢まで10年の位置にいます。
世間では人生100年時代というけれど、そこまで生き残る人はまれで、
死は60歳以降、確実に増加を始めます。

カネのために生きるのではなく、やりたいことを優先したい・・
ときめくこと、やりがいのあることをして、
生きることを本当に楽しみ味わいたい・・

そんなことを考えている今日この頃です。


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by sokanomori3 | 2019-03-15 06:12 | 良死の準備 | Comments(0)

ぼくを親孝行できる子にしてください


☆悲しみの声が聞こえる.


ある日、ネットで「親孝行」「本」とキーワードを入れた。
いくつかの書籍が映し出され、その中に気になる題名を見付けた。
「ぼくを親孝行のできる子にしてください」という本。
メモ帳にその題名を書いていて、先日、国立国会図書館の出向いた時、
他の文献調査のついでに注文して読んだ。
以下にその内容の一部を抜粋します。

>しみじみ思うことは、親孝行されるのはもちろん嬉しい。
しかし、されるよりも親孝行をすることの方が、どれほど人間として、
深く大きな喜びがあり、幸せであるかということである。
受けるより、与えることの方が満足を得られるのは愛と同じで、
この思いは、私だけのものではなかろう。

>私たちは、人の子である以上、必ず一日のうち、
ひとときは人間の心に戻ることもあろう。
そんな時、親の笑顔が見たい、結婚もして孫の顔を見せたい、
こんな思いが湧かない者がいるだろうか。

>親孝行するためにこの世に生を受けたはずなのに、
親不孝になっているわが身を嘆くのです。
“ぼく(わたし)を親孝行のできる子にしてください”との
若い彼ら、彼女らの心の叫びが、私には聞えるのです。
耳を澄ませば澄ますほど、若者全員の
悲しみの大合唱が聞こえるのです。

(文書の一部を変更して転記した)

みんな親孝行をしたいができない。もどかしい。
悲しいし、くやしい。多くがそうだろう。
そう、私自身がそうだったし、今もそうなのです。
誰もが理想と現実のギャップに悩みつつ
チャレンジしていることなのだ。

遠く離れたふるさとに、一人残した母の幸せを願う・・
一人息子ともなればなおさらである。
もし、親孝行ができなかったら、間違いなく
私は満足の人生は得られない。

さて、親孝行も仕事も同じであるが、
自らに正義と実践があれば、悲しむべきことではない。
「自分はやった」、「頑張った」という確かな手ごたえがあれば
結果が悪くても人は納得できるものである。

みなさんは親孝行していますか?
私の親孝行は今だ30点ぐらいでしかありません。
まだまだ、全然、足りないのです。

以下に、私の年始のプチ親孝行を示します。
sokafree.exblog.jp/29099260/
sokafree.exblog.jp/29099264/
sokafree.exblog.jp/29099276/


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by sokanomori3 | 2019-01-30 05:30 | 良死の準備 | Comments(0)

自分の人生を精一杯生きる


☆心が腐る理由を見つけた.


産経新聞に登山家・野口健氏の年始の言葉が掲載されていた。
以下にその内容を一部抜粋し、所感を述べます。

>この原稿はヒマラヤで書いている。
学生の頃から年末年始は決まってヒマラヤで過ごしてきたが、
今回は久々にヒマラヤでの年越し。

2011年のエベレスト登山で雪崩に打たれ頸椎を痛めた。
幸いなことに頸椎手術が成功し、昨年春に
ヒマラヤの6千メートル級の登頂に成功した。
あまりにも長かったブランクの間に発見も多かった。
日本で当たり前に生き、年越しも実家で過ごし、
家族から「こういう年越しもいいでしょう」と言われた。
確かに、テントの中でブルブルと震えるより快適だった。
しかし、あのテントの中で生き延びたことを
シェルパたちと喜び合ったあの瞬間の方が
はるかに生きている実感があった。

努力しなくても生き延びられてしまう日常生活。
それは恵まれた環境に違いない。
その一見平和で穏やかな時間が長く続くと、
自分の心が腐っていくのが分かる。
心の腐敗が蔓延すると精神がカサカサに渇いてきて、
そうして生きることに飽きてしまう。

