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現代の写経に功徳あり


☆悔いなく頑張った2017年.


Sさんから返却された原稿用紙の束の写真を以下に添付します。


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<写真解説>
ひらがな御書の校正原稿の束です。
(A4用紙のワード原稿)
12月末現在、束は高さ31センチメートル、重さ14キログラムになりました。
ちよさん、ゆり子さん、晋之介さん、浜口コウさんに平仮名訳のご支援を頂き、さらにSさんが校正くださった宝物の原稿です。


私は沢山の功徳を受けてきました。
今、私の信心に対する確信は揺るぎないものになっています。譬えるなら、苗木が年輪を重ねて強くなったような一年になりました。
先日、私の心に大きな変化がありました。10年も悩んでいた問題を解決したようなのです。
「よう」というには訳があり、もしかしたらまた悩むかも知れないから。
まだ半信半疑ですが、気持ちは継続されています。
私としては全部納得できたし、後戻りはないつもり。
そう思いたいし、そう日々に祈っています。
その心境の変化の記事URLを以下に示します。
sokafree.exblog.jp/27777556/

私はひらがな御書の作業を通じ、沢山の功徳を頂いています
作業は根気のいる、時に苦痛を伴う地道なものですが、御書の内容がグングン理解度として深まり、その作業そのものに幸せを感じるようになりました。
自在会の方々にもご利用いただける。
さらに、私の教学が深まる。
他を利し、また、己も利される。
良いことばかり、です。

収録数の増大に比例するかのように、悦び、感謝、感動が膨らみます
その喜びはまるで仏法対話をしたり、体験発表をしたり、部員さん回りをして、楽しい交流やおしゃべりをすることに等しい悦びなのです。
そうして、通勤電車の中ですら広宣流布の具体的な行動が嬉しいのです。
日々、歓喜の中で生活しているようなもの、です。
本日、2017年の最後の収録をいたしました。
以下URLの新尼御前御返事(にいあまごぜんごへんじ)です。
hiraganagosho.web.fc2.com/b904

ひらがな御書ホームページは265編の収録になりました
目標完遂に今も不安がありますが、ここまで歩めたことが夢のようです。
ボランティアの方々に深く御礼を申し上げます。
現時点の返却された校正原稿の重さは14キログラムでした。
目標数310編の収録終了時には、原稿は何センチに積み上がるでしょうか。
いったい、何キログロラムになるでしょうか。
目標310編収録まで残り45編で、今後、長編が多く残っています。
明年も大いに努力してまいります。

ひらがな御書ホームページURLを以下に示します。
http://hiraganagosho.web.fc2.com/

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by sokanomori3 | 2017-12-30 23:58 | ひらがな御書 | Comments(4)

加曾利貝塚(かそりかいずか)のご案内


☆世界最大規模の貝塚.


千葉県加曾利貝塚の紹介YouTubeを以下に添付します




何も知らないで私は加曾利貝塚に行きました。
素晴らしい設備と縄文祭りのイベント、さらに天気に恵まれ大満足でした。
その内容を1つ1つ豊富な写真映像で記事にしましたので添付します。
ぜひご覧いただければと思います。

1/sokafree.exblog.jp/27901190/
2/sokafree.exblog.jp/27905111/
3/sokafree.exblog.jp/27906298/
4/sokafree.exblog.jp/27908485/
5/sokafree.exblog.jp/27912649/

やっとビッグな加曾利貝塚の「縄文祭り」記事にできました。
「おい、どこがビッグなんだ」ですって?
5000年の昔の重み、当時の人々の生活の豊かさということです。
しかも加曾利貝塚は、世界最大規模の貝塚なんですから。

現代は細かくて忙しいでしょう? スピードが速すぎるんです。
沢山見ていても、それはネット映像だったり、チラッと見ている程度です。
それ、見ているうちに入らない。味わっていないんですよ。
焚き木の炎を久々見て、パチパチという音を聞いて心が癒されました。
そもそも、街中では焚き木はできませんからね。
「近所迷惑だ!」ってすぐにトラブルになる。

縄文時代に学ぶべきこと、沢山あります。
今の世の中、不平不満ばっかり言っていますね。
オカシイですよ、ホント。

加曾利貝塚への電車でのアクセスをご紹介します
〒264-0028  千葉県千葉市若葉区桜木8-33-1.
総武線「都賀駅」から、千葉モノレール「桜木駅」下車、徒歩15分.
加曾利貝塚マップは、→ここをクリック!

