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<   2018年 08月 ( 23 )   > この月の画像一覧

難聴がほぼ完ぺきに治りました!


☆98パーセント回復した耳.


4月22日に38.9℃の熱を出して、
その後、仕事を優先して風邪が重症化したのです。
sokafree.exblog.jp/28274522/
以降、私の耳が聞こえなくなりました。

もとより右耳は聴力の半分近くを過去に失っていて、
もう片方の左耳の問題から、ほとんどの音が聞こえなくなりました。
道を歩いても自分の靴音が聞こえないのです。
虫の鳴き声も聞こえません。電車に乗ってもガタゴト音が聞こえない。
体調によって聴力は60%から70%の範囲を上下し、
セミのワンワン鳴いている音すら、すごく小さく聞こえるのです。
強い風が耳に当たっても、風の音が聞こえません。
爪切りで爪を切っても、その音が聞こえません。
電車のアナウンス、また人のささやくような声も聞こえない。
音が聞こえないイコール仕事ができない、わけです。

病院で何度も検査して、耳から鼻から、喉から調べ、
一回の検査料を5000円も取られ、毎回、違う薬を出されました。
「当てずっぽうだな、いいかげんな投薬だな!」と思いました。
医者は信用できないと、高額な漢方薬も複数飲んだし、
一回9800円の針治療を幾度も施しました。
少しよくなって、聞こえが80%になったとき、
猛暑で寝苦しく、アイスノンを枕に寝たら、
一発で半分ぐらいの聴力に後戻りしました。
「そうか、首を冷やしたらだめか!」と反省するも、
後悔先に立たずで、そこからさらに闘病が続きました。

医者は「何が原因なのか分からない」という。
大きな病院で精密検査を受けたいから紹介状を書いてほしいといっても、
「この薬を試してからにしましょう」と書いてくれない。
「だめだ、この医者は」と開き直り、紹介状なしで総合病院へ行きました。
紹介状がないので5000円の初診料を取られ、
検査代と薬代で初診合計1万2000円取られました。
同時に、針治療院を変えて、針とお灸をスタートしました。
sokafree.exblog.jp/28470687/
この事に加え、ビタミン12を飲み続けたのです。

ツボ押さえ、マッサージもネットで調べ、
激しくやっていたら耳が腫れたこともありました。
結果、針治療は合計10回を超え、投薬は100日を超え、
良くならない耳に悩みつつ歩んだ4ヵ月でした。

モバイルSTBのベートーベンを凝視し、
一体、自分の耳は良くなるのかと悩み、
御本尊に広宣流布を誓いつつ耳の改善を祈りました。

その戦いのプロセスを書いた記事を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/28549603/

そうして、今、98%、聴力が回復したのです!
100%と申し上げられないのは、全部、治ったと、
確信をもって言えないからです。
(まだ、ほんの少しこもった感じが残っている)
でも、ほぼ完璧にクリアーな耳に戻りました。
右耳は70%、左耳は98%という感じです。
4月以来、最高の聴力になっています!(泣き)

今、私の右耳には「補聴器」がついています。
これは、聞こえが悪い右耳用で、販売店から先日借りたもの。
いくつか補聴器を試して、今後、右耳に使おうと思っています。
いいですよ、補聴器。これで左右共に、凄く良く聞こえる。
補聴器を購入したら、また記事を書きます。

以上、難聴との戦いの中間報告でした。


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by sokanomori3 | 2018-08-30 06:13 | 怪我・病気対策 | Comments(9)

24時間TVに教えられたこと


☆本当に自分がしたいこと.