この冬、ヒマラヤに戻ってきて感じたことは、
やはり自分は山屋なのだということ。
あのエベレストに挑んでいた時のように、
虫メガネで一点を焼くようにジリジリと生きたいし、
もう一度、自分の人生を生きようと思う。

けがをしたことによって人生に向き合えたから、
けがにも感謝しなければならない。

(産経新聞2019年1月3日より)



読んですごく共感できたし、「分かるなあ」と笑みがこぼれました。
野口氏は、25歳で7大陸最高峰最少年登頂の世界記録を達成(当時)。
その後、エレベスト、富士山の清掃登山で活躍。
山を愛し、山の保全に生き抜いています。
氏自身が使命と思っているのでしょう。

生きることに飽きている人、虚しい人は、ぜひ使命を見つけてほしいです。
使命への挑戦ほど幸せなことはないですからね。
私にとっては、仕事も学会活動も、親孝行もひらがな御書も、
全部、私の使命であり、生き甲斐です。



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by sokanomori3 | 2019-01-03 14:28 | 良死の準備 | Comments(3)

「新・終わった人」のシナリオ


☆私版の「終わった人」


以下に、小説「終わった人」の表紙写真を添付します。
b0312424_23345773.jpg

写真解説「本の表紙に、花束を持った背広姿の男性のイラストが描かれています」

定年60歳の3年も前から、私は引退を表明した。
27歳で転職して以来30年を経て、いよいよ残り3年となって、
「上申書」を会社に提出し、60歳以降、会社に残らないことを宣言した。
その決意の背景には、いくつかの理由があった。

1つは、27歳から30年も、企画・研究業務のトップだったし、
いつまでも威張っていては後輩が可哀そうだ、ということ。
醜い「椅子取りゲーム」をしたくないということ。
そんなことをするなら「引退したい」のです。

2つに、能力に陰りが生じていたことである。
ピークのころからみれば、格段に能力(集中力)が低下していた。
往年の燃えるような熱意、負けたときの悔しさなどが消えて、
プライドという角もとれて、優しくなってしまった。
そう、この優しさこそ、ビジネスにとっての障害である。
貪欲な野心が、ビジネスにとって必要なのだから。
この能力の変化から、企画部門の責任者でいられないと思った。
60歳までは何とかやれても、以降は継続できそうもない。
「濡れ落ち葉になる」ことだけは避けたかった。

3つに、やりたい仕事がやれないことだった。
会社には貢献した私だったが、その過去の経歴が邪魔をして、
若いメンバーが私を使うことはできない。偉くて使えないのである。
加えて、会社幹部になって会社オーナーばかり見るようになった。
お客様のために生きられなってしまった。
そんな仕事が面白くなかった。

4つに、実家で一人暮らしする母の親孝行がしたかった。
私の人生において、唯一、したくてもできなかったこと、
それが「母のそばにいてあげること」だった。
年老いていく母の支援をするために、
私は料理や大工を学び始めた。
そして介護技術も身に付けたいと思うようになった。

5.その親孝行という夢を現実のものとするため、
私は「介護」の仕事をしようと決意した。
特別老人ホームなどで仕事したいと考えた。

今生の自分という人生のドラマを演じるのは
他でもなく自分自身であるし、「やりたいこと」を
「やってみる」という積極性こそ大切だと気付いた。
リスクを恐れ、石橋を叩いても結局渡らず、
川の向こうを永遠に見ることがなく終わるというのは
自身の人生を振り返る時、きっと悔いを残すだろう。
勿論、年齢も環境も考えて、のるか反るかの勝負はいただけない。
ある程度、失敗しても損害が小さく収められる程度の、
人生を踏み外さない夢ならやるべきだ。

ついに私は予定通り、59歳の最終日に33年間の職務を終えた。
そして、その翌日、60歳から老人ホーム勤務になった。
給与は半減し、疲労は3倍に膨れたが私は挫けなかった。
一心不乱に仕事を続けた。愚痴は一切言わなかった。
そうして63歳になって、私は「介護福祉士」を受験し合格する。
この転職から3年余の間に、家事にも積極的に挑戦した。
洗濯、アイロン、掃除、調理、大工をマスターした。

この技術は、茨城県に同居する家族にも何かしら役に立つだろう。
いつか年老いる私の他の家族をも救えるであろう。
こうして、準備を終えた私は、ついに故郷に帰ることになった。
年齢が65歳に達し、年金受給が始まったからだ。