尚、クルマで縄文祭りに参加される場合は駐車場がすぐに満杯になるので、
「いなげや」横の有料駐車場をご利用ください。



<別館>で縄文時代大好きな人の話を書いています。
ご参考までにその記事URLを以下に示します。
http://sokamori2.exblog.jp/27162917/

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by sokanomori3 | 2017-12-30 06:15 | 日本・世界遺産見学 | Comments(7)

加曾利貝塚 縄文祭り5


☆縄文祭りは面白い.^^


ゆるキャラや石器サンプル、土産など写真5枚を添付します。
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写真解説「1.縄文祭りの出店とゆるキャラ、2.ゆるキャラを触る女の子、3.展示されていた黒曜石のナイフ、4.どんぐり茶をカップに注いだ状態、5.購入した土産のクッキーやお茶」

縄文時代を堪能できる最高のイベントでした
まず、加曾利貝塚(かそりかいずか)の設備がスゴイのです。
貝塚の断面、住居跡地の保管は完璧です。
http://sokafree.exblog.jp/27905111/
そして、博物館の豊富な出土品と研究の深さに圧倒されるのです。
http://sokafree.exblog.jp/27906298/
さらに、竪穴式住居に沢山の係員がいて、様々なイベントがあるのです。
http://sokafree.exblog.jp/27908485/

今回、記事にはあえてしませんでしたが、縄文時代の弓での射的、ガチョウやウサギやロバなどの小動物園もあり、出店には土産や食べ物が販売され、ゆるキャラまでもいました。
土産などの購入物以外、全部、無料でした。
一日中飽きませんしね、縄文祭り良かったですよ。
天気も良かったし、MAX大満足でした!^^

お土産にどんぐり茶、どんぐりクッキー、どんぐりの粉を買いました
どんぐり茶は美味しかったです。クッキーは素朴な味でした。
どんぐりの粉はまだ食べていません。
お好み焼きとかタコ焼きのようにして食べたいと思っています。
尚、どんぐりクッキーは、小さな袋に小分けしてブロック座談会でプレゼントしました。
素朴な縄文時代のおすそ分けをした、という具合なのです。

この縄文祭りで、私は縄文時代のシンプルな幸せを見た思いがします
当時の生活の苦労や悲しみは、それは現代より格段に大きかったでしょう。
けれど、当時の彼らの幸福の感受性は現代人より格段に大きかったでしょう。
私たちは、住む家も着る服も食事も何一つ不自由しません。
医療も介護もある。豊富な健康管理の知識もある。
それなのに、うつ病が蔓延し、自殺者も絶えない。
おかしくないだろうか、贅沢過ぎないか。

縄文祭りでは、素朴な環境の中の静寂さと温かさとを感じました
かまどの煙、晴天の青空、食べて眠るということ。
安穏とした日々、普通に生きられることへの感謝。
現代人は、そういう原点を忘れているのではないでしょうか。
私は、平凡な小さな幸せを大事にしようと思います。

ご参考に、加曾利貝塚HPを以下に示します。
http://www.chibacity-ta.or.jp/notice/

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by sokanomori3 | 2017-12-30 05:30 | 日本・世界遺産見学 | Comments(10)

加曾利貝塚 縄文祭り4


☆縄文時代の竪穴式住居.


加曾利貝塚の住居といろりの写真5枚を以下に添付します。
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写真解説「1.公園内にある竪穴式住居、2及び3.住居内の天井部分の写真、4及び5.住居内と住居外のいろり。いろりにはいずれも焚き木があり、その横に土器があります」

前回の記事URLを以下に示します。
http://sokafree.exblog.jp/27906298/

次に加曾利貝塚にある復元された竪穴式住居を見学しました
縄文祭りの期間中だけ、いろりに火をたいたりしているようです。
シリーズの冒頭に歩いていたコスプレ縄文人も、この期間限定とのことでした。
この竪穴式住居は複数あり、写真はその1つです。
思いの他広く、家としてしっかりしているし、屋根は入母屋(いりもや)になっていてかまどの煙が逃げるようになっていました。入母屋作りの家は、今も日本の建物にはあるし、大昔からこのカタチだったことに、ある意味、衝撃をうけました。
「そうか、現代人の知性とまったく同等の人たちなんだ!」
そう、今の私たちとまったく変わらないのです。
ただ、当時は、鉄もプラスチックもありません。
全部が全部、自然界の素材で作られているのです。