24時間TVをときどき見ていました。
最初、トライアスロンの挑戦で、水泳、バイク(自転車)、マラソン・・
マラソンは100kmということで、私は共感できなかった。
何もそこまで過激な企画にしなくても、と思うのです。

さて、24時間TVに左足が短い少女の登山がありました。
左足はあるのですが長さが半分ほどしかなく義足を付けていました。
この登山はスゴイな、と思いました。
山頂で、娘の登頂成功に泣くお母さんの姿と、
少女の爽快な姿にグッときました。

次に黒柳徹子さんの苦労話が良かったです。
若かりし頃、「あれがいけない」「これを直せ」と言われた。
悩んでいるとき、ある監督が「今のままでよい」と言ってくれた。
「変えなくてよい」ことで確信をえて元気になったという。
やがて人気が出て、睡眠時間もほとんどとれなくなった。
来る仕事を全部こなすも、無理がたたって入院。一切の仕事ができなくなった。
徹子さん、病院で「二度と病気になりたくない」と思った。
「絶対に病気にならない方法を教えて」と質問した。
医師は「好きなことをすることだと思います。そうすれば疲れないでしょう」と答えた。
退院後、徹子さんは嫌いな仕事は受けないようにした。
今も現役で活躍する彼女の元気の秘密はそこにある。

最後に、エックス・ジャパンのYOSHIKIと共演した少年のこと。
彼は2歳で両目を失い、全盲となった。
やがて、ドラムを演奏するようになる。
少年はYOSHIKIにアドバイスを受けて武道館で共演する。
少年はドラムを叩き、YOSHIKIはピアノを弾いた。
本当に素晴らしい完璧な演奏でした。

YOSHIKIの苦労話もすごく共感できました。
少年時代、最愛のお父さんが自殺した。
ショックを受けたYOSHIKI。その彼が母に連れられロックコンサートに行く。
コンサートを見て「僕もミュージシャンになろう」と夢を持った。
もし、音楽がなかったらどうだったか・・
YOSHIKIは「私は生き続けることができなかったと思う」と語りました。
それほど父親の死は受け入れがたいものだった。
皆、苦労している。その苦労を乗り越えている。

24時間TVは本当に時々見た程度です。
でも、印象に残ったのは「自分らしく生きる」ことでした。
足に障がいがあろうと、目に障がいがあろうと、
明るく、元気に行きぬく姿は宝石のように美しいものでした。
加えて、徹子さんの生き方、「欲張らない」が印象的でした。
徹子さんは、過分なものを捨てたから長く続けられたし、今がある。
頑張ればいいというものではないという教訓でしょう。

私自身、どれだけ自分らしく生きていることでしょう。
自分を変えて生きて来て、変え続けて生きてきました。
でも、変えられない自分に悩みつつ今も歩んでいます。
この番組を見て「自分らしく生きたい」という思いがこみ上げてきました。
「自分らしく」とは「自分を変えない」という生き方です。
今の私の職務、会社での生活は私のやりたいことではありません。
私は「私が本当にやりたいこと」をすべきではないのか・・
とても考えさせられた24時間TVでした。


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by sokanomori3 | 2018-08-27 06:07 | 私の仕事 | Comments(2)

四条金吾殿御返事(2018年9月度座談会御書)


☆別名、衆生所遊楽御書.


(べつめい しゅじょうしょゆうらくごしょ にまなぶ)


四条金吾殿御返事(別名、衆生所遊楽御書)。
2018年9月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)に掲載されている四条金吾殿御返事(1143ページ)のひらがな文、原文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.


くをば くと さとり らくをば らくと ひらき
くらく ともに おもい あわせて なんみょうほうれんげきょうと うち となえさせ たまえ
これ あに じじゅほうらくに あらずや
いよいよ ごうじょうの しんりきを いたしたまえ.

○原文.


苦をば 苦と さとり 楽をば 楽と ひらき
苦楽 ともに 思い 合せて 南無妙法蓮華経と うち となへゐさせ 給へ
これあに 自受法楽に あらずや
いよいよ 強盛の 信力を いたし給へ.


○語句解説.


「自受法楽」(じじゅほうらく)について意味を以下に述べる。

「自受用法楽」(じじゅゆうほうらく)ともいう。
「自ら法楽を受く」と読むが、では法楽とは何か、
法楽とは世間的な欲望充足の幸福ではなく、
仏の悟りを受ける最高絶対の幸福をいう。
絶対的幸福とは、戸田二代会長の指導で語られた幸福で、
相対的幸福(欲望や願望の充足)は、条件が整っている場合にのみ成立し、
その条件が失われた場合は雲散霧消する。
また、その幸福は永続性に欠ける。
ゆえに、その幸福は真実とは言えない。
対して絶対的幸福とは、外の条件に左右されず、
どのような条件においても「生きていること自体が楽しい」という幸福である。
十界のなかの仏界の生命境涯を現代的に表現した言葉である。
外の条件に依存しないという意味で「絶対的」で、
その幸福は、現世に限らず、死後も続く幸福である。
戸田会長は、創価学会の信仰実践によってのみ、
絶対的幸福が得られると力説した。

(仏教哲学大辞典から)

○背景と大意.


