池田名誉会長の指導


☆仏法は実証・現証主義.

「信心だけは、好きであろうが、嫌いであろうが、
どうしても必要なものです。
ご飯を食べ、水を飲まなければ生きていけないように、
正しい信心がなければ、絶対に福運ある生涯は送れない。
活力ある、楽しい人生を送ることはできません」

「信心は、究極においては神経質であってはいけません。
罰があろうが功徳があろうが、
「御本尊様は絶対だ。どんな事態があっても、一切が変毒為薬(へんどくいやく)されるんだ。何かの意味があって、この現証があるんだ」
こう確信し切って、題目をあげて、あげ抜いていく。
学会活動に一直線に進んでいく。
この人が、本当の信仰者です」

「観念論であってはなりません。
仏法は実証主義です。現証主義です」

「種(たね)を蒔けば、必ず花が咲く。
10年、20年と信心に励んだ人が、「これほどまでに幸せになった」
「ありがたい、想像もしなかった幸福生活である」となる。
これが所願満足です」

(以上、大白蓮華2014年12月号 飛翔の原点 記念撮影会より)



残業続きの日々。通勤電車で開いた大白蓮華(だいびゃくれんげ)。
くたくた、よれよれの体に池田先生の指導が染み渡る。
感謝と歓喜が入り混じった血潮が動き始める。
心が温かくなり、こぶしをぎゅっと握りしめる。
そうして、疲労した体に力が蘇る‥
ありがたい師匠です。私は幸せです。(^^)

今、苦難の中で、もがき、苦しんでいる人もいらっしゃることでしょう。
「本当に功徳はあるのだろうか」と疑いたくもなるでしょう。
でも、全部、解決する。この信心は、おとぎ話じゃない。
信心は理屈ではありません。理屈なんか食べることも着ることもできません。
私は理屈で信心なんかしません。
幸せになれるか、なれないか、その一点が重要なんです。
不幸に泣いてばかりいる人生なんか嫌です。
私は幸せになるために信心をしました。
そして「想像もしなかった幸福生活」を得ることができました。

冬を春へと変える。悲嘆を歓喜に変える。枯れ木に花を咲かせ、荒涼とした砂漠にオアシスを創る。自分自身という人生を使って仏法の偉大を証明する。
その決意があるから、私は今も闘争を続けられるのです。
私は必ず、生涯、「所願満足の人生」をまっとうします。
それは、池田先生が望まれている人生だからです。

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# by sokanomori3 | 2014-11-28 06:30 | 池田大作先生 | Comments(2)

法華証明抄(2014年12月度座談会御書)


☆魔に打ち勝つ信心を示す.

法華証明抄(ほっけしょうみょうしょう:1587ページ)。
以下に、12月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)の法華証明抄のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文.

すでに ほとけに なるべしと みえ そうらえば 
てんま げどうが やまいを つけて おどさんと こころみ そうろうか  
いのちは かぎりある こと なり すこしも おどろく こと なかれ  
また きじんめらめ この ひとを なやますは 
つるぎを さかさまに のむか また たいかを いだくか  
さんぜじゅっぽうの ほとけの だいおんてきと なるか.

○漢字文.

すでに 仏になるべしと 見へ候へば
天魔 外道が 病をつけて をどさんと 心み候か
命は かぎりある事なり すこしも をどろく事なかれ
又 鬼神めらめ 此の人を なやますは 
剣をさかさまに のむか 又 大火をいだくか
三世十方の 仏の大怨敵となるか.

○背景と大意.


弘安5年(1282年)2月28日、日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が60歳の御時、身延から南条時光(なんじょうときみつ)に宛てられた御書です。
南条時光の記事は、→ここをクリック!
上記教材の箇所は、法華証明抄の文末の御文です。
大聖人ご自身、病と闘われていました。
しかし、熱原の法難を勇敢に戦い同志を守る活躍を果たした時光の重病を聞かれた大聖人は、病をおして筆を執られました。
大聖人は、仏になる境涯にまで成長した時光だからこそ、天魔、外道、鬼神(仏道修行を妨げる様々な働き)が競い起こっていると指摘され、その時光の命を奪おうとしている魔に対し、厳しく諌められています。

この御文の後に、大聖人はさらに「現世には頭破七分となり、後生には大無間地獄に堕ちるのである。日蓮の言葉を卑しいと思うならば後悔することになるぞ」とも述べられ、魔や鬼神を諌められています。
24歳にして大病となった時光は、この大病を克服した後、50年の寿命を延ばしました。
本抄の前文には、天台の有名な解釈が引用されています。
「ひとの ちに たおれて かえって ちより たつが ごとし
 人の地に倒れて 還つて 地より 起つが如し」‥
池田先生はこの御文について、次のように記されています。
「倒れても、また立ち上がればよい。立ち上がるたびに、より強くなれる。
題目で打開できない試練などない。
信心で変毒為薬(へんどくいやく)できない苦難などない」

追記:私の人生にも数々の試練、苦難がありました。
その悩みのどん底で何度も立ち上がり乗り越えてきました。
これからもあると思うのです。けれど、この御書と池田先生の指導を胸に、生涯不敗、生涯勝利の道を歩み切りたいと思っています。
私の体験は旧創価の森ブログに33項目述べています。
お時間のある方はご覧になってください。
旧ブログ体験カテゴリは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-26 07:02 | 座談会御書 | Comments(2)

ひとたびはポプラに臥す 1


☆30年ぶりに宮本輝と再会.

以下に、書籍「ひとたびはポプラに臥す1」の表紙写真を添付します。
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創価の森ブログが縁で、お会いした婦人部のFさんという人がいる。
このFさんから、小説家の宮本輝(みやもとてる)をこよなく愛されていると聞いた。
「ひとたびはポプラに臥す(ふす)がお勧めです」とのこと。
鳩摩羅什(くまらじゅう)をテーマとして、シルクロードの旅を記した本だという。
法華経をサンスクリット語から漢訳した鳩摩羅什‥興味が湧いた。
「ポプラに臥す」との題名が心に残り、吸い寄せられるように、先日、本屋に入った。
しかし、その書籍はなかった。仕方なく、別の本屋で探してみた。
そこにも無い。何とも悔しい。新宿の紀伊国屋書店にまで足を運んだ。やっと購入した「ひとたびはポプラに臥す 1」が上写真である。
書籍は全6巻であったが、購入したのは1巻のみである。
果たして、宮本輝とはいかなる小説家であろうか‥
Fさんが熱中するほどの魅力が、本当にあるのだろうか?

○30年ぶりの再会.

私は、太宰治賞をとった「泥の河」という小説を大学生時代に読んでいる。
しかし、当時、私はその小説の意味がよく分からず、暗く地味なストーリーに違和感を覚えたまま、30年も宮本輝とは縁がなかった。
読み始めて思ったことは、泥の河とは全く雰囲気が違うということ。
この本は小説ではないように感じる。あえて言うなら旅行記である。
しかし、単純に旅行記とするにも違和感がある。

1995年5月からこの物語は始まる。
宮本輝は6700kmの旅を40日にわたって続ける。
さぞかし、感動の旅であったに違いないと期待していたが、冒頭に「虚しい旅であった」と書いてあった。
「何だ? 鳩摩羅什を発見する旅が虚しい?」
オカシイ、鳩摩羅什の人生が虚しいはずはない。
やっぱり私は、宮本輝とは相性が合わないのかも知れない‥
そんなことを考えながら読みすすめた。
けれど、この本は確かに魅力のある書籍であった。
その理由は、読んでいて、久々にときめきと驚きとが沢山あったからだ。さらには予測していないことであったが、大いに爆笑させられたシーンが散りばめられていた。
「プロというのは、なんて上手く描くんだろう」と感心させられた。
笑いの箇所は述べないことにする。
それは、この本を購入した人の喜びを奪いたくないからです。

○所感1.