感動で涙が出るぐらいに私はシビレました
できれば、この竪穴式住居に数日間住みたいぐらいなのです。(笑い)
いろりの炎、縄文土器で作った素朴な味の食事・・
お酒はあったでしょうか。きっとあったでしょうね。
温かく、あるいは涼しく眠れて、食事ができて、家族が健康であれば、もう幸せMAXだったに違いない時代です。ただ、危険に満ちてもいたでしょう。
病原性のある虫や危険な動物とも戦わなければなりません。
今の私たちのような快適で安全な建物ではありません。
嵐や天変地異、あるいは冬の生活は大変だったでしょう。
それと病と老い、怪我などを乗り越えることも。

ガスも電気もない生活ですけれど、でも、どうでしょうか。
何とも魅力に満ちた生活に感じたのです。

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by sokanomori3 | 2017-12-29 05:12 | 日本・世界遺産見学 | Comments(3)

加曾利貝塚 縄文祭り3


☆石器時代の人の生活.


加曾利貝塚博物館の展示物の写真6枚を以下に添付します。
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写真解説「1.縄文人の衣服のレプリカ、2.千葉、東京、神奈川の貝塚の分布を示す地図、3.貝塚から出土した石器や動物の骨を加工した道具類、4.石斧などの石器、5.美しい造形の縄文土器、6.当時の貝殻(アサリやハマグリなど)のサンプル」

前回の記事URLを以下に示します。
http://sokafree.exblog.jp/27905111/

次に加曾利貝塚にある博物館を見学しました
量的にも、質的にも、とても素晴らしい博物館でした。
石器時代の臼(うす)や斧(おの)、矢じりや釣り針、装飾品や動物の骨など・・
この貝塚の当時の研究者や展示会場の設計者の努力が伝わる建物でした。
骨で作った美しい釣り針、石でできた矢じり・・
どんな魚が釣れたのでしょうか。どんな動物を捕まえたのでしょうか。
ドングリのアクを抜き、乾燥させて石臼で粉にする。
それをパンにして、かまどで焼いて食す。
魚や動物をガラス質の石(黒曜石)のナイフでさばいて土器で煮炊きする。
海水を入れ、何かの調味料も使ったのでしょうか。

貝塚は東京湾を囲むように無数に存在していました
沢山の村があり、人々の交流も盛んだったようです。
ナイフになる黒曜石は、この貝塚近辺で取れないそうです。
何十キロも離れた島からしか取れなかったそうです。
船に乗り、物々交換などをしながら、遥か昔の人々は交易をしていました。
春には春の、夏には夏の、秋には秋の収穫と備蓄とがあった。
そして生存に厳しい冬を耐え忍び、春に至るのです。
大自然の中で、智慧と努力をフル活用して生きた縄文人。
その生活が、ここでははっきりと感じらます。

尚、この博物館には当時のヒトやイヌの骨も出土しています。
当時の人々にも虫歯があり、イヌも一緒に生活していたそうです。

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by sokanomori3 | 2017-12-28 05:57 | 日本・世界遺産見学 | Comments(0)

加曾利貝塚 縄文祭り2


☆石器時代の人の住居跡.


加曾利貝塚の閲覧施設の外観、内部の写真を示します。
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写真解説「1.観覧施設の看板、2.住居跡見学施設の建物、3.貝塚断面観察室の全景、4.貝塚層の拡大写真、5.完全保管されている住居跡地の写真です」

前回の記事URLを以下に示します。
http://sokafree.exblog.jp/27901190/

加曾利貝塚の貝塚断面観察室、住居跡地の観察室は圧巻でした
今では千葉県の内陸に位置する場所ですが、当時は海が近かったのでしょうか。
とにかく物凄い数の貝の堆積物に圧倒されました。
「はあー、こんなにも貝を食べたのかー」
貝だけではありません。動物の骨なども混ざっているのです。
でも、そのほとんどは貝殻なのです。

次に住居跡の観察スペースです
この時点で、私はまだ公園内の竪穴式住居を見ていません。
ただ、地中深くに住居の基礎部分(柱の穴が円形状に開いている)を見ながら・・
何だか、ワクワクして嬉しくてニコニコ顔になるのです。
「一体、どんな人たちがここに住んでいたのだろう!」
「石器時代の昔むかしの人たちのこと!」
いやはや、最初から大興奮でした。

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by sokanomori3 | 2017-12-27 21:43 | 日本・世界遺産見学 | Comments(0)

加曾利貝塚 縄文祭り1


☆加曾利貝塚に行こう!