建治2年(1276年)6月27日、日蓮大聖人 55歳の御時、<主君の江間氏を折伏し、
事実無根の中傷を受けて苦しんでいた四条金吾に与えられた御書です。
別名を衆生所遊楽御書ともいいます。
この別名の由来は、以下に示す本抄の冒頭の御文によります。

なんみょうほうれんげきょうと となうるより ほかの ゆうらく なきなり
きょうに いわく「しゅじょうしょゆうらく」うんぬん.

南無妙法蓮華経と 唱うるより 外の 遊楽 なきなり
経に 云く「衆生所遊楽」云云

金吾は、この御書に励まされ、信心を貫き、忍耐強く江間氏に仕えました。
その結果、主君の信頼を回復し、三倍の領地を受け取りました。

○所感.


大白蓮華の解説(51ページ)に「悩んだ分だけ境涯も開く」と題され
池田先生のご指導が以下の内容で掲載されています。
「苦しい時は苦しいまま、題目を唱えていけばいい。
必ず道は開かれる。信心で突破できない行き詰まりなど絶対にない。
広宣流布の大願に走りゆく青春は、大きく悩んだ分だけ大きく境涯を開き、大きく福運を積める。
苦労して築き上げた生命は、何ものにも壊されない」

私自身、それなりに苦労を重ねてきました
その中で、苦難を乗り越え、体験する中で確実に境涯が開かれていきました。
境涯は本当に不思議で、金持ちでもなし、職場では苦労続き、病気もあるしで、
でも、私は本当に幸せになりました。
絶対的幸福を得たなどというと、また批判殺到でしょうけれど、
一応、自分なりの絶対幸福に至っているのです。
これは批判されようと本当だし、このブログも10年になろうとしていますが、
この10年の足跡を見て頂ければ、すくなくともウソではないと
感じていただけるだろうと思います。

伴侶に捨てられても、職場で干されても、どんな立場だろうと幸せになれる。
苦悩を経て、成熟して幸福になっていくのです。
その一つの体験が「老朽化した家の悩み」に関する心境の変化です。
長くボロの我が家が悩みでしたが「親孝行をしよう!」と決意した瞬間から
沢山の「楽しみのある家」「歓喜の家」になりました。
その連載の最終記事を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/28594460/

幸福は当然、広宣流布の武器になりますが、不幸は境涯を開く栄養となります。
不幸は使命となり、生きがい、やりがいになるのです。
苦楽ともに歓喜に変える境涯革命を果たしてまいりましょう。

ひらがな御書の衆生所遊楽御書の交互文と背景と大意を以下に示します。
hiraganagosho.web.fc2.com/b1143
hiraganagosho.web.fc2.com/c1143


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by sokanomori3 | 2018-08-25 07:43 | 座談会御書 | Comments(0)

オカシナ人と延々と付き合う


☆放置して良いわけがない.


私はある人と長く付き合っている。
職場が一緒で、切っても切れない関係だ。
仏法対話もしたし、学会のアピールもした。
けれど.その人は「宗教はどれも同じ」というスタンスを崩さない。
そもそも私の話は聞かないし、最初から否定的である。
学会にだけは近寄らない。その理由とは何だろうか。

お遍路に何度も行く、超能力者と呼ばれる人のもとに何十回も行く。
正信会の会合にも行くし、意味不明の宗教施設にも出向く。
般若心経を読経する。けれど、学会の会合にだけは行かない。
「過去、学会の会合に連れられて行った」らしい。
その出来事は30年以上前のことだという。

創価学会は他の宗教を否定する。
その人は、そのことが気に食わないようだ。
おカネは他宗教に何百万円も寄付しているし、宗教活動で遠方に出向くから、
交通費も含めて1000万円以上は投じているだろう。