読者の皆さまは、私が爆笑したことについて不可解に思われるであろう。
シルクロード、鳩摩羅什、そのキーワードに爆笑とは何かと‥
しかしながら、この本は意図的に人を笑わせるようには書かれていない。
誰しもが腹を抱えて笑う内容でもないかも知れない。
ただ、私には、あの「泥の河」の印象から、まさかの展開に右往左往したし、旅の途中で起こる突拍子もない出来事が可笑しくて仕方なかったのだ。

さて、私は、最初からこの本にグッと引き寄せられた。
それは見事に中国という広大無辺な国を描いていたのである。
中国の奥地は、日本の国土、人間、生活とはまるで別世界であり、読む者にカルチャーショックを与えるのである。
シリーズの6分の1、起承転結の起という段階で、すでに様々に考えさせられた。
鳩摩羅什の人生、兵馬俑(へいばよう)、孔子、広大な麦畑の風景、農村部での貧困と過酷な労働、文化大革命によって破壊された歴史遺産のこと、真っ黒な工場排水、大気汚染、賄賂、砂漠の浸食‥数千年の絶え間なき戦乱、ポプラの日陰のありがたさ‥
数々の問いかけ(おそらくこの物語の伏線)が、散りばめられていた。宮本輝の感じた虚しさとは、「強固な恐るべき不幸の風景ではないか」と感じた。

宮本輝は「現実を見た」のである。
現実の世界に行かなければ語れないリアリティで彼は語るのである。
「写真とかテレビ映像は、事実を映し出すが真実は伝えない。映像が伝えないもの、それは音であり、気温であり、匂いであり、微細な砂や埃である。
レンズではとらえきれないものが風土には蔓延しているのです。
私の中に創られていたシルクロードの映像は、まるで異なった映像へと変貌してしまいました」(趣意)
そして彼は言い放つ。激しい怒りを込めて。
「シルクロードというものをロマンチックに伝えやがったのは、どこのどいつだ」と。
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-24 06:19 | 一般書籍のご案内 | Comments(20)

続・ひとたびはポプラに臥す 1


☆無知の知を教える本.

前回の記事は、→ここをクリック!
気付けば、私は「ひとたびはポプラに臥す 1」を夢中で読んでいた。
宮本輝(みやもとてる)の世界に引き寄せられ、すっかり圧倒された。
それは、旅の途中の異常な出来事に度肝を抜かれたのだ。
異常というと、これは中国にとって失礼な言い方であるが、あまりに異なる日本の生活とのギャップに、感想を聞かれても言葉にできないようなショックを感じた。
「日本人の感覚で中国を見てはならない」と思った。

○想像を絶する世界.

この本には、貧困というには程遠い、恐るべき生活の実態が書かれている。
そのいくつかを抜粋してみたい。(文章の一部を変更しています)



1.
黄砂にかすむ街並みに、蒲団(ふとん)と鍋とわずかな食器を背負った夫婦が、歩調の遅い2人の幼児を叱っている。どう見ても流浪の一家としか思えなかったので、通訳に「あの一家はいかなる境遇か」と訊いた。
いなかから職を求めて着の身着のままたどり着いたのであろうという。
夫婦と2人の幼児は、いったい何日体を洗っていないのかと思える皮膚の色で、4人の靴はみな破れている。
「この国では、国民が全て公務員なんだろう? それなのに、あてもなく着の身着のままでやってくる?」、「仕事ハ、ミツカラナイネ」、「では、あの一家はどうなる?」、「ドロボウデモスルシカナイヨ」、「共産主義は、あの夫婦に職を与えないのか?」‥
私のかすかな皮肉に、通訳は答えた。
山脈沿いの村々には、家中の現金が三十元もないという家が沢山あると。
2.
民家の明かりが見えた。近づくと民家の明かりは、せいぜい30ワットほどの豆電球にすぎないが、漆黒の闇は、その豆電球をとてつもない光源に変えて、疲れた私の目に差し込んでくる。
「豆電球って、こんなに明るいんだ」、「星がすごいですよ」‥
空を見ると、山と樹木以外はすべて星ではないかと思えるほどであった。
3.
巨大な工業都市・蘭州(人口350万人)まであと1時間である。
人工衛星から中国の写真を撮っても、蘭州だけは写らなかったという。
汚染された大気が厚く覆っているせいなのだ。
何気なく畑の畦道(あぜみち)に目をやると、工場排水の混じった黒い水が流れている。混じったというより、工場排水そのもののように見える。
「これは大変なことになるぞ。とんでもない公害が、人間の体を無茶苦茶にするぞ。この水は猛毒だ」と言うと、通訳は言った。
「大丈夫。蘭州ナンテ、中国大陸ノナカノ小サナホクロデス」、「天安門事件ののとき、鄧小平が言ったらしいよね。天安門で百万人が死んでも、中国ではたいしたことはないって」
そう口にしたが、私はその言葉を直接聞いたわけではない。
4.
横河は黒く汚れ、油の匂いがする。
黄土を掘ってコールタールを作る作業員が、全身をコールタールにまみれて働いている。おそらく現場の気温は50度を超えているだろう。
5.
人間のいるところ、ことごとくが不毛だ。
町という町は、すべて埃と悪臭と悪意とワイロと無表情ばかり。
俺は20年かかって、この武威に来たんだぞ。羅什(らじゅう)が苦節の16年をおくったかつての涼州は、こんなにも埃にまみれている地なのか。ここには何もないではないか。
6.
かつての城も町も、すべて砂に埋まってしまった。
ここで、いかなる人間の営みがあったのか、もはや何もわかりはしない。
私は城門の陰から出て、白の一部であったであろう大きな遺跡へ歩き出した。
砂の上に動物の骨があった。ひからびた固い土を踏んで、かつての城壁かと思われる場所にのぼった。
すさまじい風のなかで四方を見渡しても薄い樹木が砂嵐のなかでかすんでいるだけで、他の何物も視界にはいってこない。
7.
トラックの前方にひとりの人間が障害物となっている。
その人間を避けて砂漠に車輪を入れてしまうと、自力でアスファルト道には戻れない。
その人間は、両脚の膝から下がない。膝と手を使ってトラックの前を右に行ったり、左に行ったりしながら通せんぼしている。
金をくれ。たとえわずかでもいいからめぐんでくれ。もしくれないなら自分はお前の車の前から離れない。それでも通るというなら、俺をひいていってくれ‥
男は無言であったが、運転手を見上げる目はそう語りかけていた。
私たちのマイクロバスは、トラックの横を素早く通り抜けた。
ひくならひいてくれ。きょう、なにがしらの金をめぐんでもらえなかったら、俺は飢えて死ぬんだ。お前のトラックにひかれていま死んでも同じことだ。
脅しでもはったりでもなく、男の目は淡々とそう語りかけていた。



○所感2.