茨城県から千葉県加曾利貝塚への移動風景写真を示します。
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写真解説「1.トランプ大統領来日で都内方面交通規制の電光掲示板、2.移動中のトンネル、3.渋滞中の車内風景、4.加曾利貝塚に到着(看板)、貝塚公園内をあるく縄文人らしき人」

先日、「縄文人に憧れる57歳の今」という記事を書きました
千葉県の加曾利貝塚(かそりかいずか)を見学し、大いに歓喜したのです。
その過去記事URLを以下に添付します。
sokafree.exblog.jp/27867737/

本年11月、加曾利貝塚見学をして、そのことを記事にしないまま時が過ぎました
縄文時代は弥生時代前期まで続いた古代日本の魅力ある時代です。
この加曾利貝塚は縄文中期(5000年前)の貝塚のようです。
たまたま通勤電車でこの貝塚の「縄文祭り」を見て、行くことにしました。

朝、クルマで奥さんと出て一路、千葉市へ
と、その当日、何とトランプ大統領が訪日とのことで都内は交通規制のようでした。
私たちはその手前の千葉市。ほとんど渋滞なく現地に到着しました。
ただし、貝塚公園の駐車場は満杯。近くの有料駐車場にクルマを止めました。
正面入り口から少し歩くと、何と縄文人を発見!
一気にボルテージが上がりました。

この縄文祭り、超感動のイベントだったのです。
さあ、連載記事の始まりです。ご期待ください!

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by sokanomori3 | 2017-12-27 05:19 | 日本・世界遺産見学 | Comments(7)

顕仏未来記(2018年1度座談会御書)


☆顕仏未来記に学ぶ.

(1がつど ごしょ けんぶつ みらいきに まなぶ)


顕仏未来記(けんぶつみらいき)。
2017年1月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている顕仏未来記(509ページ)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


でんぎょうだいし いわく 
「あさきは やすく ふかきは かたしとは しゃかの しょはん なり  
あさきを さって ふかきに つくは じょうぶの こころ なり  
てんだいだいしは しゃかに しんじゅんし ほっけしゅうをたすけて しんたんに ふようし 
えいざんの いっけは てんだいに そうじょうし 
ほっけしゅうを たすけて にほんに ぐづうす」とう うんぬん  
あんしゅうの にちれんは おそらくは さんしに そうじょうし 
ほっけしゅうを たすけて まっぽうに るつうす  
3に 1を くわえて さんごく ししと なづく.

○漢字文.


伝教大師 云く「浅きは 易く 深きは 難しとは 釈迦の 所判なり
浅きを 去つて 深きに 就くは 丈夫の 心なり
天台大師は 釈迦に 信順し 法華宗を 助けて 震旦に 敷揚し
叡山の 一家は 天台に 相承し 法華宗を 助けて 日本に 弘通す」等云云
安州の 日蓮は 恐くは 三師に 相承し 法華宗を 助けて 末法に 流通
三に 一を 加えて 三国 四師と 号く.


○背景と大意.


文永10年(1273年)5月11日、日蓮大聖人52歳の御時、門下一同に与えられた御書です。
本抄は佐渡で著され、「仏の未来記を顕す」との題号の通り、釈尊の未来記をいつ、誰が、どのように実現するかを明らかにされた御書です。
大聖人は、仏説通りに法華経を弘通し、難を受けているのは大聖人以外になく、末法で唯一の法華経の行者であると断言され、必ず日本から大聖人の仏法が世界に広まることを述べられています。
最後に、「六難九易」(ろくなんくい)を体得されたことを明かされます。

六難九易の解説記事URLを以下に示します。
http://sokafree.exblog.jp/26796690/

1月度座談会御書の学習範囲は、顕仏未来記の最後の御文になります

「浅い教えは理解しやすいが、深い教えは信じ難く、理解しがたいとは釈迦の教えである。
浅い教えを去って深い教えにつくのが勇者である。
天台大師は法華経を中国に顕揚(けんよう)し、比叡山は天台を引き継いで日本に弘通するのである」と伝教大師は法華秀句(ほっけしゅうく)を例に述べている。
安房の国(千葉県)の日蓮は、釈迦・天台・伝教の三師を継いで末法に流通している。
それゆえ、三に一を加えて三国四師(さんごくしし)と名付けるのである」