「そんな宗教やっていると、不幸になりますよ!」と言ったことはある。
でも、上席の人だから、おいそれと諌めることができない。
破折のタイミングがなかなか掴めない。
近くにいても遠い人。だから結果は出せない。出しにくい。
いつか、折伏を諦めてしまっている自分がある。
謗法(ほうぼう)を傍観すれは与同で、大いなる罪を私は背負うことになる。
それなのに、いけないことだが「祈れない自分」がある。
「折伏を決意できない自分」がある。

カルトのようなことをいつも言う。霊魂がどうのこうの・・
本当は、そんな不毛な対話などバカバカしいのです。
いっそのこと縁を切りたいぐらいです。付き合いきれないので。
けれど、深い縁がある。切っても切れない!

放置していいのではない。しかし今、動くことはできない。
ともかく距離を置きつつ時を待つしかない。
時を作ることはできそうもないから。


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by sokanomori3 | 2018-08-23 05:44 | 私の仕事 | Comments(2)

オトングラス(視覚障がい者用メガネ)


☆字を読むメガネがある.


以下に「オトングラス」解説YouTubeを示します



youtube解説「前半テロップのみで、後半にオトングラスが壁に掲げられているワープロ文書を読み上げます。顔を向けた方向にある文字を音声に変換する装置です」

千早さんからの情報で、文字を読むメガネがあると聞きました。
以下にその「オトングラス」のネット情報を示します。
https://camp-fire.jp/projects/view/25370
https://fabcross.jp/news/2018/20180214

これらのウエブサイト情報の主文を以下に添付します

>視覚障がい者が普段の生活の中で特に困っていることは文字が読めないことです。
書類、本、街の看板、生活のなかで重要な情報の多くが「文字」です。
私たちは文字を読み上げてくれる眼鏡「オトングラス」によってその問題を解決します。
みなさまの支援によって視覚障がい者にオトングラスを届けたいです!
しかし、未だ社会に存在していなかった全く新しいものである「オトングラス」は、
まだ視覚障がい者用の福祉機器として認められていません。

そこで、みなさまからの支援(募金)によって、視覚障がい者の方々に
「オトングラス」を届け、その実用性を立証します。
それによって、自治体から福祉機器として認められ、
より多くの視覚障がい者が低価格で購入できるようになることで、
「オトングラス」を広く普及させることが可能になります。

実際に使用した体験者の声を以下に添付します

「魅力は、何よりもボタンを一つ押すだけで使えるということ。
初めて島影さんと会ったとき、試しに自分の名刺を読んでみたら、
その場ですぐに読めてしまったんです。
この手軽さに圧倒されちゃいましたね。
あと、僕ら視覚障がい者は白杖を持っていたり、
盲導犬を連れたりしているので、
片手がふさがっていることが多い。
そういう人間にとって、めがね型でハンズフリーで使えることの価値は大きい。
僕は小さいころ目が見えていたんだけど、
自分の目線で物を捉えられるので、
身体の一部みたいになってくれる感覚もありますね」

「この前、家の近所の自動販売機を読ませてみたら商品名が読めちゃったんですよ。
コーヒーやお茶は分かるんだけど、おしることか味噌汁があるのは知らなかったんだよね。
初めての体験だったから、びっくりした。
これまでだと、目の見えない人はいつも受け身になっていて、
ヘルパーの人に教えてもらうのを待つしかなかったんです。
だけど、もしかしたら、OTON GLASSを使うことによって、
僕らが自分で散歩して見つけたものを他の人に教えられるようになるかもしれない。
自分で探しに行くっていう楽しみ方があっても良い。
そんな気もしてるんです」

youtubeを見る限り、メガネの中央に小さなカメラがあり
そのカメラを通じて文字をインプットして、音声ソフトで読み上げる・・
そんな仕組みのメガネみたいです。
自動販売機の飲み物のラベルまで読めるなんて、
それはスゴイですね。

オトングラスの定価は分かりません。
安ければいいのですが、今は何十万円もするのでしょう。
もう少し待てば、いろいろ出てくる可能性があります。
楽しみな時代になってきましたね!