以上、7つの内容を断片であるが参考に掲げた。
実は、この1巻には、このような描写が各所で語られるのである。
私たちが日ごろテレビや新聞で知らされている中国とは明らかに違う。
かけ離れた姿‥それは、凄まじいまでに不幸な人々の生活‥
およそ、日本において貧困と表現される生活は、中国の貧困に比べればまるで天国である。私たちが辛いとか苦しいとか言っている事象は、かの国の悲惨において、まるでオアシスである。日本には貧困は存在しない‥そんな気がしてくる。
仏教が生老病死の四苦からの離脱を願って誕生したと言われるが、世界の僻地での生老病死とは、私たちが認識している程度のものではない。
私は読み終えて、しばらく身動きができなかった。
私たちは本当の苦悩を知らないのではないか。だから、本当の幸せも感じられないのではないか。そんな思考がぐるぐると廻った。
そして私は、今、不思議な感覚に囚われている。
「もしかすると、私はこの世の中のことを何も知らないのではないか」と‥

これから、私は2巻以降を読むでしょうか?
読む可能性は高いと思います。けれど‥読まないかも知れません。
残りの5冊に書かれるであろう結論を、知らないままに謎として残しておくのもいいのではないか‥読むことがもったいないとも思うのです。(^^)
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-24 06:10 | 一般書籍のご案内 | Comments(4)

池田教への警告


☆「キチガイ、カルトすぎる」云々.

ある自称学会員さんが、大変、お怒りの模様です。
次のようなコメントが寄せられました。(抜粋)



はっきり言って、ここまで池田教化していたのかと思って、驚き呆れた次第です。

>「ある場所に安置する御本尊が根本の御本尊で、その他の御本尊はそれにつながらなければ力用(りきゆう)が発揮されない」という視点は、まさに大御本尊を人質にして門徒を脅迫する宗門の己義です。

日寛上人(にちかんしょうにん)の理論ですけど。不勉強すぎますね。
「ある場所に特定の本部があり、そこにいる人物が根本の師匠でその他の会員はそれにつながらなければ力用が発揮できないという、あたかも“電源と端子”の関係であるかのような師弟観は、世界広宣流布(こうせんるふ)が事実の上で伸展している現在において、かえって世界広布を阻害するものとなりかねない」と思わないんだな。
キチガイ、カルトすぎる。



○所感.

前置きで「私は学会員です」と述べた上で、上記のコメントが投じられていました。
内部アンチでしょうか。ナリスマシでしょうか。
「本門戒壇の大御本尊こそ、一切の根本」‥これが宗門の論理です。
今回、創価学会の会則の変更が行われ、日顕宗(にっけんしゅう)が騒いでいるようです。
大事なことは理屈ではなく、実証です。幸せになるということ。
どうせ噛み合わないのだから、話し合いにならない。
で、あるなら、実践し、体験で勝負すればよい。
私はそのように思っています。
宗門と別離して23年。もう、学会員には宗門も大石寺もない。
日顕宗の人たちは、そのことが分かっていないらしい。
日蓮正宗という宗教ついて、3年前に記事にしています。
旧ブログの日蓮正宗記事は、→ここをクリック!

○参考資料.

今回の騒ぎの発端となった「会則変更」の記事を以下に示します。
(アンダーラインをクリックしてください)
1.創価学会会則の改定 (聖教新聞の発表内容)
2.会則変更で宗門と決別 (個人的所感)
3.創価学会会則変更の余波 (日蓮正宗の信徒の反応)

追伸1:日顕宗の皆さま、他宗である創価ばかりを見て生きるのではなく、ご自身の宗教をしっかりと見つめ、幸福になれるかどうかに集中されてはいかがでしょう。
自らの宗教の実践に励み、実験証明をされることをお勧めします。
実験証明の記事は、→ここをクリック!

追伸2:私は破門された後の創価学会で発心し、信心して幸せになりました。
その現実の体験を旧ブログに5年間語りました。ご参考にしてください。
その旧ブログは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-23 06:41 | 雑記帳 | Comments(6)

グラフSGI 12月号 <夢から夢へ>


☆世界に広がる創価の功徳.

以下に 2014年11月号の表紙写真「表題:夢から夢へ」を添付します。
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表紙には、20名のSGIメンバーの写真があり、英語で職業や職位が書かれています。
東洋人、西洋人、アフリカ人‥どのメンバーも美しい笑顔です。

○目次.

1ページ.
冒頭、池田先生が撮影された黄色のバラの写真が掲載され、写真下に池田先生のご指導が掲載されています。
「悩みがあることが不幸ではない。悩みはむしろ、自身を向上させ、周りに喜びを贈りゆく笑顔の種(たね)であり、勝利の前兆である」

2ページから33ページ.
「夢から夢へ」というSGIメンバーの体験談特集が組まれています。
「夢‥そう簡単には、うまくいかないこともあるだろう。失意からなかなか起き上がれないこともある。もう一度、背中を押してくれるSGIの友がいる」と書かれています。
その末尾、池田先生の夢が語られています。
「恩師・戸田二代会長の夢をかなえることが、弟子のである私の夢」と。
以下に、掲載記事のいくつかをご紹介します。

<アメリカンドリーム>

不動産・投資・銀行グループ会長のアメリカ人の体験です。
思い通りにならない人生を、全て人や環境のせいにしてきた1人のアメリカ人がSGIに出会い、唱題して劇的に希望が持てるようになりました。彼はやがて、大学へ再入学。
卒業後、不動産管理の仕事を経て副社長に。やがて銀行や様々なビジネスの会長へ。
現在、ニューヨークに3つの超高層ビルを含む30以上のオフィスビル、マンションを所有する大企業のトップになっています。

<祈りで人生をチェンジ>
インドの俳優の体験です。
友人に誘われて参加したSGIの会合。
そこで彼は瞳を輝かせて体験を語る人たちを見て、「これは演技じゃない。本物の輝きだ!」と驚きます。
俳優として鳴かず飛ばずだった彼は入信。
小説人間革命を読み祈る中、広宣流布(こうせんるふ)の心を持ちます。
彼の人生が2012年に劇的に変わります。
インドで2000万人が見るテレビ番組の主演が決定、一夜にして全国で知られる俳優となりました。翌年、新人賞を受賞、そして本年、最優秀男優賞を受賞しました。

<必ず変わる!>
ギリシャSGIの歯科医の女性の体験です。
歯科医になって開業したものの、体調不良に悩み、自信を失ったときSGIと出会いました。
「この信心は、必ず人間革命できるのよ」と力強く励まされて入信、悩みの原因だった不眠症と食欲不振を克服しました。
今、毎日、30人の患者を治療し、女子部グループ長で活躍しています。
彼女は語る。「こんなに人生が変わるとは思いませんでした」

<がんも心臓病も貧乏も克服>
台湾SGIの自動車用品販売店の社長の体験です。
貧乏のどん底でSGI巡り合い、設計会社を設立。やがて台湾で初めて自動車の部品販売、修理、車検などの全てを手掛ける総合自動車販売店を開業、現在、8店舗を経営するまでに。現在、2つの個人会館を建て、提供。
「全てを克服し、感謝は尽きない」と語る。

38ページから39ページ.
フィリピン・イースト大学から名誉博士号、ブラジル鼓笛隊・音楽隊23都市でパレード、台湾SGIの音楽祭、アルゼンチンでの法華経展。

40ページから41ページ.
グラフSGIプラザ(読者の広場)

○グラフ紹介.