(以上、学習範囲の趣意)

池田先生は巻頭言に次の内容を記されています
「仏法の日本流伝より700年にして、御本仏(大聖人)が出現され、さらに700年を経て創価学会が誕生した。実に壮大にして不思議なるリズムと言ってよい」
「我らはこの一年を「栄光の年」と定めた。「栄光」はどんな逆境でも、太陽のように一日また一日、たゆまず前進し抜く生命に輝きわたる」
「末法一万年の果てまで、大法弘通を託されている学会です」
「栄光の歴史を、共々に飾り綴ろうではないか!」

創価学会はこの未来記の通り、世界192か国地域に拡がる世界宗教になりました
2018年は広宣流布大誓堂完成5周年であり、3・16祈念式典から50周年、日中国交正常化提言発表から50周年、小説・新人間革命執筆開始から25周年の佳節の年です。

○所感.


2018年の新春の御書は顕仏未来記でした。
世界広布新時代 栄光の年の船出にふさわしい御書と思いますが、いかがでしょうか。

この「栄光の年」に、池田先生は3つの指針「英知・情熱・勝利」を示されました
その三指針についての具体的な意味を以下に示します。
1.英知:徹して御書に学べ。2.情熱:折伏への情熱を忘れるな。
3.勝利:他の誰でもない、自分に勝て。(勤行・唱題)
3の自分に勝ては、具体的には勤行・唱題に徹するの意味です。
すなわち、御書、折伏、勤行・唱題。信心根本の年、と言えるでしょう。

さあ、平成30年、平成時代のラストの年です。
大いに御書に学び、お題目をあげ切り、折伏を実践しましょう!
そして、新人間革命の「勝ち鬨」のごとき大勝利を果たしましょう!

顕仏未来記のひらがな訳全文を以下に添付します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b505

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by sokanomori3 | 2017-12-26 05:07 | 座談会御書 | Comments(0)

天台密教・佐野厄除け大師


☆他力本願の厄除け.


通勤電車に貼られていた厄除けの広告写真を添付します。
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<写真解説>
明年の真言宗の寺の「厄除け」広告です。
見出しに「厄除け・方位よけ」「関東の三大師・佐野厄除け大師」と記されています。
その他、細かく厄に当たる年齢と生まれ年がずらりと記されています。


そもそも学会員の家に生まれた私は、「厄除け」なるものは無知の領域なのです。たまたま電車の広告にあった。


人間の心理とは面白いもので、一応確認するものでした。
「ええっと、57歳は・・ないか。昭和35年も・・ないな」
と、いうことで、私は厄がないということは分かりました。
次に気になるのは「方位除け」で、いったい方位除けとはなんでしょうか?
ネットで調べると、なにやら次のようなことのようです。

厄除けは男女別に42歳や33歳などの年齢にもとづいて災厄に遭いやすいとされる年に行なうお祓い(おはらい)、方位除け(星除け、星回り)は男女の別なく九星にもとづいて災厄に遭いやすいとされる年に行なうお祓いである。
災厄に遭いやすいとされる年に災厄を除くという趣旨は同じ。
厄除けと方位除けを兼ねて「災厄を除く宗教的行事」である。
男性の厄年とされる数え年は25歳・42歳・61歳である。
これらはいずれも方位除けの対象年と重なっている。
女性の厄年とされる年のうち数え年19歳・37歳は八方除け、数え年33歳・61歳は方位除けの対象年と重なっていることから、基本的に厄年は方位除けの年と重なる。
(以上、他ネット情報から)

この他、 五黄土星がこうだ、四緑木星がどうだと星占いのようなことが記され、とにかく運が悪いからお祓いしてもらってくださいという内容のようです。
人生には苦難はつきものですし、不運な出来事も沢山あります。
それが年齢や星周りで来るのだから、お祓いしようとのこと。
これに何百万人もの他力の人々が飛びつく訳です。

創価学会員というのは、こういうことに惑わされません。
そもそも厄なんてないし、星占いなんかに深く感情移入はしない。
勿論、お遊びで、星占いも血液型占いも動物占いも読みますよ。
でも、そこに何か不幸な年と書かれていてもビビりません。
神社のおみくじで凶を引いても悩まない。
一種のゲーム感覚でお付き合いしますが、本気になりません。
全部の運命は御本尊で解決できるのですから。

ともかく、弘法大師空海は恐るべき魔僧です。
さらに空海にに毒され、密教を取り入れた天台宗もまた同類です。
以下に、真言宗の厄除け(護摩祈祷)の記事を示します。
http://sokafree.exblog.jp/27842230/

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by sokanomori3 | 2017-12-24 09:41 | 他宗教 | Comments(2)

続・日蓮大聖人の晩年の生活


☆大勝利・大幸福の御生涯.