オトングラスの問い合わせ先は以下のURLへどうぞ。
https://otonglass.jp/contact/


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by sokanomori3 | 2018-08-22 05:34 | 自在会情報 | Comments(3)

続・日顕上人の功績をお伝えします


☆コスプレ時代の終えん.


「日顕上人の功績をお伝えします」の前編を以下に示す。
sokafree.exblog.jp/28596485/

前編で「日蓮正宗にあるものは学会に全てある」と申し上げた。
その論拠は、正宗奥義である「日寛上人文段集」の出版事業の完了であり、
創価学会が日寛上人の御本尊を譲り受けたことです。
信・行・学の根本である教学と御本尊がある学会は完璧です。

今回は「日顕上人」の功績第二弾を申し述べたいと思います。
テーマは「宗門の腐敗と堕落」について。
過去より、幾度も、邪宗門の凋落は記事にしてきました。

いくつか、それらの主要な記事を示します。
sokafree.exblog.jp/27002878/
sokafree.exblog.jp/27398754/
sokafree.exblog.jp/28254479/

さてこのほど、「もはや宗門に未来はない」という確信を得ました。
その根拠を以下に示し、所感を申し上げます。

<宗教者失格の不祥事が続発>


一昨年11月、奈良・日蓮正宗「見仏寺」は、墓地、
埋葬等に関する法律違反の容疑で告発された。
見仏寺は、行政の許可を受けずに違法な納骨業務を行っていた。
同寺に納骨していた人は、「いい加減な対応に唖然とすると共に、
強い憤りを覚えます」と怒り心頭だった。
奈良では、同年12月、同じく隆妙寺の納骨管理も同じく違法で告発されている。
同寺に出入りしていた関係者によれば、骨壺を「押入れ」に入れていたという。
これまで日顕宗は、少なくとも全国70ヵ寺以上で違法な納骨業務が摘発されているのである。
何年経っても、何回指摘されても、なぜ、こんな問題が起こるのか。
それは、末寺に模範を示す立場の本山で同様の問題があるからに他ならない。
昨年の本山での「遺骨紛失騒動」も記憶に新しい。
大石寺に預けられていた2体の遺骨の紛失で、「骨壺が空っぽ」だった。
遺族には「受付、納骨準備の時に手違いがあった」
「当時の責任者は亡くなった」「紛失の原因を特定することは不可能」
「当時、おびただし数の遺骨の受付手続きに忙殺されていた」と言い逃れに終始。
最終的に「解決金」と称し、遺族に30万円の支払いで幕引きを図ったのである。
末寺で不祥事が横行するのも当たり前ではないだろうか。

(創価新報8月1日より)

全国70ヵ寺以上で違法な納骨業務が行われていた事とのこと。
これが日顕上人門下の現実であり功績です。
それはC作戦の功徳で、学会が破門されたからこそ、
私たちが日蓮正宗の問題を知ることができるからです。
(身内ならこのような情報は流さないでしょう)

そもそも、なぜ日顕が上人となり、日顕宗が生まれたのでしょう。
それは、正宗が腐敗・堕落し、大聖人の血脈を失ったからです。
根本的部分を申せば、出家とは「結婚」を禁じられています。
六根清浄にして、全人生を仏道に捧げ、広宣流布する立場なのです。
しかし、彼らは明治維新の法律の改定により、世俗と同じく結婚するようになり、
そして法主の二世が法主になるという世継ぎまでさせ、
しかも閉鎖空間での贅沢な生活を続けました。
彼らはいつしか使命を忘れ、空理空論の二乗になった。

要するに、宗門に「本当の僧侶」がいなくなったのです。
頭を剃り、袈裟を着たコスプレ坊主のみの大石寺・・
いわゆるテーマパークの着ぐるみの宗門に堕したのです。
これにより、日顕が生まれ、マンガのような学会分離作戦が行われたのです。
結果、「坊主無用時代」という新時代がスタートしたのです。

このターニングポイントを作ったのが日顕であり、
功績ははなはだ大きいと言えるでしょう。


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by sokanomori3 | 2018-08-21 05:59 | 日顕宗 | Comments(2)

日顕上人の功績をお伝えします


☆坊主無用の時代を開く.