11月号は世界の学会員の体験がつづられていました。
見事な体験ばかり。凄い体験ばかり。
肌の色、言語、国境を越えて、色とりどりの功徳の花が爛漫と咲いています。
世界宗教としての広がりもスゴイですが、その鮮烈な体験もスゴイ。
創価学会員であることの幸せを感じられる12月号です。(^^)

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# by sokanomori3 | 2014-11-22 08:29 | グラフSGI | Comments(4)

2014年衆院選に思う


☆この風で何が動くのか。


11.18、創価学会の日。
それが2014年衆院選の戦いの日となった。
数日前から、解散するような報道もあったが、まさかの出来事であった。
チラシもポスターもない。しかも年末である。ビックリ仰天である。
「こんな選挙で本当に大丈夫なの?」とはてなマークが雪のように降り注いだ。
その中で、みんなの党が消滅した。さらにビックリ。(^^:
みんなの党解党の記事は、→ここをクリック!
上記記事には、表題に寝耳に水と書きましたが、実際に寝ていて、水を入れられたらどんな気持ちになるんでしょうね。言葉は使えど、体験なし。
やっぱり、ビックリするんだろうな。(笑)
ともかく大事な国政選挙です。頑張りましょう!
2009年衆院選は、→ここをクリック!
2012年衆院選は、→ここをクリック!

追伸:2014年衆院選の結果は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-21 06:31 | つぶやき

牧口初代会長の畳水練の譬え


☆実践しないと分からない。

11.18、創価学会の日が到来しました。
本年は牧口先生の殉教70周年であり、厳粛に受け止めています。
そして、牧口初代会長に深く御礼と感謝を申し上げたいと存じます。
さて、先日の聖教新聞(11月15日)に、牧口先生のお言葉が掲載されていました。
「行学で飾る創立の日」と題された随筆の中で、池田先生が語られていたもの。
以下に、そのお言葉を抜粋します。



水泳を覚えるには、水の中に飛び込む以外にない。
畳の上では、いくら練習しても覚えられるものではありません。
勇気を出して自ら実験証明することです。




軍事政府の圧迫が強まり、機関誌「価値創造」は廃刊。
その緊迫下に、「母を折伏したい」という青年のために、福島県郡山まで出向いたときの牧口先生の言葉です。いかなる時も、勇んで動かれる先師であられた。

畳水練(たたみすいれん)‥
今の若い人たちにとっては死語かもしれない。(^^)
宗教の是非は、文証(もんしょう)や理証(りしょう)もあるけれど、実際にやってみなければ分からない。水泳は、水の中でしか覚えることはできない。
タネがある。「これはリンゴのタネで、美味しいリンゴが採れるよ」と言われても、実際に植えて育ててみないと分からない。
本物のタネだったとしても、発芽しないかも知れない。
発芽してもリンゴではないかも知れない。
大事なことは実際の結果である。実証である。
それを、牧口先生は実験証明と言われました。
実践し、実証を示すことこそ、創価の本当の折伏だと私は思います。
そのためにも、しっかりとこの妙法を抱き、現実の世の中に飛び込み、荒海を乗り越えられる自分を作れるかどうか‥
宗教の正邪を文字面だけで闘ってみても仕方ない。
実証で勝負です。その現実で正邪を決すべきですね。
過去の11.18の記事は、→ここをクリック!
11.18の別記事は、→ここをクリック!

追伸:記念すべき11.18に衆院選が決定しましたね。
準備なき選挙ですが、悔いなく戦いたい。

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# by sokanomori3 | 2014-11-20 06:21 | 牧口常三郎先生 | Comments(2)

小説 新・人間革命 第28巻 広宣譜


☆牧口会長殉教70年より連載スタート.


b0312424_20572662.jpg本日は11.18、創価学会の日。
この栄光の日に、待望の新・人間革命28巻の連載がスタートした。
時代背景は、1978年6月。
これは池田先生が会長を勇退される10か月前である。
いよいよ、第一次宗門問題が語られるに違いない。
広宣譜(こうせんふ)1には、冒頭、ウクライナの詩人の言葉がつづられていた。(写真参照)
「私の心に、勝利の歌が響く。春の力が、魂に湧き起こる」
詩人は、レーシャ・ウクラインカ。(女性)
なぜ、先生はウクライナの詩人を冒頭文に選ばれたのでしょうか。
私は、宗門問題を語られる先生の胸中に、ロシアに蝕まれ、祖国を分断されつつあるウクライナの今をオーバーラップされているように感じました。

○ウクライナ情勢.

今年になって、突如、ロシアがクリミア半島を占拠しました。
その後、住民投票でロシア領に吸収してしまいました。
無血の侵略でした。それは3月16日のこと。
当時の記事は、→ここをクリック!
ウクライナをロシアが侵略したことに、私はショックを受けました。
次に、ロシア独立派がウクライナ東部で武装蜂起し、主要都市を占拠しました。
ロシアは人道支援という名目で、公然と物資を供与しました。
その物資には、武器や兵士も含まれてると報道がされました。
過去の世界大戦のような軍事作戦ではありませんが、巧妙にウクライナを侵略するロシア‥その内戦は、罪なき民間機の撃墜事件まで引き起こしました。
今も内戦は続いています。ウクライナは東西に分断されつつあります。

○第一次宗門問題.

あくまで私の感じたことですが、新・人間革命にウクライナの詩人の言葉をあえて記されたのは、宗門や反逆者たちの企てと行為を重ね合わされたのではないか‥そのように思えてならないのです。
妬み、恨み、どす黒い破壊の陰謀を仮面の下に隠しながら、山崎正友らが手を結び、池田先生を学会員から分離させようとした宗門‥
その息詰まる当時の出来事は、まさにウクライナの今、そのものです。
翌年、1979年4月24日、池田先生は会長を勇退されました。
私は、当時のテレビニュースで記者会見を見ていました。
何の前触れもなく、池田先生は会長を退かれた‥
まったく理解できず、まったく納得できず、私は悲しくて仕方ありませんでした。
池田先生が、手のとどかない遠い人になったように思えたのです。
その年の10月、私は創価大学のキャンパスで池田先生とお会いし、記念撮影をさせていただきました。当時、私は池田先生がどのようなお立場で、どのようなお気持であったかは全く知りませんでした。まだ、信心も弱い自分でした。
夕暮れの暗い林の中で、出会った師匠と19歳の私‥
私は、この小説の時代に生き、師匠と共に歩むことになりました。
これから語られる小説の時代は、私の青春そのものです。
ですから、しっかりと拝したいと思っています。



追伸:新・人間革命の読書感想文のカテゴリを創設します。
今後、私の思いをつづりたいと思います。
新・人間革命カテゴリは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-18 22:02 | 新人間革命読書感想文 | Comments(2)

箱根の森のバウム


☆美味しいバウムクーヘン.

以下に、箱根森のバウム(バウムクーヘン)の箱2つの写真を添付します。
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写真解説.「白と茶色の2つの箱が木目調のテーブルの上に置かれてあります。箱には2羽の鳥、樹木が描かれていて、商品名の箱根森のバウムと記されています。とても味のあるデザインです」

白と茶色のバウムクーヘンの箱。
ある婦人部さんから頂いたお土産である。
絵柄が可愛らしい。何だか「創価の森の小さな家」の小冊子デザインに似ている。
このお菓子の箱にも、小冊子にも、「くるくる」したイラストがある。(^^)
小冊子の記事は、→ここをクリック!
食べると、めちゃ美味しい。幸せが口いっぱいに広がった。
白い箱はスポンジのようにふわふわしたバウム。
茶の箱は歯ごたえのあるバウム。どっちも美味しい。
さて、箱根と言えば、来年、創価大学陸上部が箱根駅伝を走る。
マラソンコースの応援の人たちは、盛り上がるに違いない。
あゝ、楽しみでならない。嬉しくてしょうがない。
神奈川県の皆さま、来年のお正月は最高ですね。
私、岡山の地で応援しますよ。
頑張れ、創価大学!頑張れ、応援団!!
創大陸上部の記事は、→ここをクリック!