前編の「日蓮大聖人の晩年の生活」に千早さんが次のコメントをくださいました。
以下にそのコメントを添付し、所感を申し述べます。

「大聖人の晩年の御書をいくつか読むととても苦しそうで寂しそうな感じがします。
この信心の意味が心からわかるのは私ももっともっと信心深めないと難しいなあと思うし、
池田先生の御書講義を読んで勉強しないとわからないなあと思います。
本当に凍死しないのが不思議なくらいの状態ですよね‥
どう受け止めたらいいんだろうと思います」
(以上、全コメント)

確かに、大聖人の御生涯は贅沢と無縁でした
しかしながら、間違くなく大幸福、大満足の御一生であられたのです。
大聖人は、幾度も襲撃され、草庵を焼かれ、斬首にまで及ばれました。
生きて帰れないとされた佐渡に流罪もされました。
そうして法華経に説かれる大難の一切を受け切られ、末法万年に御本尊を残されました。

大聖人は、佐渡から鎌倉に帰られたとき、幕府から「他宗と同格の地位を与えよう、そのかわり幕府のために祈祷せよ」と勧められましたが、同格の条件(邪宗を存続させる)であることから、三度目の諌暁を行なわれた後に身延に入山されました。
大聖人は幕府から一切の援助も受けず、尊き御一生を終えられました。

当時の仏教は護国仏教といって、権力者の安泰を祈ることを生業としていました
その見返りに荘園と呼ばれる広大な領地、また資金を得ていました。
一方、日蓮大聖人は仏法本来の目的である「一切衆生の救済」の大願に生きられました。
大仏法を打ち立て、弘めることを望まれて生きられたのです。
故に、護国仏教界の片棒を担ぐことを拒絶されたのです。
そのことで、大聖人の仏法は、日本のみに組した宗教でなく、まさに全世界に開かれた「世界宗教」としての大仏法を完成されたのだと、私は解釈しています。

大聖人の晩年の生活は貧しいように見えるかも知れません
けれど、究極の大御本尊を残され、御書を残され、また日興上人という不二の弟子を残された。
また数々の門下の後継者を残されました。
大聖人は大願を成就されたのですから、大幸福、大満足であられたのです。
そのように拝すべきでありましょう。

秋元御書では、身延入山から6年後の御様子が語られています
例年、冬ともなれば雪が積もる身延でしたが、この時は大雪だったのでしょう。
人が通ることも厳しい残雪の中、必要最低限の装備の草庵に生活されていた。
栄養のバランスも悪く、着るものも乏しくあられた。
けれど、苦しくとも、寂しくはなかったのです。
苦しくはあれども、でも楽しく生きられたのです。
すでに弟子は沢山いましたし、末法の御本仏としての仕事を果たされ尽されたのです。
日興上人という不二の弟子もいた。檀家には四条金吾他の数々の弟子の勝利があった。
立宗宣言の大願は、全部、果たされたのです。

翌年、十間四方の大坊が門下の真心の御供養から完成しました
弟子たちは金剛の決意で信仰を果たしていました。
大聖人は、最後、弟子たちに見守られながら霊鷲山に旅立たれました。
その死は、釈尊の如く旅の途中でした。
釈尊は急病にて死去し、弟子の多くは死に目に会えなかった。
けれど大聖人は、弟子が見守る中で安生として逝かれたのです。
最高に尊く、完璧な御一生であられました。

ですから私は、この秋元御書の厳しい冬の生活の描写から寂しさを感じません。
ただただ、今の生活の贅沢を申し訳なく思うのです。
そして、大感謝をもってこの御書を拝するのです。

前回の日蓮大聖人の晩年の生活」記事URLを添付します。
http://sokafree.exblog.jp/27876336/

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by sokanomori3 | 2017-12-22 05:47 | ひらがな御書に学ぶ | Comments(8)


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