日寛上人文段集の写真2枚を以下に添付します。
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写真解説「日顕上人監修、創価学会教学部編・日寛上人文段集と記されています」

日寛上人文段集の別記事を以下に示します。
sokafree.exblog.jp/28595003/

この書籍は、聖教新聞社から昭和55年3月1日に発行されたもので、
創価学会教学部が編集、802ページのボリュームになっています。
この本を見ると、日寛上人の境涯、能力の高さに驚かされます。
日寛上人は「中興の祖」であり、大変立派な僧侶でした。
創価学会の御本尊は日寛上人のものです。
そう考えるとありがたい極みです。

この書籍は、あの日顕が「監修」し、かつ日顕の「序文」が記されています。
続いて、当時の会長の北條氏の挨拶文もあります。
日顕の「序」は昭和55年1月30日、北條氏の「発刊に寄せて」は1月26日の記述。
以下に、その日顕の序文の一部を示します。(抜粋)

<序>  

この度、創価学会教学部より日寛上人の御書文段集が
のべ書きで出版されることになった。まことに喜ばしいことである。
日寛上人の教学は重要御書にたいするこの御書文段と六巻抄になるといえる。
六巻抄は大聖人の教義六つの要旨ないし方面において完全に拝受し、
束ねた綜合的教科書であるのに対し、この御書文段各書は、
大聖人の重要御書における正しい立て分けと筋道と解釈を示されることにより、
六巻抄の依て立つべき完璧な基礎を構成しておる。
今まで六巻抄はその全体が出版されて久しく、宗内僧俗の勉学において、
概ね膾炙(かいしゃ)されていたが、御書文段はその撮要(さつよう)が
富士宗学要集や日蓮宗宗学全書・日蓮正宗部に収録してあったものの、
仲々一般では入手できないのと、或いは漢文体のことと、
更には本尊抄文段を除いては要略で全貌を知りえぬ憾み(うらみ)があった。
今般、学会教学部の努力によりその全体が平易な書き下しで出版されることは、
本宗教学の基礎的分野にまで研鑽が一般化される意味を持ち、
正法正義の発揚に一段の進展があることを期待するのである。
(中略)御書を拝する上に此の書を指針として併せ研鑽する者、
必ず闇に灯を得るが如く明快な了解を得、いかに大聖人の仏法の
深甚(じんじん)にして精微を具え給うかを味識し、
信解いよいよ倍増するを覚えるであろう。
茲(ここ)にこの書出版の意義の大を嘆じ、
以て序に代える次第である。

昭和55年1月30日 総本山第六十七世 日顕

今、小説・新人間革命第30巻で、日顕の狂乱が描かれたばかり・・
その第30巻の読書感想文カテゴリを以下に示します。
https://sokamori2.exblog.jp/i49/

日顕はとっても奇妙なんです。不思議なんですね。
池田先生を公の場から追い出し、北條氏を配下に置いての出版でした。
魔僧の日顕が、宗門秘蔵の日寛上人の本を出すことを許可し、
創価学会にその奥義の一切を渡し、ノウハウの全てを宗門は出し尽くし、
もはや、学会としては学ぶべきことが一切なくなってから、
彼はC作戦を実行に移したのです。

この書籍の出版で、日興上人門下独自の秘密は一切なくなりました。
その上で最終的に、創価学会は日寛上人の御本尊を得た・・
結果として「これで創価学会宗は完璧になった」と言えるでしょう。
すなわち、このことで「僧侶は不用になった」と言えるでしょう。

この書籍の出版の翌年、日蓮大聖人第700遠忌となりました。
大聖人が大勝利され、一切の使命を終えられ、日興上人の時代に入り、
それから700年を経てこんにちに至り、日興門下の血脈が学会に伝授され、
さらに、創価学会創立50周年の佳節を迎えたのです。

尚、北條氏の「発刊に寄せて」から戸田先生の指導の部分を示します。

「日寛上人ほど正しく精密に、しかも忠実に、
大聖人の御書をお読みになった方はいないのである。
このゆえに、未来の末弟にこの文をとどめるとか、広宣流布の日にために、
これを書きおくという御文書が諸所に拝読せられるのである。
いま広宣流布ははなはだ近きにありと吾人は断ずるのであるが、
この時にあたってわれわれが御書を拝読するには、
いかようにして拝読すべきであろうか。
この拝読の指導を、日寛上人の読み方に受けなければならないと思う。
(中略)日寛上人の御書拝読の法に指導を受け、後進に対しても、
またまた、そのごとく指導しなければならぬ」
(大白蓮華巻頭言「御書の拝読について」より)

戸田先生がいかに日寛上人の教義を重要視されていたかが分かります。

次の記事は、→ここをクリック!