追伸1:ある婦人部さん、ありがとうございました!(^^)
追伸2:創価の森ブログの本は、国立国会図書館に所蔵されています。
その書籍データは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-17 21:32 | 読者の皆さまへ | Comments(7)

手話の歌


☆伝えたいことがあるから.

以下に、少女が歌に合わせて手話をするYou Tubeを添付します。


「You TubeにはCMが表示されます。右隅の×印を押すと全画面を見ることができます」



ふと見つけたYou Tube。手話の歌たっだ。
「世界が一つになるまで、ずっと手をつないでいよう‥」
「夢がほんとうになるから‥」
そのフレーズと少女の無垢な手話に圧倒された。
ジェスチャーで、何かを伝えようと挑戦している人たちがいる。
こんなに小さな女の子ですら、ここまで見事に思いを伝えるんだ。
僕にもあるよ、伝えたいこと。
何かができないなら、できる人が助けてあげる。そんなこと当たりまえ。
僕自身、沢山助けてもらったんだ。
「何で、見ず知らずの僕を思いやってくれるんだろう‥」
「どうして、こんなに僕をかまってくれるんだろう‥」って。
そんな驚くべき慈悲と愛とを受けてきた。
愛情の深い人たちとの出会いの数々が、僕の心を豊かにしてくれたんだ。
不思議な世の中だよ。人間には素晴らしい心があるってこと。
だから、お互いさま。遠慮はいらない。

追記:夢が本当になるまで、私も頑張ります。
その夢は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-16 20:01 | 妙音・自由の人 | Comments(5)

創価学会会則変更の余波


日蓮正宗の信徒の反応.

先般、創価学会の会則が変更された。これは重大な変化である。
2つの記事を書いた。参考までに以下に掲げる。
(アンダーラインをクリックするとジャンプします)

◆創価学会会則の改正の詳細。(聖教新聞からの抜粋)
◆創価学会会則変更に関する個人的所感。

○ネットの反応.

この歴史的転換に、宗門側に付いている人たちはどのように感じているのだろう。
以下に、日蓮正宗の僧侶や檀家の人たちの反応を抜粋する。(主旨)

1.
この度、創価学会は会則を変更し、本門戒壇の大御本尊様を思わせる「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊」という文を削除しました。
本門戒壇の大御本尊様にお目通りをされたことのある方の想いを踏みにじる会則変更と言えると思います。
2.
学会も行くとこまで行きましたね。
顕正会がまともに見えます。(無論謗法ですが。)
3.
異流義というより、国柱会・立正佼成会等の大聖人様の御題目を唱える団体と一緒になりましたね。
4.
なんてことだ。ついに狂いましたね。(つーか元々狂ってるわね)
ここまで変更になってもそこから出ようとしないなんて…哀れだわ…
5.
平成3年の破門で創価学会は日蓮正宗とは関係の無い団体になりました。一般会員さんは平成9年の信徒資格喪失までは日蓮正宗信徒ではあったんです。
今までは本門戒壇の大御本尊様を信仰ていた異流義団体ですが、立正佼成会や霊友会、国柱会と同じになりましたね。
三大秘法は閉じて一大秘法になり、本門戒壇の大御本尊様に収まります。つまり、本門戒壇の大御本尊様を離れて大聖人様の仏法はありえません。
大聖人様の御入滅は「不滅の滅」です。大聖人様の恩魂は本門戒壇の大御本尊様とともにあります。
6.
とうとう、創価学会が戒壇の大御本尊様を信仰の対象から外す大謗法を開始!
創価学会の皆さん!
時代と共に変わっていく姿を新興宗教と言わずして何というのでしょうか!
7.
大石寺の戒壇の大御本尊様への信仰対象が八王子にある大聖堂の御本尊を創価学会の本尊とするそうです。
創価学会は日蓮大聖人様の仏法ではなく創価学会と言う独自の新興宗教の証明をされました。
8.
私からすると学会本部が墓穴をほった感じで正宗系法華講から批判続出でしょう。よほど何かの焦りが学会本部にあるのでしょう。池田先生がお元気に執筆活動している(笑)うちに、ということでしょうか。
9.
他にも酷い所があるけれど、活動家学会員は皆ついていくんだろうな。
これで新規に入会する若い人は少なくなるかな。
10.
聖教新聞_3面において、「会則・教義条項の改正を議決」を発表した。
創価学会がこれまで信仰の根本としてきた、大石寺御安置の「弘安二年十月十二日の戒壇の大御本尊」を信受の対象ではないと正式に発表したのである。
本門戒壇の大御本尊を否定し、血脈を否定して信心のない輩に御本尊の力用などあるはずないだろう。
11.
創価学会員の皆さん、一日も早く目を覚まして最寄の正宗寺院を訪ねましょう!
そう思っているが、お寺へ足を運ぶ勇気がない・・・・
という学会員は、私達に脱会の相談をしてください!!
こちらのフォームで誠意を持って対応させて頂きます。
(秘密厳守)



○所感.
(私の回答)

上記11項目の各種意見に対し、順次、私の所感を申し上げます。

1.
私は大御本尊に3度御目通りしていますが、想いは踏みにじられていません。
なぜなら、踏みにじったのは、そもそも日顕(にっけん)だから。
2.
そう見えるんでしょうね。でも謗法(ほうぼう)は、そちらです。
3.
意味不明の解釈ですね。
4.
勿論、学会から出ませんよ。哀れに見えますかね。(^^)
5.
誰が資格をはく奪したのでしょうね。
「本門戒壇の大御本尊様を離れて大聖人様の仏法はありえません」‥
離れたのではなく、断ち切られたのです、そちらに。
6.
「時代と共に変わっていく姿を新興宗教と言わずして何というのでしょうか!」
これに反論します。
「法主と共に変わっていく姿を新興宗教と言わずして何というのでしょうか!」
7.
八王子には大聖堂はありません。大聖堂という建物もありません。(笑)
(漢字が間違っている→正しくは大誓堂)
8.
学会に焦りはまったくないですよ。吹く風、枝を鳴らさず‥ですよ。
9.
「活動家学会員は皆ついていくんだろうな」‥
そうですよ。新規入会する人が少ないのは、そちらでしょうね。
10.
「血脈を否定している輩に御本尊の力用などあるはずないだろう」
ありますよ。その証拠のブログを示します。
私の5年間のブログ、→ここをクリック!
11.
脱会の相談なんて誰もしませんよ。そのお声掛けは無駄でしょうね。

ともかく、理屈をどんなに並べても意味はないと思います。
実証で勝負ですから。これからの10年、20年、30年と‥それで比べるしかない。
どちらが幸せになるか。幸福の追求競争ですよ。(^^)
お互い、頑張って幸せになりましょうね!

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# by sokanomori3 | 2014-11-15 09:00 | 雑記帳 | Comments(10)

慈悲魔(じひま)


☆情に流され大局を見失う。

昨日の記事に、非公開コメントさんから「慈悲魔」なる言葉が語られた。
その記事は、→ここをクリック!
小乗大乗分別抄に、この慈悲魔が記載されていた。

じひまと もうす ま みに はいって(中略) あくにん など うち おもえり.
慈悲魔と申す魔・身に入つて(中略)悪人なんどうち思へり.
この あっけんを もって こくしゅを たぼらかし おうわくして 
しょうほうの ごきえを うすう なし.
此の悪見をもつて国主をたぼらかし誑惑して正法の御帰依をうすうなし.
かえって はこく はぶつの いんねんと なせるなり.
かへつて破国破仏の因縁となせるなり.(526)

慈悲魔が入ると、「善人を悪人と見てしまい、正法への帰依を失わせ、国を破り、仏を破る因縁となる」とのご指導である。
一体、この恐るべき慈悲魔とは何だろうか。

○慈悲魔.