私は故郷で中古車を買い、1年のうち4回帰郷するようになった。
正月、4月、7月、9月である。
そのうち、4、7、9月は一ヶ月まるまるの帰郷だった。
この3ヵ月を、目一杯親孝行に当てた。
私は残りの9カ月を茨城県で過ごし、パートで現金収入を得た。
私は、調理から掃除、家の簡単なリフォームもした。
母親と散歩をし、一緒に会合にも出席した。
こうして弱っていく母に寄り添い続けた。

やがて母年老いて来世に旅立った。
私は葬儀で笑顔で語った。
「悔いはありません。100点満点です」

これが、私の「これからの人生」のシナリオです。
このように歩めるかどうかは分かりません。
でも、この道を歩もうと思うのです。

以下に、映画「終わった人」の感想を示します。
sokafree.exblog.jp/29048124/



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by sokanomori3 | 2018-12-30 08:19 | 良死の準備 | Comments(0)

あなたは何歳まで生きられますか


☆「医者の本音」を読書.


子供の時に読んだ本に「寿命を告げるロウソク」の話がありました。

短いロウソク、長いロウソク、火が消えかかっているロウソクが揺らめき、
そういう沢山のロウソクは「誰かの寿命」を示しているのです。
薄暗い洞窟のような空間に、無数のロウソクがありました。
「はて、自分のロウソクはどれだろう?」
心臓に鼓動を感じつつ自分のロウソクを探します。
その時、案内人が指示した先に消えかかる寸前のロウソクがありました。
「これが、あなたのロウソクです」と告げられます・・

今、人生100年時代と言いますが、早い人は40代で亡くなります。
勿論、もっと若いくして亡くなる人もいます。
ただ、多くは60代以降に死んでいきます。
私は58歳。60歳まで残り1年3カ月です。

このたび、タイトル「医者の本音」、
サブタイトル「患者の前で何を考えているか」という本を読みました。
この著者は、現役の外科医で、専門は大腸がんの外科です。
年間100人近い患者の手術をしているそうです。

本書を読み、過酷な勤務状態と苦闘とを知りました。
おそらく、外科医というのはもっとも厳しい職業の一つでしょう。
人々の命を守るために夜勤もするし、長時間労働もするのです。
この本には、医者は病気をどう見ているのか、
死をどのように受け止めているのかなど、
興味深い医師の心情が書かれていました。

その中で、一部の記述を以下にご紹介いたしましょう。
(長文を短くするため、趣意をまとめます)

>ガンを完全に予防する方法はありません。
たしかに、タバコをやめ、節酒し、熱いものは冷まして飲む、
塩分を控え、野菜を多く取り、太りすぎないようにする・・
これらをきっちり守れば危険性は減る、というデータはあります。
でも、それでもガンになる危険は半減しません。

>病院でガンの医者をやっていると、ガンの告知をすることになります。
そのとき、多くの患者さんは「他の誰でもなく、なぜ私なんだ」と
納得のいかないことになるのです。
納得がいかないのも当然で、私たちの命や健康は、
非常に偶然に左右されるからです。

>ここまでお読みいただいて、いかに死は突然やってきて、
不可解なものかを感じていただけたと思います。
では、あなたはあと何年生きられるのでしょうか。
データである程度の予測をすることはできます。
今、20歳の人はあと61年、40歳の人はあと48年、
60歳の人はあと19年、80歳の人はあと12年です。
もちろんこれはただの平均です。

>私は沢山の死を見てきました。
その私として言いたいのは、特にやりたいことをやらずに生きている人は、
「ぜひ、やりたいことをやってください」ということです。

>外科医は酒を痛飲する人が多いように思います。
医者は無力です。飲まずにおれないことだらけです・・

本を読んで、医者というのは大変な職業なんだと思いました。
勿論、看護師も介護士もみんな苦労の絶えない仕事でしょう。
使命感と決意があって、はじめて継続できる仕事でしょう。
このような医療従事者に感謝したいと思いました。
そして「ぜひ、やりたいことをやってください」との言葉に、
私の定年退職までの仕事と、その先の仕事がキラキラと垣間見えました。
そして、「よし、しっかり夢を果たそう!」と思いました。

「何歳まで生きられますか?」youtubeを以下に示します。
(テロップのみで音声説明はありません)
www.youtube.com/watch?v=jRKaco3Kufw

人生で大事なことは「何を果たすか」ということでしょう。
私は明確に目標が定まっています。
私は迷わず前進するのみです。


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by sokanomori3 | 2018-11-09 05:43 | 良死の準備 | Comments(5)

続・樹木希林さん ありがとう


☆「上出来の人生」の人.