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by sokanomori3 | 2018-08-20 06:06 | 日顕宗 | Comments(7)

師弟不二は創価学会の造語ではない


☆日寛上人文段集にあり.


以下に、日寛上人文段集の書籍写真2枚を添付します。
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写真解説「鶯色の表装の書籍写真と師弟不二の書籍内の記述の写真です」

インターネットはフェイクニュースが沢山見受けられます。
ネットは子供でも情報発信できるので、鵜のみにしないことです。

先日、読者の方から「師弟不二は池田先生が作られた言葉でしょうか」と問われました。
私は「日蓮正宗で古来から使用されている」と回答しました。
ネットで「師弟不二・造語」で検索すると以下のような批判が散見されます。

「師弟不二は造語です。そんな言葉はありません」
「御書の中の言葉でも、経文の中の言葉でもありません」
「創価学会が、ある時期から突然作った言葉に過ぎません」
「そもそも、仏教にそんな教えはないですよ」
「法華経にも御書にもそんな言葉はありません」

これらは、無知な学会批判者たちの批判の為の批判で、
現実は「日寛上人文段集」の中に「師弟不二」が記されています。

そのQ&Aのある記事を以下に示す。
sokamori2.exblog.jp/28362059/

写真は、昭和55年3月1日に発行された全802ページの「日寛上人文段集」ですが、
師弟不二が記されている箇所を以下に引用いたします。

<観心本尊抄文段>

一、経に云く、我が如く等しくして異なる事無し 等文。(御書246ページ)

この下は次に正しく(まさしく)釈成(しゃくじょう)するなり。
当に知るべし、前の正釈の中には人即法に約す。
今の釈成の中には法即人に約するなり。
(中略)この釈成の文分かちて三と為す。
初めに「我が如く等しく」の下は自受用(じじゅゆう)に約して師弟不二を示し、
次に「宝塔品」の下は無作三身に約して親子一体を示し、
三に「寿量品」の下は久遠元初に約して君臣合体を示す 云々。
(中略)自受用身の当体、全くこれ我等衆生なり。
故に「妙覚の釈尊は我等が血肉なり、
因果の功徳は骨髄に非ずや」というなり。
自受用はこれ師、我等はこれ弟子、既に「如我等無異」なり。
豈、師弟不二に非ずや。

(文段集488ページより)

私自身、日寛上人文段集の全てを読んでいる訳ではありません。
他の箇所にも「師弟不二」が記されているかも知れません。
ともかく以上の事から、「創価学会が勝手に作った造語である」というのは、
明確に間違いであると申し上げる次第です。


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by sokanomori3 | 2018-08-19 13:07 | 創価学会批判 | Comments(2)

夏の俳句テーマ「蝉と天の川」


☆きょうは8月俳句会.


俳句用の短冊がテーブルに並んでいる写真を添付します。
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俳句と囲碁、このテーマを追いかけて久しい。
数か月を経て、でも成長が遅く、頑張れない自分がいる。
まだ、俳句は駄作でも書くことはできるが、囲碁はごまかせない。
これも広宣流布の為なのでどちらも頑張りたい。

さて、8月の俳句会のテーマは「蝉」と「天の川」なのです。
最低、そのテーマの一句を発表しなければなりません。
私が詠んだ句は以下の5作品です。

地より湧き 地に堕つるまで 蝉しぐれ.
鳴かぬとは 覚悟の上か 篭(かご)の蝉.
天の川 恋人(こひと)は遠く 瞬(またた)けり.
蓮(はす)の華 泥より出でて なお清し.
桃の実を 捧げし母の 笑顔じわ.