仏教哲学大辞典には慈悲魔を次のように解説している。
①慈悲の魔。衆生に一分の慈悲心があるのに乗じてその心に入り、哀れみの情だけを募らせて是非善悪の価値判断を狂わせる魔のこと。
②小乗に執着させて正法を破る魔。

○真逆の見識.

情に流されて、大局観を失うということか。
結果、木を見て森を見ず、東を西と見るとするなら‥それは真逆(まぎゃく)だ。
仏法という地図があっても、方向を見失えば成仏という目的地に到達することはできない。迷い道をグルグル回るような愚かは避けたい。
およそ人生とは、無限に続く分かれ道を選択しながら歩むものです。
幸福の道を歩むためにも気をつけたい魔ですね。(^^)

尚、私は、聖教新聞の日顕宗批判に抗議し、バチを受けたことがあります。
当時の私は慈悲魔に誑かされたのだと思います。
その当時の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-14 06:26 | 仏法用語 | Comments(8)

大きな問題が消滅


☆画像認証制を解消!(^^)

先日、「大きな問題が発生」という記事を書きました。
エキサイトブログのコメント投稿の仕組みが「画像認証」になってしまったのです。
その問題の記事は、→ここをクリック!
以来、千早さんはコメント投稿ができなくなっていました。
それが、以下の操作で解消できることになりました。

○エキサイトの画像認証の解消手順.

1.設定画面を「新管理画面」に設定する。
2.設定をクリック→コメント・トラバ設定をクリックする。
3.画像認証の「使用する」を「使用しない」に変更する。


この3つの手順で、画像認証が解除できることになりました。
願いが聞き入れられたのです。やりました!!(^^)
私、エキサイトに苦言を呈していたのです。
エキサイトさん、ありがとうございました!

追記:でもコメント投稿欄がセパレートになっていて、使いづらいですよね。
千早さん、どうですか、とりあえず使えますか?

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# by sokanomori3 | 2014-11-13 06:09 | 創価の森通信フリーダム | Comments(7)

会則変更で宗門と決別


☆「学会会則変更」の所感.

このたび、創価学会会則の変更が行われた。
条文は、「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受」が、「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ」となり、
「一閻浮提広宣流布(いちえんぶだいこうせんるふ)を実現することを大願とする」が、「御本尊に自行化他(じぎょうけた)にわたる題目を唱え」となり、
さらに「各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命たる世界広宣流布を実現する」へと改正された。詳しい記事は、→ここをクリック!

その紹介文には次の文言が付記されている。



日蓮大聖人ご自身が御図顕(ごずけん)された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、全て根本の法である南無妙法蓮華経を具現されたものであり、等しく「本門の本尊」である。そして、「本門の本尊」に唱える南無妙法蓮華経が「本門の題目」であり、その唱える場がそのまま「本門の戒壇」である。



すなわち、宗門の大御本尊を頂点とする本尊論はここに終焉し、世界広宣流布新時代のこの年に、宗門との永遠の別離を創価学会は宣言したのである。
今の宗門が反省して、寄りを戻すことが「いつかある」というごくわずかな期待も、もはや消滅したと言えよう。
眼前の御本尊と自分が唱えるお題目と、そしてその祈りを捧げる「その場」が、即、三大秘法だというのであれば、一番納得できる答えなのだ。
これですっきりして喜ばしい限りである。

○C作戦.


私は23年前のC作戦を体験していない。
当時は、54歳(現在)マイナス23年=31歳のときのことだ。
そのとき、私は、勤行もしない、聖教新聞も読まない、活動もしない生活に入っていた。
30~40歳は、私の信心の空白期である。
けれど、何となくは伝え聞いていたのだろう。全くの浦島太郎ではない。
元々、私は宗門という世界に接点はほとんどなかった。
ただ、奥さんとの結婚式(30歳のとき)は、新宿の寺の僧侶の導師で仏前結婚式を行なっている。私の接点は、それだけ。
その後、10年間、聖教新聞がポストに投函されていた。
読むことのない新聞だったが断ることはなく、そして、年末の広布基金(こうふききん)は続けていた。私の信心は最低限残っていたようだ。
実は、その空白期に創価学会は大難に遭っていた。

○決別.

私の場合は、ずっと創価学会だけだったし、御本尊も日達上人(にったつしょうにん)の御本尊であったから、個人的には日顕(にっけん)とは関係がなかった。
信心を再び開始したとき、「そういうことがあったのか!」と認識した。
しかし、後から学んで知った日顕(にっけん)と、その撲滅を叫ぶ学会員を傍観し、「何もそこまで言わなくても」と思ってしまった時期がある。
あるとき、私は聖教新聞があまりに激烈な批判を繰り返していることに腹を立て、抗議文を聖教新聞社や学会本部に書き送った。
かなり激しい苦情の手紙を何十通も書き送った。
そのとき、人生初めての「バチ」が出た。
(後にも先にもこのバチだけです)
そのバチの記事は、→ここをクリック!
このバチから、学会の正義を身をもって知った。

バチというのは、当たった人間しか分からない。
理屈ではない。体験としてバチン!と悟れるのがバチである。(^^)
バチとは完璧な納得を与えてくれる功徳の一種である。以来、宗門問題は襟を正してしっかり学び、今となっては問題を深く認識するに至っている。
さて、今回の会則改訂は、その宗門との決別であり、とっても嬉しい。
ですから、個人的に改訂に不満はありません。
宗門問題の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-12 06:03 | 管理人より | Comments(10)

春のだいち


☆目見えずとも足がある。

以下に読売新聞(11月8日)の須藤春代さんの記事の写真を添付します。
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写真解説.「表題の 目 見えずとも足がある、との表題の下に、春のだいちの詩集と点字図書を読む盲学校時代の須藤春代さん(セーラー服姿)の写真が掲載されています」

先日の読売新聞に自在の友の記事があった。
須藤春代さんの詩集「春のだいち」(岩崎書店)の紹介記事だ。
この詩集は、60年前、日本で初めての盲人の詩集と言われ、大きな反響を呼んだ。
以下に、紹介されていた「きくの花」詩と記事の主旨を示す。

○きくの花.

ちいさい はちに うえられている きくを ともは みせてくれる  
そーっと さわってみる まあるくて つめたい  
なんだか かわいい こどもの てのようだ  
やさしい ひとのこころに ふれたような きがする.

この詩を読んだ日銀総裁の渋沢敬三は、「目の見えぬ人で初めて感じる世界が読まれて居る。菊の花を手さぐりして赤子の手を連想するなど、ほんとにいじらしくもいたましい」と感想を寄せたことが書かれていた。

○春代さんの人生.