涼風のような人でした。
一番大好きな女優さんでした。
その樹木希林(きき・きりん)さんが75歳の人生を終えられた。
9月15日死去、16日通夜が営まれた。

読売新聞に希林さんの追悼記事が掲載されました。
以下に、抜粋し所感を申し上げます。

>「上出来の人生よ」 
今年になってそう言うことが増えていた。
通夜が営まれたご自宅は、穏やかな空気に包まれていた。
全身の癌の公表から始まった家族の長い看取りが、
ゆっくりと行き届いたことが感じられた。
希林さんは、とてもきれないなお顔で、
今にも目を開けてお話を始めそうだった。

>今年の3月に癌の骨への移転を知らされた
言葉を失う私たちスタッフを逆に気遣いながら、
本人はすぐに終活に入られた。
身体が弱ってからも、初めての体験を
面白がっているようなところがあり、
神々しくさえありました。
最後の瞬間まで、本当に見事な、いかにも希林さんらしい
人生の締めくくり方をされたと思います。

(読売新聞2018年9月18日より)

希林さんらしい終焉で、「そうだろうな」と思いました。
私に多大なる影響を及ぼした映画「あん」。
その主役の希林さんを、私は生涯忘れることはありません。
忘れないどころか、「あん」の希林さんが目標なのです。

樹木希林さんの魅力は、優しさ、寛容にあります。
言葉や声やアクションも素晴らしいけど、
にじみ出てくる愛情と優しさとが私を圧倒したのです。
私の知る希林さんは「あん」の希林さんなのです。
その瞳の透明感に、彼女の清らかな精神を感じファンになりました。
宮沢賢治の詩に「欲はなく、けして怒らず、いつも静かに笑っている」
と記されていますが、まさにその象徴の人です。

新聞に「らしい」希林さんを知り、幸せが心に広がりました。
私も「上出来の人生」にしたいです。

前回の樹木希林さんの記事を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/28662786/


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by sokanomori3 | 2018-09-19 05:44 | 良死の準備 | Comments(0)

樹木希林さん ありがとう


☆一番好きな女優でした.


樹木希林さんの訃報を告げるネット情報の写真を示します。
b0312424_15261624.jpg

写真解説「スマートフォンで検索した時に映し出された樹木希林さんの笑顔の写真です」

樹木希林(きき・きりん)さんの訃報をニュースで知りました。
5年前に全身の癌であることを明かしていたとのこと。
私に多大なる影響を及ぼした映画「あん」で主役を務められていました。
当時の希林さんの記事を以下に示します。

https://sokafree.exblog.jp/2015-02-27
https://sokafree.exblog.jp/2015-06-07

映画は3年前ですから、希林さんは癌でありながら演じていらっしゃったことになる。
全身に転移した癌であり、命の尽きることを前提に活躍されていたのでしょうか。
加えて、15年前から片目の視力を失っていらっしゃったとのこと。
私はまったく、存じ上げなかったのです。

沢山の勇気と希望を私は希林さんに与えていただきました。
75歳での死去ですが、満足の一生だったと確信します。

芸能界に興味もない私が、唯一、あなただけは特別でした。
あなたは、私が悲しみに沈んでいた時、銀幕からやさしい笑顔を注ぎ、
清く美しい一生を教えてくれたのです。
私は沢山の映画を見た訳ではないけれど、
私にとって一番の映画が「あん」であり、
そして一番の女優があなたでした。

あなたは私の心にずっと生き続けます。
そして、あんのあなたを生涯の目標に生きるのです。

希林さん、お疲れ様でした。
ありがとうございました。

次の記事は、→ここをクリック!


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by sokanomori3 | 2018-09-17 05:47 | 良死の準備 | Comments(0)


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