以下に、俳句にもなっていない駄作をご案内します。
男でも 日傘さしたい ことがある.(笑い)

最後の一句は、切実な思いですが、俳句のレベルではない。
本当は日傘をさしたい。でも、何だかさせない。
男のプライドなんか、捨てればいいのですが・・
そんな気持ちはあれど美しく書けない。

さあ、午後から俳句会ですが、どうなりますか。



追伸:本日の俳句会で、結果、何と私の作品が「特選」になりました。
特選の句は「桃の実を 捧げし母の 笑顔じわ」です。
まさか、まさかの受賞でした!^^

特選は過去「白き梅 三・一一 俳句会」以来二作品目。
(しろきうめ さんてんいちいち はいくかい)

次回は9月9日、テーマは「月」「彼岸花」です。


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by sokanomori3 | 2018-08-19 11:02 | 俳句散歩 | Comments(6)

人生は決意で面白くなる5


☆足下に幸福の泉あり.


私の田舎の風景(田んぼが広がる)写真を以下に示します。
b0312424_16231158.jpg

写真解説「田んぼの手前にラーメン・木彫工房など、魚の形をした看板があります」

この記事は「人生は決意で面白くなるシリーズ」の最後になります。
以下に、シリーズ最初の記事を添付します。
sokafree.exblog.jp/28564754/

私は写真の通りの田舎者で、本当に何もない町の育ちです。
ここにはスカイツリーも高層ビルもありません。
まして、高級レストランはないし、あっても客は入りません。
田舎は、ある意味、平凡な当たり前の生活ができれば上々で、
都会のような華やかな生活などできないのです。
そんな田舎にも役場など立派な建物がありますが老朽化が激しく、
町の財政が枯渇しているので古びています。
100年先の未来に、この町はどうなっているのでしょう。

昔、町が元気だったころ、ここに祖母もいたし、父もいました。
今、母は年老いて一人暮らしです。
本当はもっともっと親孝行がしたいし、一緒にいたい。
でも、今は仕方ないし、これが精一杯です。

今回、私は墓参り、リフォーム、買い物をしました。
墓参りでは、日差しが強く日に焼けました。
買い物の途中、豪雨になり店からクルマまで行けず困りました。
夕食後、腹痛になり2時間休んだ他は働いていました。
いつもの帰郷ですが、沢山のドラマがありました。
桃と梨を買って、クルマを借りた知人に差し上げました。
自宅にも買いました。すると母は「私は歯が悪いから梨は食べれん」とのこと。
でも、桃はよろこんでくれました。
たわいもない日常を連載で書きましたが、これが私の幸せです。

母は私が頑張ると怒るのです。見ていて可哀想という。
汗だくでやっている私を見て、迷惑をかけていると思うようです。
でも、そうじゃない。私は歓喜の中で楽しんでいるのだから。
このことが母には分からない。

お正月休みに私は続きのリフォームをします。
トイレはタイルが剥がれているし、窓も破損しています。
廊下や階段の壁の塗装が残っています。
やがて台所や仏間など、無数にやりたい場所があります。
母が私を受け入れてくれるよう祈りましょう。

若いころ、田舎育ち、さびれゆく町が嫌でした。
でも、今はそうじゃない。この町に生まれたことが誇りです。
室生犀星は「ふりさとは遠きにありて思うもの、そして悲しくうたうもの、
よしや、うらぶれて異土の乞食となるとても、
帰るところにあるまじや」と詠いました。
私も同じように思っていた時期がありました。
今は違います。母に長生きしてもらい、
そして母と過ごす時間を作りたい。
親孝行をしっかり果たしたい。

今回、私は3日間頑張って、とてもハッピーです。
私は決意し、作戦を実行しました。
予想通り母に反対され、豪雨にもたたられました。
でも、楽しかった。やったことは大成功した。
「正月帰るからな。お母ちゃん元気でな!」
そう言って実家を後にしました。

皆さん、心一つで人生は変わります。
錆びれゆく町の生活にも、こんなに幸せがある。
やっぱり「大工は魔法」で、さらに腕を磨きたいです。
これからも私はチャレンジを続けますよ!

以上で「人生は決意で面白くなる」シリーズを終了します。


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by sokanomori3 | 2018-08-19 05:38 | 大工は魔法 | Comments(2)


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