春代さんは、秋田県北部の小さな漁村に生れた。
産声をあげて1ヵ月後に「風眼(ふうがん)」と診断され、やがて失明する。
母からは、「片輪を生んで恥ずかしい。お前がいるおかげで村を歩くのもいやだ。なにのバチでこんな子が生まれてきたのだろう」と言われた。
春代さんは、ある夏の夜、海に飛び込んで死のうと思った。
しかし、横で寝ている母のやさしい寝息を聞きながら思いとどまった。
「そんなことをしたら、かあちゃんに悲しい思いをさせるだけだ」

盲学校に入学した春代さんに大きな転機が訪れた。
後に、詩集「春のだいち」を編集した内田武志さんとの出会いだった。
武志さんは、血友病で寝たきりだった。
動くと内出血を起こすのでベッドから起き上がれない武志さんが自由にできるのは目と口だけだった。
この武志さんに初めて会った翌日、春代さんは点字に打っている。
「私は立派な足を神様から与えられておりながら、つまらないことで、いたずらに苦しんできたのです」
やがて春代さんは、積極的に意見を言うようになった。
盲児を持つ母親たちに、春代さんは訴えた。
「まっすぐで素直な美しい子供の心に芽生える、あれもしよう、これもしようという心の花々を、芽が見えないという理由で、つぼみのうちからつまないでほしい」
実母には次のように話している。
「服も着物もいらないから、お願いを聞いてください。幸福はお金にありといういやしい考えを捨ててください。私なら幸福は愛にありと叫びたい」

○所感.

この春代さんは、今、80歳になっていらっしゃる。
今も秋田県で盲導犬と暮らし、現役で鍼灸マッサージを続けている。
この記事を拝し、春代さんの人間革命とも言えるドラマに感動した。
このような人生を知ると、愚痴の一つも贅沢に思える。
目が見え、足もあるとするなら何の不満があるだろう。
ほんのささいなことでつまずいて、泣いているようでは情けない。
きくの花の詩の「やさしい ひとのこころ」が突き刺さった。
春代さんの心だと思った。(^^)

風眼(ふうがん):結膜に急性の化膿性炎症が起きる病気である。急性結膜炎の一種。
多量の分泌物が出て、結膜の充血やはれがひどくなる。この病気から角膜潰瘍へ進むと、角膜が破れて穿孔して失明する危険もある。

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# by sokanomori3 | 2014-11-11 06:22 | 自在の人 | Comments(7)

創価学会会則の改定


☆人間革命宗・世界広宣流布宗へ.

以下に、会則改定に関する聖教新聞記事の写真を添付します。
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昨日の聖教新聞で、創価学会の会則改定が発表されました。
改定の内容は、創価学会会則第1章第2条の教義条項であり、改定は11月7日の総務会で提案され、可決されました。



○改定前の条文.
この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与(いちえんぶだいそうよ)・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として、日蓮大聖人の御遺命たる、一閻浮提広宣流布(いちえんぶだいこうせんるふ)を実現することを大願とする。

○改定後の条文.
この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ、御本尊に自行化他(じぎょうけた)にわたる題目を唱え、御書根本に、各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命たる世界広宣流布を実現することを大願とする。



○改定の解説.

聖教新聞(11月8日)には、この会則改定について、「日蓮仏法の本義に基づいた会則改定」、「魂の独立から23年・大謗法(だいほうぼう)の宗門とは全く無関係」、「広宣流布のための御本尊を学会が認定」との見出しで、次の内容が述べられていました。(主旨)

平成3年(1991年)、日蓮正宗宗門が創価学会を破門し、広宣流布を阻む魔の本性を現した際に、先生がその時を捉えて「魂の独立」を宣言されたことが重要な分岐点となった。
この会則(改定前の条文)は平成14年(2002年)に改正されたものである。
当時、この「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊」については、「弘安2年の大御本尊」を指すとの説明を行っていた。
それを今回、「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」とした。
ある場所に特定の戒壇があり、そこに安置する御本尊が根本の御本尊で、その他の御本尊はそれにつながらなければ力用(りきゆう)が発揮されないという、あたかも“電源と端子”の関係であるかのような本尊観は、世界広宣流布が伸展している現在と将来において、かえって世界広宣流布を阻害するものとなりかねない。
日蓮大聖人ご自身が御図顕(ごずけん)された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、全て根本の法である南無妙法蓮華経を具現されたものであり、等しく「本門の本尊」である。そして、「本門の本尊」に唱える南無妙法蓮華経が「本門の題目」であり、その唱える場がそのまま「本門の戒壇」である。
改定のこの部分は、その大聖人の法門を信じるということである。
大聖人の仏法における信仰の本義は、「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」を信じることにある。
具体的には、広宣流布を願い、御本尊を信受し弘めるという自行化他(じぎょうけた)の実践であり、それは日々の学会活動そのものである。そのことを、「御本尊に自行化他(じぎょうけた)にわたる題目を唱え」と表現した。
さらに、「各人が人間革命を成就し」との文言を新たに加え、さらに「世界広宣流布」と現代的な表現にあらためた。
以上を踏まえ、会則の改定をした。

○所感.

納得の会則変更でした。
「ある場所に安置する御本尊が根本の御本尊で、その他の御本尊はそれにつながらなければ力用(りきゆう)が発揮されない」という視点は、まさに大御本尊を人質にして門徒を脅迫する宗門の己義です。そのようなことが大聖人の仏法に赦されるはずはありません。
法主詐称の日顕(にっけん)の出現により、宗門のいう法主の血脈が断絶した今、宗門との「完全決別」は世界宗教にふさわしい出発と思います。
今回の新しい会則こそ、日蓮大聖人の魂を表現した会則と感じ、喜ばしい限りです。私は心より、この会則改定を祝福申し上げる次第です。
勤行改定の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-09 21:02 | 聖教新聞 | Comments(7)

点字御書インストールのご案内


☆e17立正安国論が完成.

以下に、ひらがな御書の点字御書案内ページの写真を添付します。
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写真解説.「ひらがな御書に新設した“点字御書インストール”の目次の一部分の写真です。ダウンロードボタンは青色の楕円形で、中央に「→りっしょうあんこく論」の文字が白抜きで入っています」

本日、エディタデータをホームページに掲載することができました。
大きな仕事の基盤が整いました。このカタチができるなんて、夢にも思っていませんでした。今、私は、心の底から嬉しくて嬉しくて、号泣したいぐらいの心境です。(^^)
佐藤牧子さん、本当にありがとうございました!
佐藤さんの記事は、→ここをクリック!

○e17.


エディタデータは、正式には「T・エディタ2」という無料ソフトのこと。
このソフトに点字ルールで入力したデータは、点字プリンターでプリントアウトできます。
すなわち、エディタデータをインターネットでダウンロードすれば、誰でも点字御書を作ることができるのです。
このことにより、ひらがな御書ホームページは、耳で聞くこともできますし、点字御書を作成できるデータも全国に発信できることになりました。
その第1号が「e17」の立正安国論(りっしょうあんこくろん)です。
e17とは、御書の17ページを表す管理番号です。
このe17こそ、世界で最初の点字御書データの全国配信となったのです。
(世界初と私が想像しているだけですが)^^

○作成プロセス.

この記念すべきe17とはどのようなプロセスから生まれたのでしょうか。
それは、千早さんのブログの「寺泊御書」のわかち書きを見たことが発端です。
その寺泊御書の記事は、→ここをクリック!
小さな千早さんの挑戦が、やがてひらがな御書ブログを誕生させ、立正安国論のひらがな文が作成されました。
その立正安国論は私が四苦八苦しながら入力したものですが、ちよさんや多くの心ある人たちが誤字、脱字を指摘してくださいました。
しかし、ブログの悲しさで、長文の御書ゆえの問題が発生しました。
ブログは長文を入れられないのです。
そこで13の記事に分割し、順番にジャンプさせる構造にしていたのですが、千早さんが「迷子になるんです」とのこと。私は大きなショックを受けました。
その13分割の記事は、→ここをクリック!
千早さんから、「1つの巻物のようにできないでしょうか?」と言われた時、
この解決方法は「ホームページしかない」と悟りました。
迷子になるような低レベルのブログでは無意味だと思ったのです。
そこで、思案し結論に至りました。「ホームページを持つしかない」と。
私は旧創価の森ブログを閉鎖し、ホームページの勉強を開始しました。
そして、ついに本年3月16日、ホームページを立ち上げました。

○諸天善神のチカラ.

すると、どうでしょう。沢山の人たちが協力してくださいました。
入力をして下さる人、深い教学力でチェックしてくださる人、そして、点字訳ができる佐藤さんと巡り合いました。まさに諸天善神の人たちでした。
佐藤さんとの話で、私は「T・エディタ」の存在を知りました。
私は考えました。「このデータをネットで配信できないだろうか?」と。
パソコンに詳しい人は、瞬時にそのことが可能であると分かったことでしょう。
しかし、素人の私にとって、そのことがひらがな御書の未来にどのような影響を及ぼすのかは、まったくの手探りだったのです。
音声ソフトで聞くだけでなく、点字にして何度も読み込むことができるなら‥
それは途方もなくスゴイことです。
その対話から半年‥この点字御書ダウンロードの仕組みが完成したのです。
しかも、千早さんが迷子になった立正安国論が第1号になりました。
ひらがな御書HPの立正安国論は、→ここをクリック!
この立正安国論が、エディタデータ「e17」として作成されたのです。
1本の糸が天空から舞い降りてきて、針の穴に糸が通ったような感じ。
何とも嬉しくて、飛び跳ねたい心境なのです!(^^)
以下に、ソフトダウンロードの紹介ページを示します。
皆さま、e17をぜひ、ご覧くださいませ。(^^)
点字御書紹介ページは、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-11-08 19:12 | ひらがな御書 | Comments(8)

小説「新・人間革命」の終わり方


☆次は第一次宗門問題ですか?

小説「新・人間革命」は30巻で完結される予定である。
現27巻、残り3巻となっている。
先日、協議会で次の連載が話題になった。

「次回は、いよいよ第一次宗門問題が語られるのではないか」
「27巻で語られると思って、切り抜きをしたが違っていた」
「残り3巻はどのように語られるのだろうか楽しみだ」
「いつから連載が開始されるのかな?」
「11.18ではなかろうか」
「来年1月2日、池田先生の誕生日かな?」
「1月2日は休刊日だから、それはないよ」

そんな話題で盛り上がったのである。
待ち遠しい。いよいよ、壮大な小説も残りわずかだから。

第一次宗門問題が語られるとしたら凄いことだ。
池田先生はなぜ会長を勇退したのか。どのようなお気持ちであられたか。
何を願い、何を決意されたのか。
1979年(昭和54年)4月24日に勇退されたが、私はそのとき19歳であった。
TVに池田先生が映し出され、会長辞任に関する報道を見た。
私は、寂しくて泣いた。何が何だか分からないままに‥
その背後に何があったのかは一切知らなかった。
山崎正友の暗躍。正宗僧侶の陰謀があったと聞く。その大まかな歴史は伝え聞いている。しかし、その真相は詳しくは知らない。
もし、第28巻でこのことが語られるなら‥(^^)

また、この新・人間革命はどのように終わるのだろうか?
会長を辞任させられ、名誉会長へ‥そこから創価学会はどうなったのか。
そして、小説のラストシーンはどのような終わり方になるのか。
私はつくづく幸せ者だ。この小説の書かれるこの時代に生きられること!
ありがたい。そして、あゝ、待ち遠しい!

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# by sokanomori3 | 2014-11-07 06:46 | 雑記帳 | Comments(10)

創価学会員と占いの関係


☆学会員は占いを信じない?

以下に、読売新聞(10月30日)の記事の写真を添付します。
b0312424_6304494.jpg
写真解説.「“占いや迷信に左右、戦後も”と題される記事で、丙午の女性は気が強いとのサブタイトルがあります」

学会員は基本的に、占いを信じない。
全く信じないかというと、中には信じる人もいる。
ただし、それは一時的なことで、信心が深まれば占いに頼るということはなくなる。
私は、遊びでおみくじを2回ほど引いたことがあり、かのノストラダムスの大予言は数冊買って読んでもいた。(^^:
さて、先日の読売新聞に、戦前の占いや迷信に惑わされていた時代の新聞記事が掲載されていた。以下に、その記事を5つ抜粋し、所感を述べる。

○記事内容.


1.
大正3年、26歳の男性と19歳の女性との結婚を占った親戚が、両人の相性が悪い上、もし結婚すれば一方が死するか、離別の悲しみを得る、と進言されたため、男性の両親が結婚に反対し始めたという。
「本当に九星とか、相性とかあるものでしょうか」との男性の質問に対し、記者は次のように回答している。
「愛の前には九星も相性もありませぬ。相愛することがすなわち相性ではありませんか」
2.
昭和10年、女性からの相談。
2人の子があり、結婚9年になるのに、「お前のような丙午(ひのえうま)をもらったから出世ができない」と暴力を振るわれ、離婚を迫られて苦しんでいた。
丙午の年に生れた女性は気が強く、家庭不和を招くという迷信が残っていた。
回答者は、「丙午が女性の運命を左右しないことは、こんにち世間周知の事実です。あなた自身、意を強くして、肩身を狭くする必要はありません」と回答した。
3.
昭和56年、24歳の男性の相談。
破談の理由は、「私がサル年で、妻がイヌ年だから相性が悪い」であった。
4.
昭和58年の24歳の女性の相談。
縁談を易者に見てもらったら、「トラとトリ年で相性は大凶。もし、結婚すると早く死別する」とのこと。
この相談に対し、回答者は、「このような蒙昧(もうまい)な話にひっかかっているのは、結局、心が弱く、結婚に真剣味が足りないとしか言いようがありません」と一蹴した。
5.
過去、人類が滅亡するという「ノストラダムスの大予言」が大流行した。
また、「天中殺入門」もベストセラーになっている。
今も恋する女性は占いが好きだ。恋の行方は誰にも分からない。
このとき、占いに頼る心理が働く。

○所感.

上述の5つの占いや迷信の内容を見ると、ものすごい言い掛かりであり、支離滅裂な話である。ここまでの内容になると邪宗教そのものである。
このようなことで、悩む人たちは哀れである。

「1999年の7の月 天から恐怖の大王が降ってくる。アンゴルモアの大王をよみがえらせ その前後の期間、マルス(火星)は幸福の名のもとに君臨するだろう」
これは、1999年7月に人類は滅亡すると騒がれ、「恐怖の大王」の正体をめぐって、核戦争、小惑星衝突など、さまざまな解釈が飛び交ったあの有名な文言である。
しかし、実際には人類は滅亡することはなかった。
何も起こらず、あまりにも平和な世の中だったので、私は拍子抜けした。

私が小学生のころ、こっくりさんという遊びが流行した。
放課後、こっくりさんをやっている風景は不気味だった。
女子の一人が「指が勝手に動く」とか言っていた。
10円玉が動き、何かを暗示する。
私は学会員であったが、その光景は「本当にそのようなことがあるのかも知れない」と思ったものだ。あれは、一種の宗教のように感じる。
とどのつまり、占いなどに頼り、迷信を鵜吞みにすることは危険である。
思えば、学会員で良かったとしか言いようがない。
そういう危険な領域に足を踏み入れないで済むのだから。

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# by sokanomori3 | 2014-11-06 06:32 | 雑記帳 | Comments(6)


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